9.船は行く
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喉の乾きに気付いて神田は目を覚ました。まだ覚醒しきっていない体躯をゆるりと起こし、真っ暗な窓の外を見る。朝日もまだ昇っていない時刻だった
ベットサイドにおいてある水差しからコップへ水を注ぎ一気に飲み干す。固い喉仏が波打つように動いた。
あと数時間もすれば、自分達はこの中国大陸を離れる。特に二度寝する気もなく、神田はベットから立ち上がった。彼の体重を手放し、ベッドがぎしりと軋んだ。壁にかけてある新しい団服を見遣る。以前のものより無駄な装飾を省いた軽量型のデザイン。袖を通すのはここを出る前でいい。
髪紐を手にとって口に咥える。広い背に晒した長い黒髪を高い位置で一つにまとめ、慣れた手つきで結い上げた。靴音を鳴らし、部屋を後にする。
宿泊者どころか宿の従業員すらまだ寝ている頃だろう。人の寝息すら聞こえない長い廊下を突き進む。数ある部屋の扉を見送ってその一室の前で立ち止まったのは自分でも何故だかわからない。
「……おい」
声をかけてみたが返答は、ない。中の様子は大体想像がつく。
ドアノブに手をかければ、かちゃりと音を立てて開いた。鍵をかけてなかったのかと呆れ気味に眉間に皺を寄せ中へ入った。
「…………」
自分の部屋と同じく簡素な作りの空間。クローゼットやバスルームの配置もまったく一緒だった。そんな室内のベットの上で体を横に向け眠る部屋の主。薄い寝息をたて他者の入室に起きやしない。寝る時は間違いなく主の体を包んでいたのであろう掛け布団はあらぬ方向に追いやられている。
「寝相悪いなこいつ……」
意識することもなく掛け布団を手にとった。部屋の主、咲耶と掛け布団を交互に見て。
「勝手に寝てろ」
優しくかけなおしてやる気など当たり前にならず、彼女の体の上に投げた。色々と馬鹿馬鹿しく思えて舌を打ち、神田は部屋を出ようとした。
その際もう一度彼女の顔を見てみる。ほんの少しだけ幼い寝顔。
少女というには実りきっていて、女性というにはまだ一歩危うい。子供と成人の間を行ったりきたりしている、自分も彼女もそんな年頃。
俺の知っているこいつのこと。
意地っ張り。
無頓着。
気まま。
そして一度言ったら聞かない我の強さ。たんに冷めただけの頑固女じゃねぇか。
正直今まであまり話したことはなかった。自分が出会う前より彼女を知っている兄弟子に何気なく問うたことがある。彼から聞く咲耶のことは、いい話ばかりだった。
任務遂行において要領がよく、所作に無駄がない。頭の回転も早く視野も広いため、彼女の派遣先では探索部隊に現地建物への被害も少ないという。
当時の自分はふーんと深く干渉をすることなく聞き流していた。ふとマリが最後の言葉を吐く前、一瞬寂しそうに笑ったのを今でも覚えている。
いい話ばかりだった彼女の、一つだけあった悪い話。
笑わない、だった。
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ベットサイドにおいてある水差しからコップへ水を注ぎ一気に飲み干す。固い喉仏が波打つように動いた。
あと数時間もすれば、自分達はこの中国大陸を離れる。特に二度寝する気もなく、神田はベットから立ち上がった。彼の体重を手放し、ベッドがぎしりと軋んだ。壁にかけてある新しい団服を見遣る。以前のものより無駄な装飾を省いた軽量型のデザイン。袖を通すのはここを出る前でいい。
髪紐を手にとって口に咥える。広い背に晒した長い黒髪を高い位置で一つにまとめ、慣れた手つきで結い上げた。靴音を鳴らし、部屋を後にする。
宿泊者どころか宿の従業員すらまだ寝ている頃だろう。人の寝息すら聞こえない長い廊下を突き進む。数ある部屋の扉を見送ってその一室の前で立ち止まったのは自分でも何故だかわからない。
「……おい」
声をかけてみたが返答は、ない。中の様子は大体想像がつく。
ドアノブに手をかければ、かちゃりと音を立てて開いた。鍵をかけてなかったのかと呆れ気味に眉間に皺を寄せ中へ入った。
「…………」
自分の部屋と同じく簡素な作りの空間。クローゼットやバスルームの配置もまったく一緒だった。そんな室内のベットの上で体を横に向け眠る部屋の主。薄い寝息をたて他者の入室に起きやしない。寝る時は間違いなく主の体を包んでいたのであろう掛け布団はあらぬ方向に追いやられている。
「寝相悪いなこいつ……」
意識することもなく掛け布団を手にとった。部屋の主、咲耶と掛け布団を交互に見て。
「勝手に寝てろ」
優しくかけなおしてやる気など当たり前にならず、彼女の体の上に投げた。色々と馬鹿馬鹿しく思えて舌を打ち、神田は部屋を出ようとした。
その際もう一度彼女の顔を見てみる。ほんの少しだけ幼い寝顔。
少女というには実りきっていて、女性というにはまだ一歩危うい。子供と成人の間を行ったりきたりしている、自分も彼女もそんな年頃。
俺の知っているこいつのこと。
意地っ張り。
無頓着。
気まま。
そして一度言ったら聞かない我の強さ。たんに冷めただけの頑固女じゃねぇか。
正直今まであまり話したことはなかった。自分が出会う前より彼女を知っている兄弟子に何気なく問うたことがある。彼から聞く咲耶のことは、いい話ばかりだった。
任務遂行において要領がよく、所作に無駄がない。頭の回転も早く視野も広いため、彼女の派遣先では探索部隊に現地建物への被害も少ないという。
当時の自分はふーんと深く干渉をすることなく聞き流していた。ふとマリが最後の言葉を吐く前、一瞬寂しそうに笑ったのを今でも覚えている。
いい話ばかりだった彼女の、一つだけあった悪い話。
笑わない、だった。
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