4.孤城の吸血鬼 Ⅲ
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
崩れた煉瓦の山の上、アレンは意識もなく横たわっていた。食人花の爆発で城外へ投げ出された二人が見つけたのは、荒れ果てた墓地だった。墓の数と、地面に浮かび上がる五芒星にある憶測を立てた二人は、墓の中身からそれらがアクアの亡骸だと確信し、彼、クロウリーが只の吸血鬼ではないことを知る。そこに突如現れたクロウリーを説得すべく力を抑え込み会話を試みるも、戦闘に快楽を見出した彼の圧倒的な力の前に、アレンの体は虚しくも城の壁に叩きつけられてしまった。煉瓦ごと脆くも壁は崩壊して、穴を開けてしまったのは言うまでもない。強い衝撃を受けた頭部が意識を手放しそうになり、体は指すら動かなくなりそうで。
「――――アレン、――アレン」
遠くから音響のように声が聞こえた気がする。徐々にその声量が近い場所から発せられていることに気付いて、アレンは重い瞼をぎこちなく開いた。ぼやける視界の中で、黒々としたロングヘアがはっきりと目に飛び込んできた。
「大丈夫?」
横たわる自分を見つめる咲耶がいた。反射的に上体を起こせば、体のあちこち打撲していたようで、鈍い痛みが全身に走る。一番酷いのは頭部のようだった。額に触れれば夥しい量の血がべったりと手についてしまっている。
「あれ、ここはっ」
「多分、外から吹き飛ばされたんだと思う」
咲耶が駆け付けた時、すでにアレンはここに倒れていた。崩れた壁が砂埃を上げて、ひどい有様だった。壁が剥き出しになった外から、激しい音が聞こえる。咲耶は負傷したアレンを支え、とりあえずそこを離れることにした。傷に響かないよう、彼の歩調にあわせることにする。
「何があったの?」
アレンは自分達が見てきたこと、突き止めたことの全てを話した。クロウリーに殺された犠牲者達がアクマだったこと。彼が、自分達の仲間の可能性があることも。
「寄生型、エクソシスト」
「多分、歯が対アクマ武器じゃないかって」
「そっか……」
だとするとあの戦闘力も納得がいく。恐らくアクマの血を求める高揚が、クロウリーの超人的な力の根源となっている。
「早く戻んなきゃ」
「まず止血しないと」
無理に戦いに戻ろうとする彼を、壁を背にして座らせる。先ほどの場所から少し離れたため、安全は確保できるだろう。処置をすべくアレンの前に膝立ちする。手ぬぐいなど持っていなかったため、長い団服の端を使って彼の頭部、出血している箇所を封じた。自分達にとって怪我は日常茶飯事だが、この傷の開き具合は中々ひどい。
「無理しすぎ」
「ははっ、すみません」
乾いた笑い。アレンは、村人に対しても、クロウリーに対してすら、人一倍気を使っているような気がする。彼の元よりの性格なのだろうか。
「聞いてもいい?」
「何です?」
「左目、なんで閉じてるの? これは、入れ墨?」
初対面の時から、彼の片目は閉じたままだった。そこに走る赤い閃光のようなものに、同色の額のペンタクル。アレンは目を伏せて、ふわりと笑んだ。
「呪い」
まるでなんでもないような声色で、彼は落とすように零した。咲耶の指先が、そこらに散らばる瓦礫のように固まる。
「アクマの魂が見える左目です。ずっと昔、僕がアクマにした家族を壊した時に貰い受けました。前の任務で負傷して、今は見えないんですけどね」
「、ごめん。何も知らなくて、考えなしだった」
自然と早口になってしまう。何に対しての謝罪? 発した一言一言すべてへの。アレンは苦笑して自分を見上げ、首を横に振った。
「これ少し前までマナの、養父の恨みの形だと思ってました。でも今は違う。贈り物だって思ってます」
「どうして」
「この目があったから伯爵の悪意に縛り付けられた魂の声が聞けて、その姿を見られたからこそ、僕は戦いに身を捧げるという誓いを立てることができた――ってすみません。都合よく考えすぎですよね」
彼に与えられた運命の重さを、重さと捉えるもの間違いだ。そう思えるまできっと、身を切り刻まれるような痛みを伴って、生きてきたんだろう。神様はなんてものを、彼に背負わせたんだ。
「思ってないよ。そんな事は」
自分には首を横にふることしかできない。親から子へのこんな愛のカタチもあるんだって。
「素敵だね。そういうの」
胸の内側が、あったかくなった。自分を見るアレンの顔が、呆けている。ふと抑えていた彼の頭部はすでに血が止まっていた。
「立てる?」
「…………あ、はい」
返事も動作もぎこちないが、アレンは壁に手を置きながらゆっくりと立ち上がる。再び爆音が轟いて、咲耶が自分から視線を前方へ外した。
「この音、ラビとクロウリーさんが戦ってるのかな」
咲耶へ返事をしようとしたその時、手をついていた壁の煉瓦が奥へと入り込んで、扉が開くように口を開けた。声もなくアレンを吸い込むと、何事もなかったかのように元の壁に戻ってしまう。
「アレン……?」
彼女が振り向いた時には、とうに白雪の少年の姿は消えていた。
2024/6/4.
