1.始まりの朝
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「……朝?」
瞼を日光に撫でられた気がして、ほぼ反射の動作で目を開けた。
「寝過ごした、かな……」
窓枠にもたれかけていた頭を平行に戻して、意味もなく自分のいる空間に視線を泳がせる。
時刻は明朝。地球の裏側に隠れていたであろう、世界に光をもたらす火の恒星が、地平線からようやっと顔を出すころ。ここは昨夜、直近の任務を終えて滑りこんだ汽車の一室。
駅から余裕で乗れるような時間配分など悠長にできるわけもないので、安定の飛び乗り乗車をしたのは一番新しい記憶だった。通されたこの個室に入ってすぐ、電車の揺れが眠気を誘って、精神の糸がぷつりと切れて今にいたる。
規則的な振動。遠くから聞こえる汽笛の音。寝ぼけまなこで迎えた、英国の朝。
窓の外へ視線を動かせば、まだ若く青々とした麦畑がどこまでも続いて、太陽の恩恵を受けていた。光が弾けて、麦の上を魚のように跳ねていく。もう半年もしないうちに色合いが変化して、黄金の海が広がる光景が目に浮かぶ。無駄な加工のされていないフィルム映画を見ているようだった。
引き寄せられるように窓を開ければ、冴えた風が部屋の中に入ってきて、頬と髪を撫でてくる。
「おはよう」
誰に言うわけでもない言の葉は、光の風にさらわれた。
地下水路から長い階段を一歩一歩と踏みしめる。相変わらず上に行くまでの道のりが果てない。黒の教団本部。最後の来たのは、師と共に訪れた四年ほど前だっただろうか。変わっていない。上から落ちてくる謙遜も、そこらかしこに散らばっている静謐な闇も。ひたすら歩みを進めて、やっと出口らしきところから光が漏れるのが見えた。
そこに思いもよらぬ影が見えて、一瞬歩調を止める。扉に背を預けた肢体は白衣に包まれ、相も変わらず長身で、無精ひげが印象的。咲耶の姿を視界に認めて、ゆるりと彼の口元に笑みが乗った。
「おかえり」
化学班班長 リーバー・ウェンハム。彼の疲れ切った笑顔もまた、変わらないままだった。
***
「こんな緊急事態に呼び出して悪い。本当ならクラウド元帥についていたかったよな……」
開口一番にそう告げながら歩みを進めるリーバーの横を並んで歩く。心配だろう?、と言いたげな表情で咲耶の顔を覗き込んできた。
「彼女の弟子は、私だけでないので」
先日エクソシスト元帥が一人、ケビン・イェーガーが殺害された。元帥の中でも最年長ながら、第一線で戦っていた大戦士だった。そんな彼の命を赤子の首をひねるように奪ったのは、伯爵率いるノアの一族。遥か昔、世界の闇の中で生まれた申し子達。
彼等の過去に例を見ないような大きな動向に、いまだかつてない危機感を覚えた教団はすぐさま行動に移した。
≪ハート≫のイノセンス争奪戦。エクソシストの中でも臨界点を超えたシンクロ率を誇る元帥達へ、標的を定めた伯爵一味から彼等を守るため、残存のエクソシスト達はそれぞれの師を護衛すべく各地へ集結している。これまでになく強大で、大規模な任務となった。
本来なら咲耶も自分の師の元へついているはずだった。そんな中、なぜか彼女に本部への収集命令が下ったのである。残りの兄弟弟子たちは現在、師の元へ向かっていると聞く。
特に目立った杞憂のなさそうな彼女の様子に、リーバーは表情を緩めた。
「ある程度準備が整ったら司令室に向かってくれ。コムイ室長が待ってる」
「わかりました」
「あとな、もし寝てたらの話なんだけど――」
述べられた指示の内容に、自分はどんな顔をしていただろうか。
***
.
瞼を日光に撫でられた気がして、ほぼ反射の動作で目を開けた。
「寝過ごした、かな……」
窓枠にもたれかけていた頭を平行に戻して、意味もなく自分のいる空間に視線を泳がせる。
時刻は明朝。地球の裏側に隠れていたであろう、世界に光をもたらす火の恒星が、地平線からようやっと顔を出すころ。ここは昨夜、直近の任務を終えて滑りこんだ汽車の一室。
駅から余裕で乗れるような時間配分など悠長にできるわけもないので、安定の飛び乗り乗車をしたのは一番新しい記憶だった。通されたこの個室に入ってすぐ、電車の揺れが眠気を誘って、精神の糸がぷつりと切れて今にいたる。
規則的な振動。遠くから聞こえる汽笛の音。寝ぼけまなこで迎えた、英国の朝。
窓の外へ視線を動かせば、まだ若く青々とした麦畑がどこまでも続いて、太陽の恩恵を受けていた。光が弾けて、麦の上を魚のように跳ねていく。もう半年もしないうちに色合いが変化して、黄金の海が広がる光景が目に浮かぶ。無駄な加工のされていないフィルム映画を見ているようだった。
引き寄せられるように窓を開ければ、冴えた風が部屋の中に入ってきて、頬と髪を撫でてくる。
「おはよう」
誰に言うわけでもない言の葉は、光の風にさらわれた。
地下水路から長い階段を一歩一歩と踏みしめる。相変わらず上に行くまでの道のりが果てない。黒の教団本部。最後の来たのは、師と共に訪れた四年ほど前だっただろうか。変わっていない。上から落ちてくる謙遜も、そこらかしこに散らばっている静謐な闇も。ひたすら歩みを進めて、やっと出口らしきところから光が漏れるのが見えた。
そこに思いもよらぬ影が見えて、一瞬歩調を止める。扉に背を預けた肢体は白衣に包まれ、相も変わらず長身で、無精ひげが印象的。咲耶の姿を視界に認めて、ゆるりと彼の口元に笑みが乗った。
「おかえり」
化学班班長 リーバー・ウェンハム。彼の疲れ切った笑顔もまた、変わらないままだった。
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「こんな緊急事態に呼び出して悪い。本当ならクラウド元帥についていたかったよな……」
開口一番にそう告げながら歩みを進めるリーバーの横を並んで歩く。心配だろう?、と言いたげな表情で咲耶の顔を覗き込んできた。
「彼女の弟子は、私だけでないので」
先日エクソシスト元帥が一人、ケビン・イェーガーが殺害された。元帥の中でも最年長ながら、第一線で戦っていた大戦士だった。そんな彼の命を赤子の首をひねるように奪ったのは、伯爵率いるノアの一族。遥か昔、世界の闇の中で生まれた申し子達。
彼等の過去に例を見ないような大きな動向に、いまだかつてない危機感を覚えた教団はすぐさま行動に移した。
≪ハート≫のイノセンス争奪戦。エクソシストの中でも臨界点を超えたシンクロ率を誇る元帥達へ、標的を定めた伯爵一味から彼等を守るため、残存のエクソシスト達はそれぞれの師を護衛すべく各地へ集結している。これまでになく強大で、大規模な任務となった。
本来なら咲耶も自分の師の元へついているはずだった。そんな中、なぜか彼女に本部への収集命令が下ったのである。残りの兄弟弟子たちは現在、師の元へ向かっていると聞く。
特に目立った杞憂のなさそうな彼女の様子に、リーバーは表情を緩めた。
「ある程度準備が整ったら司令室に向かってくれ。コムイ室長が待ってる」
「わかりました」
「あとな、もし寝てたらの話なんだけど――」
述べられた指示の内容に、自分はどんな顔をしていただろうか。
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