2.孤城の吸血鬼Ⅰ
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太陽色をした兎の行動は早かった。部隊の紅一点である室長の妹を追いかけて汽車を降りたはずのアレンを見送り、しばらくして戻ってきたのは何故だか彼女一人だけだった。電車内を探してもどこにもいない。となると考えられるのは、前の駅に何かしらの理由で取り残されたのでは。事件事故にでも巻き込まれたのではと一同肝を冷やした結果、自分一人が彼を迎えにいく役目を半ば強制的に課せられたのだった。リナリーからは懇願され、自分の師からは足蹴にされ、正直踏んだり蹴ったりである。
槌で目的地まで飛んで、村の中を手当たり次第に探せば、似たように連なる建物の一つから聞き知った声がして、滑るように中へ入った。
「吸血鬼?」
「はい。この村の奥には昔から恐ろしい吸血鬼が住んどるのです!!」
なんとも奇妙で奇怪なおとぎ話がはじまっていた。自分が捜索していた白髪の少年は予想通りそこにいたものの、なぜか椅子に縄で括りつけられている。鼻息を荒く話す老人は彼に向って語った。
村人も近寄らない古城に住む、欧州伝承のモンスター。名をクロウリー男爵。人々から恐れられつつも人畜無害だったはずなのに。ある日を境に村人を襲い出したという。
「うそぉ」
隠密さながら気配もなく樽の中に身を隠していたラビだったが、思わず声が出た。
「ラビ!? どうしてここに?」
「お前を捜しに来たんさぁ。そっちこそ何やってんだ?」
素っ頓狂に飛び跳ねるアレンにさらりとそう答えたラビ。
村人達の目にラビの団服の胸元の、アレンと同様の聖職者の証が飛び込んできて、彼もまた早々と捕獲されてしまった。
「で、何なんですか一体?」
隣でボロボロになって同じく椅子に捕縛されているラビの不服そうな顔を流し見て、アレンは村長に問う。
「実はクロウリーが暴れ出す少し前に村に旅人が訪れたのです」
そこからの話は殊更、違和感と嫌な予感のダブルコンボだった。ある日、村を訪れた神父と名乗るその男、クロウリー城へ一人入り数日後に無傷で戻ってきた。且て生きて戻った者はいなかった死の城からの生還に驚くゲオルグへ、自分と同じく十字架の服を来た者達が、この奇怪を解決する。そう言い残し彼は去っていったという。その後、孤独の吸血鬼は人間を襲うようになった。
神父、そして十字架。
自分たちの中の第六感が働いて、アレンとラビは瞳孔を開いた。
「私どもは今夜、決死の覚悟でクロウリーを討ちに行くつもりでした……が、主は我らをお見捨てにはならなかった。黒の修道士の方! どうかクロウリーを退治してくださいましぃー!!」
「いや、オレらはアクマ専門なんだけどな……」
「なんと! 悪魔まで退治できるのですか! 心強い!」
「いやそのアクマじゃねーんだけど」
何を言っても都合良く解釈されるようで、ラビはそこで何もかも諦めた。
「その旅人ってどんな人でした?」
頭の中の憶測が当たってほしいような当たってほしくないような複雑な気持ちで、アレンは問う。
「こういう人でした!」とゲオルグが差し出した似顔絵は、歪ではあれど間違うことなく自分の師で、アレンは思わず天を仰いだ。嫌な置き土産を置いて去った赤髪の暴君に、会ったら一発ぶん殴るとここに誓う。
「あの」
自分たちの背後から、男ばかりの村人衆にしては高い声が飛んできて、一斉にそちらに視線が集中する。後ろを向いたラビは目を丸くした。自分たちと同じく縄で拘束され、村人二人から腕を掴まれた少女がいた。胸元に光る十字は、見覚えしかなかった。
「私たち、見ての通り同業者ですが如何せん初対面なもので、もし行くなら事前に段取りを話し合いたいです。逃げも隠れもしないと約束します。この縄を解いてはくれませんか?」
