短編
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真夏と呼ぶにふさわしい暑さが過ぎたころ、自宅の洗濯機が異音を立てて壊れた。
メーカーへ電話をかけて修理依頼をしたところ、次の土曜日に診に来てもらえることになった。
「ってことは、コインランドリー使うしかないってことか…」
電話を切った後、私はそう呟きため息をついた。
生まれてこのかたコインランドリーを利用したことがないため、元来心配性かつ機械音痴な私は「果たしてコインランドリーを無事使いこなせるのか」という不安を抱いていた。
しかし今はスマホで調べれば大体のことが分かる時代だ。よっしゃいざとなれば調べりゃいいんだし行ってみようじゃないか大丈夫行けば分かるさレッツゴー。そう自分に言い聞かせ、その日の午後に洗濯物を持ち最寄りのコインランドリーへ向かった。
結果、私の不安は杞憂に過ぎなかった。
店内の張り紙とスマホで調べた利用方法を見たら、予想していたよりはるかにスムーズに洗濯機を回すことができたのだ。
「よし……なんとかできた!」
肩の荷が下りた私は、窓際の椅子に座り一息ついた。
外からは私の背中に向けて、陽光が降り注いでいる。ジリジリと刺すような日差しではなく、夏の終わりを感じる心地よい日差し。暖かい光を受け、やっと心に余裕が湧いてきた私は、洗濯完了までの待ち時間用にと持ってきた文庫本をバッグから取り出した。
その時だった。
私の視界の端で、誰かが動いたような気がした。
(え、ここにいたの、私一人きりじゃなかった…?!)
驚きを隠し、物影が動いた方向へさりげなく視線を向けると、一人の男性がいた。
ゆったりとしたグレーのパーカーに、少し乱れた短い黒髪。目元にはシンプルなフレームの眼鏡。歳は……少し年上だと思う。多分。
隅の椅子に座りスマホを見ていたらしい彼は、すっと立ち上がり外へ出て行った。
背が高く、無表情で涼しげな目元。歩く姿はしなやかで美しい。正直言って地味な見た目ではあるはずなのにどこか浮世離れした雰囲気を持っていて、私は目を奪われてしまった。
露骨な凝視にならないよう気を付けつつ、彼の向かった先を見てみる。彼はどうやらコインランドリーのそばにある自動販売機で飲み物を買いに行ったらしい。こちらに背を向け、飲み物を選んでいる姿が見える。
もしかしたらすぐこちらに戻ってくるかもしれない。そう思い、彼が振り返らないうちに手元の文庫本を開き、読書に集中することにした。
2,3ページほど読み進めたころ、自動ドアが開く気配がした。本に視線を向けたまま足音を聞く。彼が戻ってきたようだ。
足音は少しずつ大きくなり、突如止まった。私の視界の端に影が見える。
私は顔を上げる。私の目の前に、飲み物を差し出す彼が立っていた。
「はい」
「え」
「お疲れ様の意を込めて。どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
今目の前で起こっていることと彼の発言の意味を理解できないまま、私は反射的に感謝の言葉を述べて飲み物を受け取った。彼は私に飲み物を渡した後、さっきとは違い私に近い場所にある椅子に座った。
彼が渡してくれたのはミネラルウォーター。文庫本をバッグに戻し、手渡されたペットボトルをしばらくぼーっと眺めていた。
「……あの、何で私に」ようやく思考停止状態から立ち直ってきた私は、彼に意図を尋ねることにした。
「コインランドリーが初めての人かなって思って。張り紙とかスマホとかめっちゃ見ながら洗濯機操作してたでしょ?運転始めたあともなんか独り言言ってたし。気を張ってたみたいだったから、疲れてるかなって思って」
