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今日もじりじりと暑さが増す体育館。
キュッと床を擦る音がする。
”飛べ”
バンッと大きな音がして振り向けば高く上げられたボールが見えた…
◇
「お疲れさま~」
「今日から仮入部の鈴木さんです。」
「1年1組 鈴木りかです。よ、よろしくお願いします。」
「え~明日からの東京遠征にも鈴木さんは同行してくれるので、みなさん色々教えてあげてください」
ペコリと一礼をしてみんなの後ろへと向かう。
それから明日の説明を少し聞いた後、練習が始まった。
「りかちゃん。来てくれてありがとう。」
振り向けばニッコリと笑った仁花ちゃんがいた。
仁花ちゃんとは中学が同じだった。
小さくて可愛らしい彼女に頼まれるとついつい引き受けてしまいたくなる。
「私、スポーツも何もしてきてないし邪魔にならないかな…」
「そんなこと「そんなことないよ」」
綺麗な顔立ちの先輩に声を掛けられた。
「私もバレーボールは未経験なの。独学で色々覚えてきただけで…だからりかちゃんにもできるから大丈夫。今日はドリンク作ってみようか。仁花ちゃんは準備進めてくれる?」
「わかりましたっ」
「じゃありかちゃんはこれ持って」
そう言われて手渡されたボトルをいくつか持つ。
こっち!といつの間にか先を行く先輩に慌てて後ろからついて行った。
◇
仮入部といえどしっかり仕事しなくっちゃ。
ドリンクを作り終えたあとはモップで床を拭いたり、ボールを拾ったりととにかく体育館を動き回った。
「ふぅ」
「どう?疲れちゃった?」
くるりと振り向くと…菅原先輩だ。
「あ、えっとちょっとだけ…でも楽しいです!あんまり運動とかしてこなかったので…」
「そっか、でも疲れたときは休むべ。ほい」
そう言ってどこからかフルーツオレが出てきた。
「すごーい!先輩、手品できるんですか!!」
自慢げな表情の先輩の横からスッと影が現れる。
「菅原さ~ん俺のフルーツオレは?」
「ちょっ日向にはあとで買ってやるから」
「え~今飲みたかったのにぃ~」
「あ、これ日向くんにどうぞ」
クスクス笑いながら渡せば不思議そうな顔の彼。
「先輩、手品はまた今度見せてください」
「あちゃー上手くいくと思ったんだけどなぁ」
一通りやり終えた先輩たちはコートへと戻って行く。
「りかちゃん、次はスコアボードお願いしていい?」
はい!と大きく返事をして清水先輩にかけよれば自然と疲れは吹き飛んでいた。
◇
すっかり外は暗くなっている。
練習の後、一度荷物を取りに各自帰宅し、夜の学校へ再集合した。
「おねがいします!」
「「しまーす!!!」」
「しー!夜中なんだから静かにね」
ぞろぞろとバスへ乗り込む。
…
…
一定で揺れるバスがあまりにも心地よく、気づけば私は眠りについていた。
◇
眩しい朝陽に思わず目を開けると綺麗な緑が広がっていた。
「東京にも緑あるんだ…」
ぼそりと呟いた独り言は窓を白くする。
…
合宿所に着くと皆一様に和気あいあいとしていた。
「おやおや。新しいマネがまた一人」
「は、はじめまして。烏野高校1年、鈴木りかです。」
「はっは。”烏野高校”っていうのは知ってるかな」
大きな口を開けて空を見上げるように笑う黒髪の人。
ツンツンとした髪はどうやってるんだろう…
じーっと見ていたことに気づかれてニヤリとされてしまった。
「俺は音駒高校3年、黒尾鉄朗。よろしくな」
差し出された手に思わず手を出す。
「くろーさん。うちの1年に何してるんですかねえ?」
「いえいえ。ただの挨拶ですよ?さーむらさん」
お互い笑顔なのになぜだかとても怖い。
「鈴木さん、行こう」
握手していた手を離し澤村先輩の後ろを歩く。
「あ。」
振り向いて黒尾さんに一礼し駆け足で澤村先輩の横へ向かう。
「律儀だねえ」
静かに放ったその声は心地よい風に乗り空へと消えた。
◇
練習試合を次々と終え、座り込む人たち。
烏野高校は…もう何度目かの”さわやか裏山坂道ダッシュ”をしている。
「じゃあ昼休憩のあとまた集合!」
少し疲れた顔のみんなが体育館を後にする。
「お疲れさま」
「おう!俺はまだまだ試合し足りないけどなっ」
「日向くんは元気だね~でもご飯食べないとだよ?」
「うん。飯食ったら即行バレーする!」
「あはは、ほんと元気っ!」
「やあやあチビちゃん。今日は不調かい?」
「はい!いいえ。俺は絶好調ですが影山が不調です」
「俺は不調じゃねえ!!」
前を歩いていた影山くんが振り向きこちらへ来る。
なにやら騒いだ後、走り出した二人。
「烏野は賑やかだねえ~」
「そ、そうですね~。く、黒尾先輩もまだ余裕ですか?」
「…」
「…えっと」
「…もう一回呼んで!」
「あ、えっと黒尾先「ヘイヘイヘイ黒尾~今日も俺の勝ちだな!」」
両手を上げ嬉しそうに近づいてくるその人に圧倒されて立ち止まる。
「木兎…。こら!びっくりするでしょうが!」
「おーわるいわるい。いたのか~」
言葉を出せずに固まる私に黒尾先輩が代わりに自己紹介をしてくれている。
「烏野の1年、鈴木りかちゃん。ほらほら飯行くぞー!」
ハッとして動き出せば隣には先ほどの先輩が申し訳なさそうな顔でいる。
「ごめんなぁ~びっくりさせちまって…」
「い、いえ。その…かっ髪は地毛ですか?」
何か話さなきゃと思て変な質問をしてしまった。
「…ハハハ!君おもしろいねえ。地毛だよ」
「すごい…綺麗な白ですね」
「だろ~よし。あとでジュースを買ってあげよう!」
さあ行くぞ!と走り出す木兎先輩に置いて行かれないようにと慌てて後を追う。
トントンと肩を叩かれ横を見れば黒尾先輩がいた。
「走らなくてもご飯は逃げないから。木兎は…まああれだ。ほっとけ」
ふうと乱れた呼吸を整えてゆっくりと歩くことにする。
すっかり見えなくなった木兎先輩…
「りかちゃんはさ、最近マネになったの?」
「あ、はい。まだ仮入部中なんですが…」
「そうなんだ~烏野のやつらりかちゃんが入ったら大喜びしそうだねぇ」
「ど、どうでしょう…私何も皆さんの力になれてなくって」
「そうかい?君の応援はしっかり届いていると思うよ」
バッと顔を上げればにこっと笑う先輩と目が合った。
「黒尾さーん遅いですよぉ」
「おうリエーフ。もうみんな揃ってるか?」
「先に食べちゃいますよ~?」
「今行く。じゃあなりかちゃん」
食堂についてそれぞれの学校の席へと向かう。
「りかちゃん、ごめんね先に来ちゃって」
「ううん。仁花ちゃん隣いいかな?」
「うん!」
「おー来た来た。じゃあ午後も気合入れるぞ!!!」
「「いただきまーす」」
両手を揃えて挨拶をし、箸を口へと運ぶ。
