6.合流
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翌朝、一行は先を行くべく早朝の汽車に乗った。目指す先が決まっている以上、経路は一本のみ。日本に比較的近い華東を次の目的地とし、広大な中国大陸を汽車は直走る。
乗務員へ案内された個室は四人で長時間居座るには多少窮屈だったため、もう一部屋用意してもらい二人づつに分けられた。自然な流れでティエドールとマリが一室へ消えていく。神田と共に通された隣の個室はよくある向かい合わせの座席の作りで、二人は多少距離を空けて座っていた。腕と足を組み、瞑想のように瞼を閉じる彼の斜め向かい側。窓側の席で咲耶は外を眺める。汽車が進むにつれて、壮大な山々も連なる家に行きかう人の容貌も、アジアの気配が色濃くなっていった。
お互い会話のない、音のない箱の中。ふと、咲耶がおもむろに立ち上がり、窓を開けた。途端に舞い込んでくる荒々しい風に、二人分の髪が個室の中で舞う。顔にかかってくる自身の黒髪を、神田は鬱陶しく払いのけた。
「おい、閉めろ」
抗議するも、彼女は窓の外から視線を剝がさず、ぽつりと呟いた。
「大気が震えてる」
抑揚のない一言に、神田は意味を汲むことができず眉を潜めた。
「敵が近くにいるのか」
「多分。これは、西? 違う、もしくはもっと――」
咲耶が目を見開いたと同時に、天井から爆音が轟いた。
「襲撃か!」
「こんなところで!」
その時、個室の扉が勢いよく開き、慌てた様子のマリが入ってきた。
「二人共!」
「マリ、お前は元帥の傍を離れるな!」
神田が矢継ぎ早に告げ、二人は窓を伝い汽車の上へとすかさず移動した。着地したそこには、強い風をもろともせず立ちはだかる異形が数体、こちらを見ては甲高い笑い声で挑発してくる。
「敵はレベル2のアクマ三体、神田!」
「ちっ、災厄招来!!」
神田は素早くイノセンスを発動させ、攻撃をしかけていく。六幻から繰り出した蟲が、向かってくる先の二体の腹部を貫き破壊した。後方で続けて仕掛けてこようと動く最後の一体に向かって、咲耶が攻撃を放った。
「涙縁」
酸の球体に包まれた鋼鉄の身体が泡を吹いて溶けていき、そのまま爆散した。
刹那。ぞくりと二人の全身に冷たい電撃が迸る。毒のような危険信号。知らぬ間にアクマの攻撃を受けたかと思ったが、その正体は視線を遥か汽車の先頭へ向けた神田の眼球の中にあった。
「おい」
彼に顎で前方を指され、咲耶はその先を視線で追った。先程倒したアクマ達とは比べ物にならないほどの大柄な男。コートで包まれた体は脂肪か筋肉か酷く厚みがあって、常人の体躯とはお世辞にもいえない。
「聖、痕? ……! ノアの一族……、」
黒々とした岩のような皮膚に獣のような目元の上。額に羅列された十字は、自分達とは対局の闇に生きる者の証だった。神田は六幻を構えなおし、眼前の敵を喰らうような眼光で睨めつける。
「ここで消してやる。来い」
「焦るな。お前ら全員殺してやるが、今じゃない」
「!、 まっ!」
予想打にしなかった科白。ふわりと巨体が浮いたかと思えばその姿は一瞬で消え、咲耶の静止も言葉にすらならなかった。
「お客様っ、ご無事ですかっ?」
「お騒がせしてすみません。予期せぬ敵襲がありまして。汽車の修理代はこちらに請求してください」
汽車の中に戻れば乗客の安全確認をしていた乗務員が待ち構えており、教団の名刺を差し出し後の対応について一通り説明する。どうやら被害を受けたのは自分達のいる車両だけで、怪我人はいなかったようだった。ティエドールとマリにも先程のノアについて念のため報告し、個室に戻る。自分達の部屋が戦闘で一番の被害を受けていたようで、半壊により剥き出しの状態となっていた。
「狭ぇ……」
「座れれば十分」
かろうじてそれぞれの座席に腰は下せるくらいには残されており、窓もないので外と中を隔てるものがなにもない。雨が降らないことを祈る。
「お前、戦えないアクマを見たことがあるか」
「……?」
外から視線を彼へとずらせば、自ずと目があった。
「あいつ、あのノア。攻撃してこなかったろ」
……同じこと、考えていた。
「……文献や、科学班の調査書がすべてじゃないってこと。最近は思い知る機会が多いんだ」
彼から視線を外し、再び外を見た。
「長い間アクマと、敵と対峙していて、実は知らないことばかりなのかもね。私達」
雪色の彼の笑顔を思い出す。屈託がないように見えたけれど、その奥は酷く切ない色をしていた。彼の左目の世界を垣間見て思い知った。倒してきた敵の中身の悲しい正体。
返答をすることもなく、ふんっと鼻を鳴らし神田も外を流し見た。
私の知っている彼のこと。
短気。
無愛想。
厳格。
そして毒舌と呼ぶに相応しい口の悪さ。常に身体から棘を出して、テリトリーに誰も寄せ付けない。そんな彼の中にも、何か信念のようなものがあるのだろうか。
山が段々と遠くなって、反対に濃くなる海の気配。夕方頃には着けそうだと、言葉にはせず思うのだった。
2024/8/12.
