杞憂【河村夢】
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ー何で俺は彼女と付き合えてるんだろうー
最近、よくそう思う。
俺なんてパワーだけが取り柄の、何の変哲もないやつなのに。
手塚みたいに強くもない。
大石みたいに周りの状況を把握できるわけでもない。
不二みたいに天才でもない。
乾みたいにデータ収集も出来ない。
英二みたいにアクロバティックでもない。
ずっとこの仲間に対して憧れがあり、それと同時に劣等感を募らせていた。
それでもこんな俺を、俺のパワーは凄いとみんなが褒めてくれた。
いっそ野球部に入った方が良いんじゃないかと自分でも思うくらいの特大ホームランをテニスラケットで打ってしまい、先輩に笑われていた時も、みんなが味方をしてくれた。
そしてそれと同じ頃、あの子…名無しさんちゃんに告白されたんだー
俺たちが付き合い始めてもうすぐ3年が経とうとしていた頃、今日も名無しさんちゃんの噂は絶えなかった。
『俺、5組のあの可愛い子と付き合いたいんだよねー!』
『あの子めっちゃ可愛いよなー!でも確か付き合ってるやついなかったか?』
『4組の河村だろ?有名な話だもんなー』
昼休み中にふと歩いた廊下の端で、他クラスのそんな会話が聞こえてきた。
名無しさんちゃんと付き合いだして、彼女が実は凄くモテるということはわりと早く気付いた。
すらっとしてて、コロコロ変わる表情がとても魅力的な名無しさんちゃん。
バーニング状態じゃない俺は優柔不断で、そんな俺にもハッキリと物事を言ってくれる自立した子。
そんな俺を、何で彼女は好きになったんだろう?
いくら考えても答えは見つかるはずもなく、かといって名無しさんちゃんに聞く勇気は俺にはなかった。
「タカさん!今日も彼女、告白されてたよ!」
そう言ってくるのは、部活始まりで着替え途中の英二だった。
「俺のクラスでも名無しさんさんの噂されているよ。」
続いて乾が言った。
「タカさんの彼女、ホントモテますよねー!取られないように、気をつけてくださいよー!」
桃が茶化すように言うと、今度は不二が言った。
「でも、名無しさんさんは告白されても断ってるんでしょ?なら大丈夫じゃないかな?」
「いやいや~!何度も告白されてたら、コロっといっちゃう可能性もあるよ~ん!」
「こら英二。彼女はそんな子じゃないよ。ちゃんとタカさんのことが好きで付き合ってるんだ。」
大石がいつものようにフォローをしてくれるけど、英二の言葉も一理ある。
「あはは…。気を付けるよ。」
苦笑しながら着替えを終えると、みんなでコートに向かった。
俺はまだ実際には名無しさんちゃんが告白されている所を目撃していない。
彼女がどんな風に告白されてどんな風に断っているのか気にはなるけど、英二の言った通り、何人も告白されていたら、気持ちも変わるんじゃないか。
こんな俺相手じゃ、正直名無しさんちゃんとは釣り合わない。
ずっとそんな思いが渦巻いて、毎日モヤモヤしていた。
知らない方が幸せなこともあるけど、幸か不幸か…
俺はついに目撃してしまった。
いつも俺たちは、お互いの部活が終わって校舎裏の花壇の所で待ち合わせをしてから帰る。
今日はいつもより少し遅くなった分、急いで待ち合わせ場所に向かった。
この角を曲がれば待ち合わせ場所…
そう思って進もうとした時…
「急に呼び出してすいません、先輩。」
誰かの声が聞こえた。
音を立てないようにゆっくりと立ち止まり、その先を見つめた。
「あ……」
そこには、今まさに告白をされようとしている名無しさんちゃんと男の子が立っていた。
名無しさんちゃんは俺からだと背を向けていて表情は見えない。
でも、相手の子は…
あれは確か、剣道部の2年生エースだったかな?
次期部長と呼ばれて、大会で優勝に導いたっていう…
後輩だけど、俺なんかとは比べ物にならないぐらい期待されてる。
そっか……名無しさんちゃんはこういう子たちからも好かれてるんだね。
その先を聞いてはいけないと頭ではわかっているけど、何故か体が動かない。
動かなきゃ……
その思いと葛藤している間にも話は続いていた。
「俺、名無しさん先輩が好きです。付き合ってほしいな~…なんて…」
「ごめんなさい。あなたの気持ちは嬉しいけど、私付き合ってる人がいるから…」
名無しさんちゃんはきっぱりとそう言った。
いつもこんな風に断っているのか。
断るのにも勇気がいるはずなのに、相手をなるべく傷つけないようにしているのがわかる。
そんな優しい子だから、俺もすぐに惹かれていったんだ…。
多分もうすぐ話は終わるだろう。
そう思って深く深呼吸した。
だけど……
「知ってますよ。名無しさん先輩がテニス部の河村先輩と付き合ってることも。どれくらい付き合ってるかも。」
彼は怯むことなく続けた。
「でももう3年経つんですよね?ならそろそろ飽きません?」
…え……?
