13.スキン・ボリック・ルーム
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ぽたりと、まるで雨のように。誰のものでもないテノールの声質が水滴のように落ちてきて、皆の思考が停止する。方舟に落ちたきた人数に、いないはずのもう一人が当たり前のようにそこにいた。高い等身と櫛の通されていないであろう黒い無造作ヘアー、顔の造形を覆い隠すような分厚いレンズの眼鏡をかけた男だった。
クロウリー城より移動してきた三人衆が、旅路の途中で見た記憶のあるその顔に思わず声を上げた。特徴的な眼鏡の形、記憶に刷り込むには印象が強すぎる。汽車の中でアレンにポーカー勝負で身包みはがされた男達の中の一人だ。一般人である彼がなぜここに――。
「なんで? なんでここにいんの!?」
「おい、そいつ殺気出しまくってるぜ」
いち早く察したのは神田だった。人畜無害そうな風貌から垂れ流す、なにものかを食らうような悪魔の息遣いがたしかに聞こえる。男の視線がゆるりと一人の元へ移動してその姿をとらえた。獰猛な威圧感とは結びつかないような人懐っこい笑みを浮かべ、ひらひらと軽く手をふる。それを向けられているらしい相手が自分のようで、咲耶は多少の意表を突かれた。
「こないだぶりお姉さん」
「え?」
「咲耶さんも知ってるんですかこの人」
アレンに問われたが即座に否定した。何せ記憶の中で関わった人間にこんな男はいない。そんな彼女の思考に我関せずといった様子で男は顎に手をあてまじまじと咲耶と凝視する。次に彼が放った爆撃の威力は、皆の脳裏を一瞬だけ更地に変えた。
「君がちゃんと服着てるところ、はじめて見たな」
冷水を頭から浴びせられたような、または不意打ちに鈍器で打たれたような。一斉に仲間の視線が自分に向けられ、咲耶は過去一の回数といっていいほど首を横にふった。なにやらあらぬ疑いをかけられている。
「今なんつった?」
「どっ、どういうことであるか!?」
「服? 服って? 咲耶さん!?」
「この男となにがあったんスか!」
「知らないって――!」
男をビン底とといってはじめに反応したエクソシスト男性三人と。ある意味手違いでここに引きずり込まれた非戦闘要員のチャオジーが目にみえて混乱している。リナリーは反応に困り、神田にいたってはどこか読めない表情をしていた。
自供もなにも咲耶の中で本当に心当たりがない。男は胸の前に手のひらを翳し釈明しだした。
「あー違う違う、この子が水浴びしてるとこに偶々俺が居合わせただけ。誓って指一本たりとも触れてねーから。こうすれば思い出す?」
彼がおもむろに眼鏡を外す。晒された双眸に咲耶は思わず目を見開いた。人の喧噪と灯篭の明かりが華やかな中国の夜。竹藪の森の湖で出会ったあの男だった。気配を抹消してそこに立っていたのはあの時と同じ、ただ一つ違うのは神経を冷やすくらいの殺気を吐き出しているということ。次の瞬間、男の皮膚が体内から浸食されるように肌色の面積を狭くして、最後には灰の色彩に変貌した。その額にはまるで罪のように聖痕が浮かび上がっている。
「この船に出口はもうねぇんだけど、ロードの能力なら作れちゃうんだな出口」
手の中で一本の鍵を遊ばせる彼の背後に、ハートの形を連想させる扉のようなものが地面から出てきた。
「うちのロードはノアで唯一方舟を使わず空間移動ができる能力者でね。ど? あの汽車の続き。こっちは≪出口≫、お前らは≪命≫を賭けて勝負しね?」
今後はイカサマなしだ、少年。ただの金を欲するだけのずるがしこい炭鉱夫だと思っていたであろう白髪の少年を、自分の正体をなにも知らずにここまできたであろうアレンを挑発する。彼は反逆の罪を背負ったス―マン・ダークを救おうとした。きっと慈悲深くて、人を想う子供。そんな白い少年の心を、自分は今面白おかしくえぐりとっている。
ティキは手の中の鍵をエクソシスト達に見せつけた。ノアの長子の扉と、そこから通づる三つの扉の鍵だという。またしてもそこに地鳴りが発生し、建物が脆くも崩れていく。巨大な瓦礫がティキの上に落ちてきて、かぼちゃの傘が悲鳴を上げる。
「テッィキー!」
「建物の下敷きになったである!」
「死んだか!?」
刹那、光る何かが飛んできたのに神田が即座に反応して手でとらえた。手中に収まっていたのはティキの授けた扉の鍵。姿の見えなくなってしまったノアの男の声がどこかから聞こえる。
「エクソシスト狩りはさ、楽しいんだよね――。扉は一番高い所に置いておく。崩れる前に辿り着けたらお前らの勝ちだ……」
「……ノアは不死だと聞いてますよ。どこがイカサマ無しなんですか」
見えない相手の挑戦に非を鳴らすアレンの耳に、高笑いがまとわりついた。姿はなくとも相手の口に妖しい三日月の形が出来上がっているのは、想像に容易い。
「オレらも人間だよ? 少年。死なねぇようにみえんのはお前らが弱いからだよ」
その言葉を最後に、エクソシスト達の足場が崩れだした。
「うわっ」
「ヤバイ走れ! 崩壊の弱い所に!!」
神田が叫んだ。まるで爆発のように崩れていく地面に、未だ思うように足を動かせないリナリーの体が投げ出される。アレンが即座に救出して瓦礫を足場にして飛ぶように駆けだした。南国の夢の中のように美しかった街並みが、地獄に吸収されるように滅んでいった。
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