5.孤城の吸血鬼 Ⅳ
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「エリアーデ。お祖父様の花を傷つけた罪は重いぞ」
愛したはずの彼女の特殊攻撃により、萎れて傷ついた自身の右腕を気にかけることもなく。孤高の吸血鬼はその双眸を殊更鋭く尖らせた。彼の周りには、祖父の宝物だった花達が砂となり、残骸となって崩れ落ちていく。そんな威嚇をものともせず、薔薇だったはずの異形は鼻で笑う。
「発動してハイになってもみみっちい所は変わらないんだから。この引きこもり」
城の中で特段と言っても良いほど、クロウリーはその花達を大切にしていた。祖父の忘れ形見だと少し切なげな顔で語っていたのを覚えている。その時感じた違和感。彼女から見れば、彼がこの花を自分の足枷だとでも言っているような気がした。この城から、彼を外へ出さないための。
言い訳だそんなもの。世界へ赴くのは、いつだって自身の足と意思だけだというのに。今まで迫害を受けてきた恐怖心が、恐らくそれを拒んでいる。
「臆病者!! お前なんかこの城で朽ち果てんのがお似合いよ!!」
「お前とならそんな生涯を送ることになってもいいと思っていた。エリアーデ。だが醜いお前は見たくない」
彼女の正体がわかったところで、気持ちが薄れることはなかった。どうしたって、貴女を想ってしまう。
クロウリーは今一度攻撃を仕掛けた。彼女の口から放たれる水分を蒸発させる球体が、無数にも放たれ吸血鬼の体を蝕んでいく。彼の慟哭が木霊した。
――さよならアレイスター
声にも音にも出さず、赤い薔薇は言った。元の姿に戻り、体の水分を奪われ地上に堕ちていく吸血鬼の姿を、彼女は只見つめていた。
エリアーデにとって美しさとは、承認欲求を満たすものであり、力そのものだった。称賛はその体を覆う皮と、あるはずのない心への養分だった。だから、人間の女達が誰よりも綺麗になる魔法の本質を知りたかった。
もし私がアクマじゃなかったら――
赤い血の流れる、ただの人間の女だったら――
自信を持って、あなたを愛せたのに――
「なんだ……、まだ動けたの……?」
地から舞い戻った吸血鬼に首筋を食らいつかれても、赤い薔薇の心は穏やかだった。むしろ、血を吸われる痛みに愛しささえ感じた。
「あなたを 愛したかったのにな」
ずっと あたしだけの吸血鬼で。
血という血を吸い上げて、残ったのは崩れた彼女の衣類だけだった。最後、吸血鬼は落とすように彼女の名前を呼んだ。もうこの世にいない彼女へ、届いてほしいと願いながら。
頬に触れる冷いものは、自分が誰よりも知っている。
「雨……」
「えっ、城の中なのに?」
室内に降り注ぐそれに、アレンが目を見開くのも無理はなかった。花と格闘すること(主に兎の青年が)数分。ラビが先程から形ばかりの愛の言葉を連呼した甲斐もあり、咲耶達を拘束する蔓の力も徐々に弱まり、地上へとやっとのこと下してくれた。
向かうはその歯に神の力を宿した彼の元。巨大で、深い紅色の薔薇の上で意気消沈する彼の名前を、アレンが呼んだ。刹那、吸血鬼の口から飛び出てきたのは、大切にしてきたであろう花達への罵詈雑言だった。驚く間のなく、一同花の口へと真っ逆さま。
「うわああああああ!!」
「クロちゃん何やってんだー!!」
「うるさいである!! 私はエリアーデを壊した……もう……生きる気力もないである……」
辛うじて四人の上半身が出ている、花の口先で繰り広げられる攻防戦。濡れて枝垂れた髪に、力の入らない身体。クロウリーの両目から、止めどなく涙が溢れてくる。
「さあ私を殺せであるドアホ花ー!!」
「「ぎゃああああああやめろボケー!!」」
「大丈夫ですから、落ち着いてください」
状況がどんどん悪化している。
興奮して自暴自棄になっているのであろうクロウリーの熱を下げるように、咲耶が言い聞かせる。見かねたアレンが強制的に彼の口を手で塞いだ。負傷している腕についても問うも、投げやりな返答しか返ってこなくて。
「とんだ化物になったものだ私は……愛していたもの手にかけてしまった」
死にたい。命を投げだそうとした吸血鬼の嘆き。白い聖職者の固い信念の部分に触れてしまった。
「そんなに辛いならエクソシストになればいい」
クロウリーの衣服の襟を掴み、十五歳の少年は淀みない声色で放った。
「あなたはエリアーデというアクアを壊したんです。これからもアクアを壊し続ければそれがエリアーデを壊した理由になる」
後悔と懺悔を両の目から零す孤独の吸血鬼。養父を壊し絶望に泣いたあの日の自分と、彼が重なってしまう。今の彼は、過去の自分だ。理由と道標を見つけたその時から、エクソシストである自分の人生が始まったように。彼にも背中を押してくれる誰かが必要なのだ。
「あなたもまた神の使途なんだ……」
クロウリーの涙を、偽りの雨が洗い流した。
