短編
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昼休み。
学校の屋上へ向かって、私は勢いよく一段飛ばしで階段を昇っていく。
校舎は、学年ごとの教室がある普通教室棟と、理科室や音楽室などのある特別教室棟に分かれている。屋上があるのは特別教室棟の4階部分だ。開放されてはいるものの、限られた昼休みの時間を使ってまでわざわざやってくる生徒はほとんどいない。
1年生の教室がある2階から渡り廊下を通り、屋上がある4階まで。この距離を一気に駆け上がるのは流石に脚に堪える。屋上へ出るための扉にたどり着いたころには、息も上がりヘロヘロになっていた。
扉の前で立ち止まる。
おそらく向こうには、あの人がいる。
必死になって急いで来たことを、悟られたくない。
しっかり時間をかけ呼吸を整えて、扉を開ける。
視界の上部には、広々とした青空。海に近い場所にある校舎だから、風に乗ってやってくる潮の香りが心地いい。
屋上は日常の様々な喧騒から離れていて、いつも静かだ。この空間だけ現実から切り離されているみたいで、ここに来ると肩の力が抜ける。
そんな聖域の隅に、彼はいた。
「▽▽さん」
彼に近づいて、声をかける。
「ん?」
▽▽さんはベンチに座り、海を眺めながら購買の焼きそばパンをほおばっていた。後ろから声をかけられると振り返り、口をもぐもぐ動かしながら返事をした。
「報告したいことがあります。隣、いいですか」
「ほい」
食べていた焼きそばパンをごっくんと飲み込むと、彼は少し端に寄り、もう一人座れるスペースを開けた。
「またそんなに息上がらせちゃってさ。急いで来なくても俺は逃げないよ」
「あ、上がってないです!ちゃんと普通に歩いてきました!」
バレないようにしっかり呼吸を整えたはずなのに、あっさりと見破られてしまった。先輩の前では、いつだって落ち着いた『クールな後輩』でいたいのに。慌てて走ってきたなんて思われたら、先輩に会いたくて必死だったのがバレバレじゃないか。好きな気持ちが前面に押し出てしまったみたいで、なんだか恥ずかしい。
「で?息切らしてまで伝えに来た報告ってなに」
ベンチに腰を下ろすと、▽▽さんが覗き込んできた。
ぎゅっとスカートの裾を握りしめて、1回深呼吸をする。覚悟を決めて口を開く。
「あ、あの、この前のテスト、返ってきたんですけど」
「お、ついに来たか」
「……目標にしてた点数、届きませんでした」
「ありゃ。何点足りなかったの」
「あと5点、足りなくて……」
「あー……」
彼と私は、約束をしていた。私が今度のテストで目標の点数が取れたら、一緒にどこかに出かけようって。
私にとっては最高のご褒美だった。だからいつになく勉強を頑張っていたのに、詰めが甘く些細なミスで点を落としてしまった。
あーあ、私のバカ。私がうっかりやらかしたせいで、あの約束は無しになっちゃうんだ。
せっかく私のために時間を作ってくれようとした先輩への申し訳なさと、目標に届かなかった悔しさでいっぱいになり、うつむいて唇を噛みしめた。
「あと5点か。惜しかったなあ」
海に視線を戻し、▽▽さんは冷たい缶コーヒーを口にする。
「……悔しいです。あともう少しで▽▽さんと出かけられたのに。楽しみにしてたのに……」
「はは、本当にわかりやすいな。本音、出てるぞ」
ポツリと漏らしてしまった本音を聞いて、彼は少し笑った。
「悔しいと思えてるなら、次はいけるよ。はい、残念賞としてこれあげる」
うつむいていた顔を上げて横を見る。▽▽さんが私に差し出してきたのは、彼が飲んでいるものとは別の缶コーヒー。
「え……これ、いいんですか?」
「いいよ、まだ未開封だし。勉強頑張ってたのはわかってたから。これは今日のところの慰め」
「……ありがとうございます」
私は手に持った缶コーヒーを見つめる。次は絶対に目標を超えるという、強い決意を抱えながら。
「〇〇、」
不意に名前を呼ばれ、改めて彼を見る。
「はい」
「俺はいつでも準備できてるから」
彼はまっすぐ私の目を見てそう言った。その視線に射抜かれて、私は硬直するしかなかった。
あーもうなんだその言い方は。なんだその視線は。ふざけんなかっこよすぎだろやめろこっちは照れるしかできなくなるから。
「……あ、そ、そうですか」
自分の顔が熱くなっていくのを感じて、私はそっぽを向いた。
クールで落ち着いた後輩でいるなんて、やっぱりこの人の前では不可能だ。私はいつも、この人の手のひらで転がされてしまう。
▽▽さんはふふっと笑い、立ち上がった。
「それじゃ、俺は先戻るから」
ひらひらと手を振りながら屋上の扉へ向かう彼の背中を見送り、私はふうっと大きな息を吐きだした。
手の中にある冷たい缶コーヒーを、火照った自分の顔に押し当てる。
「……あー、はっず。なんなのほんと」
次は絶対、あのお出かけの約束を叶えてみせる。そして、今度は私が彼を翻弄させてやる。
