14.借金クライシス
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「長ぇさこの廊下」
「っスね」
どこまで続くのかも想定できない長い廊下をひたすら行く。咲耶はふと後方を振り返った。ここに繋がっていた扉はすでに遥か遠く。今頃敵と戦っているであろう黒い鉄仮面の背中を思い出していた。
「咲耶さん」
呼ばれて前を向けば、白髪の少年が自分を見ていた。
「何?」
「神田のこと、心配ですか」
咲耶は首を横に振った。
「自分がやるって言ったことは意地でもやり通すから、絶対来ると思うよ」
「ははっ、確かに」
すごく親しいかと言われるとそうではないけれど、これでも彼との付き合いは長いほうだ。何か一つやると決めてしまえばどんな弊害があろうともそれを蹴散らして突き進むような頑固な少年で、嫌々ながらでも交わした約束をふいにするということは神田のプライドに反することであるからして。アレンは乾いた笑いで同意して咲耶の隣に並んで歩き始めた。
「……江戸で会ってからちゃんと話してなかったですよね」
「そうだね――」
再会したのが戦場の真っ只中だったので致し方ない。それにつけてもあまりにこの短時間で目まぐるしく取り巻く環境が変わりすぎた。アレンは隣の彼女を流しみる。以前着てた男性用の団服と違い、今の団服のデザインから全身のラインがよくわかって、こんな体系をしていたのかと高鳴るものがあった。その時自分を見てきた咲耶と目が合う。
「……背が伸びた?」
「そうですか?」
「うん。前はもっと目線が近かった」
「アジア支部で左腕を取り戻すためにいつも以上に鍛錬してたんですけど、筋肉がついたのと一緒に身長も伸びたのかな」
アレンは自身の背を測るように、手の平をつむじに押し当てた。自分も女性にしては背丈が高いほうだが、それでも今アレンを軽く見上げている。気のせいでなければ肩幅も広くなったような。クロウリーの城で時間を共にした少年が少年でなくなっていた。三歳年下の男性とはこんな感じなのだろうかと、少ない知識で想像するしかない。≪アジア支部≫が彼の口からこぼれたのを聞き逃すことはなかった。
「――がんばったね、アレン」
多くの言葉はいらない。リナリーをはじめ、他の仲間からもたくさんの「おかえり」をすでにもらっているだろうから。自分は一番後方で、そっと群衆の中心で輝くその人を見守れれば十分。光を白髪の表面にすべらせた隣の少年が立ち止まったので、つられて自分も止まった。少し前方を歩いていた四人組との距離がひらく。短い静寂がおりて、アレンが雪のような微笑を向けてきた。儚くとけて空にかえってしまいそうな、しんしんとした温かさ。冬の白に攫われそうで、名前をよばすにはいられなかった。
「アレン?」
「……あなたの声が届いていました」
何度だって、「待っている」と。
「ありがとう咲耶さん。あなたが諦めずに望んでくれたから、僕は今ここに立っている」
アレンに両手を包み込まれて思わず驚いた。お互いの温度が共有されて、手の中が同じぬくもりになっていく。目をそらさない少年から、咲耶も焦点をずらすことができなかった。自分とは違う色素の薄い瞳の中に、自分の姿が鏡のように映されていた。しつこいくらいに思い知る。この子はやっぱり強い子だ。
「帰ってきてくれて、嬉しい」
ありのままを伝えれば、彼は雪の結晶が舞うように笑った。
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