9.船は行く
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ふと甲板の上に自分以外の誰かがいる気配を感じて振り向けばそこに不愛想を顔にはめ込んだ少年がいた。
「中に入ってていいのに」
「ほっとけ」
じっとしているのが性に合わないのか、もしくは船近辺への警備を怠らないためか。どちらにしても彼も中々職業病に侵された人間だと思う。常に厳しい。他人にも、自分に対しても。
咲耶は船の先端の突き出た部分へ飛び乗った。下には蒼々とした海に太陽光が反射して金の波が出来上がっている。
「準備はいい?」と一応声をかけられた神田の頭の中では彼女が何をするのか想像ができなかった。行動予測がまったく読めない。
「それじゃあ出発」
咲耶の一声と共に神田の体が一瞬揺れる。船がひとりでに動き出した。
(これは……)
神田は船の下を覗き見た。水を押し上げながらゆっくり進んでいる。船着き場からどんどん離れてくかと思えば、あっという間に地上が遠ざかっていた。進むにつれて速度が増していき、後方からの風がマストを大きく膨らます。
船首に相変わらず立つ咲耶の背中を見た。彼女が海を操り、その海が船を運んでいる。
そんな彼女の向こう側の空を見て、神田は眉間の皺を深めた。船の進む先に黒い積乱雲が広がっている。荒々しい中で閃光のような稲妻が走るのが見えた。
「おい……、まさかあれを突っ切るのか」
「もちろん」
さも当然のように言ってくる。ぐんっと速度がまた増して大きく船体が揺れた。黒い雲の群れに接近するにつれて波が荒くなっていく。水しぶきが船の上にまで高くあがって甲板を叩きつけた。まるで襲い来る敵を迎え撃つ獣のように、船は真っ黒な嵐の中へは飛び込んでいった。
「くっ!」
「落ちても助けないよ!」
神田は思わずマストを支える柱を片手で掴んだ。
悲鳴のような雷雨、獰猛な風と波。すべてが船の進路を阻もうと暴れている。
雨が顔を叩きつけてくるのを腕で遮って防ぎ、体を飛ばされないよう反射的に両足に力をこめた。船は構うことなく勢いをつけ嵐の中を疾った。しばらくして強風も雨脚も多少収まったころ、やっと辺りを見渡せた。暴風域からは多少離れられたようだった。
「へぇ、流石。落ちなかったね」
「お前はなんで体幹ぶれない」
「私慣れてるもん」
そういって彼女はすとんと船首から甲板へ降りてくる。距離間的に考えればこの嵐を抜けられるのはまだまだ先。しかしながら当然長居は不要。最後の仕上げとばかりに咲耶は嘲るような黒雲をキッと睨み上げた。
「飛ばすよ神田! 渦潮!」
海面がとぐろを巻きだしたかと思えば、それは大きな渦となって空へと上がっていく。船はその中へと吸い込まれ螺旋を描くように上へ上へと昇っていけば、黒雲より高い空へと勢いよく吐き出された。
二人の視界が一気に開き、透明にも似た青空が眼前に広がっていた。ふわりと風を纏ったかと思えば、船は海面へと落ちていく。着地した反動でまたしても大きな波が船の上まで入ってきた。
「つめたっ!」
「もっと力を加減しろ」
「無理。ただでさえいつもより慎重にやってるのに」
二人共に全身濡れ鼠と化していた。遠く後方に先程までいたはずの黒雲の群れが遠ざかっていく。兎にも角にも一番厳しい状況は抜け出せたようだった。一瞬気が抜けた、その刹那。
「ふーん、お前らあの嵐を超えてきたんだ?」
機械音を唸らす異形がいつの間にかそこにいた。
2024/11/2.
「中に入ってていいのに」
「ほっとけ」
じっとしているのが性に合わないのか、もしくは船近辺への警備を怠らないためか。どちらにしても彼も中々職業病に侵された人間だと思う。常に厳しい。他人にも、自分に対しても。
咲耶は船の先端の突き出た部分へ飛び乗った。下には蒼々とした海に太陽光が反射して金の波が出来上がっている。
「準備はいい?」と一応声をかけられた神田の頭の中では彼女が何をするのか想像ができなかった。行動予測がまったく読めない。
「それじゃあ出発」
咲耶の一声と共に神田の体が一瞬揺れる。船がひとりでに動き出した。
(これは……)
神田は船の下を覗き見た。水を押し上げながらゆっくり進んでいる。船着き場からどんどん離れてくかと思えば、あっという間に地上が遠ざかっていた。進むにつれて速度が増していき、後方からの風がマストを大きく膨らます。
船首に相変わらず立つ咲耶の背中を見た。彼女が海を操り、その海が船を運んでいる。
そんな彼女の向こう側の空を見て、神田は眉間の皺を深めた。船の進む先に黒い積乱雲が広がっている。荒々しい中で閃光のような稲妻が走るのが見えた。
「おい……、まさかあれを突っ切るのか」
「もちろん」
さも当然のように言ってくる。ぐんっと速度がまた増して大きく船体が揺れた。黒い雲の群れに接近するにつれて波が荒くなっていく。水しぶきが船の上にまで高くあがって甲板を叩きつけた。まるで襲い来る敵を迎え撃つ獣のように、船は真っ黒な嵐の中へは飛び込んでいった。
「くっ!」
「落ちても助けないよ!」
神田は思わずマストを支える柱を片手で掴んだ。
悲鳴のような雷雨、獰猛な風と波。すべてが船の進路を阻もうと暴れている。
雨が顔を叩きつけてくるのを腕で遮って防ぎ、体を飛ばされないよう反射的に両足に力をこめた。船は構うことなく勢いをつけ嵐の中を疾った。しばらくして強風も雨脚も多少収まったころ、やっと辺りを見渡せた。暴風域からは多少離れられたようだった。
「へぇ、流石。落ちなかったね」
「お前はなんで体幹ぶれない」
「私慣れてるもん」
そういって彼女はすとんと船首から甲板へ降りてくる。距離間的に考えればこの嵐を抜けられるのはまだまだ先。しかしながら当然長居は不要。最後の仕上げとばかりに咲耶は嘲るような黒雲をキッと睨み上げた。
「飛ばすよ神田! 渦潮!」
海面がとぐろを巻きだしたかと思えば、それは大きな渦となって空へと上がっていく。船はその中へと吸い込まれ螺旋を描くように上へ上へと昇っていけば、黒雲より高い空へと勢いよく吐き出された。
二人の視界が一気に開き、透明にも似た青空が眼前に広がっていた。ふわりと風を纏ったかと思えば、船は海面へと落ちていく。着地した反動でまたしても大きな波が船の上まで入ってきた。
「つめたっ!」
「もっと力を加減しろ」
「無理。ただでさえいつもより慎重にやってるのに」
二人共に全身濡れ鼠と化していた。遠く後方に先程までいたはずの黒雲の群れが遠ざかっていく。兎にも角にも一番厳しい状況は抜け出せたようだった。一瞬気が抜けた、その刹那。
「ふーん、お前らあの嵐を超えてきたんだ?」
機械音を唸らす異形がいつの間にかそこにいた。
2024/11/2.
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