苦い顔をする彼等が、拘束を解いたのはそれからすぐのことだった。
一同自由になった体で、建物の外へ出る。閉まる扉が鈍い音をたてた。無言で一瞬三人見つめあい、はじめに口を開いたのは赤い兎だった。
「俺はラビ、こっちはアレン」
「は、はじめまして」
そう言って、白髪の少年は右手を差し出してきた。
「はじめまして。藤島 咲耶です」
一言名乗って、彼の手を握る。ここに連れてこられて、はじめに声をかけた直後にお互い捕まり引き離されてしまったので、自己紹介がまだだった。太陽色の髪をバンダナで上げた彼は、おそらく自分と同じ年くらい。長身で飄々とした物言い。
片や今自分が握手している彼は真っ白な雪から出来たような髪。まだ幼い顔だちから年下だろうか。薄幸で中性的で、儚い印象。雪の妖精に、はじめて出会った気がした。
「あんたエクソシストだよな。はじめて会ったさ」
「私基本、本部にはいないから……」
ラビが師と共に入団して二年。話したことのない所属の団員も含め職業柄一度見た顔は嫌でも忘れないが、彼女は頭の中の履歴には影すらない。聞かれて困る会話ではないが、誰ともなく自然とそこから足が遠のいて、すぐ近くの森の中を歩き始めた。
「どうしてこの村にいたんですか?」
木々が生い茂る中を歩きながら、アレンが少し前を歩く彼女へ問いかける。
「私、本当だったらクラウド・ナイン部隊なんだけど、コムイさんからの指示で別の部隊の護衛に回されて、そこに合流する途中だったの。今日たまたま立ち寄ったこの村で、団服が村の人の目に止まって、そのまま捕まっちゃった……」
「なるほど……」
そういって溜息をつく彼女に同調する。捕獲された理由が自分達とまったく同じものだった。少しだけ振り向いて、次は咲耶が二人に問う。
「二人は、どこの部隊?」
「クロス元帥。なんか、俺らがここに来たのって半ば強制的に導かれた気がするさ」
「運がいいのか悪いのか……」
アレンが語尾にハハッと乾いた笑いを付け足した。何故だが二人の顔色があまりよくない気がする。特にクロスの弟子であるアレンが修行時代、理不尽かつ過酷な状況に置かれていたのを彼女は知らない。刹那、咲耶が視界の端に、何かを捉えた。
「二人共」
歩みを止めた彼女の固い声色、反射的に二人の歩調もそこで終わる。咲耶が視線を固定する前方を辿るようにして首を二人は前に寄越した。三人の少し離れた場所に、一人の男性が立っていた。村人だろうか。
「……人間?」
「様子が……」
ラビとアレンの表情も固くなる。虚ろな目、少しだけ開いた口が低くなにか言葉でない呻きを漏らしていた。次第に全身が大きく振動して、奇声を発しながら異形へと姿を変えた。
「早速仕事さぁ」
口端をつり上げ、ラビが太腿のホルターから槌を取り出す。即座にアレンも手袋を外した。バルーン型の形状からして、敵はレベル1。共にイノセンスを発動させ、ラビとアレンは敵の懐へ突っ込んでいったが、振り下ろした武器をひらりと避け、アクマは頭上高く飛翔する。
「くっそっ、生意気に知恵使ってんな――!」
ラビが思わず悪態をつく。目視でその姿を確認は出来れど、大槌の『伸』で届く距離か否か。頭より体が先に動こうとした、その時だった。
「涙縁」
アクマが水の球体のようなものに包まれた。中で異形の皮から数多の気泡が発生し、つんざくような悲鳴を上げ爆発した。水が雨のように森へ降り注ぐ。
「今のが貴女の攻撃ですか? 武器はどこに」
左腕の発動を解きながら、アレンが咲耶へ問うた。
「酸を含んだ、毒の水。見て」
彼女が木々を指差し促した。水の降れた葉が、一瞬で色をなくし、精気を吸い取られたように萎れていく。
「壊死してるの。あれは、アクマだけでなく地上の万物まで溶かしてしまう……」
