優しさの裏の残酷さ【仁王夢】
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『俺はおまんが好きじゃ』
『愛しとぉよ。名無しさん。』
『俺はまだ15で、結婚なんて考えることもないと思ぉとったが…名無しさんとなら、将来結婚したいと思ぉちょる。』
付き合って1年。
同じクラスの雅治から告白されてから、私は毎日幸せだった。
雅治が部活で忙しい時期もあったけど、それでも会いたいと思えば学校以外で時間を見つけて会った。
あの時の私は、この愛が永遠に続いていくものだと本気で思っていた。
飽き性だって聞いていた雅治だけど、彼から大丈夫って言葉を聞いたから、何の疑いもなくそう信じていた。
そんな確証どこにもないのに…
「ねぇ、雅治…?」
「ん?何じゃ?」
「もしこの先、雅治が私のこと好きじゃなくなったとしてもね……こういう形だけでも、雅治と繋がっていたいって思うの…」
「え…?」
それは、私たちが付き合い始めてもう何度身体を重ねたかわからなくなったある日のこと。
誰もいない私の家の中で、愛し合ったあとにベッドの中で交わした会話。
「俺はそんな関係は悲しすぎる。ほいじゃが、安心せぃ。俺が名無しさんを好きにならなくなる日はないぜよ。」
「そうだといいな!」
その時雅治は、嘘偽りなくその言葉を言ったんだろう。
だから私も自信をもって頷けた。
そしてもうすぐ付き合って2年が経つ頃、雅治からの愛情表現は徐々に減っていった。
部活で忙しいのか、デートのドタキャンも増えていき、その度に埋め合わせすると言ってはくれるが正直不安で仕方ない。
1ヶ月に4~5回と愛し合っていた回数も、今じゃ1ヶ月に1回あれば良い方だった。
忙しいなら待つしかない。
そう頭ではわかっている。
でも、毎晩滞ることなく続いていたLINEは度々来ないことがあった。
お互いベッドに入ると連絡する日課。
深夜になっても既読が付かないことも多く、ちゃんと寝たのかすらわからなくて心配になる。
それから毎日泣くことが増え、このままでは心が壊れてしまうと思い、二人で話し合う時間を作った。
思っていること全て伝えて、解決させるために。
「私は…正直、雅治に今好かれてると思ってない。でももしそうだとしても、私は雅治のこと嫌いになれない…。私は雅治のこと…大好きだから…」
少しでも油断したら涙が溢れてしまいそう。
涙を懸命にこらえ、雅治を見つめた。
「…名無しさん。俺のどこが好きなんじゃ?」
唐突にそう聞かれ、少し考えたけど…
「…わからない。前は“気遣いが出来る”とか、具体的に言えたのに、今は違うから…」
「ほんじゃ、名無しさんは俺のことは好いとらん。ただ別れるのが怖いだけじゃ。」
「違う!!」
雅治にそう言われて咄嗟に大きな声を出して否定した。
「名無しさん。俺はお前さんの言うとおり、おまんのことが好きじゃなくなったんかもしれん。こんな俺と付き合ぅとっても、未来なんて見えんじゃろ。…別れようや。」
「…!」
雅治から出たのは、私が彼から一番聞きたくない言葉だった。
「…悪いけど、別れ話に来たわけじゃないからそれは却下。」
涙を誤魔化すために出た言葉はただの強がりだった。
「お前さんは可愛ぇきに、これからエエ人ぐらいいくらでもおる。」
「そんなの雅治が決めることじゃない!誰が良い人かは私が決める!私は雅治が良いの!」
雅治から放たれる言葉は刃物となって、私の胸に次々と突き刺さってくる。
「未来が見えないから別れる…?バカみたい…。未来が見えないなら、見えるようにお互い努力するべきでしょ?恋人同士ってそうやって乗り越えていくんじゃないの?私はそんな中途半端な気持ちで雅治と付き合ってきた訳じゃない!」
私の言葉に雅治は視線を落とし、時折こちらを見るが、目が合ったと思ったらまた逸らした。
「おまんは強いのぉ…。」
雅治が呟く。
こんなの、ただのワガママだ。
別れようと言われて、わかった。って言えなくて、ただ別れたくなくて必死に強がって言ってるただの駄々っ子と変わらない。
