9.紅い花の涙【前編】
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東京の学校の合宿生が来て、数日が経過した。担任のいっていたとおり、本館と別棟とで互いの生活動線がわかれているため、絡むことは基本まったくなく、俺達の学校生活が大きく変動することはなかった。だから、最初に東京からバレエの女子生徒が来る、と聞いた時に想像していたほど、学校全体が騒がしくなることもなかった。
……まあ、男子が何人か浮ついてるのは見かけたけど。
ただ唯一、昼休みだけが違った。食堂と購買。人が集まる場所に、どうしても異質な連中がふらりと顔を出す。
昼食を終えた俺は飲み物を買いに購買に向かった。
「混んでんな……」
昼時、基本ここは戦場だが、今日はいつもより人が多い。列が長く、ちょっと面倒だな、と思いながら後ろに並んだ。その時、妙な空気に気付いて、なんとなくそこを見る。この購買の喧騒には明らかに馴染んでいない、三人の女子がいた。うちのとはまったく違うデザインの制服。東京の女子たちか。本庄がいつも着ているものとまったく同じだ。
周囲の視線がその一か所に集まっていた。露骨に見るというより、ちらちらと視線を吸い寄せられているという感じ。本人たちはそれに気付いていない様子で、何か話し合いながら商品を選んでいる。
なんだ。この感じ……。はじめて本庄を見た時の不思議な感覚が、俺の中にふたたび降りてきた。まわりにいるたくさんのうちの生徒と三人の他校の女子生徒、自然と交互に見てみる。
俺らと同じ年ぐらいの女子たち。なのに、何かが違う。髪型とか制服とか、顔立ちとかそういう話じゃなくてもっと根本的な、何か。
そこで「あ」と心の内で声が出た。すとんと、答えが落ちてきて、腑に落ちる。
本庄が俺の日常にどうもなじまないと思っていた、漠然とした違和感の正体が、今やっとわかった。
――骨格が違う。
頭部の大きさ、首から肩にかけてのラインとか腰から脚にかけての伸び。うちの生徒が普通だとすると、彼女たちは明らかに線が長い。三人が三人共に身長は違うけれど、頭七つ、八つ分は優にありそうな頭身をしている。体そのものの作りが、違っていた。
多分こいつらは、踊ることに適した身体で生まれてきたのだ。そして世の中の数ある踊りの分野から、バレエを選択した。そこからひたすら鍛錬を重ねて、ひとつの体の形をつくりあげてきたのだろう。ただ立っているだけの動きの中に、長い間訓練された痕跡がたしかにある。俺がグラウンドで積んできたものと、種類は違えど根本にあるものはきっと同じなのかもしれない。一つのものに自分の体も時間も、すべてかけて走っている。
三人の集団にふわりと一人の影が合流した。本庄だった。彼女たちと何かを話していたかと思えば、本庄は俺に気付いて嬉しそうに目を細めた。
「千切くん」
……やめろ。
周囲の意識が一気に俺に向けられ、ざわついた。
少し前までのサッカー部での活躍が地元メディアでも取り上げられていた俺を、校内で知っているやつも多い。たくさんの視線が刺さって、俺は思わずふいと顔をそむける。軽く片手を上げて答えるのが精一杯だった。
いつも二人でいたから気付かなかったけど……目立つな、こいつ。
その日の夜、ベッドで本を読みながらくつろいでいた時、スマホのコール音が鳴った。画面に表示された発信元に、俺は思わず「げっ」という顔をしてしまう。何の用だと少し間をおいて、電話をとった。
「何、姉ちゃん」
『豹馬お疲れー! 今電話大丈夫?』
無駄に大きな声に、思わず耳からスマホを離した。東京の大学に通っている姉ちゃんは、頻繁に連絡もしてくるし、忙しい中しょっちゅう帰ってくる。同じ親から生まれた姉弟だけあって顔は似ているとよく言われるが、性格がまるで違う。我が姉ながら、変なテンションと行動力もっていると思う。
「別に、本読んでた。で、なに?」
『来週講義とってない日と連休続くから、そっち帰るね』
「またかよ! そう言って二ヵ月前も戻ってきただろ」
『何よ。お姉様の帰省を少しは喜びなさいよ』
「姉ちゃんの場合帰ってきすぎなんだよ」
『地元愛と家族愛が強いって言ってほしいわ』
「ああ言えばこう言う……母さんたちにはもう伝えてんの」
『報告済みだし豹馬の話たくさん聞いてあげてって言われてるわ。最近はどうしてたの? 学校とかどんな感じ?』
母さんも姉ちゃんも、父さんもたまに学校とか俺の近況を聞いてくる。最近の、学校……。
「珍しい客が来てる……」
『客? なにそれ』
「東京の、バレエ科がある高校のやつら。うちの先生の伝手で合宿で」
『それ、なんて名前の学校?』
俺は本庄から聞いていた学校名を伝えた。
『……ふーん。バレエ、ね』
「なに」
『ううん、こっちの話! それじゃあまた来週帰る時連絡するね!』
そういって一方的に姉ちゃんは電話を切った。俺はスマホをベッドに放り出し、読みかけの本を再び開いた。
ほんと暴風みたいな姉ちゃんだ。
2026/9/16.
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