ありのまま【佐伯夢】
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『名無しさんさんって、すっごい大人っぽいよね~!』
『何か他の子とは違うオーラがあるよね!』
『あ、あの子じゃねぇ!?2年の名無しさんってやつ!』
『うわ!美人だな~!』
私が周りからそう思われるようになってからもう随分経つ。
……大人…ね~…
『うわぁぁぁぁぁぁぁん!!!!ママ~!!』
学校の帰り道で街を歩いていると、急に小さな女の子の泣き声が聞こえた。
「どうしたの?」
女の子の元に駆け寄り、ハンカチで涙を拭く。
「ひっく…ママと逸れちゃったの…」
涙を拭きながらそう呟く。
すると後ろから声が聞こえた。
「どうしたんだい?」
振り返ると、同じ中学生くらいの男の子が立っていた。
「この子、お母さんと逸れたらしいの。」
「そっか~…。…お母さんと逸れたのかい?じゃあお兄ちゃんと一緒に探そうか。」
「うん!」
「……っ!」
ニッコリと笑って女の子を元気付ける彼の姿…
『うわ~ん!痛いよ~!』
『また怪我したのかい?まったく名無しさんちゃんはおっちょこちょいだな~。…痛いの痛いの飛んでけ~!』
フと蘇る私の過去…
似てる……彼と………
我に返ると二人は既に先へ進んでいた。
「…!待って!私も探すわ!」
走って二人の元に行く。
「ありがとう。」
彼はまたニコッと笑った。
「……。」
それから1時間くらい経過したとき、ようやく女の子のお母さんが見つかった。
「本当にありがとうございました。」
お母さんに深々と頭を下げられる。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう!バイバーイ!」
小さな手で手を振って歩いていく女の子を見送って私も手を振る。
「バイバイ。」
姿が見えなくなると、そこで手を振る手を止めた。
すると今まで黙っていた彼が私に話しかけた。
「ありがとう。…君、子どもをあやすの上手だったね。兄弟とかいるのかい?」
「いないわ。一人っ子よ。」
彼を見上げて言う。
「そうなのかい!?何だかお姉さんって感じがしたから。」
「…小さい頃、近所にいた高校3年生のとても優しいお兄さんが私に接してくれたことを真似しただけよ。」
気がついたらそんなことを話していた。
どうして会ったばかりの彼にこんなことを話すの?
「とても優しい人だったんだね。」
「…ええ。怪我して泣いてた私を、彼は優しい言葉で励ましてくれたわ。」
あの頃を懐かしむように話す。
「へ~!…でも君がそんな風に泣いてる姿なんて想像出来ないな。」
「え?そうかしら?」
急にそんなことを言われて目を丸くする。
「うん。…その制服、青学だろ?制服着てたら中学生ってわかるけど、私服だともっと大人に見えるよ。…あ、良い意味でね…!」
慌てて付け足す彼にクスッと笑う。
「うふふ…よく言われるわ!」
「そうなんだ。君、何年生?」
「名無しさん。」
「え?」
「君じゃなくて、名無しさんよ。」
「あ、ごめん…えっと……名無しさんちゃん…。」
唐突に私が名前を言うから驚いて今度は彼が目を丸くした。
「うふふ…2年よ。…あなたの名前は?」
「あ、佐伯…虎次郎…」
「そう…。じゃあ…虎次郎さん…?」
「えっ…!あ、う、うん…!」
さっきまでの面倒見のいい彼はどこかへ消え去り、照れたように顔を赤くさせた。
「学年は?」
「俺は3年…。」
「あら、年上?…ごめんなさい。それなら敬語の方がいいわね…」
「いや、いいよ!堅苦しいし…」
首を振って彼は遠慮する。
「そう?ならいいけど…」
その言葉に少し安心して笑った。
『お兄ちゃんだ~い好き!』
『お兄ちゃんも名無しさんちゃんのこと大好きだぞ。』