乗務員へ案内された個室は四人で長時間居座るには多少窮屈だったため、もう一部屋用意してもらい二人づつに分けられた。自然な流れでティエドールとマリが一室へ消えていく。神田と共に通された隣の個室はよくある向かい合わせの座席の作りで、二人は多少距離を空けて座っていた。腕と足を組み、瞑想のように瞼を閉じる彼の斜め向かい側。窓側の席で咲耶は外を眺める。汽車が進むにつれて、壮大な山々も連なる家に行きかう人の容貌も、アジアの気配が色濃くなっていった。
お互い会話のない、音のない箱の中。ふと、咲耶がおもむろに立ち上がり、窓を開けた。途端に舞い込んでくる荒々しい風に、二人分の髪が個室の中で舞う。顔にかかってくる自身の黒髪を、神田は鬱陶しく払いのけた。
「おい、閉めろ」
抗議するも、彼女は窓の外から視線を剝がさず、ぽつりと呟いた。
「大気が震えてる」
抑揚のない一言に、神田は意味を汲むことができず眉を潜めた。
「敵が近くにいるのか」
「多分。これは、西? 違う、もしくはもっと――」
咲耶が目を見開いたと同時に、天井から爆音が轟いた。
「襲撃か!」
「こんなところで!」
その時、個室の扉が勢いよく開き、慌てた様子のマリが入ってきた。
「二人共!」
「マリ、お前は元帥の傍を離れるな!」
神田が矢継ぎ早に告げ、二人は窓を伝い汽車の上へとすかさず移動した。着地したそこには、強い風をもろともせず立ちはだかる異形が数体、こちらを見ては甲高い笑い声で挑発してくる。
「敵はレベル2のアクマ三体、神田!」
「ちっ、災厄招来!!」
神田は素早くイノセンスを発動させ、攻撃をしかけていく。六幻から繰り出した蟲が、向かってくる先の二体の腹部を貫き破壊した。後方で続けて仕掛けてこようと動く最後の一体に向かって、咲耶が攻撃を放った。
「涙縁」
酸の球体に包まれた鋼鉄の身体が泡を吹いて溶けていき、そのまま爆散した。
刹那。ぞくりと二人の全身に冷たい電撃が迸る。毒のような危険信号。知らぬ間にアクマの攻撃を受けたかと思ったが、その正体は視線を遥か汽車の先頭へ向けた神田の眼球の中にあった。
「おい」
彼に顎で前方を指され、咲耶はその先を視線で追った。先程倒したアクマ達とは比べ物にならないほどの大柄な男。コートで包まれた体は脂肪か筋肉か酷く厚みがあって、常人の体躯とはお世辞にもいえない。
「聖、痕? ……! ノアの一族……、」
黒々とした岩のような皮膚に獣のような目元の上。額に羅列された十字は、自分達とは対局の闇に生きる者の証だった。神田は六幻を構えなおし、眼前の敵を喰らうような眼光で睨めつける。
「ここで消してやる。来い」
「焦るな。お前ら全員殺してやるが、今じゃない」
「!、 まっ!」
予想打にしなかった科白。ふわりと巨体が浮いたかと思えばその姿は一瞬で消え、咲耶の静止も言葉にすらならなかった。
「お客様っ、ご無事ですかっ?」
「お騒がせしてすみません。予期せぬ敵襲がありまして。汽車の修理代はこちらに請求してください」
汽車の中に戻れば乗客の安全確認をしていた乗務員が待ち構えており、教団の名刺を差し出し後の対応について一通り説明する。どうやら被害を受けたのは自分達のいる車両だけで、怪我人はいなかったようだった。ティエドールとマリにも先程のノアについて念のため報告し、個室に戻る。自分達の部屋が戦闘で一番の被害を受けていたようで、半壊により剥き出しの状態となっていた。
「狭ぇ……」
「座れれば十分」
かろうじてそれぞれの座席に腰は下せるくらいには残されており、窓もないので外と中を隔てるものがなにもない。雨が降らないことを祈る。
「お前、戦えないアクマを見たことがあるか」
「……?」
外から視線を彼へとずらせば、自ずと目があった。
「あいつ、あのノア。攻撃してこなかったろ」
……同じこと、考えていた。
「……文献や、科学班の調査書がすべてじゃないってこと。最近は思い知る機会が多いんだ」
彼から視線を外し、再び外を見た。
「長い間アクマと、敵と対峙していて、実は知らないことばかりなのかもね。私達」
雪色の彼の笑顔を思い出す。屈託がないように見えたけれど、その奥は酷く切ない色をしていた。彼の左目の世界を垣間見て思い知った。倒してきた敵の中身の悲しい正体。
返答をすることもなく、ふんっと鼻を鳴らし神田も外を流し見た。
私の知っている彼のこと。
短気。
無愛想。
厳格。
そして毒舌と呼ぶに相応しい口の悪さ。常に身体から棘を出して、テリトリーに誰も寄せ付けない。そんな彼の中にも、何か信念のようなものがあるのだろうか。
山が段々と遠くなって、反対に濃くなる海の気配。夕方頃には着けそうだと、言葉にはせず思うのだった。
2024/8/12.
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