10.僕らの希望
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「――こっのドアホがー!」
怒号と共にフォーの拳が僕の頬へ力強く撃ち込まれ、勢いよく柱へと吹っ飛ばされた。
「やってらんねぇ! いい加減にしろよテメェ、ウォーカァ!! なぜ本気でかかってこない!!」
口内が切れて血の味が広がる。肩で息をしながら蹲る僕に小柄な科学班の少女が寄り添うけれど、彼女に意識を向けられるほどの余裕はこの時なかった。
憤怒を激発させるフォーの言葉に「やっていますよ」と返しても、熱が収まることはなく僕の頭上に再び拳がお見舞いされる。
指摘される言葉の数々は、今の僕にとっては細く鋭利な棘なだけで。柔らかな皮膚を一本一本痛みを伴って突き立ててくる。
戦う感覚。足先から頭頂まで染み込んでいたはずのそれは、どこか遠い崖の下にでも落としてきたように体から抜け落ちていた。
「テメェみたいなモヤシ一生発動できるか!!」
黒髪の鉄仮面からいつも言われている蔑称が聞こえ、僕の中の我慢が限界を達した。
「わー! ウォーカーがキレた!」
「ンっだこの野郎やんのかコラァ!」
咆哮にも似た叫びをあげて怒り狂う僕を大柄な李佳が止める。半ば喧嘩腰のフォーをもう一人の科学班見習いであるシィフが必死で抑えていた。
「わかんないんだよ僕だって……!! すきでこんな所にいるわけじゃないっ!」
腹の底に溜まっていた鬱憤を、やっと吐き出した。
わからない。全然、これっぽっちも。どうすればいい、正解をくれ。
「僕はいつまでこんな所で……っ」
誰でもいいから。
このまま続けても埒が明かないと、一旦実戦はお預けになった。
一人になりたくて、修練場を離れて今はこの広々とした薄暗い水路に腰を下し、空虚を見上げる。力が戻らないことに焦りをためこんで、フォーに八つ当たりまでしてしまった。謝りにいかなければと思う。けれど、今は誰にも会いたくない。
本部より広いと聞かされたこの地下空間。太陽と月を拝めないことが、こんなにも自分の心と体に不安定な状態をもたらすとは思わなかった。
遠くで団員達の騒がしい声が微かに聞こえる。周りは当たり前に音の存在する場所なはずなのに、ここだけまるで別世界のように音がなかった。
自分が実在していないかのような透明な感覚。
もしかすると実は僕の体はイノセンスの粒子と一緒に虚空に舞っていて、バクさん達は僕がその現実に絶望しないよう演技でもしてくれているんじゃないだろうか。そんな馬鹿みたいな空想に、思わず乾いた笑いがこぼれた。
「真っ暗」
一寸先の光の気配すらない。もう無理なのだろうか。
どうしても仲間たちのことが頭から離れない。あれからどうなった。みんな怪我はしていないだろうか。江戸へは無事発てたのか。
あの醜かった左腕の感覚がこんなにも恋しい。マナを壊したあの日から、戦士として生きてきた。それ以外の自分自身の存在価値を僕は知らない。
背を預けていた柱に次は頭も預けて、瞼をゆっくり閉じた。世界を遮断する。その瞬間、薄いベールのような眠気がふわりとのしかかってきた。
嗚呼、またこの夢。闇夜がそこらに散らばる五感を奪われた空間に、足元には同じく色のない水。
ここに来てから毎夜見る夢幻の水泡の中。相も変わらずあなたはそこに立っていた。こちらが語りかけて、手を伸ばしてもそれは毎回無常に地面の水の中に沈められて、そこで夢から覚めてしまう。
巻き戻しの街のループを思い起こす前に、その魔法は突然別の行動を起こした。