温かくて優しいそれ はどこか懐かしい味がした。
◇
「はあ~洗濯がこんなにも大変って知らなかった。お母さんに感謝しなきゃ」
「そうだよね。私もこんなに洗濯したの初めてで…びっくりだよ!」
「二人とも今日はお疲れ様。大変だったでしょ?それ終わったらお風呂行こっか!」
ずらりと並べられた洗濯を見る。
「こんなにたくさん汗かいて着替えて、みんなすごいなぁ」
「りかちゃん終わった?」
「はーい!今行きまーす!」
風に揺れた洗濯物にそっと指で触れる。
「お疲れさまでした」
誰に聞こえることもなく揺れる服につぶやいて、私はお風呂へと向かった。
◇
まだ朝も早い時間。
仁花ちゃんも清水先輩も寝ている。
「さてと」
そっと布団を抜け出して体育館へと向かう。
手にした携帯には”5:30”の文字。
昨日、間違えなく私が一番動いていないのにあんな疲れるなんて…
さすがに”坂道ダッシュ”は無理だけど…体育館周りを走るくらいはできそう。
「よし、今日は20分からスタート!」
携帯のアラームを20分にセットし走り始める。
幸い朝はまだ涼しく、爽やかな風が頬に触れる。
「はっはっ。ふー。ふー。」
少しずつ上がる心拍と呼吸。
額にはじんわりと汗が伝う。
ピピピ…
「はぁー!20分でもきつーい。でもあと一セット!がんばろ」
ぎゅっと首にかけたタオルを握り、来た道を戻る。
ピピピ…
「はぁ~ほんと私って体力ないなぁ。さてと、そろそろ先輩たちも起きてるだろうし、顔洗って戻らないと!」
小走りに宿舎へと戻る。
まだ整わない呼吸が少しだけ苦しい。
気づけば太陽ははっきりと顔を出している。
「今日もがんばるぞー!!」
パシッと頬を叩き気合を入れて合宿2日目が始まった。
◇
6時を過ぎたころぞろぞろと食堂へ向かう人たちの足音が聞える。
「おはようございます」
先輩たちに挨拶をして席に座る。
「おーす!今日は絶対勝ーつ!」
「負けねえ!!」
朝からギラギラしたこの二人は日向くんと影山くん。
「わ、私も負けない!自分にっ!」
「うおー鈴木さんかっけえ!がんばろうな」
「うん!」
「「「いただきまーす!」」」
三人仲良く手を合わせご飯を食べる。
「うちの一年は今日も元気だべ」
「それなぁ、俺まだ眠いよ」
ギロリとその会話を睨む澤村先輩。
「「いただきます」」
その光景を微笑ましく思いながらまた一口箸を運んだ。
◇
「「「しゃーす」」」
今日の一試合目が始まる。
昨日干した洗濯を取り込んで畳んで並べて、スコアボードの前に向かう。
「りかちゃーん。はいこれ」
手渡されたのはりんごジュース。
「ありがとうございます。木兎先輩」
「今日もがんばろうな!」
そう言ってコートへと駆けて行った。
「な、なっ鈴木さんいつの間に梟谷のエースと知り合いになったの?」
「え、えっと昨日のお昼に…」
「こらー!日向並べ~」
ずるいぞっと顔で訴えながらもコートへ向かう日向くんにクスリと笑ってしまう。
ピピーッ
始まりを告げる笛と同時に”バレーの音”が体育館に響き渡った。
◇
今日も烏野は負け続きである。
お昼ご飯を食べ終えて、木兎先輩にもらったりんごジュースを飲みながら体育館へ向かう。
バシッ
バシッ
まだ誰もいるはずのない体育館からボールの音が聞こえる。
「ほんとあいつらはバレーが好きだよな」
耳元で聞こえた声に驚いて振り向くと至近距離の黒尾先輩がいた。
「顔真っ赤だけど、大丈夫かい?」
「は、だ、大丈夫です。黒尾先輩が近くてびっくりしただけです…!」
「ははは、そりゃ悪かったな。耳弱いんだな」
そう言ってにやりと笑る先輩は意地が悪い。
「だ、だからびっくりしただけですって。というかまだお昼休憩中ですよね?もう練習ですか?」
「いんやぁ、俺はりかちゃんの姿が見えたからついてきただけ。それ木兎にもらったの?」
「はい!木兎先輩覚えててくれて嬉しいです!えっとじゃあ…」
「まだお昼休憩中じゃないのかい?」
「私はいいんです~!みなさんはしっかり休んでください!!」
そう言ってボールが置いてある隅へ移動する。
まとめられたボールを一つ手に取り、持ってきた布で綺麗に磨く。
「あと20分くらいでみんな来ちゃうかな…」
「鈴木さーん。俺らも手伝うよー!」
遠くから日向くんの声がする。
「大丈夫-!練習してて~というかしっかり休憩してー!!」
「うす」
影山くんがペコリと頭を下げコートから離れる。
「かーげーやーま。あと1本やろうぜー」
「鈴木さんに休めって言われただろボケェ。今バテて試合で使い物にならなかったらトス上げないからな」
「なんだとー!」
なんて賑やかな声が聞こえるけれど無視無視。
目の前のボールに集中して一つ一つ磨いていく。
ストン
「さて、俺もやろうかな」
すっかり存在を忘れていた黒尾先輩が横にいた。
「な、なにやってるんですか?先輩がこんなことしなくても…」
「俺、バレー好きなんだよね。試合中はボールに触れるか触れないかぐらいだけど、このキュッとした肌触り好きなんだ…だから今だけ(ボールに)触らせてくれないかい?」
「…なんか変態みたいですね」
「なっ。あー!!…もういいから磨くぞ」
キュッキュッと擦れる音が心地よく響く。
綺麗に磨かれたボールに”勝てますように”と願いを込めて、また次のボールへと手を伸ばした。
◇
ぞろぞろと体育館へ人が集まり始める。
「黒尾さーん、ボール磨きなら俺やりますよ。そんな汚れてました?」
「いや、俺がやりたかっただけだから」
「烏野のマネといつの間に仲良くなったんですか?」
「さあいつでしょう?」
「クロ。ボール磨きもいいけど、リエーフなんとかしてよ。毎回打つタイミングばらばらでもう俺疲れた。ゲームしたい」
「ちょ研磨さん俺にボール上げてくださいよ~」
「研磨、ゲームはあとでにしなさい。それと疲れるの早すぎな」
「く、黒尾先輩手伝っていただて、ありがとうございました。」
「いえいえ。俺がしたかっただけだから」
ニカッっと笑いボールを一つ持ち立ち上がる。
「じゃあな。今日は烏野勝てるといいな。クククッ」
「な、余計な一言ですー!絶対勝ちますからぁぁ!!」
「りかちゃーん来て~」
遠くから仁花ちゃんの声がして慌ててボールを隅へ戻す。
少し汚れた布がなんだか愛おしい。
拾い上げてぎゅっと握りしめてみんなのもとへと向かった。
ピー
「「「しゃーす」」」
暑さを吹き飛ばすような声と共に試合が始まった。
◇
気づけば合宿も折り返し地点。
「あと三日で合宿も終わりだね~」
「うっ体中筋肉痛になりそう…」
お風呂を終えて宿舎へ向かう途中、仁花ちゃんと他愛無い話をする。
肩を回しながら歩く仁花ちゃん。
