3.孤城の吸血鬼 Ⅱ
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「そっか……クロス元帥が残した伝言なら従ったほうがいいわね」
ラビのゴーレムから聞こえる少女の声に、アレンが旅路を先に行くよう促せば姿の見えない彼女は了解を唱えた。
村人一同と共に向かう先は、奇々怪々な湖上の城。針葉樹の生い茂る薄暗い森の中を、一塊になって進んでいく。意図的に三人は先頭を歩かせられ、それぞれの片腕は逃がさないとばかりにロープで繋がれていた。
「ふたりとも気をつけてね。その……吸血鬼の人に嚙まれちゃうと吸血鬼になっちゃうらしいから、ならないでね!」
おとぎ話のモンスターを本気で信じているのでろう彼女に、ラビとアレンは複雑な気持ちで肯定を返答し通信を切った。会話には入らず、二人の隣を歩いていた咲耶が口を開く。
「今のが、コムイ室長の妹さん……?」
「はい。リナリーです」
「彼女もエクソシスト?」
「そっ。会ったことない?」
咲耶は首を横に降った。ミランダの言っていた【エクソシストの女の子】とは、彼女なのかもしれない。そして【白い髪が綺麗な男の子】は、特徴的な容貌から紛うことなくアレンのことだ。きっとミランダと二人の間に尊い縁があって、彼女の聖職者への運命を導いたんだろう。
「いつの間にか顔見知りのほうが少なくなっちゃったなぁ」
久々に赴いた本部内は知らない顔に、知らない名前だらけだった。通常そこで彼等と生活を共にしていない自分の居場所がないのは当たり前で、廊下を歩けば周囲からの好奇な視線は致し方がないと思っている。
「なぁ。咲耶って日頃どこにいるんさ?」
出会った時から気になっていたことを、ラビが投げかけた。
「俺入団してしばらく経つけど、本部でお前の事見かけたことないし。誰からも話を聞いたこともねぇさ」
「そっか、それって私の事を知ってる人があまりいないからだろうね。私が教団にいたのは、本当に小さい頃だったし」
咲耶は木々が密集して折り重なる葉の間から、濃紺の夜空に留まる満月を見上げた。
「五歳くらいの時に入団してね。すぐ自分の師匠について本部を出て、それからはずっとあの人と行動していたの。数年に一回帰っても会う人は限られてるし、私の任務は基本単独だから、今いる団員はほとんど知らない」
「……どうして」
「ん?」
「どうして、その人についていく事を選んだんですか?」
上層部からの強制的な圧が加わったのかと思ったが、元帥でもなく一介のエクソシストを何の理由もなく外部へ放り出すなどどう考えてもおかしい。小首を傾げる咲耶へ、アレンは見えない疑問の答えを求めた。
暫しの沈黙。視線を前方に向け、何を考えているのかわからない咲耶に、二人は促すよう黙って待った。少しの間を取って、彼女の唇が薄く開く。
「恩人なの……。一人になった私を助けて、鍛え上げてくれた」
アレンとラビは、何故だか何も言えなかった。
「だから、近くにいて恩返しがしたいって思った。もちろん、任務は現地から行くことと、ある程度の年齢になるまでって条件付きでね」
「……それは」
「お三方! 止まって!!」
石のように強固な、忠義に近いものを感じ取って、アレンが発しかけた科白の断片をゲオルグの切羽詰まった声色が堰き止める。気付けばなんとも不気味で重厚感のある城門が目の前に立ちはだかっていた。
「こちらがクロウリー男爵の城門です。この門をくぐると先はクロウリーの所有する魔物の庭が広がり、そのさらに先の湖上の頂が奴の住む城です」
耳を塞ぎたくなるような魔物の呻きや叫びのようなものが聞こえた気がして、一同青ざめる。村人達の「さあ、前へ!」と四の五の言わせない重圧に、引き返すという選択肢はもぎ取られてしまった。
鉛のように重い歩調で中に入れば、広々とした暗い庭に歪な形のオブジェが並び、乱雑な墓石らしきものが地面から顔を出している。門前の森から一気に空気が冷えて、息苦しくなったような。ラビが思わず趣味が悪いと零す。
「アレンなんでもう手袋外してんの? まさか怖いのか?」
「まさか」と即座に否定したアレンの顔が、少し血の気が引いているのは気のせいか。
「そういうラビこそ右手がずっと武器をつかえてますけど?」
こちらも否定する太陽兎の、武器を掴む手がぎくりと跳ねた。その時、どこからか鋭い視線のようなものを感じて、三人は身構える。何事かと問うゲオルグに静かにするようラビが促した。
「……来る」
咲耶が呟いたと同時に三人の間を影らしきものがすり抜けた。鼻先を掠める甘さ。芳しい蜜。花の、香り。村人の中から、悲鳴が上がった。
「フランツが……フランツが殺られたぁぁぁぁ!」
恐怖に慄く村人の声。三人の視界に信じられないものが飛び込んできた。
『フランツだった』ものが、影の鋭い牙に捉えられている。
「出た……、アレイスター・クロウリーだ!!」
人というには冷たすぎる双眸が、こちらを睨みつけていた。