彼女が僕に近づいてきた。今までこんなことは一度もなかったので、思わず怯んでしまう。ふわりと彼女の髪が動作によって揺れる。そこに目を奪われていたその隙に、彼女は僕の前にいた。真っ直ぐに向けられる眼。その唇が開いた瞬間、今まで音になかった声がはじめて鼓膜を揺らした。
「おい」
不機嫌そうな声に、僕は思わず目を覚ます。
「フォ……フォお!?」
「何寝てんだお前」
この支部を守護する小柄な番人が、いつの間にか目の前で仁王立ちしていた。
「ぁ……僕うたた寝してて……。フォーはどうしてここに?」
さっきからの今なので、正直会うのは気まずい。番人の少女は「灯り」と手にもった灯篭を押し付けるように差し出してきた。
「べっ、別にテメェを励ましにきたんじゃねーぞっ。あたしはまだムカついてんだ!」
刺々しい言葉の裏側に、彼女なりの気使いが見えた気がした。なんか、フォーらしい。文句の言いながら水面を歩いていく彼女の背中に声を駆けた。
「ありがとうフォー」
「……休んだらまた始めるぞ」
見捨てないでくれて、ありがとう。少し元気が出た気がして、僕は承諾の言葉を口にした。
その時僕の様子を見に来た蝋花さん達に声をかけられた。この人達にも、謝罪と感謝を目いっぱいの形で返そう。そう思った、その時だった。
「――――ウォーカーを隠せ!! バクゥー!!!」
フォーの中から、得たいの知れない何かが飛び出してきた。
「お前がここの結界の≪入口≫か……」
中から轟くのは聞くに耐えられない、毒のような滑りを帯びた声。それに浸食されたフォーは、抵抗すら許してもらえない。
「どうしてっ……アクマなんぞの力で結界を破られるなんて……っ!」
「通してくれたのはノアの方舟だよ」
受け答えをしながら、飛び出た黒い物体からぬるりと姿を現す。久方ぶりに見た気がする。悲劇の異形。それはぎょろりと僕に視線を動かした。
「白髪、奇怪な左眼」
異形の口角が不気味に吊り上がる。
「迎えにきたよ。アレン・ウォーカー」
.
怒号と共にフォーの拳が僕の頬へ力強く撃ち込まれ、勢いよく柱へと吹っ飛ばされた。
「やってらんねぇ! いい加減にしろよテメェ、ウォーカァ!! なぜ本気でかかってこない!!」
口内が切れて血の味が広がる。肩で息をしながら蹲る僕に小柄な科学班の少女が寄り添うけれど、彼女に意識を向けられるほどの余裕はこの時なかった。
憤怒を激発させるフォーの言葉に「やっていますよ」と返しても、熱が収まることはなく僕の頭上に再び拳がお見舞いされる。
指摘される言葉の数々は、今の僕にとっては細く鋭利な棘なだけで。柔らかな皮膚を一本一本痛みを伴って突き立ててくる。
戦う感覚。足先から頭頂まで染み込んでいたはずのそれは、どこか遠い崖の下にでも落としてきたように体から抜け落ちていた。
「テメェみたいなモヤシ一生発動できるか!!」
黒髪の鉄仮面からいつも言われている蔑称が聞こえ、僕の中の我慢が限界を達した。
「わー! ウォーカーがキレた!」
「ンっだこの野郎やんのかコラァ!」
咆哮にも似た叫びをあげて怒り狂う僕を大柄な李佳が止める。半ば喧嘩腰のフォーをもう一人の科学班見習いであるシィフが必死で抑えていた。
「わかんないんだよ僕だって……!! すきでこんな所にいるわけじゃないっ!」
腹の底に溜まっていた鬱憤を、やっと吐き出した。
わからない。全然、これっぽっちも。どうすればいい、正解をくれ。
「僕はいつまでこんな所で……っ」
誰でもいいから。
このまま続けても埒が明かないと、一旦実戦はお預けになった。
一人になりたくて、修練場を離れて今はこの広々とした薄暗い水路に腰を下し、空虚を見上げる。力が戻らないことに焦りをためこんで、フォーに八つ当たりまでしてしまった。謝りにいかなければと思う。けれど、今は誰にも会いたくない。
