2.夢の話をしましょうか
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「本庄さん、だっけ」
「覚えててくれたのね」
「昨日聞いたじゃねーかよ」
物覚えが悪いように見られた覚えは生まれてから一度もない。次に千切はケイナの足元をみた。
「何この靴」
「トウシューズっていって、つま先で立てるように作られてるの」
「先かってぇ、こんなんで立てんのかよ」
「ふふっ、履けるまでにはかなり訓練が必要だけどね」
「いつからやってんの」
「幼稚園のころから」
「へぇ、長ねぇな」
「子供のころいくつか習い事させられてて、その中で一番体になじんで楽しくできたのがバレエだったわぁ……。あなたは? 小さいころ何かしてた?」
「――とくには」
ひくりと成長しきった喉仏が震える。記憶の裏側で緑の地面とまあるい何かをおいかけている気がしたのを、無理やり押し込めた。
「…………専門の高校にいるってことはプロ目指してんのか?」
「ええ、将来海外のバレエ団に入って、向こうの舞台で踊るのが目標なの」
「夢が壮大だな」
「あら知らなかった? 世の中の大きなことって人の夢からはじまるのよ」
「覚えならあるよ。俺もちっさいころから持ってた」
「まぁ」
「なんかいいよな。そういうの」
自分自身のことを話す彼に屋上で話した時より空気が緩和されているのがわかって安心する。千切の遠くを見る目にうつるは、黄金色をした勝利の杯。
「それは叶えられそう?」
彼を覗き込んでケイナは問うが紅い瞳から瞬きの間に色はなくなり「さぁ……、どうだか」と温度のない返答。最近では考えることを放棄していた。もう自分の首をしめることしかできない夢物語なだけだ。今となっては、もう。
「――≪ひかりにあいにいきたくて、ひとは脚をえることをおぼえた≫」
何の脈絡もない呟きが隣から聞こえて、千切は反射的に彼女を見るほかなかった。
「何」
「私の好きな言葉。ずっと昔に廃れた国の、誰が伝えたかもわかっていない。唯一文献に残されてたのが、この言葉なんですって」
直訳は少し違うと言われているけれど。ケイナはトウシューズを脱ぐべく足首に巻いたリボンを少しずつ解いた。千切の視線が意図せずそれに向けられる。まるで、自分のなにかを暴きたいとそう言っているようだった。
「≪ひかり≫というのはいろんな説があって、一番有力だったのが当時の時代背景の人工的な明かりがなかったことから、生活に必要な≪火≫だったんじゃないかって言われてるわ。他には崇拝対象の神、その国の王とか、もしくは将来結ばれる運命の相手だったり――。あなたは何だと思う? 千切くん」
憶測が外れていなければ同じ答えをもっている。私も、彼も。千切の口が開いた。仄かに奥歯をかみしめていたことを、誰も知らない。
「……夢?」
ほら、やっぱり。彼女は微笑みがらリボンを外し終えたトウシューズを脱ぎ、タイツだけになった足で立ち上がった。
「ほしいものを取りに行くために私達には脚があるんだと思うの。自分から近かづかないとそこにはいけない」
歩いて黒板の前に立ちケイナは赤いチョークを握った。広くて黒々した板の上に指導者によって指摘された箇所が個別で事細かに書かれている。今日の課題となったグランバットマンの軸のぶれはなんとか修正できた。明日今一度見てもらう。自身の名前が書かれた箇所に力強くチョークを当て円を描いた。彼と同じ色をした丸が私の名前を囲う。
「私は夢に愛してもらえるだけの力がほしいの」
黒板を見つめる彼女の声は近くにいるのに、遠い。それでも深い音となって自分の中に落ちてくるのを感じ千切は声が出せなかった。
「帰りましょうか」とまた微笑んでそう言った彼女に意識を引き上げられたのは、すぐ後のこと。
2025/2/22
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