5.孤城の吸血鬼 Ⅳ
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「劫火灰燼 火判」
太陽兎がそう唱えるのを聞いた直後、夜空に炎の大蛇が現れた。アレンと逸れてしまい、あれからどこを探しても見つけられず戦闘音の鳴りやまない外へと一度出てみれば、ラビがクロウリーへ必殺技らしき攻撃を仕掛けている真っ只中だった。吸血鬼の肢体は灼熱の蛇の腹へ飲み込まれ、そのまま城へと体当たりしていった。
「安心せい 火加減はしといたさ」
「ラビ」
咲耶が彼へと駆け寄る。爆音の予想通り激しい戦闘を繰り広げていたのだろう、ラビの団服はぼろぼろで、顔や袖口を捲って晒した腕にはいくつも小さな傷がついている。
「咲耶、無事か?」
肯定するよう、咲耶が頷いた。
「アレンから聞いた。クロウリーさんのこと」
「あいつに会ったんか?」
「さっき合流したんだけど、また途中で逸れちゃった」
「アレンなら大丈夫だろ。ガキだけど、ちょっとはしっかりしてるとこもあるし」
ラビは自分の攻撃によって大穴の開いた城の箇所を見上げた。
「さてお灸は添えたし、スカウトの返事をもらいにいくかね」
気のせいでなければ、自分が起こしたものとは別の攻撃音が中から聞こえた。咲耶がここにいるということは、あの年下の少年が起こしたものかと考えられる。
槌の柄に跨ると手招きで咲耶を呼び、自分の後ろに乗るよう促した。それに従い彼と同じく跨って座れば、『伸』と呟いたラビに呼応するよう柄が伸び、城の窓を突き破る。硝子の破片が飛び散って、反射的に顔を腕で覆った。
「ようアレン」
「ラビ!! 咲耶さん!」
ラビと、先刻見失ってしまった少年の声。顔から腕を外せば、ラビが白雪髪をした少年の団服を掴んでいる。落ちそうだったところを、助けたのだ。
「おいアレン、あの女……」
ラビが地上にいる何かに気付いた。自分達の入ったそこは城の大広間らしき広々とした空間で、激しい戦闘の残骸だとでもいうように崩れた壁の破片が転がっている。その中でラビの攻撃を受け力なく倒れた吸血鬼の体を、先ほど三人が城内で出会った女性が支えるよう起こしていた。彼女の腕の中で、意識を取り戻した吸血鬼に、女性は安堵の表情を浮かべる。しかし、次の瞬間にはクロウリーの目が驚愕に見開かれた。
「エエ、エリアーデ。何であるかそれは……お前のその、体から出ているものは……」
彼女から浮き出るようなそれに、ラビと咲耶は言葉を失った。二人の神経に警告が駆け抜け全身をめぐって、最後には脳天を貫いた。
悲哀と、絶望と嘆きと、この世のありとあらゆる痛みを形にしたような。そんな『何か』。魔の王が統べる冥府の底、引きずりだされた悲しき心の嘆き。
「冥界から呼び戻され、兵器のエネルギー源として拘束されてた¨アクアの魂¨。そうなんかアレン?」
エリアーデとの戦闘で、取り戻した左眼の力。今までと感覚が違っていたのは、気のせいではなかった。今こうやって自分以外の人間の目にも、アクマの魂が見えている。
「貴方の左目が、私たちに見せているの?」
やっと言葉が出た。はじめて見た彼の左目。養父からの贈り物だと言ってくれた彼の世界。死した後でも人は美しいと独りよがりに思っていた。現実は言語化するもの憚られる。忌々しい生き地獄のような光景だった。
アレンに視線を滑らせれば、左目を手で覆い何とも言えない切ない顔をしていた。
「クロちゃん! その姉ちゃんはアクマさ、説明したろさっき! あんたと俺らの敵さ!!」
ラビの叫びが、クロウリーの脳内で反響する。呆然として表情に力のない彼女へ問いても、ほしい言葉が返ってこない。頼む。違うと言ってくれ。
エリアーデは、全てを諦めたように目を閉じた。終わってしまった。なにもかも。
「ぶち壊しよ。もう」
静かな声色だった。彼女の姿が、音もなく異形に変わりクロウリーが気付いた時には、彼の体は柱に叩きつけられていた。
「うまく飼い慣らして利用してやるつもりだったがもういいわ!! 殺してやる!!!」
巨大な異形から発せられるのは、間違いなく愛おしかった声だった。受け入れがたい目の前の光景に、クロウリーは痛みに悶えるのも、忘れてしまった。そこでラビがぎょっとする。