私はというと毎朝のランニングのおかげか少し体力がついてきた…と言ってもさすがに足は痛い。
「私、最終日立っていられる自信ない…」
「あはは。私もだよ」
「がんばろうね!」
「うん!!」
「あ、私飲み物買ってから戻るね!先寝てて~おやすみ」
「おやすみ~」
すでに時刻は22時を過ぎている。
手を振り仁花ちゃんと別れ、角を曲がる。
自動販売機の薄明かりに照らされた見覚えある人がそこにいた。
「黒尾先輩…」
口に出していたことに気づき咄嗟に隠れるも、本人にはその声が届いていたようで足音が近づく。
「おやおや。子猫ちゃんが隠れていたようだ」
「なっ誰が猫ですか!」
「おーりかちゃんだったか」
「分かってましたよね?」
「さあどうでしょう?というかどうしたの誰かに用かい?」
「今、お風呂から出て喉乾いちゃって飲み物を買いに…」
ピッと自動販売機のボタンを押す。
「意外だね~」
コーヒーを手にした私に先輩が言った。
「夜はカフェインだめだとわかってるんですが、飲みたくなっちゃって」
「りんごジュース飲んでたから甘いものが好きかと思った」
「ジュースも好きですしコーヒーも好きです。ちなみにこれは微糖です!」
「ハハハ、そうか」
そばのベンチに座り、蓋を開ければ豆のいい香りに心が落ち着ついた。
「おいしい」
「じゃあ飲んだら戻りますか」
ストンと隣に座る先輩が近い。
薄明かりの中で見る横顔はどこかいつもとは違く…不安になる。
「…あの」
「ん?どうした」
「なにかありましたか?」
驚いた顔でこちらを見たかと思えば笑い始める。
「ハッハ。なんでそう思った?」
「えっとなんだか難しそうな顔をしてたので…」
「…まあなんだ合宿が終われば春高だろ。今年こそは全国行ける最後のチャンスで…正直少しビビってる」
少し気まずそうに笑う顔は”いつもの頼もしい主将”ではなく”一人の男の子”の顔だった。
「大丈夫です。私が念を込めたボールで練習してますし、それに…”ゴミ捨て場の決戦”絶対しますよ!!烏野は絶対全国行くんで、音駒も絶対来てください!」
真っ直ぐに先輩を見つめてそう伝えれば今度は”いつもの”笑顔が見えた。
「全くりかちゃんに励まされるとはなぁ…よし!明日の朝練付き合うよ」
「よしって…いつから知ってたんですか?誰にもバレてないと思ってたのに」
「チビちゃんとおたくのセッターくんも知ってるんじゃないか?いつも声かけるか悩んでたぞ」
「え…」
「りかちゃんはなんで朝走ってるの?」
「えっと私、一番体力無くて…一日中動いてもバテないくらいには体力つけたくて…」
「そうか、がんばってるんだな」
「いえ皆さんに比べれば全然…」
「おいおい。そんな言いかたよしなさい。自分にできる精一杯をしてるならそれは十分に褒められることだ」
今度は真っ直ぐ真剣な眼差しで見つめられ言葉が出ない。
「…」
「さて戻ろうか」
空になったボトルをゴミ箱へ捨てて歩き出す先輩。
「明日5:30、体育館前に集合!」
キリっとした声が廊下に響いた。
「はい!」
手を振り歩き出す先輩の後ろ姿に少し心がざわついた。
◇
ピピピ…
少し開いたカーテンから差し込む朝陽はいつもと同じ朝を告げている。
アラームを止めて音を立てずに布団から出て体育館へと向かう。
「おはよう」
「ひぇいっ!!?」
突然の声に驚いて変な声が出てしまった。
「なんつー声出してんだ?」
「だって突然声が聞えたら普通びっくりするじゃないですか!!…おはようございます」
「悪かった。さてじゃあ今日は坂道ダッシュだ」
「ふぇ?!む、無理ですって」
「だいぶ体力もついてきただろ。レベル上げしないとな」
そう言いながら怪しげな笑みでこっちを見る先輩は意地悪だ。
「もちろん休憩をいれながら走るから。ほら始めるぞ」
「は、はい。がんばります…」
うなだれる私を見て大きな声で笑う先輩に、つい体当たりをしてしまった。
「おっうわ!!」
予想外だったのかバランスを崩し倒れる先輩の胸元へ私も倒れてしまう。
「ご、ごめんなさい。まさか倒れると思わなくって」
そう言って慌てて離れると真っ赤な顔の先輩がいた。
「…」
「は、走りましょ!!」
「おう…」
先ほど触れた部分が熱い。
がっしりとした胸板…
当たり前だけど男の人なんだ。
走る前だというのに鼓動が早くなる。
ちらっと横を見ると先輩と目が合った。
「えへへ」
「ふっ」
ドッと笑い声が響いた。
ふーと呼吸を整えて、緑の上を走り出した。
◇
30分ほど走り終えたあとよろよろと部屋へ向かう。
「よく頑張った。じゃあな」
ぽんっと頭を撫でられ不覚にもときめいてしまう。
「黒尾先輩!ありがとうございました」
大きな声でお礼をし頭を下げる。
「ハッハー!どーいたしまして」
そそくさと歩き出した背中に胸がチクリと痛んだ。
◇
ピピー
私たち烏野は少しずつ勝てる試合も出てきた…が、まだまだ坂道ダッシュをすることの方が多い。
「お疲れさまです」
そう言ってみんなにボトルとタオルを渡して回る。
「なあなあ鈴木さん!朝、音駒のキャプテンと走ってたよね?俺も明日行っていい?」
「…やっぱり知ってたの?」
「うん。初日から走ってるのは知ってたけど声かけづらくて…」
「なんだか恥ずかしいな~私すごい顔して走ったでしょ…えへへ」
「そんなことないよ!”一生懸命”っていいよな。俺も負けたくない!」
そう言いながらなぜだかジャンプを始めた日向くん。
「明日、一緒に走ってくれると私ももっと頑張れそう!お願いします」
「おう!!」
「試合始めるぞー!」
誰かの声が聞こえてみんながコートへ向かう。
「次も応援してますっ!!」
走り出す背中に大声で伝えれば、楽しそうな笑顔のみんなが振り向いた。
◇
今朝の坂道ダッシュは宣言通り日向くんも一緒だ。
そしてなぜだか今日も黒尾先輩がいて、仲良く三人で走ることに…
「おやおや今日はチビちゃんも走るのかい?」
「く、黒尾さんこそなんでいるんですか?」
「なにー?俺がいたらまずいのかい?…ククク」
「そっそんなことないっす」
「二人とも仲良し~!!」
少しのおしゃべりを終えて走り出す。
…
…ふぅ
さすが二人とも体力おばけ。
「だいぶ慣れてきたな」
「鈴木さん、お疲れ」
先に走り終えていた日向くんがドリンクを渡してくれた。
「もらっていいの?」
「もちろん。俺のは別にあるから」
「ありがとう」
そう言って少しぬるくなったポカリを口に運ぶ。
「チビちゃん俺のは?」
「あ、ないっす」
「おいおい、そりゃないだろー」
「いやだって黒尾さんいるとは思わなくって」
「これよかったら飲んでください!」
そう言って先ほど日向くんからもらったボトルを黒尾先輩に渡す。