でもこれも強がりなんじゃなくて、自分に言い聞かせてることもわかっていた。
だから私は何も答えられなかった。
その代わり出てきたのは…
「雅治を好きでいてごめんね…。」
涙と共に掠れた声が漏れた。
「俺は今やることがよぉけある。落ち着くまでおまんと出掛ける気はないが、それでも待つんか?」
「…うん。」
「突然俺が別れを切り出すかもしれんぜよ。」
「それでも、一緒にいたい。」
雅治を真っ直ぐ見つめて言った。
すると雅治は切な気な表情で私に聞こえないくらい小さな声で呟いた。
声は聞こえなかったけど、多分…
『別れてくれよ』
そう言ったんだと思った。
その日の夜、私は雅治から聞かれた言葉を思い出していた。
『俺のどこが好きなんじゃ?」
その答えはいくら考えても出てこない。
もちろん雅治のことは大好きだ。
雅治には好きじゃなくなったかもしれないと言われてショックを受けた。
でもだからと言って雅治を嫌いになれない。
こんなこと言われて嫌いにならない方がおかしいのかもしれない。
でも……
気が付いたら私はスマホを手に取り、雅治のトーク画面に文章を打っていた。
『私を好きじゃなくなったのは、いつからなの?』
『いつからとか、何がきっかけとかはないぜよ。ただ時間と、長く一緒におったからだと思うぜよ。』
『そっか…』
『名無しさんは何で好きでおれるん?』
『それ、ずっと考えてた。でも無理だった。理由は言えないけど、説明出来ないくらい雅治のことが好きなんだよ。』
結局こんな答えしか見つからなかった。
それから数ヶ月。
学校では会うけど、前みたいにデートしたりというのは殆どなくなった。
話し合いをした日から一度だけ雅治から、日付指定でのビュッフェのチケットを貰ったからと誘われた。
何で私を誘ったのかは謎だけど、それでも嬉しかった。
憂鬱だった学校も、雅治に会えるから楽しみになって、会話もとても楽しかった。
でも今ではどんな顔して会えば良いのか、何を話せばいいのか、どうやったら話が続くのかと考えるようになった。
いつしか言いたいことも言えなくなり、雅治の顔色ばかり窺っていた。
ある日の放課後、雅治と日直当番になってしまい、日誌を書いたり花瓶の水を変えたりと日直の仕事で教室で二人きりになってしまった。
業務的なことしか話せなかった私たち。
するとふと雅治が言った。
「名無しさん。お前さんはいつも俺の顔色を窺っとるのぉ。何か言いたいんじゃなか?」
ふと、花瓶に触れていた手が止まる。
「…え?」
確信をつかれて誤魔化そうとする。
だって…言ってしまえばまた雅治を困らせるから…
「何かしたいことがあるんか?今のおまんは、それを我慢して言い出せずにおるみたいじゃ。」
日誌を書いていた手を止め、雅治はゆっくりと立ち上がり、私の方へ近づいてくる。
「私は……」
「言うてみんしゃい。」
優しく私の頬に触れる。
その手が暖かくて、今にも泣きそうだった。
あぁ…。貴方は狡い……
好きじゃない相手にどうしてそんなに優しくするの…?
そんなに優しくされたら…
「私を抱き締めて…。たくさんキスして…今だけは私だけを見てて……!」
「…あぁ。」
雅治は私を抱き締め、切な気な表情でキスしてくれた。
雅治の瞳に移るのは私だけ。
酷く醜い私の姿…
何故好きでいられるのか…
それは、彼がこんなにも優しいから
いっそ酷い言葉を投げかけて、私を嫌ってくれたら私も雅治を嫌いになれるのだろうか…?
端から見ればただの都合の良い女。
こんな扱いを受けても、好きでいる自分がどんどん嫌いになっていく………
ある日、家で洗い物をしていると…
「え…?」
水が溜まった洗い物籠から一つのグラスを洗おうと手にしたが…
「割れてる…」
恐らく他の食器とグラスが籠の中でぶつかり、割れてしまったんだろう。
丸い形のした綺麗なグラス。
桜の花が金色で描かれているお気に入りのグラスだった。
かつて雅治がプレゼントしてくれたもの。
「…………」
私の瞳から、ツー…と涙が伝った。
それはまるで、私たちを現しているようで……
END