あー、うわー、やばいやばいやばい、全部見られてた。恥ずかしすぎるだろ。
「……お気遣い、ありがとうございます」
恥ずかしさのあまり何を言えば分からなくなり、私はとりあえずまた感謝の言葉を述べた。
「実は自宅の洗濯機が壊れてしまって。来週業者が修理に来るみたいなんですけど、それまでコインランドリー使うしかなくって」
「とんだ災難だね」
「はい。でも今回でコインランドリーの使い方も覚えたんで、1週間はここ使ってなんとか頑張ります」
「頑張れ」
彼はそう言って、自分用に買ってきたアイスコーヒーを口にした。
飲む動作が終わったのを見て、すぐ私はまた話しかける。
「ここ、よく使われるんですか?」
「うん。うちに洗濯機はあるんだけど、乾燥機能付きじゃなくってさ。今日は乾燥までさっさと済ませたいなーって思ったときはここを使ってる」
「そうなんですね」
私のおバカ。めっちゃバカ。受け答えが下手。もっと彼と盛り上がる話がしたいのに、会話を弾ませたいのに、なぜそれができないのか。人との会話が苦手な自分を呪った。そんな私を気にも留めず、彼はまたアイスコーヒーを飲む。
ピー、ピー。
間もなくして乾燥機の無機質な電子音が鳴り響いた。彼が席を立つ。彼の洗濯物の乾燥が終わったのか。
「あ、終わっちゃった」
思わず口からこぼれ落ちた言葉に、ハッとして口を押える。彼はくすりと笑うと、洗濯物を取り出して手際よくバッグへ詰めていった。私の元まで、ふんわりと優しい柔軟剤の香りが漂ってくる。
彼は洗濯物を片付け、コインランドリーを出ていこうとする。
「あの!」
私は椅子から勢いよく立ち上がった。
「……あの、飲み物、ごちそうさまでした。お礼、何もできなくて……」
どうしてもこれは言いたかった。見ず知らずで、大きい声で独り言を言うような変人な私に、気を遣ってわざわざ飲み物をくれて、ありがとうと。
彼はバッグを肩にかけ直し、ドアの手前で振り返った。
「じゃ、また今度。ここで」
「え?」
「俺、毎週この時間、大体ここにいるから。お礼はその時にでいいよ」
自動ドアが開く。彼は柔らかい微笑みを浮かべ、夏の終わりの温かな陽光のもとに踏み出していった。
残されたのは、呆気に取られる私とガラガラ回る自分の洗濯機、そして未だに香る柔軟剤の香り。
来週まで頑張って生きていよう。そう思った。
メーカーへ電話をかけて修理依頼をしたところ、次の土曜日に診に来てもらえることになった。
「ってことは、コインランドリー使うしかないってことか…」
電話を切った後、私はそう呟きため息をついた。
生まれてこのかたコインランドリーを利用したことがないため、元来心配性かつ機械音痴な私は「果たしてコインランドリーを無事使いこなせるのか」という不安を抱いていた。
しかし今はスマホで調べれば大体のことが分かる時代だ。よっしゃいざとなれば調べりゃいいんだし行ってみようじゃないか大丈夫行けば分かるさレッツゴー。そう自分に言い聞かせ、その日の午後に洗濯物を持ち最寄りのコインランドリーへ向かった。
結果、私の不安は杞憂に過ぎなかった。
店内の張り紙とスマホで調べた利用方法を見たら、予想していたよりはるかにスムーズに洗濯機を回すことができたのだ。
「よし……なんとかできた!」
肩の荷が下りた私は、窓際の椅子に座り一息ついた。
外からは私の背中に向けて、陽光が降り注いでいる。ジリジリと刺すような日差しではなく、夏の終わりを感じる心地よい日差し。暖かい光を受け、やっと心に余裕が湧いてきた私は、洗濯完了までの待ち時間用にと持ってきた文庫本をバッグから取り出した。
その時だった。
私の視界の端で、誰かが動いたような気がした。
(え、ここにいたの、私一人きりじゃなかった…?!)