「えっと…りかちゃん?ほんとにいいのかい?」
「もちろんどうぞ!」
「…君ねえ分かってないでしょう。勘違いするぞ?そういうこと誰彼構わず言わないように!」
「??は、はい!!」
なぜか少し頬を赤く染めた先輩が頭を抱えていた。
「鈴木さんと黒尾さんって…」
「チビちゃんそれ以上言うな」
不思議そうな顔の私を二人が見る。
「うぃす」
何かを察した日向くんは一人先に宿舎へと戻っていってしまった。
「えーっとなにか私しました…ね?」
ポカリを一口飲み終えた先輩が口を開いた。
「”間接キス”って知ってるか?」
それだけ言って先輩は歩き出す。
間接”キス”…
やっとその意味を理解した私は真っ赤な顔で先輩に駆け寄る。
「すみません。全く気づきませんでした」
「ははっ。俺としてはラッキーだけどねえ。言動には気を付けるように。顔真っ赤だな」
先輩のせいだ!と思いながらも言い返すことができない。
「おや。今日は反撃はなしかい?」
「き、今日はなしです」
チクッ
また胸が痛い。
”男の人””間接キス”
意識し始めると頬は赤みを増し、考えずにはいられない。
(嫌じゃなかった。むしろもっと触れたいとさえ思って…)
「ちょっとからかいすぎたか…」
「…」
「おーい」
「…え?あ、なんでしょう?」
「大丈夫か?」
「もちろん大丈夫です!なんにも…」
そういって近づいてきた先輩の顔に驚いて言葉を失う。
「熱あるのか?顔が真っ赤だが」
ピタッとくっついたおでこ。
触れそうな鼻先、息のかかる距離に先輩がいる。
「ち、近いです。ほんとに大丈夫ですから」
先戻ります。と伝えて足早にその場を離れた。
「なんだ、意識はしてくれてるのか」
そう言って再び頭を抱えた先輩は優しく微笑んでいた。
◇
ピピー
気づけば何試合目かの終わりを告げる笛がなっている。
「りかちゃん大丈夫?なんだか心ここにあらずって感じだけど…」
「だ、大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
「何かあったなら相談乗るからね」
「うん。ありがとう」
そう言って得点ボードを片付け始める。
「マネージャーのみなさんちょっといいですか?」
「これからバーベキューなので先に我々で準備を始めようと思います。手伝っていただけますか?」
簡単に片づけを終え、先生に言われた通り野菜を切ったり、お皿を準備し始める。
簡単に設営を終えるとぞろぞろと各校の選手が集まってきた。
「エヘン。一週間の合宿お疲れ諸君。存分に筋肉を修復しなさい」
「「「いただきまーす」」」
挨拶と共に一斉に食べ始める姿に圧倒されて隅の方へと移動する。
「胸がいっぱいで食欲ないよ…」
きょろきょろと辺りを見回して”彼”の姿を探す。
と、同じようにきょろきょろと周りを見ていた彼と目が合った。
「お疲れさん。探してたりかちゃんのこと。ちょっといいかい?」
無言でコクンと頷いて後ろを歩く。
「…さっきは悪かった。ちょっとからかいすぎたな」
「いえ。私の方こそ軽率でした」
「…」
「…なにか怒ってるのか?」
「そ、そんなことないです。…ただ恥ずかしくって」
「ふーん。何が恥ずかしいんだい?」
バッと顔を上げると意地悪そうな顔をした先輩がこちらを見ていた。
「な、なんでそんな嬉しそうなんですか!!別にもう恥ずかしくないでーす!」
「ありゃ残念」
そう言いながら手を引かれ隅へ移動する。
「…どこ行くんですか?」
「さあ、どこでしょう?」
「なっ!手放してください…」
「嫌なのか?」
「別に嫌じゃないですが、みんなに見られちゃいますよ!」
「いいだろ見せておけば」
「そんなの誤解されちゃいますよ!」
「誤解じゃない。意識してくれて俺は嬉しい」
「…え」
「俺のこと、ただの先輩から”男”って少しは意識しれくれたよな」
「っ!!?」
「一生懸命で素直で強いりかちゃんに俺は心惹かれた」
「…」
「好きだ」
自分の耳を疑った。
先輩が私を好き…?
視界が徐々にぼやけ始め慌てて上を向く。
「返事を聞かせてくれないか」
優しく頬に触れた先輩の手が冷たい。
(あぁ先輩も緊張して、勇気を出してくれたんだ。
私は…)
「大好きです。いつからか分からないけど先輩のそばにいたいって思っ」
頬に触れていた手が優しく背中を包む。
驚いて固まる私の耳元で優しく囁かれた声にビクンと体が跳ねる。
「抱きしめてくれないか」
そう言われゆっくりと先輩の腰に腕を回す。
一層ぎゅっと強く抱きしめられた私は嬉しさと緊張で倒れてしまいそうだ。
「息してるか?」
腕の中で真っ赤になる私に笑いながら言う先輩はやっぱり意地悪だ。
「離してください!」
「怒ったのか?」
「怒ってはないですけど…苦し「じゃあ離さない」」
ジタバタと暴れてみるも力で敵うはずもなく…諦めておとなしくする。
「おやおや、反撃はもうおしまいかい?」
「そんなわけないですー!!」
ちゅっ
グッと背伸びして頬に触れれば今度は先輩が静かになった。
「ど、どうだ!反撃なしですか?」
ドヤァと見上げてみるも口を開けたまま真っ赤な顔で硬直している。
「せ、せんぱい?」
「そ、それは反則だろ」
小さな声が聞こえたかと思えば唇に温かいものが触れた。
「%#?$!◇」
「何言ってるかわかんないんだけど反撃してるのか?」
そう言ってもう一度近づいてくる顔に思わず目を閉じる。
先ほどとは違いゆっくりと確かめるように触れた唇は熱を帯び呼吸を浅くする。
「んっはっ」
必死で息を吸おうと唇を離そうとしてもいつの間にか頭に回された腕がそれを阻止する。
「はっはっんっ、くるしっダ…メッ」
ペロっと唇をなめられやっと解放され大きく息をする。
「えろいな」
紅潮した私を見て満足げな彼に抗えないと悟り静かになる。
「りか」
優しいその声に何度心が満たされただろう。
「なんですか?」
つられて柔らかな声で返事をすれば幸せそうな彼がいた。
「クロー」
「りかちゃーん」
「戻るか」
「うん」
顔を見合わせて手をつなぎ笑顔でみんなのもとへ向かう。
少しだけ小走りで駆け出せば苦笑いの彼が後ろに見えた。
「ほら、レベルアップした私についてきて」
「…はいはい」
指を絡めるように手をつなぎ直せば、ぎゅっと強く握り返された。
「だーいすき」
「俺も」
晴れ切った青い空に二人の笑い声が響く。
「あいつらやっとか」
誰かがそう言った。
「待たせたな」
「お待たせしました」
揃った声に顔を見合わせれば、また笑いあう。
「一緒に レベルアップしような」
「負けません!」
「はっはっー!上等だ」
爽やかな風が横を通る。
少しだけ汗ばんだ手をぎゅっと握り返して