「ヤベェさ! クロちゃんさっき俺とバトってヘロヘロだった!! 助けねぇとっ」
愛称らしきものが聞こえた気がしたが、次の瞬間には地上が崩れ巨大な植物が勢いよく姿を現し、エクソシスト三人の体は無数の蔓に捕縛される。言わずと知れた食人花だった。
「花が床をブチ破って来なさった!?」
「まだあったんかクソ花ー!!」
「待って、これ何?」
先ほどこれ等の『お世話』になった二人とは別行動だったため、当たり前に咲耶はこの植物の存在を知らなかった。次から次へと生えてくるそれは花弁と大口を開けており、ついには広間を覆いつくしクロウリー達を目視で確認できなくなってしまった。
「涙縁!」
咲耶が其等へ攻撃を仕掛ければ、酸水の球体に包まれ弾くように萎れて消滅していく。自分達の付近を取り囲むいくつかも同様の技を繰り出すものの。
「だめだ。キリがない」
消しても消してもその倍になって床から生まれてくる。イノセンスは落とすは足には食らいつかれるはで喚くラビとは正反対に、比較的冷静なアレンがクロウリーの状況を案じていた。花達の壁の向こうで、本日何度目かの戦闘音が鳴り響いた。
「音がする」
「戦ってるんさ……?」
「! ラビ後ろ!」
「え? ってウギャァァァァァァ!!」
兎の後ろで大口を開ける一輪の花に、咲耶の咄嗟の警告は意味をなさず。ラビの長身は花の口に飲み込まれてしまった。
「ラビ! 落ち着いて僕の言う通りにしてください」
「アホか! 落ち着いたら喰われる!!」
花の中で大暴れするラビを嗜めるような口調で落ち着かせるアレンに、即座に中から反論が飛んできた。彼曰く師の元で修行中に同種の花を育てた経験があるとの事。だからこの凶暴な植物を前に、先ほどから慌てる様子がなかったのかと納得がいく。
好意を持つ人間に害を加えない花。裏を返せばそうでない人間は容赦なく襲う。今のラビが陥っている状況のように。どこかのお伽話に出てくる我が儘で高飛車なハートの女王もそうだったと場違いに思い起こしてしまった。
愛情表現をするよう促せば、花の中から渾身の愛の告白が轟いて、なんとも言えない気持ちになった。
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太陽兎がそう唱えるのを聞いた直後、夜空に炎の大蛇が現れた。アレンと逸れてしまい、あれからどこを探しても見つけられず戦闘音の鳴りやまない外へと一度出てみれば、ラビがクロウリーへ必殺技らしき攻撃を仕掛けている真っ只中だった。吸血鬼の肢体は灼熱の蛇の腹へ飲み込まれ、そのまま城へと体当たりしていった。
「安心せい 火加減はしといたさ」
「ラビ」
咲耶が彼へと駆け寄る。爆音の予想通り激しい戦闘を繰り広げていたのだろう、ラビの団服はぼろぼろで、顔や袖口を捲って晒した腕にはいくつも小さな傷がついている。
「咲耶、無事か?」
肯定するよう、咲耶が頷いた。
「アレンから聞いた。クロウリーさんのこと」
「あいつに会ったんか?」
「さっき合流したんだけど、また途中で逸れちゃった」
「アレンなら大丈夫だろ。ガキだけど、ちょっとはしっかりしてるとこもあるし」
ラビは自分の攻撃によって大穴の開いた城の箇所を見上げた。
「さてお灸は添えたし、スカウトの返事をもらいにいくかね」
気のせいでなければ、自分が起こしたものとは別の攻撃音が中から聞こえた。咲耶がここにいるということは、あの年下の少年が起こしたものかと考えられる。
槌の柄に跨ると手招きで咲耶を呼び、自分の後ろに乗るよう促した。それに従い彼と同じく跨って座れば、『伸』と呟いたラビに呼応するよう柄が伸び、城の窓を突き破る。硝子の破片が飛び散って、反射的に顔を腕で覆った。
「ようアレン」
「ラビ!! 咲耶さん!」
ラビと、先刻見失ってしまった少年の声。顔から腕を外せば、ラビが白雪髪をした少年の団服を掴んでいる。落ちそうだったところを、助けたのだ。
「おいアレン、あの女……」
ラビが地上にいる何かに気付いた。自分達の入ったそこは城の大広間らしき広々とした空間で、激しい戦闘の残骸だとでもいうように崩れた壁の破片が転がっている。その中でラビの攻撃を受け力なく倒れた吸血鬼の体を、先ほど三人が城内で出会った女性が支えるよう起こしていた。彼女の腕の中で、意識を取り戻した吸血鬼に、女性は安堵の表情を浮かべる。しかし、次の瞬間にはクロウリーの目が驚愕に見開かれた。
