6.合流
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
カザフスタン ウルジャル近郊
辺りはすっかり夜の墨に溺れるそんな時刻。スラム街も隣接していることから深夜の外出は控えるよう宿屋の主人からの警告を無視したその人物は、整備も追いついていない土壌が剥き出しの道を一定の歩幅で闊歩していた。常夜色をしたコートの左胸に、かみさまの十字。頭の高い位置で一括りにした長い黒髪が歩調にあわせて左右に揺れる。独特な威圧感が尾びれとなって、辛うじてまばらにいる素行のあまりよろしくなさそうな男達も、因縁を付ける隙もなくただ彼を流し見るだけだった。そんな黒の男、神田の均一に並んだ眉の真ん中に、盛大なな皺が寄っていた。
クソオヤジ――!
きっと右手に芸術の神様が住んでいる。無精ひげと垂れ目が特徴的な師の姿を思い浮かべて、思わず舌打ちする。(大嫌いな)師範を無事見つけたはいいものの、案の定適合者探しを続行するという彼の意思に従うことになった。久方ぶりに会った彼は相も変わらず自由奔放で、再開するなり昔から嫌いな愛称を会話の中に遠慮なく入れてくるので、神田の元々短い心の導火線はあっという間に燃え進み最後には爆発した。盲目の兄弟子に宥められ、外の見回りを名目に頭を冷やすべく宿から出てきて今に至る。ちなみに現在ぼんらく師範は宿の部屋のテーブルに置かれている果物の盛り合わせをスケッチしている。
気付けば街の外れまで来ていた。虫の張り付く赤い街頭が頼りなく、建物には灯りすらない。人影もすでになくなっている。
「……」
気配を感じて、神田は歩調を止める。鋭い目元を、ゆるりと周囲に滑らせた。
……アクマ?
姿が見えないそれを威嚇するように、神田の立て長い肢体から殺気が流れてきた。
生ぬるい風が吹いて、草木の擦れる音。少しずつ強度を増して、彼の黒髪を巻き上げた。刹那、目の前で旋毛風が起こり、神田は思わず目を見開いた。砂埃が巻きあがり、視界が遮られた瞬時に腰の対アクマ武器を抜き取り、風の中に飛び込んでいった。獣さながらの獰猛さで、見えない敵に刀を降り落した。次の瞬間には柄を持つ手に伝わる、何かに遮られた感覚。風が止んだと同時に、その正体は姿を現した。
「神田……」
「藤島……?」
思いもよらなかった相手に、神田は目を見開いた。久方ぶりに見る、同業者の彼女。
団服の袖の部分。固い銀の装飾で辛うじて止めたのか、片腕を持ち上げて六幻の刀身を受け止めている。
目を丸くしながら「何してるの。こんなところで」と問うてきた彼女に、「こっちの台詞だ」とこれまた不機嫌に返すのだった。
「お久しぶりです。ティエドール元帥。マリ」
神田に連れられやってきた宿の一室。清潔な白いシーツに包まれた寝台と、こじんまりした椅子とテーブルというシンプルの部屋の中、見知った顔が二人分。何かを話していたのか、テーブルに向かい合って座っている。先に部屋に入った自分の後ろで、神田が扉を閉めた。
「おやおや誰かと思ったら」
「咲耶か?」
昔から自分の身なりには無頓着な眼鏡の男性のおっとりした口調。片や大柄な体躯で、超越した聴力の手助けをするヘッドフォンを付けた彼の優しい声。懐かしさを感じつつも、「どうしてここに」という二人の疑問に、簡潔な内容で答える。
「増員命令?」
「はい。今のところ本部へ帰還の目途がたっていない部隊の戦力増強として、コムイさんが私を派遣しました」
ティエドールから椅子に座るよう促され、それに応じる。四角いナチュラルブラウンのテーブルの反対側の椅子に、神田が腰を落とした。そこで咲耶は意を決したように薄く息を吐く。
「本題に入らせてもらいます。元帥。今からでも二人と、本部へ戻ってはくれませんか」
唐突な願い。マリはその言葉に驚き、残りの二人は彼女を凝視した。海凪のように穏やかな声色を変えず、ティエドールが問う。
「それは上からの指示かな? 何か圧でもかけられたかい?」
「この短期間でエクソシスト、そして探索部隊が大勢殉職しました。その中には……デイシャ。あなたの弟子の一人も含まれているはずです」
リーバーから聞いた状況の悲惨さを、重い口で語る。三人の口からは何も出ることがなく、部屋に沈黙が落ちてきた。彼等の脳裏に、いなくなった彼の明るい声が弾けた。
「私の兄弟弟子達も、皆殺しにされました。クラウド部隊で生き残っているのは、私だけなんです。――これ以上欠けなくていいはずの誰かがいなくなるのは」
「私達は戻らないよ」
「元帥……」
「犠牲を増やさない。そのために、動こうとしているんだ。私には私の仕事を全うする義務がある」
そこまで言われて、二の句が継げなくなってしまった。ここまで強固な意思と信念があったこと。様子を見ていた神田とマリが付け足す。
「この人に何を言っても無駄だ」
「一度言ったら聞かない人なんだ」
マリが少し苦笑いしている。自分の師の気質をよく分かっているであろう彼が言うなら、自分にできることはもう何もない。どんなに説得しても。
咲耶の様子にティエドールは薄っすら彼女に笑みを見せた。
「新しい適合者を探しに、僕たちは日本を目指しているんだ。君も一緒に行こう」
目的地はすでに決まっていたらしい。東の果ての、美しい桜の国。まるで魔力でも持っているような彼の口調に、咲耶は無意識に頷いた。
.