また一歩前へ進んだ。
Fin
キュッと床を擦る音がする。
”飛べ”
バンッと大きな音がして振り向けば高く上げられたボールが見えた…
◇
「お疲れさま~」
「今日から仮入部の鈴木さんです。」
「1年1組 鈴木りかです。よ、よろしくお願いします。」
「え~明日からの東京遠征にも鈴木さんは同行してくれるので、みなさん色々教えてあげてください」
ペコリと一礼をしてみんなの後ろへと向かう。
それから明日の説明を少し聞いた後、練習が始まった。
「りかちゃん。来てくれてありがとう。」
振り向けばニッコリと笑った仁花ちゃんがいた。
仁花ちゃんとは中学が同じだった。
小さくて可愛らしい彼女に頼まれるとついつい引き受けてしまいたくなる。
「私、スポーツも何もしてきてないし邪魔にならないかな…」
「そんなこと「そんなことないよ」」
綺麗な顔立ちの先輩に声を掛けられた。
「私もバレーボールは未経験なの。独学で色々覚えてきただけで…だからりかちゃんにもできるから大丈夫。今日はドリンク作ってみようか。仁花ちゃんは準備進めてくれる?」
「わかりましたっ」
「じゃありかちゃんはこれ持って」
そう言われて手渡されたボトルをいくつか持つ。
こっち!といつの間にか先を行く先輩に慌てて後ろからついて行った。
◇
仮入部といえどしっかり仕事しなくっちゃ。
ドリンクを作り終えたあとはモップで床を拭いたり、ボールを拾ったりととにかく体育館を動き回った。
「ふぅ」
「どう?疲れちゃった?」
くるりと振り向くと…菅原先輩だ。
「あ、えっとちょっとだけ…でも楽しいです!あんまり運動とかしてこなかったので…」
「そっか、でも疲れたときは休むべ。ほい」
そう言ってどこからかフルーツオレが出てきた。
「すごーい!先輩、手品できるんですか!!」
自慢げな表情の先輩の横からスッと影が現れる。
「菅原さ~ん俺のフルーツオレは?」
「ちょっ日向にはあとで買ってやるから」
「え~今飲みたかったのにぃ~」
「あ、これ日向くんにどうぞ」
クスクス笑いながら渡せば不思議そうな顔の彼。
「先輩、手品はまた今度見せてください」
「あちゃー上手くいくと思ったんだけどなぁ」
一通りやり終えた先輩たちはコートへと戻って行く。
「りかちゃん、次はスコアボードお願いしていい?」
はい!と大きく返事をして清水先輩にかけよれば自然と疲れは吹き飛んでいた。
◇
すっかり外は暗くなっている。
練習の後、一度荷物を取りに各自帰宅し、夜の学校へ再集合した。
「おねがいします!」
「「しまーす!!!」」
「しー!夜中なんだから静かにね」
ぞろぞろとバスへ乗り込む。
…
…
一定で揺れるバスがあまりにも心地よく、気づけば私は眠りについていた。
◇
眩しい朝陽に思わず目を開けると綺麗な緑が広がっていた。
「東京にも緑あるんだ…」
ぼそりと呟いた独り言は窓を白くする。
…
合宿所に着くと皆一様に和気あいあいとしていた。
「おやおや。新しいマネがまた一人」
「は、はじめまして。烏野高校1年、鈴木りかです。」
「はっは。”烏野高校”っていうのは知ってるかな」
大きな口を開けて空を見上げるように笑う黒髪の人。
ツンツンとした髪はどうやってるんだろう…
じーっと見ていたことに気づかれてニヤリとされてしまった。
「俺は音駒高校3年、黒尾鉄朗。よろしくな」
差し出された手に思わず手を出す。
「くろーさん。うちの1年に何してるんですかねえ?」
「いえいえ。ただの挨拶ですよ?さーむらさん」
お互い笑顔なのになぜだかとても怖い。
「鈴木さん、行こう」
握手していた手を離し澤村先輩の後ろを歩く。
「あ。」
振り向いて黒尾さんに一礼し駆け足で澤村先輩の横へ向かう。
「律儀だねえ」
静かに放ったその声は心地よい風に乗り空へと消えた。
◇
練習試合を次々と終え、座り込む人たち。
烏野高校は…もう何度目かの”さわやか裏山坂道ダッシュ”をしている。
「じゃあ昼休憩のあとまた集合!」
少し疲れた顔のみんなが体育館を後にする。
「お疲れさま」
「おう!俺はまだまだ試合し足りないけどなっ」
「日向くんは元気だね~でもご飯食べないとだよ?」
「うん。飯食ったら即行バレーする!」
「あはは、ほんと元気っ!」
「やあやあチビちゃん。今日は不調かい?」
「はい!いいえ。俺は絶好調ですが影山が不調です」
「俺は不調じゃねえ!!」
前を歩いていた影山くんが振り向きこちらへ来る。
なにやら騒いだ後、走り出した二人。
「烏野は賑やかだねえ~」
「そ、そうですね~。く、黒尾先輩もまだ余裕ですか?」
「…」
「…えっと」
「…もう一回呼んで!」
「あ、えっと黒尾先「ヘイヘイヘイ黒尾~今日も俺の勝ちだな!」」
両手を上げ嬉しそうに近づいてくるその人に圧倒されて立ち止まる。
「木兎…。こら!びっくりするでしょうが!」
「おーわるいわるい。いたのか~」
言葉を出せずに固まる私に黒尾先輩が代わりに自己紹介をしてくれている。
「烏野の1年、鈴木りかちゃん。ほらほら飯行くぞー!」
ハッとして動き出せば隣には先ほどの先輩が申し訳なさそうな顔でいる。
「ごめんなぁ~びっくりさせちまって…」
「い、いえ。その…かっ髪は地毛ですか?」
何か話さなきゃと思て変な質問をしてしまった。
「…ハハハ!君おもしろいねえ。地毛だよ」
「すごい…綺麗な白ですね」
「だろ~よし。あとでジュースを買ってあげよう!」
さあ行くぞ!と走り出す木兎先輩に置いて行かれないようにと慌てて後を追う。
トントンと肩を叩かれ横を見れば黒尾先輩がいた。
「走らなくてもご飯は逃げないから。木兎は…まああれだ。ほっとけ」
ふうと乱れた呼吸を整えてゆっくりと歩くことにする。
すっかり見えなくなった木兎先輩…
「りかちゃんはさ、最近マネになったの?」
「あ、はい。まだ仮入部中なんですが…」
「そうなんだ~烏野のやつらりかちゃんが入ったら大喜びしそうだねぇ」
「ど、どうでしょう…私何も皆さんの力になれてなくって」
「そうかい?君の応援はしっかり届いていると思うよ」
バッと顔を上げればにこっと笑う先輩と目が合った。
「黒尾さーん遅いですよぉ」
「おうリエーフ。もうみんな揃ってるか?」
「先に食べちゃいますよ~?」
「今行く。じゃあなりかちゃん」
食堂についてそれぞれの学校の席へと向かう。
「りかちゃん、ごめんね先に来ちゃって」
「ううん。仁花ちゃん隣いいかな?」
「うん!」
「おー来た来た。じゃあ午後も気合入れるぞ!!!」
「「いただきまーす」」
両手を揃えて挨拶をし、箸を口へと運ぶ。
温かくて優しい
◇
「はあ~洗濯がこんなにも大変って知らなかった。お母さんに感謝しなきゃ」
