6.遠ざかる背中
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その日は仲間共々、浮足立っていた。レッスンの合間も、壁時計が早く正午を知らせないかと、皆そわそわしていたのは空気で察せるものであり。
合宿ともあって、滞在期間中の土日もみっちりレッスンに明け暮れてたが、その週は違っていた。
来週末には東京に戻ることになっている自分たちの鹿児島で過ごす最後の土日ということで、先生達の温情により午後から自由時間を与えられたのだ。
ほぼ練習場所とホテルの往復だったので、それは一同はしゃいだものである。
ケイナの予定はというと仲の良い友達数人で市内観光をすることとなっていた。
レッスンを終え早々にホテルに戻ると、ますはじめにシャワーを浴びて汗を流した。
手早く浴室から出ると、次に全身に保湿クリームと顔に化粧水を二、三回にわけてパッティング。ドライヤーで髪を乾かし、さっとコームでとかした。
ベッドの上に持ってきた少ない私服を並べ、その中から薄手のワンピースを選んで袖をとおした。最後に薄く日焼け止めとパウダーを肌にのせる。
ドア付近にある姿見の前で全身をチェックして、集合場所である一階へと向かった。
休日の昼ごろともあって、繫華街は観光客と地元人でごった返していた。
事前に皆でどこに行きたいかを話し合っていたので、一つ一つ巡ってみることにする。
友人の一人がSNSで検索していた大通りから少し離れた裏路地に、隠れ家的なカフェがいくつもあった。そこで目に入った一軒に入って昼食をとることにする。店内は若者向けの華やかな内装で、客層も自分達と同じく若い女性やカップルがほとんどだった。それこそ写真映えするようなメニューがそろえられており、食後に注文したカフェラテの表面に施されたラテアートが一人一人描かれている絵柄が違っていて、友人たちの写真を取る手が止まらなかった。
カフェを出た後、表のアーケード街へくりだした。真新しい店や老舗感のある飲食店や雑貨店が軒を連ねるそこは、見ていて面白い。観光客向けのご当地菓子やら土産物が並んでいるのを眺める。最終日に空港でお土産を買う時間があるかもわからないし、ここで買っていこうと、家族分と学校の友達分とを手に取ってケイナは会計へ向かった。
その後は高台から市内を一望できる公園や、市立水族館などを楽しんで気付けば夕方になっていた。
明日もまた一日レッスンか、なんて友人たちと他愛もない話をしながら帰路についていた、その時。はたとケイナは立ち止まる。
大きな病院がそこにあった。立派な門構えに≪県立病院≫と記されている。友人たちからどうしたのかと問われて、先に行っていてと伝えた。彼女が立ち止まった理由、それは清潔感の象徴のような白い建造物の入口付近に、一際目立つ色をした等身を見つけたからだった。
休日に、こんなところで見かけるなんて、どういう偶然だろう。
ふいに等身の、紅い瞳が意図せずこちらを向いたので、軽く手を振ってこたえようとした。
しかし、彼の目が雷に打たれたように見開かれる。遠目でもわかるほど彼の顔から血の気が引いて、真っ青になった。
彼の、千切の前に一台の車が止まった。ケイナからさっと目線を逸らし、逃げるように後部座席に乗り込む。
彼を乗せた車が動き出し、ケイナの横をすり抜け、去っていった。
上げかけた手を、下ろすこともできず、頭に靄がかかる。
本庄じゃん。どうしたこんなところで。 今日は午後からお休みもらって、市内で遊んでたの。千切くんは?
そんな会話がふわりと交わされるものだと思っていた。少し距離が離れていて、私の存在に気付かなかった? 私だと分からなかった?
熱くも冷たくもないコンクリートに足首を捕まれたようで、体が動かない。
ただ、彼を乗せた鉄の塊を、見送ることしかできなかった。
その日以来
千切が、ケイナに会いに来ることはなかった。
2025/4/18.
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