13.スキン・ボリック・ルーム
名前変換
刻一刻と削られていく時間。部屋の空間そのものが重くゆれて、大地が呼吸をするような低音が轟いた。
「地震……ッ」
「やっぱりここはまだ方舟の内なんさ!」
「そうレロ。ここはまだ新しい方舟へのダウンロードが完了してないだけの部屋レロ。ダウンロードされ次第消滅するレロ!」
アレンの肝が一気に冷える。残された時間は百十分程度。もし神田一人残したとして、なにもかも間に合わなかったとしたら。敵の手中といっても過言ではないこの方舟で、あのノアの能力についての仔細が手元に一切ない自分たちが不利なのは明確である。色々なことを想定して勢いをつけ挙手したアレンに、ラビが驚いた。
「僕も残ります神田!」
「アレン!?」
「みんなはスキを見て次の扉を探して進んで下さい! 僕らもあとから――」
「お前と二人なんて冗談じゃねぇよ」
白雪色の髪の提案を真っ二つにした拒絶は、彼の愛刀の切れ味より断然鋭い。アレンへその切っ先を向け、彼は言い放った。
「オレが殺るつってんだ」
黒々とした鬼神の気迫を内に宿し、あろうことか皆へその殺気を振りかざした。いうことを聞かなければ即座にその首を打ち取る。まさかこの場で闘争心を自分たちに向けられるとは思わなくて、皆たじろぐしかなかった。
彼らに向け神田は無慈悲に「蟲」を繰り出す。悲鳴を上げながら皆逃げ惑う中、咲耶は自分に襲いくる攻撃を≪水鼬≫で消し去った。思わず溜息が出てしまう。彼らしいといってしまえばそこまでなのだが、自分も一応今回ティエドール部隊に所属している身として残る選択をしたほうがいいのだろう。けれどこの鉄仮面はそれを決して許さない。彼はそういう男なのだ。
この一瞬でその身をぼろぼろにされてしまった男性陣からそれは悲痛な苦言の数々が上がった。
「神田のバカー!!!」
「ユウのバカー!!! 殺す気がアホ―!!」
「人でなしっス!」
「鬼畜め!」
勝手にしろ。置いていってやる。
彼等のブーイングに顔色を変えず息を吐いた神田に、一同の怒りの数値がまたひとつもふたつも上がったので、これ以上やってられないと皆彼に背を向けた。ただ一人、呆れ気味に眉端を下げたのは短い黒髪の少女だった。仕方ないとばかりに筋の曲がらないその背中に声をかける。
「神田っ、ちゃんとあとでついてきてね。絶対だよ」
予測はしていたけれど、黒い背から応答がない。ついにリナリーは頬を膨らまし思い切り息を吸い込んで、返事をしろと放った。彼女の勢いに流石の神田も多少たじろいで仕方なしと振り返った。
「わ、わかったから早く行け」
その言葉を聞けてやっと満足したのか、リナリーは先を行った仲間の元へと駆けていった。彼女たちの背中を見送っているのが、この時自分だけじゃないことに神田が気付く。
「おい、お前も行けよ」
扉へと向かう複数の背中をじっと見つめている咲耶に声をかける。まさかこいつも残るとかいう気か、と一瞬危惧するも彼女は視線をそのままに開口した。
「いい子達だね。すごく」
こんな窮地でも自我を通す神田に怒りを向けつつ心配はしているのだろうとその言動でよくわかる。咲耶は静かに神田へ焦点をずらした。
「みんなを泣かせちゃだめだよ?」
「ふんっ」
その時、二人の大きくはない会話の間に地響きの震えにも似た低音が入りこんできた。
「お前らゴチャゴチャうるせぇぞ」
大柄な体が金色の鎧を纏うように変貌していく。レベル3のアクマとは桁の違う異形のものへとノアは変貌し、閃光にも似た攻撃を神田に放ってきた、
――二幻 八花螳蜋
対アクマ武器を二刀にして即座に応戦する。始まった戦闘に一同は扉へと一目散に走った。
「神田っ、追いかけてこなかったらぶっとばしますよ!」
「エクソシスト様、あそこに別の建物が!」
鍵で解錠して飛び込むように皆扉をくぐった。
攻撃を交え、一度飛ぶように双方距離を取った。手に感じるのはノアから放たれる電光の重み。このノアのことについて何も知らなかったのは、常に相手が道中で様子見のように自分たちを観察していたからだった。
「戦えるんだなお前。あの汽車以外で、何度かアクマ共に紛れて来てたのは知ってたが、いつもただオレ達を見てるだけだったから戦えないのかと思ったぜ」
「……お前ら、四人いただろ」
人間一人の頭部など簡単に粉砕してしまえそうな大きな手から生える指は、ごつごつとして鋼でできているようにも見えた。一本一本神田に見せつけるように翳していく。
「一番目、二番目、三番目、四番目。一対一で殺る順番をずっと考えていた」
「ふーん。で? 決まったのか?」
「お前と今一対一できそうだからお前が一番だな! その後に元帥のジジイとでかぶつの男。女は一番最後だ」
あまりに安易で、考える力に欠けているのであろうその頭には少しだけ同情してやってもいい。「成り行きかよ」と神田は鼻をならした。
「己はノア一族スキン・ボリックだ。お前はティエドール部隊のなんて奴だ?」
「神田だ」
スキンの体内から放出される眩い光。空から雷の雨が地上に降り注いだ。
「甘いのは好きか?」
金色の魔物は口端を上げて不気味に笑う。それを上から嘲笑うように、黒の剣士は冷笑を顔にのせた。
「大っ嫌いだな」
命の狩りあいが、はじまった。
2025/3/8.
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