命を落とした緑達をどんな気持ちで見るのが正解なのか。いまだに分からない。あの状況では、この攻撃を使う他なかった。
空気を変えるように、ラビが促す。
「とりあえず、戻るか。ゆっくり話聞かせて」
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槌で目的地まで飛んで、村の中を手当たり次第に探せば、似たように連なる建物の一つから聞き知った声がして、滑るように中へ入った。
「吸血鬼?」
「はい。この村の奥には昔から恐ろしい吸血鬼が住んどるのです!!」
なんとも奇妙で奇怪なおとぎ話がはじまっていた。自分が捜索していた白髪の少年は予想通りそこにいたものの、なぜか椅子に縄で括りつけられている。鼻息を荒く話す老人は彼に向って語った。
村人も近寄らない古城に住む、欧州伝承のモンスター。名をクロウリー男爵。人々から恐れられつつも人畜無害だったはずなのに。ある日を境に村人を襲い出したという。
「うそぉ」
隠密さながら気配もなく樽の中に身を隠していたラビだったが、思わず声が出た。
「ラビ!? どうしてここに?」
「お前を捜しに来たんさぁ。そっちこそ何やってんだ?」
素っ頓狂に飛び跳ねるアレンにさらりとそう答えたラビ。
村人達の目にラビの団服の胸元の、アレンと同様の聖職者の証が飛び込んできて、彼もまた早々と捕獲されてしまった。
「で、何なんですか一体?」
隣でボロボロになって同じく椅子に捕縛されているラビの不服そうな顔を流し見て、アレンは村長に問う。
「実はクロウリーが暴れ出す少し前に村に旅人が訪れたのです」
そこからの話は殊更、違和感と嫌な予感のダブルコンボだった。ある日、村を訪れた神父と名乗るその男、クロウリー城へ一人入り数日後に無傷で戻ってきた。且て生きて戻った者はいなかった死の城からの生還に驚くゲオルグへ、自分と同じく十字架の服を来た者達が、この奇怪を解決する。そう言い残し彼は去っていったという。その後、孤独の吸血鬼は人間を襲うようになった。
神父、そして十字架。
自分たちの中の第六感が働いて、アレンとラビは瞳孔を開いた。
「私どもは今夜、決死の覚悟でクロウリーを討ちに行くつもりでした……が、主は我らをお見捨てにはならなかった。黒の修道士の方! どうかクロウリーを退治してくださいましぃー!!」
「いや、オレらはアクマ専門なんだけどな……」
「なんと! 悪魔まで退治できるのですか! 心強い!」
「いやそのアクマじゃねーんだけど」
何を言っても都合良く解釈されるようで、ラビはそこで何もかも諦めた。
「その旅人ってどんな人でした?」
頭の中の憶測が当たってほしいような当たってほしくないような複雑な気持ちで、アレンは問う。
「こういう人でした!」とゲオルグが差し出した似顔絵は、歪ではあれど間違うことなく自分の師で、アレンは思わず天を仰いだ。嫌な置き土産を置いて去った赤髪の暴君に、会ったら一発ぶん殴るとここに誓う。
「あの」
自分たちの背後から、男ばかりの村人衆にしては高い声が飛んできて、一斉にそちらに視線が集中する。後ろを向いたラビは目を丸くした。自分たちと同じく縄で拘束され、村人二人から腕を掴まれた少女がいた。胸元に光る十字は、見覚えしかなかった。
「私たち、見ての通り同業者ですが如何せん初対面なもので、もし行くなら事前に段取りを話し合いたいです。逃げも隠れもしないと約束します。この縄を解いてはくれませんか?」
苦い顔をする彼等が、拘束を解いたのはそれからすぐのことだった。
一同自由になった体で、建物の外へ出る。閉まる扉が鈍い音をたてた。無言で一瞬三人見つめあい、はじめに口を開いたのは赤い兎だった。
「俺はラビ、こっちはアレン」
「は、はじめまして」
