1.暮日と亡霊
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自主練を切り上げ屋上に向かえば、相もかわらずそのひとはいた。
今日は柵の内側を背に地面に座っていたので内心安堵で息をつく。目をとじて眠っているのか、はたまた瞑想か。ちかよるとしきつめられたような睫毛がやんわりと持ち上がって、昨日射貫かれたはずの赤の眼が姿をみせた。ふんわりこちらに矛先が向けられたので、こんにちわと口にすると大きな目を一瞬見開いてすぐ平常に戻す。やはりすこしきつめの視線。
「あんた転校生か?」
ここのものではない自分の制服を凝視しながら問うた喉仏には警戒心が内包されている。
近くに座りながら否定し、東京の学校から来たと言った。そこのバレエ科に席をおいていることも。
「私たち合宿でここに来ているの。佐山先生を知ってる? 昔うちの科で教鞭をとっていたらしくて、その伝手で今回場所を貸してくださって指導受けているのよ」
紅の頭の片隅に眼鏡をかけた気の強そうな女性が顔をだした。数学教諭でたしか担任クラスはもっていなかったはず。そのかわり生活指導を受け持っているため校則違反にすこぶる厳しく、ばれない程度にと爪にベイビーピンクをのせた先輩女子を発見した際、寒気をおぼえるような威圧感で職員室に連行していったのを見たことがある。妙齢を感じさせない姿勢のよさで、きびきび廊下を歩く姿が印象的だった。
年相応な見た目からでも、若いころはさぞ美しかったのだろうと想像に容易い。
「この校舎本当に人がこないのね。練習場所を借りて二日目だけど、ここの生徒で会ったのはあなたが始めてよ」
「どこの教室にいるんだよ」
「第二音楽室」
「四階か。あそこは基本教室少ないから使われることほとんどないんだ」
音楽室は吹奏楽部含め大部屋の第一しか使ってないし、と彼は付けたした。別校舎であるこの棟は主に美術室、家庭科室等の特別教室がありそれも下のフロアのため日頃四階以上に上がってくる生徒はほとんどいない。
練習場所とやらにそこが選ばれたのは生徒たちと顔をあわさせないのが目的だろうと千切は憶測する。校内に他校生がいるとなると地味に関心で落ち着かなくなるのは目に見えているし、大小問わずいざこざが起きれば学校同士の大きな問題に発展してしまう。それを避けるための配慮だ。
「クラスは向こうの本館でしょう?」
「そうだけど、それが?」
「ここには毎日きているの?」
「――別に」
「それ便利な言葉。だって色んな意味になれるもの」
肯定にも、否定にも。ふふっと彼女はまたひとつだけ笑った。転換するように彼女は会話の軸を切り替えた。
「お名前は?」
「……千切豹馬」
「――男子?」
「は?」
簡潔な単語を吐くには時間に隙間ができすぎているような。目を軽く見開く彼女に千切は思わず視線をあわせた。
次に彼女は口元に手を添える。
「あら、ごめんなさい。あんまり美人だったからてっきり女の子と思って……」
「いや学ラン着てんだろ」
「最近ってスカートもスラックスも自由に着れる学校多いじゃない? ここもそうなのかと」
極論すぎる。顔はどうあれふくらみのない胸だったり、平均より高い背丈だったり視覚から得られる情報はいくつも持ち合わせているつもりで、第二次性徴も中学ですぎさり変声期も超えてからの今だ。だからといって昨日今日初対面の女子に怒る気力も湧き上がらず「で、あんたは?」と逆に千切は問う。
「はじめまして。本庄ケイナです」
彼女は微笑んで続けた。
「私レッスン後はひとりで残って練習しているの。よければいつでも来て」
2025/2/16
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