辺りはすっかり夜の墨に溺れるそんな時刻。スラム街も隣接していることから深夜の外出は控えるよう宿屋の主人からの警告を無視したその人物は、整備も追いついていない土壌が剥き出しの道を一定の歩幅で闊歩していた。常夜色をしたコートの左胸に、かみさまの十字。頭の高い位置で一括りにした長い黒髪が歩調にあわせて左右に揺れる。独特な威圧感が尾びれとなって、辛うじてまばらにいる素行のあまりよろしくなさそうな男達も、因縁を付ける隙もなくただ彼を流し見るだけだった。そんな黒の男、神田の均一に並んだ眉の真ん中に、盛大なな皺が寄っていた。
クソオヤジ――!
きっと右手に芸術の神様が住んでいる。無精ひげと垂れ目が特徴的な師の姿を思い浮かべて、思わず舌打ちする。(大嫌いな)師範を無事見つけたはいいものの、案の定適合者探しを続行するという彼の意思に従うことになった。久方ぶりに会った彼は相も変わらず自由奔放で、再開するなり昔から嫌いな愛称を会話の中に遠慮なく入れてくるので、神田の元々短い心の導火線はあっという間に燃え進み最後には爆発した。盲目の兄弟子に宥められ、外の見回りを名目に頭を冷やすべく宿から出てきて今に至る。ちなみに現在ぼんらく師範は宿の部屋のテーブルに置かれている果物の盛り合わせをスケッチしている。
気付けば街の外れまで来ていた。虫の張り付く赤い街頭が頼りなく、建物には灯りすらない。人影もすでになくなっている。
「……」
気配を感じて、神田は歩調を止める。鋭い目元を、ゆるりと周囲に滑らせた。
……アクマ?
姿が見えないそれを威嚇するように、神田の立て長い肢体から殺気が流れてきた。
生ぬるい風が吹いて、草木の擦れる音。少しずつ強度を増して、彼の黒髪を巻き上げた。刹那、目の前で旋毛風が起こり、神田は思わず目を見開いた。砂埃が巻きあがり、視界が遮られた瞬時に腰の対アクマ武器を抜き取り、風の中に飛び込んでいった。獣さながらの獰猛さで、見えない敵に刀を降り落した。次の瞬間には柄を持つ手に伝わる、何かに遮られた感覚。風が止んだと同時に、その正体は姿を現した。
「神田……」
「藤島……?」
思いもよらなかった相手に、神田は目を見開いた。久方ぶりに見る、同業者の彼女。
団服の袖の部分。固い銀の装飾で辛うじて止めたのか、片腕を持ち上げて六幻の刀身を受け止めている。
目を丸くしながら「何してるの。こんなところで」と問うてきた彼女に、「こっちの台詞だ」とこれまた不機嫌に返すのだった。
「お久しぶりです。ティエドール元帥。マリ」
神田に連れられやってきた宿の一室。清潔な白いシーツに包まれた寝台と、こじんまりした椅子とテーブルというシンプルの部屋の中、見知った顔が二人分。何かを話していたのか、テーブルに向かい合って座っている。先に部屋に入った自分の後ろで、神田が扉を閉めた。
「おやおや誰かと思ったら」
「咲耶か?」
昔から自分の身なりには無頓着な眼鏡の男性のおっとりした口調。片や大柄な体躯で、超越した聴力の手助けをするヘッドフォンを付けた彼の優しい声。懐かしさを感じつつも、「どうしてここに」という二人の疑問に、簡潔な内容で答える。
「増員命令?」
「はい。今のところ本部へ帰還の目途がたっていない部隊の戦力増強として、コムイさんが私を派遣しました」
ティエドールから椅子に座るよう促され、それに応じる。四角いナチュラルブラウンのテーブルの反対側の椅子に、神田が腰を落とした。そこで咲耶は意を決したように薄く息を吐く。
「本題に入らせてもらいます。元帥。今からでも二人と、本部へ戻ってはくれませんか」
唐突な願い。マリはその言葉に驚き、残りの二人は彼女を凝視した。海凪のように穏やかな声色を変えず、ティエドールが問う。
「それは上からの指示かな? 何か圧でもかけられたかい?」
「この短期間でエクソシスト、そして探索部隊が大勢殉職しました。その中には……デイシャ。あなたの弟子の一人も含まれているはずです」
リーバーから聞いた状況の悲惨さを、重い口で語る。三人の口からは何も出ることがなく、部屋に沈黙が落ちてきた。彼等の脳裏に、いなくなった彼の明るい声が弾けた。
「私の兄弟弟子達も、皆殺しにされました。クラウド部隊で生き残っているのは、私だけなんです。――これ以上欠けなくていいはずの誰かがいなくなるのは」
「私達は戻らないよ」
「元帥……」
「犠牲を増やさない。そのために、動こうとしているんだ。私には私の仕事を全うする義務がある」
そこまで言われて、二の句が継げなくなってしまった。ここまで強固な意思と信念があったこと。様子を見ていた神田とマリが付け足す。
「この人に何を言っても無駄だ」
「一度言ったら聞かない人なんだ」
マリが少し苦笑いしている。自分の師の気質をよく分かっているであろう彼が言うなら、自分にできることはもう何もない。どんなに説得しても。
咲耶の様子にティエドールは薄っすら彼女に笑みを見せた。
「新しい適合者を探しに、僕たちは日本を目指しているんだ。君も一緒に行こう」
目的地はすでに決まっていたらしい。東の果ての、美しい桜の国。まるで魔力でも持っているような彼の口調に、咲耶は無意識に頷いた。
.