「そうだよね。私もこんなに洗濯したの初めてで…びっくりだよ!」
「二人とも今日はお疲れ様。大変だったでしょ?それ終わったらお風呂行こっか!」
ずらりと並べられた洗濯を見る。
「こんなにたくさん汗かいて着替えて、みんなすごいなぁ」
「りかちゃん終わった?」
「はーい!今行きまーす!」
風に揺れた洗濯物にそっと指で触れる。
「お疲れさまでした」
誰に聞こえることもなく揺れる服につぶやいて、私はお風呂へと向かった。
◇
まだ朝も早い時間。
仁花ちゃんも清水先輩も寝ている。
「さてと」
そっと布団を抜け出して体育館へと向かう。
手にした携帯には”5:30”の文字。
昨日、間違えなく私が一番動いていないのにあんな疲れるなんて…
さすがに”坂道ダッシュ”は無理だけど…体育館周りを走るくらいはできそう。
「よし、今日は20分からスタート!」
携帯のアラームを20分にセットし走り始める。
幸い朝はまだ涼しく、爽やかな風が頬に触れる。
「はっはっ。ふー。ふー。」
少しずつ上がる心拍と呼吸。
額にはじんわりと汗が伝う。
ピピピ…
「はぁー!20分でもきつーい。でもあと一セット!がんばろ」
ぎゅっと首にかけたタオルを握り、来た道を戻る。
ピピピ…
「はぁ~ほんと私って体力ないなぁ。さてと、そろそろ先輩たちも起きてるだろうし、顔洗って戻らないと!」
小走りに宿舎へと戻る。
まだ整わない呼吸が少しだけ苦しい。
気づけば太陽ははっきりと顔を出している。
「今日もがんばるぞー!!」
パシッと頬を叩き気合を入れて合宿2日目が始まった。
◇
6時を過ぎたころぞろぞろと食堂へ向かう人たちの足音が聞える。
「おはようございます」
先輩たちに挨拶をして席に座る。
「おーす!今日は絶対勝ーつ!」
「負けねえ!!」
朝からギラギラしたこの二人は日向くんと影山くん。
「わ、私も負けない!自分にっ!」
「うおー鈴木さんかっけえ!がんばろうな」
「うん!」
「「「いただきまーす!」」」
三人仲良く手を合わせご飯を食べる。
「うちの一年は今日も元気だべ」
「それなぁ、俺まだ眠いよ」
ギロリとその会話を睨む澤村先輩。
「「いただきます」」
その光景を微笑ましく思いながらまた一口箸を運んだ。
◇
「「「しゃーす」」」
今日の一試合目が始まる。
昨日干した洗濯を取り込んで畳んで並べて、スコアボードの前に向かう。
「りかちゃーん。はいこれ」
手渡されたのはりんごジュース。
「ありがとうございます。木兎先輩」
「今日もがんばろうな!」
そう言ってコートへと駆けて行った。
「な、なっ鈴木さんいつの間に梟谷のエースと知り合いになったの?」
「え、えっと昨日のお昼に…」
「こらー!日向並べ~」
ずるいぞっと顔で訴えながらもコートへ向かう日向くんにクスリと笑ってしまう。
ピピーッ
始まりを告げる笛と同時に”バレーの音”が体育館に響き渡った。
◇
今日も烏野は負け続きである。
お昼ご飯を食べ終えて、木兎先輩にもらったりんごジュースを飲みながら体育館へ向かう。
バシッ
バシッ
まだ誰もいるはずのない体育館からボールの音が聞こえる。
「ほんとあいつらはバレーが好きだよな」
耳元で聞こえた声に驚いて振り向くと至近距離の黒尾先輩がいた。
「顔真っ赤だけど、大丈夫かい?」
「は、だ、大丈夫です。黒尾先輩が近くてびっくりしただけです…!」
「ははは、そりゃ悪かったな。耳弱いんだな」
そう言ってにやりと笑る先輩は意地が悪い。
「だ、だからびっくりしただけですって。というかまだお昼休憩中ですよね?もう練習ですか?」
「いんやぁ、俺はりかちゃんの姿が見えたからついてきただけ。それ木兎にもらったの?」
「はい!木兎先輩覚えててくれて嬉しいです!えっとじゃあ…」
「まだお昼休憩中じゃないのかい?」
「私はいいんです~!みなさんはしっかり休んでください!!」
そう言ってボールが置いてある隅へ移動する。
まとめられたボールを一つ手に取り、持ってきた布で綺麗に磨く。
「あと20分くらいでみんな来ちゃうかな…」
「鈴木さーん。俺らも手伝うよー!」
遠くから日向くんの声がする。
「大丈夫-!練習してて~というかしっかり休憩してー!!」
「うす」
影山くんがペコリと頭を下げコートから離れる。
「かーげーやーま。あと1本やろうぜー」
「鈴木さんに休めって言われただろボケェ。今バテて試合で使い物にならなかったらトス上げないからな」
「なんだとー!」
なんて賑やかな声が聞こえるけれど無視無視。
目の前のボールに集中して一つ一つ磨いていく。
ストン
「さて、俺もやろうかな」
すっかり存在を忘れていた黒尾先輩が横にいた。
「な、なにやってるんですか?先輩がこんなことしなくても…」
「俺、バレー好きなんだよね。試合中はボールに触れるか触れないかぐらいだけど、このキュッとした肌触り好きなんだ…だから今だけ(ボールに)触らせてくれないかい?」
「…なんか変態みたいですね」
「なっ。あー!!…もういいから磨くぞ」
キュッキュッと擦れる音が心地よく響く。
綺麗に磨かれたボールに”勝てますように”と願いを込めて、また次のボールへと手を伸ばした。
◇
ぞろぞろと体育館へ人が集まり始める。
「黒尾さーん、ボール磨きなら俺やりますよ。そんな汚れてました?」
「いや、俺がやりたかっただけだから」
「烏野のマネといつの間に仲良くなったんですか?」
「さあいつでしょう?」
「クロ。ボール磨きもいいけど、リエーフなんとかしてよ。毎回打つタイミングばらばらでもう俺疲れた。ゲームしたい」
「ちょ研磨さん俺にボール上げてくださいよ~」
「研磨、ゲームはあとでにしなさい。それと疲れるの早すぎな」
「く、黒尾先輩手伝っていただて、ありがとうございました。」
「いえいえ。俺がしたかっただけだから」
ニカッっと笑いボールを一つ持ち立ち上がる。
「じゃあな。今日は烏野勝てるといいな。クククッ」
「な、余計な一言ですー!絶対勝ちますからぁぁ!!」
「りかちゃーん来て~」
遠くから仁花ちゃんの声がして慌ててボールを隅へ戻す。
少し汚れた布がなんだか愛おしい。
拾い上げてぎゅっと握りしめてみんなのもとへと向かった。
ピー
「「「しゃーす」」」
暑さを吹き飛ばすような声と共に試合が始まった。
◇
気づけば合宿も折り返し地点。
「あと三日で合宿も終わりだね~」
「うっ体中筋肉痛になりそう…」
お風呂を終えて宿舎へ向かう途中、仁花ちゃんと他愛無い話をする。
肩を回しながら歩く仁花ちゃん。
私はというと毎朝のランニングのおかげか少し体力がついてきた…と言ってもさすがに足は痛い。
「私、最終日立っていられる自信ない…」