本部より広いと聞かされたこの地下空間。太陽と月を拝めないことが、こんなにも自分の心と体に不安定な状態をもたらすとは思わなかった。
遠くで団員達の騒がしい声が微かに聞こえる。周りは当たり前に音の存在する場所なはずなのに、ここだけまるで別世界のように音がなかった。
自分が実在していないかのような透明な感覚。
もしかすると実は僕の体はイノセンスの粒子と一緒に虚空に舞っていて、バクさん達は僕がその現実に絶望しないよう演技でもしてくれているんじゃないだろうか。そんな馬鹿みたいな空想に、思わず乾いた笑いがこぼれた。
「真っ暗」
一寸先の光の気配すらない。もう無理なのだろうか。
どうしても仲間たちのことが頭から離れない。あれからどうなった。みんな怪我はしていないだろうか。江戸へは無事発てたのか。
あの醜かった左腕の感覚がこんなにも恋しい。マナを壊したあの日から、戦士として生きてきた。それ以外の自分自身の存在価値を僕は知らない。
背を預けていた柱に次は頭も預けて、瞼をゆっくり閉じた。世界を遮断する。その瞬間、薄いベールのような眠気がふわりとのしかかってきた。
嗚呼、またこの夢。闇夜がそこらに散らばる五感を奪われた空間に、足元には同じく色のない水。
ここに来てから毎夜見る夢幻の水泡の中。相も変わらずあなたはそこに立っていた。こちらが語りかけて、手を伸ばしてもそれは毎回無常に地面の水の中に沈められて、そこで夢から覚めてしまう。
巻き戻しの街のループを思い起こす前に、その魔法は突然別の行動を起こした。
彼女が僕に近づいてきた。今までこんなことは一度もなかったので、思わず怯んでしまう。ふわりと彼女の髪が動作によって揺れる。そこに目を奪われていたその隙に、彼女は僕の前にいた。真っ直ぐに向けられる眼。その唇が開いた瞬間、今まで音になかった声がはじめて鼓膜を揺らした。
「おい」
不機嫌そうな声に、僕は思わず目を覚ます。
「フォ……フォお!?」
「何寝てんだお前」
この支部を守護する小柄な番人が、いつの間にか目の前で仁王立ちしていた。
「ぁ……僕うたた寝してて……。フォーはどうしてここに?」
さっきからの今なので、正直会うのは気まずい。番人の少女は「灯り」と手にもった灯篭を押し付けるように差し出してきた。
「べっ、別にテメェを励ましにきたんじゃねーぞっ。あたしはまだムカついてんだ!」
刺々しい言葉の裏側に、彼女なりの気使いが見えた気がした。なんか、フォーらしい。文句の言いながら水面を歩いていく彼女の背中に声を駆けた。
「ありがとうフォー」
「……休んだらまた始めるぞ」
見捨てないでくれて、ありがとう。少し元気が出た気がして、僕は承諾の言葉を口にした。
その時僕の様子を見に来た蝋花さん達に声をかけられた。この人達にも、謝罪と感謝を目いっぱいの形で返そう。そう思った、その時だった。
「――――ウォーカーを隠せ!! バクゥー!!!」
フォーの中から、得たいの知れない何かが飛び出してきた。
「お前がここの結界の≪入口≫か……」
中から轟くのは聞くに耐えられない、毒のような滑りを帯びた声。それに浸食されたフォーは、抵抗すら許してもらえない。
「どうしてっ……アクマなんぞの力で結界を破られるなんて……っ!」
「通してくれたのはノアの方舟だよ」
受け答えをしながら、飛び出た黒い物体からぬるりと姿を現す。久方ぶりに見た気がする。悲劇の異形。それはぎょろりと僕に視線を動かした。
「白髪、奇怪な左眼」
異形の口角が不気味に吊り上がる。
「迎えにきたよ。アレン・ウォーカー」
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