「――――アレン、――アレン」
遠くから音響のように声が聞こえた気がする。徐々にその声量が近い場所から発せられていることに気付いて、アレンは重い瞼をぎこちなく開いた。ぼやける視界の中で、黒々としたロングヘアがはっきりと目に飛び込んできた。
「大丈夫?」
横たわる自分を見つめる咲耶がいた。反射的に上体を起こせば、体のあちこち打撲していたようで、鈍い痛みが全身に走る。一番酷いのは頭部のようだった。額に触れれば夥しい量の血がべったりと手についてしまっている。
「あれ、ここはっ」
「多分、外から吹き飛ばされたんだと思う」
咲耶が駆け付けた時、すでにアレンはここに倒れていた。崩れた壁が砂埃を上げて、ひどい有様だった。壁が剥き出しになった外から、激しい音が聞こえる。咲耶は負傷したアレンを支え、とりあえずそこを離れることにした。傷に響かないよう、彼の歩調にあわせることにする。
「何があったの?」
アレンは自分達が見てきたこと、突き止めたことの全てを話した。クロウリーに殺された犠牲者達がアクマだったこと。彼が、自分達の仲間の可能性があることも。
「寄生型、エクソシスト」
「多分、歯が対アクマ武器じゃないかって」
「そっか……」
だとするとあの戦闘力も納得がいく。恐らくアクマの血を求める高揚が、クロウリーの超人的な力の根源となっている。
「早く戻んなきゃ」
「まず止血しないと」
無理に戦いに戻ろうとする彼を、壁を背にして座らせる。先ほどの場所から少し離れたため、安全は確保できるだろう。処置をすべくアレンの前に膝立ちする。手ぬぐいなど持っていなかったため、長い団服の端を使って彼の頭部、出血している箇所を封じた。自分達にとって怪我は日常茶飯事だが、この傷の開き具合は中々ひどい。
「無理しすぎ」
「ははっ、すみません」
乾いた笑い。アレンは、村人に対しても、クロウリーに対してすら、人一倍気を使っているような気がする。彼の元よりの性格なのだろうか。
「聞いてもいい?」
「何です?」
「左目、なんで閉じてるの? これは、入れ墨?」
初対面の時から、彼の片目は閉じたままだった。そこに走る赤い閃光のようなものに、同色の額のペンタクル。アレンは目を伏せて、ふわりと笑んだ。
「呪い」
まるでなんでもないような声色で、彼は落とすように零した。咲耶の指先が、そこらに散らばる瓦礫のように固まる。
「アクマの魂が見える左目です。ずっと昔、僕がアクマにした家族を壊した時に貰い受けました。前の任務で負傷して、今は見えないんですけどね」
「、ごめん。何も知らなくて、考えなしだった」
自然と早口になってしまう。何に対しての謝罪? 発した一言一言すべてへの。アレンは苦笑して自分を見上げ、首を横に振った。
「これ少し前までマナの、養父の恨みの形だと思ってました。でも今は違う。贈り物だって思ってます」
「どうして」
「この目があったから伯爵の悪意に縛り付けられた魂の声が聞けて、その姿を見られたからこそ、僕は戦いに身を捧げるという誓いを立てることができた――ってすみません。都合よく考えすぎですよね」
彼に与えられた運命の重さを、重さと捉えるもの間違いだ。そう思えるまできっと、身を切り刻まれるような痛みを伴って、生きてきたんだろう。神様はなんてものを、彼に背負わせたんだ。
「思ってないよ。そんな事は」
自分には首を横にふることしかできない。親から子へのこんな愛のカタチもあるんだって。
「素敵だね。そういうの」
胸の内側が、あったかくなった。自分を見るアレンの顔が、呆けている。ふと抑えていた彼の頭部はすでに血が止まっていた。
「立てる?」
「…………あ、はい」
返事も動作もぎこちないが、アレンは壁に手を置きながらゆっくりと立ち上がる。再び爆音が轟いて、咲耶が自分から視線を前方へ外した。
「この音、ラビとクロウリーさんが戦ってるのかな」
咲耶へ返事をしようとしたその時、手をついていた壁の煉瓦が奥へと入り込んで、扉が開くように口を開けた。声もなくアレンを吸い込むと、何事もなかったかのように元の壁に戻ってしまう。
「アレン……?」
彼女が振り向いた時には、とうに白雪の少年の姿は消えていた。
2024/6/4.
3/3ページ