4.孤城の吸血鬼 Ⅲ
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二人と別れ直感を頼りに先へ先へと進んでいった。外観から想像はしていた通り各フロアはカウントするのを諦めたくなるほどの部屋数があった。一部屋一部屋確認するものの、稀に奇抜な形状をした置物や絵画が点在している程度で、特に変わったところはない。あの吸血鬼の趣味なのか。はたまた別の誰かのものか。廊下を突き進む中どこへ行っても、人影がない。不気味であれど、何かの殺気もないのは殊更違和感に拍車がかかる。そんな違和感は、何の前触れもなく打ち消された。常闇の点在する廊下の先から、微かに足音が届いた。思わず咲耶は立ち止まる。少しずつ、少しずつ音が明瞭になって、咲耶が静かにイノセンスを発動させれば、彼女の周りを水の帯が泳ぎだした。ラビとアレンの気配、ではない。敵の血に飢えた殺戮本能の匂いともまた別。目を細め、迎え撃とうとする。
廊下の末端にある窓から漏れる月光が、気配の正体を捕らえた。金糸の髪に包まれた頭部の下に、その顔が晒される。一歩一歩とこちらへ進んでくる人物の姿を、等間隔に埋め込まれた窓からの光が、消しては現し、消しては現しを繰り返して、ついには咲耶の目の前で歩みを止めた。
薔薇の化身が、そこに立っていた。すらりと紅い口元が開くのを、まるで花の開花のように思ってしまう。
「無知すぎよ」
「誰が」
「男全般。女っていう生き物の皮の艶にばかり惹かれて、そこに毒が塗られているのに気付きもしない」
だからこそ扱いやすいし、いとも容易く狩れてしまう。抑揚もなく、薔薇の麗女は言った。
「エリアーデ」
「咲耶、です」
荒々しくて、ぶっきらぼう。それでも煌びやかな威圧感。人間を気圧する、美しさ。
「ここに住んでるんですか?」
「だったら?」
「人を探してまして」
ふーん、と興味もなさそうな素振り。
これまた花のように艶やかな化粧。気の強そうな目元に、よく似合っている。咲耶の足元から顔を目線で見遣って、ふんっとエリアーデは鼻を鳴らした。
「あんた、あの二人のどちらかの女?」
「二人?」
「さっき、城内に男の子達がいたのよ。あんたと同じ紋章のついた服を着てた」
間違うことなき白雪の妖精と、太陽の兎である。ゆるりと首を降って否定した。
「…………いえ」
「そう。じゃあ、他にそういう相手はいるの。その男といる時、どんな気分?」
「質問の意味が――」
わかりません。
矢継ぎ早に問われて、脳内処理が追いつかない。焦っているような、咲耶の中の何かを堀り起こしたいとでも言うような物言いだった。エリアーデの吊り上がった目元が、微かに緩んで伏し目がちになった。強かった眼差しも、隠れてしまった。
「欲しいものがあるの。……魔法よ」
「魔法?」
「そう、魔法。どんなに醜くくて汚れた女でも、かかった瞬間花になる」
今までの覇気を捨ててしまったように、祈るようにエリアーデは言う。彼女は懐から何かを取り出し、咲耶へ差し出してきた。一本の、赤い薔薇。咲いたばかりだとでもいうように艶のある花弁が血色の光沢を放っている。咲耶は薔薇の花から、エリアーデへ視線を動かした。
無言で自分の次の行動を待っているであろうエリアーデに答えるべく、咲耶は薔薇を受け取る。その瞬間、指にチクリと鈍い痛みが走った。該当箇所である人差し指の先を見れば、赤い小さな玉が浮かび上がっていた。紛うことなき血であるそれは徐々に容量を増して大きくなっていく。よく見れば茎の部分に棘が剥き出しになっており、それが指に刺さってしまったようだった。刹那、軽く負傷したほうの腕を力強く取られる。驚いて見れみればエリアーデが咲耶の腕を掴み血が滴りだした指先をじっと見つめていた。
「皮肉よね」
自嘲気味に、エリアーデが笑った。
「この赤い血が体に流れてさえいれば、私だって……」
彼女が言い終える前に、地鳴りがなった。足元を激しく揺らし、思わず二人の体が倒れこみそうになる。次々に爆音がなり、城が崩れるかのような振動。どこかで彼等が戦っている。
「城の外に逃げてください!」
エリアーデにそう告げ、咲耶は走りだす。あっという間に姿を消した彼女の背中に、エリアーデは投げかけた。例えもう届かないと分かっていても。
