7.眩暈
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あと二回転、というところで体がよろけてそのまま床に転がった。誰もいない音楽室の中、自身が倒れる音がむなしく落ちる。壁に並ぶ肖像画が冷ややかな視線を向けている気さえした。腕に力を込めて上半身を起こす。荒い息遣いと共に、額から流れる汗が輪郭を撫でてそのまま床に落ちるのを、水に沈んだような思考で眺めた。
もう、何回目だろう。失敗したのは。回転がこんなにうまくできなかったことなんてあっただろうか。軸足から筋肉が抜き取られたように力が入らない。体の引き上げが明らかに弱い。これはほんとうに、自分のからだなのだろうか。
弱々しく足を動かして、床に座る姿勢をとった。あたりを見渡す。だれもいない、ひとりの空間だった。本能的とでもいうように、濃厚な桃の色を室内に探してしまう。いつも、自分を見ていてくれる視線の気配がない。
ケイナは立ち上がって窓へ近づき、向かいの棟の一室に視点を結ぶ。今は放課後で、すでに室内はからっぽだった。ここから、本来なら見えるはずなのだ。眩いくらいの紅のあざやかさを。
刹那、引き戸が音を立てた。
「よ」
聴覚が過敏になって、ケイナは即座に首をもたげた。
「……何その反応」
「……帰って、なかったの」
「帰ってたよ。けど戻ってきた」
予期せぬ自分の来訪に驚いたのか、もしくは思っていた人物と違っていたのか。一瞬ケイナの瞳孔が揺れたのを察して、友人は溜息をついた。
「ちょっと、外の空気吸いにいかない?」と窓の外を顎でしゃくった。
別校舎の裏側にひっそりと設置されたベンチに二人腰を下ろす。門の通り道にもならないそこに、生徒の姿はなかった。
特別手入れされていないのだろうか雑草がまだらに茂り、何本か生えている木々が木陰をつくっている。
話すには誰にも邪魔されなくてちょうどいい。友人は隣の彼女へ尋ねる。
「単刀直入に聞くね。最近なんか悩んでる?」
ケイナの異変に気付いたのは先週末あたりからだった。数人で市内観光へ行ったあの日の帰り頃だったと思う。ホテルに帰ってからの彼女は何を話してもどこか上の空で、名前を呼んでも反応するのに一拍以上タイムラグがあったりだとか。
レッスン中の彼女にはたから見てみれば特に目立った変化はないが、やわらかい動作に違和感を覚えているのは恐らく自分だけだ。例えるなら「心ここにあらず」。
ケイナの瞼が微かに伏せられて、まつ毛の影が色濃く黒を下ろす。口が薄く開くまでに少し時間を要したが友人は黙ってそれを待った。彼女は、語りだす。いつもの真っ赤な彼のこと。一つだけ違うのは、ケイナの声色に鉛の重さが加わっていることだった。
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