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愛したはずの彼女の特殊攻撃により、萎れて傷ついた自身の右腕を気にかけることもなく。孤高の吸血鬼はその双眸を殊更鋭く尖らせた。彼の周りには、祖父の宝物だった花達が砂となり、残骸となって崩れ落ちていく。そんな威嚇をものともせず、薔薇だったはずの異形は鼻で笑う。
「発動してハイになってもみみっちい所は変わらないんだから。この引きこもり」
城の中で特段と言っても良いほど、クロウリーはその花達を大切にしていた。祖父の忘れ形見だと少し切なげな顔で語っていたのを覚えている。その時感じた違和感。彼女から見れば、彼がこの花を自分の足枷だとでも言っているような気がした。この城から、彼を外へ出さないための。
言い訳だそんなもの。世界へ赴くのは、いつだって自身の足と意思だけだというのに。今まで迫害を受けてきた恐怖心が、恐らくそれを拒んでいる。
「臆病者!! お前なんかこの城で朽ち果てんのがお似合いよ!!」
「お前とならそんな生涯を送ることになってもいいと思っていた。エリアーデ。だが醜いお前は見たくない」
彼女の正体がわかったところで、気持ちが薄れることはなかった。どうしたって、貴女を想ってしまう。
クロウリーは今一度攻撃を仕掛けた。彼女の口から放たれる水分を蒸発させる球体が、無数にも放たれ吸血鬼の体を蝕んでいく。彼の慟哭が木霊した。
――さよならアレイスター
声にも音にも出さず、赤い薔薇は言った。元の姿に戻り、体の水分を奪われ地上に堕ちていく吸血鬼の姿を、彼女は只見つめていた。
エリアーデにとって美しさとは、承認欲求を満たすものであり、力そのものだった。称賛はその体を覆う皮と、あるはずのない心への養分だった。だから、人間の女達が誰よりも綺麗になる魔法の本質を知りたかった。
もし私がアクマじゃなかったら――
赤い血の流れる、ただの人間の女だったら――
自信を持って、あなたを愛せたのに――
「なんだ……、まだ動けたの……?」
地から舞い戻った吸血鬼に首筋を食らいつかれても、赤い薔薇の心は穏やかだった。むしろ、血を吸われる痛みに愛しささえ感じた。
「あなたを 愛したかったのにな」
ずっと あたしだけの吸血鬼で。
血という血を吸い上げて、残ったのは崩れた彼女の衣類だけだった。最後、吸血鬼は落とすように彼女の名前を呼んだ。もうこの世にいない彼女へ、届いてほしいと願いながら。
頬に触れる冷いものは、自分が誰よりも知っている。
「雨……」
「えっ、城の中なのに?」
室内に降り注ぐそれに、アレンが目を見開くのも無理はなかった。花と格闘すること(主に兎の青年が)数分。ラビが先程から形ばかりの愛の言葉を連呼した甲斐もあり、咲耶達を拘束する蔓の力も徐々に弱まり、地上へとやっとのこと下してくれた。
向かうはその歯に神の力を宿した彼の元。巨大で、深い紅色の薔薇の上で意気消沈する彼の名前を、アレンが呼んだ。刹那、吸血鬼の口から飛び出てきたのは、大切にしてきたであろう花達への罵詈雑言だった。驚く間のなく、一同花の口へと真っ逆さま。
「うわああああああ!!」
「クロちゃん何やってんだー!!」
「うるさいである!! 私はエリアーデを壊した……もう……生きる気力もないである……」
辛うじて四人の上半身が出ている、花の口先で繰り広げられる攻防戦。濡れて枝垂れた髪に、力の入らない身体。クロウリーの両目から、止めどなく涙が溢れてくる。
「さあ私を殺せであるドアホ花ー!!」
「「ぎゃああああああやめろボケー!!」」
「大丈夫ですから、落ち着いてください」
状況がどんどん悪化している。
興奮して自暴自棄になっているのであろうクロウリーの熱を下げるように、咲耶が言い聞かせる。見かねたアレンが強制的に彼の口を手で塞いだ。負傷している腕についても問うも、投げやりな返答しか返ってこなくて。
「とんだ化物になったものだ私は……愛していたもの手にかけてしまった」
死にたい。命を投げだそうとした吸血鬼の嘆き。白い聖職者の固い信念の部分に触れてしまった。
「そんなに辛いならエクソシストになればいい」
クロウリーの衣服の襟を掴み、十五歳の少年は淀みない声色で放った。
「あなたはエリアーデというアクアを壊したんです。これからもアクアを壊し続ければそれがエリアーデを壊した理由になる」
後悔と懺悔を両の目から零す孤独の吸血鬼。養父を壊し絶望に泣いたあの日の自分と、彼が重なってしまう。今の彼は、過去の自分だ。理由と道標を見つけたその時から、エクソシストである自分の人生が始まったように。彼にも背中を押してくれる誰かが必要なのだ。
「あなたもまた神の使途なんだ……」
クロウリーの涙を、偽りの雨が洗い流した。
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