「女ならこの気持ち、ちょっとは共感しなさいよ」
八つ当たりだ、こんなの。自分と彼女じゃ生きる器の土台が違う。毒の血の流れる自分の皮の中。赤い血と心臓が脈打つ彼女の皮の中。誰かを愛する権限を持っていいのは、後者のほうだ。私には、それが――。
彼女の願いの花びらが一枚だけ散って、色もなく地に落ちた。
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廊下の末端にある窓から漏れる月光が、気配の正体を捕らえた。金糸の髪に包まれた頭部の下に、その顔が晒される。一歩一歩とこちらへ進んでくる人物の姿を、等間隔に埋め込まれた窓からの光が、消しては現し、消しては現しを繰り返して、ついには咲耶の目の前で歩みを止めた。
薔薇の化身が、そこに立っていた。すらりと紅い口元が開くのを、まるで花の開花のように思ってしまう。
「無知すぎよ」
「誰が」
「男全般。女っていう生き物の皮の艶にばかり惹かれて、そこに毒が塗られているのに気付きもしない」
だからこそ扱いやすいし、いとも容易く狩れてしまう。抑揚もなく、薔薇の麗女は言った。
「エリアーデ」
「咲耶、です」
荒々しくて、ぶっきらぼう。それでも煌びやかな威圧感。人間を気圧する、美しさ。
「ここに住んでるんですか?」
「だったら?」
「人を探してまして」
ふーん、と興味もなさそうな素振り。
これまた花のように艶やかな化粧。気の強そうな目元に、よく似合っている。咲耶の足元から顔を目線で見遣って、ふんっとエリアーデは鼻を鳴らした。
「あんた、あの二人のどちらかの女?」
「二人?」
「さっき、城内に男の子達がいたのよ。あんたと同じ紋章のついた服を着てた」
間違うことなき白雪の妖精と、太陽の兎である。ゆるりと首を降って否定した。
「…………いえ」
「そう。じゃあ、他にそういう相手はいるの。その男といる時、どんな気分?」
「質問の意味が――」
わかりません。
矢継ぎ早に問われて、脳内処理が追いつかない。焦っているような、咲耶の中の何かを堀り起こしたいとでも言うような物言いだった。エリアーデの吊り上がった目元が、微かに緩んで伏し目がちになった。強かった眼差しも、隠れてしまった。
「欲しいものがあるの。……魔法よ」
「魔法?」
「そう、魔法。どんなに醜くくて汚れた女でも、かかった瞬間花になる」
今までの覇気を捨ててしまったように、祈るようにエリアーデは言う。彼女は懐から何かを取り出し、咲耶へ差し出してきた。一本の、赤い薔薇。咲いたばかりだとでもいうように艶のある花弁が血色の光沢を放っている。咲耶は薔薇の花から、エリアーデへ視線を動かした。
無言で自分の次の行動を待っているであろうエリアーデに答えるべく、咲耶は薔薇を受け取る。その瞬間、指にチクリと鈍い痛みが走った。該当箇所である人差し指の先を見れば、赤い小さな玉が浮かび上がっていた。紛うことなき血であるそれは徐々に容量を増して大きくなっていく。よく見れば茎の部分に棘が剥き出しになっており、それが指に刺さってしまったようだった。刹那、軽く負傷したほうの腕を力強く取られる。驚いて見れみればエリアーデが咲耶の腕を掴み血が滴りだした指先をじっと見つめていた。
「皮肉よね」
自嘲気味に、エリアーデが笑った。
「この赤い血が体に流れてさえいれば、私だって……」
彼女が言い終える前に、地鳴りがなった。足元を激しく揺らし、思わず二人の体が倒れこみそうになる。次々に爆音がなり、城が崩れるかのような振動。どこかで彼等が戦っている。
「城の外に逃げてください!」
エリアーデにそう告げ、咲耶は走りだす。あっという間に姿を消した彼女の背中に、エリアーデは投げかけた。例えもう届かないと分かっていても。
「女ならこの気持ち、ちょっとは共感しなさいよ」
八つ当たりだ、こんなの。自分と彼女じゃ生きる器の土台が違う。毒の血の流れる自分の皮の中。赤い血と心臓が脈打つ彼女の皮の中。誰かを愛する権限を持っていいのは、後者のほうだ。私には、それが――。
彼女の願いの花びらが一枚だけ散って、色もなく地に落ちた。
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