4.黒猫
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「ここは……」
千切に連れられてやってきたのはある一軒の民家だった。家といえど庭の緑は手入れされた気配がなく乱伐に伸びきり、窓という窓が板張りで封鎖されている。トタン屋根や壁の一部ははがれて崩れかけているようにも見えた。壁にはびこる蔦は長い時間をかけて家を覆ってきたのだろう。人の出入りしている形跡がまるでない。目に見えてわかる空き家だった。
こっち、と紅くて高い等身に手招きされ、彼に続いて敷地内に入る。その時、がさりと茂みが揺れ動いて一瞬小さく肩がはねた。千切が年季も亀裂も入ったコンクリートにしゃがみこみ、動揺することもなく茂みの中の何かを待っていた。緑の葉の間から、黒くてしなやかな胴体が姿をあらわした。
「まぁ、かわいい……!」
夜の色をした猫が、にゃぁとひとつだけ鳴く。目元の二つ分、金色の色彩があでやかで光を凝縮した玉のよう。定位置のように千切の前で止まった。ケイナも千切の横にしゃがみこむ。
「この子は?」
「野良猫だと思う。ここに住みついてるっぽい」
「お友達?」
千切は肯定も否定もせず、ポケットから先程購入したかりんとうまんじゅうを取り出し黒猫の前に置けばそれを警戒もせず食べ始める。お互い慣れているのであろう一連の固定的な流れに、彼等の共有した時間そのものを見た気がした。
「こいつは俺のこと餌くれる人としか思ってないだろうけど」
「撫でていいかしら」
「ひっかかれるからやめといたほうがいいぞ」
こいつちっとも懐かねーの。千切は苦笑したのち、表情の色を薄くしながらまんじゅうを食べる猫を見つめる。
「……最近俺に絡むのは家族とこいつと――あんたくらい」
ケイナも千切も、黒猫から目をそらさない。体を丸めて食べることに夢中な姿にどこか既視感を覚えて、ああ、とすぐにケイナは気付いた。
「…………今回の合宿、今まで得意だと思っていたところを色々と指摘されちゃって、他の子たちと一緒に落ち込んだりしていたんだけど」
艶めく毛並みも世の中の綺麗なものをとかしたような目の色も、あでやかな美貌が彼もこの子もよく似ている。だからこの一人と一匹は、磁石がひきあうように出会ったのだろうか。それはまるで約束された引力のように。
「こうしてあなたに会えたから全身の筋肉痛も、いつもよりきついレッスンも、これっぽっちも無駄じゃなかった」
千切が隣を見る。彼女の横顔は太陽の恩恵を受けて眠る猫のように、温度のある顔をしていた。
「…………流れ星」
「……?」
「見てみるか。一緒に」
やっと彼女が自分を見た。千切はちいさないたずらっこのように白い歯を口からのぞかせた。見えなくとも手をさしだせば、彼女がそれを取るのを拒まないことをもうしってしまっている。
「そのかわり、少しわるいことしてもらう」
2025/3/2
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