『名無しさんね、大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになる!』
『こんな可愛い子をお嫁さんに出来るなんて、俺は幸せだな~!』
そう言って笑ってくれたお兄ちゃん…
ただの近所の子どもだった私を凄く可愛がってくれて…
私、お兄ちゃんが大好きだった……
そんな光景が脳裏に掠めたとき、またあの彼を…虎次郎さんを見かけた。
「あ、名無しさんちゃん!奇遇だね!」
私に駆け寄りあの笑顔で手を振る。
「…ええ。あなたこそ。学校帰り?」
「ああ。君もかい?」
「ええ。…どうせなら、あそこのお店寄っていかない?」
指差したところはオシャレな喫茶店。
「ああ。そうしようか。」
特に嫌がるでもなく、彼は一緒に喫茶店に行ってくれた。
そこで私たちはお互いのことをたくさん話し合った。
すると虎次郎さんがフとこんなことを聞いた。
「ねぇ、名無しさんちゃんが前に言ってたお兄さんって、今どうしてるんだい?」
唐突な質問で返答に困ったけど、何とか答える。
「…わからないわ。…ただ、遠くに行ったってことだけ。」
「え?」
コーヒーを見つめながら呟く私に首を傾げる虎次郎さん。
「いつも優しくしてくれた彼が大好きだったわ。…でも、彼が高校を卒業して大学に入る前に………」
私はあの時のことを淡々と語り始めた。
『え…?』
『ごめんね名無しさんちゃん。お兄ちゃん、大切な人と暮らすために遠くに引っ越すんだ。』
『やだよ!!お兄ちゃん、あたしのこと大好きって言ったじゃん!』
『…名無しさんちゃん。君はまだ子どもだ。もっと大きくなったらきっと俺より良い人見つかるから。』
『………お兄ちゃんの……お兄ちゃんの嘘つき!!!!』
『名無しさんちゃん…!』
「それから彼とは会ってないわ。」
俯いてもう冷めてしまったコーヒーカップの縁を指でなぞる。
「そんなことが…」
「あの時彼に“子ども”って言われたのが凄くショックで…私が子どもだったからお兄ちゃんは離れていったんだって…。だから頑張って大人になろうって決心したの。」
「大人に?」
「ええ。二つに結んでた髪も降ろして、少しでも大人っぽくして…。でもそれだけじゃ満足しなくて、口調から振る舞い方まで全部大人の真似をしてたの。」
苦笑しながら顔をあげて彼を見た。
バカバカしい私の過去の話なのに、彼は真剣な瞳で聞いてくれてる。
それが何だか嬉しかった。
「…じゃあ……今の君は偽りの君なんだ。」
「え?」
その真剣な瞳のまま聞かれる。
「俺、君とは会ったばかりで君のことはあまりよくわからないけど、これだけは言えるよ。」
私の鼓動が速くなっていく……
どうして…?
「大人っぽい君より、明るく無邪気に笑ってる君の方がよく似合ってるよ。」
「え…?」
次の瞬間、気がつくと私は彼の腕の中にいた。
「……虎次郎さん…?」
「ありのままの君を見せて?」
優しくそう言われ、私の鼓動がさっきよりも速くなっていった。
「どうしてそう思うの?」
声が震えないようにゆっくりと口を開いた。
「…好きになった子には…素直でいて欲しいから……」
「え…」
今の…告白…?
頭が真っ白になる。
すき…スキ…好き……
頭の中で何度もその二文字を繰り返す。
「…ありがとう……」
虎次郎さんの背中に腕を回して呟く。
「こんな私を受け止めてくれて…ありがとう…」
自然と零れてくる涙が上手く拭いきれなくて、ポタポタと溢れる。
「今まで我慢してきたんだね。…でももう大丈夫だよ。」
優しく頭を撫でてくれる虎次郎さん。
その掌は大きくてとても安心した。
『あの人たちギューしてるよ~!』
急に聞こえた子どもの声。
我に返りお互い離れたとき、ようやくここが喫茶店だったということを思い出した。
「あ…あはは……!」
「クスッ……あははははは!!!」
私たちは恥ずかしさとバカらしさで笑い合った。
END