「あはは。私もだよ」
「がんばろうね!」
「うん!!」
「あ、私飲み物買ってから戻るね!先寝てて~おやすみ」
「おやすみ~」
すでに時刻は22時を過ぎている。
手を振り仁花ちゃんと別れ、角を曲がる。
自動販売機の薄明かりに照らされた見覚えある人がそこにいた。
「黒尾先輩…」
口に出していたことに気づき咄嗟に隠れるも、本人にはその声が届いていたようで足音が近づく。
「おやおや。子猫ちゃんが隠れていたようだ」
「なっ誰が猫ですか!」
「おーりかちゃんだったか」
「分かってましたよね?」
「さあどうでしょう?というかどうしたの誰かに用かい?」
「今、お風呂から出て喉乾いちゃって飲み物を買いに…」
ピッと自動販売機のボタンを押す。
「意外だね~」
コーヒーを手にした私に先輩が言った。
「夜はカフェインだめだとわかってるんですが、飲みたくなっちゃって」
「りんごジュース飲んでたから甘いものが好きかと思った」
「ジュースも好きですしコーヒーも好きです。ちなみにこれは微糖です!」
「ハハハ、そうか」
そばのベンチに座り、蓋を開ければ豆のいい香りに心が落ち着ついた。
「おいしい」
「じゃあ飲んだら戻りますか」
ストンと隣に座る先輩が近い。
薄明かりの中で見る横顔はどこかいつもとは違く…不安になる。
「…あの」
「ん?どうした」
「なにかありましたか?」
驚いた顔でこちらを見たかと思えば笑い始める。
「ハッハ。なんでそう思った?」
「えっとなんだか難しそうな顔をしてたので…」
「…まあなんだ合宿が終われば春高だろ。今年こそは全国行ける最後のチャンスで…正直少しビビってる」
少し気まずそうに笑う顔は”いつもの頼もしい主将”ではなく”一人の男の子”の顔だった。
「大丈夫です。私が念を込めたボールで練習してますし、それに…”ゴミ捨て場の決戦”絶対しますよ!!烏野は絶対全国行くんで、音駒も絶対来てください!」
真っ直ぐに先輩を見つめてそう伝えれば今度は”いつもの”笑顔が見えた。
「全くりかちゃんに励まされるとはなぁ…よし!明日の朝練付き合うよ」
「よしって…いつから知ってたんですか?誰にもバレてないと思ってたのに」
「チビちゃんとおたくのセッターくんも知ってるんじゃないか?いつも声かけるか悩んでたぞ」
「え…」
「りかちゃんはなんで朝走ってるの?」
「えっと私、一番体力無くて…一日中動いてもバテないくらいには体力つけたくて…」
「そうか、がんばってるんだな」
「いえ皆さんに比べれば全然…」
「おいおい。そんな言いかたよしなさい。自分にできる精一杯をしてるならそれは十分に褒められることだ」
今度は真っ直ぐ真剣な眼差しで見つめられ言葉が出ない。
「…」
「さて戻ろうか」
空になったボトルをゴミ箱へ捨てて歩き出す先輩。
「明日5:30、体育館前に集合!」
キリっとした声が廊下に響いた。
「はい!」
手を振り歩き出す先輩の後ろ姿に少し心がざわついた。
◇
ピピピ…
少し開いたカーテンから差し込む朝陽はいつもと同じ朝を告げている。
アラームを止めて音を立てずに布団から出て体育館へと向かう。
「おはよう」
「ひぇいっ!!?」
突然の声に驚いて変な声が出てしまった。
「なんつー声出してんだ?」
「だって突然声が聞えたら普通びっくりするじゃないですか!!…おはようございます」
「悪かった。さてじゃあ今日は坂道ダッシュだ」
「ふぇ?!む、無理ですって」
「だいぶ体力もついてきただろ。レベル上げしないとな」
そう言いながら怪しげな笑みでこっちを見る先輩は意地悪だ。
「もちろん休憩をいれながら走るから。ほら始めるぞ」
「は、はい。がんばります…」
うなだれる私を見て大きな声で笑う先輩に、つい体当たりをしてしまった。
「おっうわ!!」
予想外だったのかバランスを崩し倒れる先輩の胸元へ私も倒れてしまう。
「ご、ごめんなさい。まさか倒れると思わなくって」
そう言って慌てて離れると真っ赤な顔の先輩がいた。
「…」
「は、走りましょ!!」
「おう…」
先ほど触れた部分が熱い。
がっしりとした胸板…
当たり前だけど男の人なんだ。
走る前だというのに鼓動が早くなる。
ちらっと横を見ると先輩と目が合った。
「えへへ」
「ふっ」
ドッと笑い声が響いた。
ふーと呼吸を整えて、緑の上を走り出した。
◇
30分ほど走り終えたあとよろよろと部屋へ向かう。
「よく頑張った。じゃあな」
ぽんっと頭を撫でられ不覚にもときめいてしまう。
「黒尾先輩!ありがとうございました」
大きな声でお礼をし頭を下げる。
「ハッハー!どーいたしまして」
そそくさと歩き出した背中に胸がチクリと痛んだ。
◇
ピピー
私たち烏野は少しずつ勝てる試合も出てきた…が、まだまだ坂道ダッシュをすることの方が多い。
「お疲れさまです」
そう言ってみんなにボトルとタオルを渡して回る。
「なあなあ鈴木さん!朝、音駒のキャプテンと走ってたよね?俺も明日行っていい?」
「…やっぱり知ってたの?」
「うん。初日から走ってるのは知ってたけど声かけづらくて…」
「なんだか恥ずかしいな~私すごい顔して走ったでしょ…えへへ」
「そんなことないよ!”一生懸命”っていいよな。俺も負けたくない!」
そう言いながらなぜだかジャンプを始めた日向くん。
「明日、一緒に走ってくれると私ももっと頑張れそう!お願いします」
「おう!!」
「試合始めるぞー!」
誰かの声が聞こえてみんながコートへ向かう。
「次も応援してますっ!!」
走り出す背中に大声で伝えれば、楽しそうな笑顔のみんなが振り向いた。
◇
今朝の坂道ダッシュは宣言通り日向くんも一緒だ。
そしてなぜだか今日も黒尾先輩がいて、仲良く三人で走ることに…
「おやおや今日はチビちゃんも走るのかい?」
「く、黒尾さんこそなんでいるんですか?」
「なにー?俺がいたらまずいのかい?…ククク」
「そっそんなことないっす」
「二人とも仲良し~!!」
少しのおしゃべりを終えて走り出す。
…
…ふぅ
さすが二人とも体力おばけ。
「だいぶ慣れてきたな」
「鈴木さん、お疲れ」
先に走り終えていた日向くんがドリンクを渡してくれた。
「もらっていいの?」
「もちろん。俺のは別にあるから」
「ありがとう」
そう言って少しぬるくなったポカリを口に運ぶ。
「チビちゃん俺のは?」
「あ、ないっす」
「おいおい、そりゃないだろー」
「いやだって黒尾さんいるとは思わなくって」
「これよかったら飲んでください!」
そう言って先ほど日向くんからもらったボトルを黒尾先輩に渡す。
「えっと…りかちゃん?ほんとにいいのかい?」
「もちろんどうぞ!」