前よりも強い決意を胸にして、私も自分の教室へと戻った。
学校の屋上へ向かって、私は勢いよく一段飛ばしで階段を昇っていく。
校舎は、学年ごとの教室がある普通教室棟と、理科室や音楽室などのある特別教室棟に分かれている。屋上があるのは特別教室棟の4階部分だ。開放されてはいるものの、限られた昼休みの時間を使ってまでわざわざやってくる生徒はほとんどいない。
1年生の教室がある2階から渡り廊下を通り、屋上がある4階まで。この距離を一気に駆け上がるのは流石に脚に堪える。屋上へ出るための扉にたどり着いたころには、息も上がりヘロヘロになっていた。
扉の前で立ち止まる。
おそらく向こうには、あの人がいる。
必死になって急いで来たことを、悟られたくない。
しっかり時間をかけ呼吸を整えて、扉を開ける。
視界の上部には、広々とした青空。海に近い場所にある校舎だから、風に乗ってやってくる潮の香りが心地いい。
屋上は日常の様々な喧騒から離れていて、いつも静かだ。この空間だけ現実から切り離されているみたいで、ここに来ると肩の力が抜ける。
そんな聖域の隅に、彼はいた。
「▽▽さん」
彼に近づいて、声をかける。
「ん?」
▽▽さんはベンチに座り、海を眺めながら購買の焼きそばパンをほおばっていた。後ろから声をかけられると振り返り、口をもぐもぐ動かしながら返事をした。
「報告したいことがあります。隣、いいですか」
「ほい」
食べていた焼きそばパンをごっくんと飲み込むと、彼は少し端に寄り、もう一人座れるスペースを開けた。
「またそんなに息上がらせちゃってさ。急いで来なくても俺は逃げないよ」
「あ、上がってないです!ちゃんと普通に歩いてきました!」
バレないようにしっかり呼吸を整えたはずなのに、あっさりと見破られてしまった。先輩の前では、いつだって落ち着いた『クールな後輩』でいたいのに。慌てて走ってきたなんて思われたら、先輩に会いたくて必死だったのがバレバレじゃないか。好きな気持ちが前面に押し出てしまったみたいで、なんだか恥ずかしい。
「で?息切らしてまで伝えに来た報告ってなに」
ベンチに腰を下ろすと、▽▽さんが覗き込んできた。
ぎゅっとスカートの裾を握りしめて、1回深呼吸をする。覚悟を決めて口を開く。
「あ、あの、この前のテスト、返ってきたんですけど」
「お、ついに来たか」
「……目標にしてた点数、届きませんでした」
「ありゃ。何点足りなかったの」
「あと5点、足りなくて……」
「あー……」
彼と私は、約束をしていた。私が今度のテストで目標の点数が取れたら、一緒にどこかに出かけようって。
私にとっては最高のご褒美だった。だからいつになく勉強を頑張っていたのに、詰めが甘く些細なミスで点を落としてしまった。
あーあ、私のバカ。私がうっかりやらかしたせいで、あの約束は無しになっちゃうんだ。
せっかく私のために時間を作ってくれようとした先輩への申し訳なさと、目標に届かなかった悔しさでいっぱいになり、うつむいて唇を噛みしめた。
「あと5点か。惜しかったなあ」
海に視線を戻し、▽▽さんは冷たい缶コーヒーを口にする。
「……悔しいです。あともう少しで▽▽さんと出かけられたのに。楽しみにしてたのに……」
「はは、本当にわかりやすいな。本音、出てるぞ」
ポツリと漏らしてしまった本音を聞いて、彼は少し笑った。
「悔しいと思えてるなら、次はいけるよ。はい、残念賞としてこれあげる」
うつむいていた顔を上げて横を見る。▽▽さんが私に差し出してきたのは、彼が飲んでいるものとは別の缶コーヒー。
「え……これ、いいんですか?」
「いいよ、まだ未開封だし。勉強頑張ってたのはわかってたから。これは今日のところの慰め」
「……ありがとうございます」
私は手に持った缶コーヒーを見つめる。次は絶対に目標を超えるという、強い決意を抱えながら。
「〇〇、」
不意に名前を呼ばれ、改めて彼を見る。
「はい」
「俺はいつでも準備できてるから」
彼はまっすぐ私の目を見てそう言った。その視線に射抜かれて、私は硬直するしかなかった。
あーもうなんだその言い方は。なんだその視線は。ふざけんなかっこよすぎだろやめろこっちは照れるしかできなくなるから。
「……あ、そ、そうですか」
自分の顔が熱くなっていくのを感じて、私はそっぽを向いた。
クールで落ち着いた後輩でいるなんて、やっぱりこの人の前では不可能だ。私はいつも、この人の手のひらで転がされてしまう。
▽▽さんはふふっと笑い、立ち上がった。
「それじゃ、俺は先戻るから」
ひらひらと手を振りながら屋上の扉へ向かう彼の背中を見送り、私はふうっと大きな息を吐きだした。
手の中にある冷たい缶コーヒーを、火照った自分の顔に押し当てる。
「……あー、はっず。なんなのほんと」
次は絶対、あのお出かけの約束を叶えてみせる。そして、今度は私が彼を翻弄させてやる。
前よりも強い決意を胸にして、私も自分の教室へと戻った。