2.夢の話をしましょうか
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なんでそこに足を運んだのか、自分でもよくわからない。
六限目の終わりを告げるチャイムが鳴り響くと、皆一斉に帰り支度を始める。いつもの光景だった。千切も広げていたノートと教科書を鞄にしまう。今から塾だとだるそうに嘆く者。帰りにどこか寄ろうかと友人を誘う者。部活に向かう者。まっすぐ家路につく者。
ここ最近の千切の選択は最後の一択か、もしくは別館の屋上で一人物思いにふけるかのどちらか、だった。少しずつ教室から吐き出されていくクラスメイト達の波にのり廊下に出る。最近では授業中に当てられるか、必要最低限の要件で話しかけられる以外のことで、校内で何か言葉を発することはほとんどなくなった。それすらなくなっていつか自分は声をなくしてしまうんじゃないかと遠い思考で考えた。それに恐怖を覚えないのは、最上級に必要なものがすでに欠けてしまっているからで。自分にとってなによりも、心臓にも近い大事な。いのちの糸。
「……」
階段を降りる途中、踊り場の窓から別館が見えた。
今日はまっすぐ家に帰ろう。寄り道なら真っ黒で黄金の目をもつあいつに会いにいけたらいい。そう思っていたはずだった。
四階の一番端の教室、窓が開いているのかぶわりとカーテンが外に舞う。今日も風が強い。初夏を呼びこむにはまだ早いそれに背中を押されるよう、千切はそこへ歩を進めた。
ノックも一言もなしに扉を開ければ、窓枠の手すりに手を添えていた彼女がこちらに気付いて笑みを見せた。
「こんにちわ。千切くん」
もう少しで終わるから待っててね。と彼女はいった。言われるがまま黒板下の段差あたりに腰を下ろす。待つ必要があるのかと自問自答したがなぜか抗えない。室内を見渡す。考えればこの教室にくるのは始めてだ。
ピアノや椅子やらの一切が取り除かれた空間はこんなにも広いものかと思う。辛うじて教卓の上に置かれたメトロノームがリズムを刻み、壁に色の変色した校歌の歌詞と音楽にさほど興味のない自分でも知っているような音楽家の肖像画が並んでいる。もしかすると自分の教室もクラスメイトの人数が人数だけに狭苦しく思えるがすべてが省かれればじつは居心地のいい空間なのかもしれない。
メトロノームにあわせて手すりに片手を添えた彼女が動く。立てたつま先が床をすべり時折膝を曲げ、腕を伸ばしては指を波打たせる。踵をもち高く足を上げたのには目を丸くした。やんわり泡をつくる、空気のような動きだと思った。
しばらく眺めていると一通りおえた彼女がこちらに近づいてきた。「退屈じゃなかったかしら」とメトロノームを止めながら問われたので「なんかはじめて見たけど不思議だった」と感想にもなれない感想の述べた。物珍しかったのはある。自分のやっていたスポーツとは違う音楽と軽やかさの融合動作。彼女は千切の隣に腰を落としタオルで汗をぬぐった。
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