あの頃【リョガ塚】



~手塚side~



『よぉ、久し振りだな。チビ助』

桜吹雪彦麿呂という偽物の大富豪に誘われて行った豪華客船でのエキジビションマッチ。

そこで彼に初めて出会った。

『越前リョーガだ。よろしくな。』

越前の兄貴と名乗るその男は、勝ち気な表情でこちらを見た。

彼ときちんと話したのは船の上のテニスコート。

八百長試合を持ちかけた後のことで、その時は正直あまり好かない奴だった。









~リョーガside~



久々に見たチビ助の側に、奴はいた。

とても中学生には見えず、悪いが俺より年上にすら見えた。

だが芯は強く、こちらが有利な方向で八百長を持ちかけても屈しなかった。

他の奴らも文句なしにそいつに従うってことは、相当仲間から信頼されてるんだろう。







~~~~~~~~~~~






桜吹雪の件が解決したと同時に、リョーガは海の彼方へと姿を消した。

彼がどこでどうするつもりなのかは誰も知らなかった。





あれから数ヶ月…

プロを目指すためにドイツに旅立った手塚は、そこで彼に再開した。

「…お前は……」

「確か…チビ助んとこの部長さんか?」

何も変わらないお互いを見つめる。

「お仲間は一緒じゃないのか?…って、ここはドイツだもんな。…テニス留学か何かか?」

手塚を一目見てそうだと気付くリョーガ。

そうだとはハッキリ答えずに手塚もリョーガに聞いた。

「お前はまだ世界を見ているようだな。」

「ま、そんなとこ。」

相変わらずの余裕綽々な表情でリョーガは手塚を見る。

「立ち話もなんだし、どっか店入ろうぜ。」

そう言ってリョーガは手塚の返事を待たずにすたすたと歩いて行った。

そのあとを追うように手塚も無言でリョーガについていった。








それから二人はまるで何かに引き寄せられているかのように街で偶然会う機会が多くなった。

図書館、テニスコート、スーパーと色々な所で鉢合わせする。

手塚は最初こそリョーガの軽率な態度に嫌気が差していたが、リョーガの面影がリョーマに思えてきて、次第に青学メンバーを思い出すほど懐かしい気持ちになった。

そして懐かしい気持ちからリョーガを一人の人間、男として見るようになり、リョーガに対する感情が変わっていった。

それはリョーガもまた同じ。

二人がお互いのことを恋愛対象として意識するのに時間はかからなかった。





「手塚。俺と勝負しようぜ。」

ある日、急にそう持ち掛けたのはリョーガだった。

「何だ急に。」

「俺のけじめ…ってやつ?」

「意味がわからん。何のけじめだ。」

「まぁそう怪訝そうな顔すんなよ!勝負がついたら教えてやるからよ!」

いつもの飄々とした表情から真剣な表情に変わり、手塚もこれ以上何も言わなかった。




テニスコートに着いて二人はコート越しに向き合う。

審判もいない二人きりのテニスコート。

「10球勝負だ。」

10球打ち合って勝負を決めるという提案をリョーガがした。

「ん。いいだろう。」

手塚も二つ返事で頷いた。

リョーガは深く深呼吸をすると、ボールを高く上げてサーブを打った。

「っはぁ…!!」

バコンッ!

ボールは勢いよく手塚の元へ行く。

それを手塚はいとも簡単に打ち返してしまう。

「はっ!」

バコッ!







試合を始めてどれくらいが経っただろうか。

9-9のままずっとラリーが続く。

真上にあった太陽はすっかり西に傾き、夕焼けが二人を照らす。

二人の息がだんだん荒くなっていく。

「おい手塚。…息、荒くなってるぜ…!」

「お前もな…!」

挑発するリョーガに手塚も負けじと言い返す。





そしてついに……


バシュッ!!

長い間コート外に出ることのなかったボールは、手塚の後ろを勢いよく通りすぎた。

「ゲームアンドマッチ。俺の勝ちだ、手塚。」

肩で息をしながら言うリョーガに、手塚は納得した様子で踵を返そうとした。

「待てよ!」

その行動にリョーガは手塚を呼び止めた。

その声に手塚は足を止め、リョーガの方に向き直る。

「俺、手塚が好きだ。」

何の曇りもない表情でコート越しに手塚を見つめるリョーガ。

「お前の言うけじめとはそれか。」

内心驚いているんだろうが、無表情で言い放つ。

「相変わらず無愛想だな。人が一世一代の告白してるっつーのに。」

「本気なのか?」

「あぁ。…ま、それを信じるかはお前次第だがな」

リョーガの表情をじっと見つめる手塚。

その間も手塚を真っ直ぐ見据える。

そして手塚はゆっくりとリョーガの方に近づく。

「…?」

そのまま少しリョーガを見つめ…

「……!」

手塚は一瞬だが、自分の唇をリョーガの唇に合わせた。

そして手塚は踵を返してコート外へ出ていった。

「おい!……!」

声を上げて手塚を止めようとしたが、その声を飲み込んだ。

リョーガにはしっかり見えていた。

キスをした後にリョーガの唇から離れた手塚の口元が、ほんの一瞬緩んでいた。

自分の顔が少しずつ火照っていくのをリョーガは感じていた。

それは、長い打ち合いによるものではないことぐらいわかっていた。

リョーガは去っていく手塚の後ろ姿を見つめたまま立ち尽くした。












END
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