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ラビのゴーレムから聞こえる少女の声に、アレンが旅路を先に行くよう促せば姿の見えない彼女は了解を唱えた。
村人一同と共に向かう先は、奇々怪々な湖上の城。針葉樹の生い茂る薄暗い森の中を、一塊になって進んでいく。意図的に三人は先頭を歩かせられ、それぞれの片腕は逃がさないとばかりにロープで繋がれていた。
「ふたりとも気をつけてね。その……吸血鬼の人に嚙まれちゃうと吸血鬼になっちゃうらしいから、ならないでね!」
おとぎ話のモンスターを本気で信じているのでろう彼女に、ラビとアレンは複雑な気持ちで肯定を返答し通信を切った。会話には入らず、二人の隣を歩いていた咲耶が口を開く。
「今のが、コムイ室長の妹さん……?」
「はい。リナリーです」
「彼女もエクソシスト?」
「そっ。会ったことない?」
咲耶は首を横に降った。ミランダの言っていた【エクソシストの女の子】とは、彼女なのかもしれない。そして【白い髪が綺麗な男の子】は、特徴的な容貌から紛うことなくアレンのことだ。きっとミランダと二人の間に尊い縁があって、彼女の聖職者への運命を導いたんだろう。
「いつの間にか顔見知りのほうが少なくなっちゃったなぁ」
久々に赴いた本部内は知らない顔に、知らない名前だらけだった。通常そこで彼等と生活を共にしていない自分の居場所がないのは当たり前で、廊下を歩けば周囲からの好奇な視線は致し方がないと思っている。
「なぁ。咲耶って日頃どこにいるんさ?」
出会った時から気になっていたことを、ラビが投げかけた。
「俺入団してしばらく経つけど、本部でお前の事見かけたことないし。誰からも話を聞いたこともねぇさ」
「そっか、それって私の事を知ってる人があまりいないからだろうね。私が教団にいたのは、本当に小さい頃だったし」
咲耶は木々が密集して折り重なる葉の間から、濃紺の夜空に留まる満月を見上げた。
「五歳くらいの時に入団してね。すぐ自分の師匠について本部を出て、それからはずっとあの人と行動していたの。数年に一回帰っても会う人は限られてるし、私の任務は基本単独だから、今いる団員はほとんど知らない」
「……どうして」
「ん?」
「どうして、その人についていく事を選んだんですか?」
上層部からの強制的な圧が加わったのかと思ったが、元帥でもなく一介のエクソシストを何の理由もなく外部へ放り出すなどどう考えてもおかしい。小首を傾げる咲耶へ、アレンは見えない疑問の答えを求めた。
暫しの沈黙。視線を前方に向け、何を考えているのかわからない咲耶に、二人は促すよう黙って待った。少しの間を取って、彼女の唇が薄く開く。
「恩人なの……。一人になった私を助けて、鍛え上げてくれた」
アレンとラビは、何故だか何も言えなかった。
「だから、近くにいて恩返しがしたいって思った。もちろん、任務は現地から行くことと、ある程度の年齢になるまでって条件付きでね」
「……それは」
「お三方! 止まって!!」
石のように強固な、忠義に近いものを感じ取って、アレンが発しかけた科白の断片をゲオルグの切羽詰まった声色が堰き止める。気付けばなんとも不気味で重厚感のある城門が目の前に立ちはだかっていた。
「こちらがクロウリー男爵の城門です。この門をくぐると先はクロウリーの所有する魔物の庭が広がり、そのさらに先の湖上の頂が奴の住む城です」
耳を塞ぎたくなるような魔物の呻きや叫びのようなものが聞こえた気がして、一同青ざめる。村人達の「さあ、前へ!」と四の五の言わせない重圧に、引き返すという選択肢はもぎ取られてしまった。
鉛のように重い歩調で中に入れば、広々とした暗い庭に歪な形のオブジェが並び、乱雑な墓石らしきものが地面から顔を出している。門前の森から一気に空気が冷えて、息苦しくなったような。ラビが思わず趣味が悪いと零す。
「アレンなんでもう手袋外してんの? まさか怖いのか?」
「まさか」と即座に否定したアレンの顔が、少し血の気が引いているのは気のせいか。
「そういうラビこそ右手がずっと武器をつかえてますけど?」
こちらも否定する太陽兎の、武器を掴む手がぎくりと跳ねた。その時、どこからか鋭い視線のようなものを感じて、三人は身構える。何事かと問うゲオルグに静かにするようラビが促した。
「……来る」
咲耶が呟いたと同時に三人の間を影らしきものがすり抜けた。鼻先を掠める甘さ。芳しい蜜。花の、香り。村人の中から、悲鳴が上がった。
「フランツが……フランツが殺られたぁぁぁぁ!」
恐怖に慄く村人の声。三人の視界に信じられないものが飛び込んできた。
『フランツだった』ものが、影の鋭い牙に捉えられている。
「出た……、アレイスター・クロウリーだ!!」
人というには冷たすぎる双眸が、こちらを睨みつけていた。
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