驚きを隠し、物影が動いた方向へさりげなく視線を向けると、一人の男性がいた。
ゆったりとしたグレーのパーカーに、少し乱れた短い黒髪。目元にはシンプルなフレームの眼鏡。歳は……少し年上だと思う。多分。
隅の椅子に座りスマホを見ていたらしい彼は、すっと立ち上がり外へ出て行った。
背が高く、無表情で涼しげな目元。歩く姿はしなやかで美しい。正直言って地味な見た目ではあるはずなのにどこか浮世離れした雰囲気を持っていて、私は目を奪われてしまった。
露骨な凝視にならないよう気を付けつつ、彼の向かった先を見てみる。彼はどうやらコインランドリーのそばにある自動販売機で飲み物を買いに行ったらしい。こちらに背を向け、飲み物を選んでいる姿が見える。
もしかしたらすぐこちらに戻ってくるかもしれない。そう思い、彼が振り返らないうちに手元の文庫本を開き、読書に集中することにした。
2,3ページほど読み進めたころ、自動ドアが開く気配がした。本に視線を向けたまま足音を聞く。彼が戻ってきたようだ。
足音は少しずつ大きくなり、突如止まった。私の視界の端に影が見える。
私は顔を上げる。私の目の前に、飲み物を差し出す彼が立っていた。
「はい」
「え」
「お疲れ様の意を込めて。どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
今目の前で起こっていることと彼の発言の意味を理解できないまま、私は反射的に感謝の言葉を述べて飲み物を受け取った。彼は私に飲み物を渡した後、さっきとは違い私に近い場所にある椅子に座った。
彼が渡してくれたのはミネラルウォーター。文庫本をバッグに戻し、手渡されたペットボトルをしばらくぼーっと眺めていた。
「……あの、何で私に」ようやく思考停止状態から立ち直ってきた私は、彼に意図を尋ねることにした。
「コインランドリーが初めての人かなって思って。張り紙とかスマホとかめっちゃ見ながら洗濯機操作してたでしょ?運転始めたあともなんか独り言言ってたし。気を張ってたみたいだったから、疲れてるかなって思って」
あー、うわー、やばいやばいやばい、全部見られてた。恥ずかしすぎるだろ。
「……お気遣い、ありがとうございます」
恥ずかしさのあまり何を言えば分からなくなり、私はとりあえずまた感謝の言葉を述べた。
「実は自宅の洗濯機が壊れてしまって。来週業者が修理に来るみたいなんですけど、それまでコインランドリー使うしかなくって」
「とんだ災難だね」
「はい。でも今回でコインランドリーの使い方も覚えたんで、1週間はここ使ってなんとか頑張ります」
「頑張れ」
彼はそう言って、自分用に買ってきたアイスコーヒーを口にした。
飲む動作が終わったのを見て、すぐ私はまた話しかける。
「ここ、よく使われるんですか?」
「うん。うちに洗濯機はあるんだけど、乾燥機能付きじゃなくってさ。今日は乾燥までさっさと済ませたいなーって思ったときはここを使ってる」
「そうなんですね」
私のおバカ。めっちゃバカ。受け答えが下手。もっと彼と盛り上がる話がしたいのに、会話を弾ませたいのに、なぜそれができないのか。人との会話が苦手な自分を呪った。そんな私を気にも留めず、彼はまたアイスコーヒーを飲む。
ピー、ピー。
間もなくして乾燥機の無機質な電子音が鳴り響いた。彼が席を立つ。彼の洗濯物の乾燥が終わったのか。
「あ、終わっちゃった」
思わず口からこぼれ落ちた言葉に、ハッとして口を押える。彼はくすりと笑うと、洗濯物を取り出して手際よくバッグへ詰めていった。私の元まで、ふんわりと優しい柔軟剤の香りが漂ってくる。
彼は洗濯物を片付け、コインランドリーを出ていこうとする。
「あの!」
私は椅子から勢いよく立ち上がった。
「……あの、飲み物、ごちそうさまでした。お礼、何もできなくて……」
どうしてもこれは言いたかった。見ず知らずで、大きい声で独り言を言うような変人な私に、気を遣ってわざわざ飲み物をくれて、ありがとうと。
彼はバッグを肩にかけ直し、ドアの手前で振り返った。
「じゃ、また今度。ここで」
「え?」
「俺、毎週この時間、大体ここにいるから。お礼はその時にでいいよ」
自動ドアが開く。彼は柔らかい微笑みを浮かべ、夏の終わりの温かな陽光のもとに踏み出していった。
残されたのは、呆気に取られる私とガラガラ回る自分の洗濯機、そして未だに香る柔軟剤の香り。
来週まで頑張って生きていよう。そう思った。
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