そう言って、白髪の少年は右手を差し出してきた。
「はじめまして。藤島 咲耶です」
一言名乗って、彼の手を握る。ここに連れてこられて、はじめに声をかけた直後にお互い捕まり引き離されてしまったので、自己紹介がまだだった。太陽色の髪をバンダナで上げた彼は、おそらく自分と同じ年くらい。長身で飄々とした物言い。
片や今自分が握手している彼は真っ白な雪から出来たような髪。まだ幼い顔だちから年下だろうか。薄幸で中性的で、儚い印象。雪の妖精に、はじめて出会った気がした。
「あんたエクソシストだよな。はじめて会ったさ」
「私基本、本部にはいないから……」
ラビが師と共に入団して二年。話したことのない所属の団員も含め職業柄一度見た顔は嫌でも忘れないが、彼女は頭の中の履歴には影すらない。聞かれて困る会話ではないが、誰ともなく自然とそこから足が遠のいて、すぐ近くの森の中を歩き始めた。
「どうしてこの村にいたんですか?」
木々が生い茂る中を歩きながら、アレンが少し前を歩く彼女へ問いかける。
「私、本当だったらクラウド・ナイン部隊なんだけど、コムイさんからの指示で別の部隊の護衛に回されて、そこに合流する途中だったの。今日たまたま立ち寄ったこの村で、団服が村の人の目に止まって、そのまま捕まっちゃった……」
「なるほど……」
そういって溜息をつく彼女に同調する。捕獲された理由が自分達とまったく同じものだった。少しだけ振り向いて、次は咲耶が二人に問う。
「二人は、どこの部隊?」
「クロス元帥。なんか、俺らがここに来たのって半ば強制的に導かれた気がするさ」
「運がいいのか悪いのか……」
アレンが語尾にハハッと乾いた笑いを付け足した。何故だが二人の顔色があまりよくない気がする。特にクロスの弟子であるアレンが修行時代、理不尽かつ過酷な状況に置かれていたのを彼女は知らない。刹那、咲耶が視界の端に、何かを捉えた。
「二人共」
歩みを止めた彼女の固い声色、反射的に二人の歩調もそこで終わる。咲耶が視線を固定する前方を辿るようにして首を二人は前に寄越した。三人の少し離れた場所に、一人の男性が立っていた。村人だろうか。
「……人間?」
「様子が……」
ラビとアレンの表情も固くなる。虚ろな目、少しだけ開いた口が低くなにか言葉でない呻きを漏らしていた。次第に全身が大きく振動して、奇声を発しながら異形へと姿を変えた。
「早速仕事さぁ」
口端をつり上げ、ラビが太腿のホルターから槌を取り出す。即座にアレンも手袋を外した。バルーン型の形状からして、敵はレベル1。共にイノセンスを発動させ、ラビとアレンは敵の懐へ突っ込んでいったが、振り下ろした武器をひらりと避け、アクマは頭上高く飛翔する。
「くっそっ、生意気に知恵使ってんな――!」
ラビが思わず悪態をつく。目視でその姿を確認は出来れど、大槌の『伸』で届く距離か否か。頭より体が先に動こうとした、その時だった。
「涙縁」
アクマが水の球体のようなものに包まれた。中で異形の皮から数多の気泡が発生し、つんざくような悲鳴を上げ爆発した。水が雨のように森へ降り注ぐ。
「今のが貴女の攻撃ですか? 武器はどこに」
左腕の発動を解きながら、アレンが咲耶へ問うた。
「酸を含んだ、毒の水。見て」
彼女が木々を指差し促した。水の降れた葉が、一瞬で色をなくし、精気を吸い取られたように萎れていく。
「壊死してるの。あれは、アクマだけでなく地上の万物まで溶かしてしまう……」
命を落とした緑達をどんな気持ちで見るのが正解なのか。いまだに分からない。あの状況では、この攻撃を使う他なかった。
空気を変えるように、ラビが促す。
「とりあえず、戻るか。ゆっくり話聞かせて」
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