「…君ねえ分かってないでしょう。勘違いするぞ?そういうこと誰彼構わず言わないように!」
「??は、はい!!」
なぜか少し頬を赤く染めた先輩が頭を抱えていた。
「鈴木さんと黒尾さんって…」
「チビちゃんそれ以上言うな」
不思議そうな顔の私を二人が見る。
「うぃす」
何かを察した日向くんは一人先に宿舎へと戻っていってしまった。
「えーっとなにか私しました…ね?」
ポカリを一口飲み終えた先輩が口を開いた。
「”間接キス”って知ってるか?」
それだけ言って先輩は歩き出す。
間接”キス”…
やっとその意味を理解した私は真っ赤な顔で先輩に駆け寄る。
「すみません。全く気づきませんでした」
「ははっ。俺としてはラッキーだけどねえ。言動には気を付けるように。顔真っ赤だな」
先輩のせいだ!と思いながらも言い返すことができない。
「おや。今日は反撃はなしかい?」
「き、今日はなしです」
チクッ
また胸が痛い。
”男の人””間接キス”
意識し始めると頬は赤みを増し、考えずにはいられない。
(嫌じゃなかった。むしろもっと触れたいとさえ思って…)
「ちょっとからかいすぎたか…」
「…」
「おーい」
「…え?あ、なんでしょう?」
「大丈夫か?」
「もちろん大丈夫です!なんにも…」
そういって近づいてきた先輩の顔に驚いて言葉を失う。
「熱あるのか?顔が真っ赤だが」
ピタッとくっついたおでこ。
触れそうな鼻先、息のかかる距離に先輩がいる。
「ち、近いです。ほんとに大丈夫ですから」
先戻ります。と伝えて足早にその場を離れた。
「なんだ、意識はしてくれてるのか」
そう言って再び頭を抱えた先輩は優しく微笑んでいた。
◇
ピピー
気づけば何試合目かの終わりを告げる笛がなっている。
「りかちゃん大丈夫?なんだか心ここにあらずって感じだけど…」
「だ、大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
「何かあったなら相談乗るからね」
「うん。ありがとう」
そう言って得点ボードを片付け始める。
「マネージャーのみなさんちょっといいですか?」
「これからバーベキューなので先に我々で準備を始めようと思います。手伝っていただけますか?」
簡単に片づけを終え、先生に言われた通り野菜を切ったり、お皿を準備し始める。
簡単に設営を終えるとぞろぞろと各校の選手が集まってきた。
「エヘン。一週間の合宿お疲れ諸君。存分に筋肉を修復しなさい」
「「「いただきまーす」」」
挨拶と共に一斉に食べ始める姿に圧倒されて隅の方へと移動する。
「胸がいっぱいで食欲ないよ…」
きょろきょろと辺りを見回して”彼”の姿を探す。
と、同じようにきょろきょろと周りを見ていた彼と目が合った。
「お疲れさん。探してたりかちゃんのこと。ちょっといいかい?」
無言でコクンと頷いて後ろを歩く。
「…さっきは悪かった。ちょっとからかいすぎたな」
「いえ。私の方こそ軽率でした」
「…」
「…なにか怒ってるのか?」
「そ、そんなことないです。…ただ恥ずかしくって」
「ふーん。何が恥ずかしいんだい?」
バッと顔を上げると意地悪そうな顔をした先輩がこちらを見ていた。
「な、なんでそんな嬉しそうなんですか!!別にもう恥ずかしくないでーす!」
「ありゃ残念」
そう言いながら手を引かれ隅へ移動する。
「…どこ行くんですか?」
「さあ、どこでしょう?」
「なっ!手放してください…」
「嫌なのか?」
「別に嫌じゃないですが、みんなに見られちゃいますよ!」
「いいだろ見せておけば」
「そんなの誤解されちゃいますよ!」
「誤解じゃない。意識してくれて俺は嬉しい」
「…え」
「俺のこと、ただの先輩から”男”って少しは意識しれくれたよな」
「っ!!?」
「一生懸命で素直で強いりかちゃんに俺は心惹かれた」
「…」
「好きだ」
自分の耳を疑った。
先輩が私を好き…?
視界が徐々にぼやけ始め慌てて上を向く。
「返事を聞かせてくれないか」
優しく頬に触れた先輩の手が冷たい。
(あぁ先輩も緊張して、勇気を出してくれたんだ。
私は…)
「大好きです。いつからか分からないけど先輩のそばにいたいって思っ」
頬に触れていた手が優しく背中を包む。
驚いて固まる私の耳元で優しく囁かれた声にビクンと体が跳ねる。
「抱きしめてくれないか」
そう言われゆっくりと先輩の腰に腕を回す。
一層ぎゅっと強く抱きしめられた私は嬉しさと緊張で倒れてしまいそうだ。
「息してるか?」
腕の中で真っ赤になる私に笑いながら言う先輩はやっぱり意地悪だ。
「離してください!」
「怒ったのか?」
「怒ってはないですけど…苦し「じゃあ離さない」」
ジタバタと暴れてみるも力で敵うはずもなく…諦めておとなしくする。
「おやおや、反撃はもうおしまいかい?」
「そんなわけないですー!!」
ちゅっ
グッと背伸びして頬に触れれば今度は先輩が静かになった。
「ど、どうだ!反撃なしですか?」
ドヤァと見上げてみるも口を開けたまま真っ赤な顔で硬直している。
「せ、せんぱい?」
「そ、それは反則だろ」
小さな声が聞こえたかと思えば唇に温かいものが触れた。
「%#?$!◇」
「何言ってるかわかんないんだけど反撃してるのか?」
そう言ってもう一度近づいてくる顔に思わず目を閉じる。
先ほどとは違いゆっくりと確かめるように触れた唇は熱を帯び呼吸を浅くする。
「んっはっ」
必死で息を吸おうと唇を離そうとしてもいつの間にか頭に回された腕がそれを阻止する。
「はっはっんっ、くるしっダ…メッ」
ペロっと唇をなめられやっと解放され大きく息をする。
「えろいな」
紅潮した私を見て満足げな彼に抗えないと悟り静かになる。
「りか」
優しいその声に何度心が満たされただろう。
「なんですか?」
つられて柔らかな声で返事をすれば幸せそうな彼がいた。
「クロー」
「りかちゃーん」
「戻るか」
「うん」
顔を見合わせて手をつなぎ笑顔でみんなのもとへ向かう。
少しだけ小走りで駆け出せば苦笑いの彼が後ろに見えた。
「ほら、レベルアップした私についてきて」
「…はいはい」
指を絡めるように手をつなぎ直せば、ぎゅっと強く握り返された。
「だーいすき」
「俺も」
晴れ切った青い空に二人の笑い声が響く。
「あいつらやっとか」
誰かがそう言った。
「待たせたな」
「お待たせしました」
揃った声に顔を見合わせれば、また笑いあう。
「
「負けません!」
「はっはっー!上等だ」
爽やかな風が横を通る。
少しだけ汗ばんだ手をぎゅっと握り返して
また一歩前へ進んだ。
Fin
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