「エエ、エリアーデ。何であるかそれは……お前のその、体から出ているものは……」
彼女から浮き出るようなそれに、ラビと咲耶は言葉を失った。二人の神経に警告が駆け抜け全身をめぐって、最後には脳天を貫いた。
悲哀と、絶望と嘆きと、この世のありとあらゆる痛みを形にしたような。そんな『何か』。魔の王が統べる冥府の底、引きずりだされた悲しき心の嘆き。
「冥界から呼び戻され、兵器のエネルギー源として拘束されてた¨アクアの魂¨。そうなんかアレン?」
エリアーデとの戦闘で、取り戻した左眼の力。今までと感覚が違っていたのは、気のせいではなかった。今こうやって自分以外の人間の目にも、アクマの魂が見えている。
「貴方の左目が、私たちに見せているの?」
やっと言葉が出た。はじめて見た彼の左目。養父からの贈り物だと言ってくれた彼の世界。死した後でも人は美しいと独りよがりに思っていた。現実は言語化するもの憚られる。忌々しい生き地獄のような光景だった。
アレンに視線を滑らせれば、左目を手で覆い何とも言えない切ない顔をしていた。
「クロちゃん! その姉ちゃんはアクマさ、説明したろさっき! あんたと俺らの敵さ!!」
ラビの叫びが、クロウリーの脳内で反響する。呆然として表情に力のない彼女へ問いても、ほしい言葉が返ってこない。頼む。違うと言ってくれ。
エリアーデは、全てを諦めたように目を閉じた。終わってしまった。なにもかも。
「ぶち壊しよ。もう」
静かな声色だった。彼女の姿が、音もなく異形に変わりクロウリーが気付いた時には、彼の体は柱に叩きつけられていた。
「うまく飼い慣らして利用してやるつもりだったがもういいわ!! 殺してやる!!!」
巨大な異形から発せられるのは、間違いなく愛おしかった声だった。受け入れがたい目の前の光景に、クロウリーは痛みに悶えるのも、忘れてしまった。そこでラビがぎょっとする。
「ヤベェさ! クロちゃんさっき俺とバトってヘロヘロだった!! 助けねぇとっ」
愛称らしきものが聞こえた気がしたが、次の瞬間には地上が崩れ巨大な植物が勢いよく姿を現し、エクソシスト三人の体は無数の蔓に捕縛される。言わずと知れた食人花だった。
「花が床をブチ破って来なさった!?」
「まだあったんかクソ花ー!!」
「待って、これ何?」
先ほどこれ等の『お世話』になった二人とは別行動だったため、当たり前に咲耶はこの植物の存在を知らなかった。次から次へと生えてくるそれは花弁と大口を開けており、ついには広間を覆いつくしクロウリー達を目視で確認できなくなってしまった。
「涙縁!」
咲耶が其等へ攻撃を仕掛ければ、酸水の球体に包まれ弾くように萎れて消滅していく。自分達の付近を取り囲むいくつかも同様の技を繰り出すものの。
「だめだ。キリがない」
消しても消してもその倍になって床から生まれてくる。イノセンスは落とすは足には食らいつかれるはで喚くラビとは正反対に、比較的冷静なアレンがクロウリーの状況を案じていた。花達の壁の向こうで、本日何度目かの戦闘音が鳴り響いた。
「音がする」
「戦ってるんさ……?」
「! ラビ後ろ!」
「え? ってウギャァァァァァァ!!」
兎の後ろで大口を開ける一輪の花に、咲耶の咄嗟の警告は意味をなさず。ラビの長身は花の口に飲み込まれてしまった。
「ラビ! 落ち着いて僕の言う通りにしてください」
「アホか! 落ち着いたら喰われる!!」
花の中で大暴れするラビを嗜めるような口調で落ち着かせるアレンに、即座に中から反論が飛んできた。彼曰く師の元で修行中に同種の花を育てた経験があるとの事。だからこの凶暴な植物を前に、先ほどから慌てる様子がなかったのかと納得がいく。
好意を持つ人間に害を加えない花。裏を返せばそうでない人間は容赦なく襲う。今のラビが陥っている状況のように。どこかのお伽話に出てくる我が儘で高飛車なハートの女王もそうだったと場違いに思い起こしてしまった。
愛情表現をするよう促せば、花の中から渾身の愛の告白が轟いて、なんとも言えない気持ちになった。
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