「河村先輩、他校で“青学のお荷物”って言われたらしいですね。俺は青学剣道部のエースで次期部長です。力だけが取り柄の河村先輩より、将来もある俺の方が良いんじゃないですか?」
誇らしげに語る彼に、俺は怒りも何も覚えなかった。
だって、それが事実だから。
聞いてる俺自身もそう思うから…。
そう思っていると、今まで黙っていた名無しさんちゃんが冷徹に言い放った。
「…で?君は剣道部の部長になったらどうなるの?それと私は何の関係があるの?」
「そんなの決まってるじゃないですか!俺が部長になれば大会2連覇ですよ!そうなれば名無しさん先輩も自慢になる!」
「でもその頃には私は卒業して、青学の中等部とは何の関係もない。君を自慢したところで意味ないでしょ?」
「例え年下だろうと、自分の彼氏が大会2連覇に貢献してるなんてこれ以上ない自慢じゃないですか!」
必死に言う彼と冷徹に言う名無しさんちゃん。
対照的な二人に緊張が走る。
「じゃあ君は、強烈な打球がパートナーに向かってくるなか、それを庇ってボールを返せる?」
「え…?」
「青学のお荷物と言われようが、みんなの足手まといにならないようにと必死に歯を食いしばって、努力し続けられる?」
「先輩…?」
「限界を越えてまで、チームの為に自分を犠牲にして戦える?」
「それは…」
今までにないくらいの冷たい声音。
彼女はいったい、今どんな表情をしているんだろう。
強気だった彼は小さくなって佇む。
そして更に追い討ちをかけるように名無しさんちゃんが続けた。
「強いことをひけらかして大会2連覇に貢献する彼氏より、自分の弱さを理解して努力する彼氏の方がよっぽど自慢出来る。」
「……」
「私と隆が3年近く付き合ってること知ってたのよね?でもどれだけ告白されようが断り続けてた理由、君にはわかる?」
「い、いえ…」
「私は3年近く経っても、隆のそういう所が好きだからよ。普段は温厚で頼りないって思われ勝ちだけど、いざという時に男らしくて強い、そんな彼が大好きなの。少なくとも、隆は自分のことをそんな風に自慢しないし、人を蔑むことも言わない!」
少しずつ語尾を強くして捲し立てる名無しさんちゃんに、彼は言葉を失くした。
それは、俺も同じだった。
名無しさんちゃん…俺をそんな風に……
胸の奥がジーンと熱くなるのと同時に、今までのモヤモヤがスッキリしたのがわかった。
彼は俺のいる方とは反対側へ走り去って、いつの間にかそこには俺と名無しさんちゃんしかいなくなった。
とにかく、自然に出ていかないと…
そう思ってもう一度深呼吸してゆっくりと名無しさんちゃんに声をかけた。
「ご、ごめん!遅くなって…」
俺の声に振り返る名無しさんちゃんは、満面の笑みだった。
「隆!………今の話、聞いてたでしょ?」
俺の傍に駆け寄って上目遣いでそう問う。
「え、何のことだい…?」
名無しさんちゃんの目が見られなくてつい目を泳がせてしまう。
でも、それがかえって怪しいのも事実。
「ホント、隆は嘘が下手ね。」
ニコッと笑ったあと、ゆっくりと門の方へ歩いていく名無しさんちゃんを、俺は我に返ったように追い掛けた。
すると、名無しさんちゃんがピタッと止まって、くるりと俺の方を向いて言った。
「そういう正直な所も、大好きだよ!」
「……!」
真っ直ぐ俺を見る名無しさんちゃんを見て、照れくさい気持ちになりつつも、どこか誇らし気な自分もいた。
だから、俺もそれに答えなきゃ…
「うん、俺も大好きだよ。曲がったことが嫌いで、自分に正直な所も。」
「え…!」
普段あまりそういうことを言わない俺が珍しいのか、名無しさんちゃんが目を丸くして固まった。
「正直過ぎるくらい純粋で、実は照れ屋な所も。」
「っ!//////」
固まる名無しさんちゃんの頭をポンとして言う俺に、名無しさんちゃんはみるみる顔を赤くした。
本当にころころ変わる表情だな。
そんな彼女が可愛くて、愛おしくて、俺は笑って言った。
「名無しさんちゃん、ありがとう。」
「な、何…が……?///// 」
まだ顔が熱いのか、顔の前で手をパタパタさせて扇ぎながら俺を見る。
「さ、帰ろうか。」
名無しさんちゃんの問いには答えず、俺は名無しさんちゃんの手を取って歩き出した。
「な、何がよ…!何が“ありがとう”なの?////」
ねぇねぇと上目遣いで聞いてくる名無しさんちゃんを横目に、俺は幸せな気持ちで一歩、また一歩と歩き続けた。
END
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