[お風呂遊び]三日月トーリ
「あは…ご主人様ぁ……俺…トんじゃう…トんじゃうよォ……ごしゅじ、さ……っ」
どこまでも幸福そうな笑みを、体中水浸しにしながら浮かべる三日月。
---
落ちておいで
-The past talk-
三日月トーリの母・ヴェーラはロシア出身である。来日してもう30年も経つ為日本語は達者だ。若い頃はAV女優として人気を博し、今は六本木にナイトクラブをかまえている。
トーリはそんな母が好きだったが、姉は多分軽蔑していたと思う。姉はあの破天荒な母から生まれたとは思えない程勤勉で、しっかり者で良識的だった。
真面目なメーカー社員である父親の血だけを受け継いでいるかのように見える。容貌も、色は透けるように白いが顔つきは父親似だった。
母に良識なんてものは存在していない。その時自分がどう感じるか、そしてその気持ちのままに行動する事が彼女にとっての大事な価値であった。
トーリは顔も性格も母親に似ていると自覚があった。日本人の父親とのハーフにも関わらず金髪で、顔も表情も母そのもの。
トーリが10歳の時に家を出て行った父親にもよくため息を吐かれた。
「お前は……ヴェーラに生き映しだな」
父親はヴェーラに人生を狂わされたうちの一人であった。
ヴェーラは父と結婚してからも彼氏や関係のある男が何人もいた。父親はヴェーラがそういう人間であることを知って結婚したにも関わらず―、そういった行為が繰り返された結果、一時はヴェーラを縊り殺そうとまでしてしまったのである。
コントロール出来ない嫉妬と独占欲。
それから数日後、父親は家を後にした。
無論ヴェーラが責めた訳でも追い出した訳でもなく、自主的に、自らの狂気を恐れ出て行ったのだ。
ヴェーラは、自分の首を、殺意を持って締めあげた瞬間の父がたまらなく愛しく魅力的であった―と後々トーリに教えてくれた。
ああ二人はちゃんと愛し合ってたんだな、とトーリは、嬉しく思うのだった。
それが理由かは解らないが、今現在も二人は、戸籍上は離婚していない。
年に数回しか会わない二人なのだが仲は悪くないようだ。
自分の家や自分の考え方は少し他人とは違うようだ。高校に通うようになってから確信していた。
「今更気が付いたの?お前はずっと生まれつきおかしいよ」
幼少期より親しい鈴木世界から事も無げに言われる。
「えー?そうなの?俺は知らなかった。何で言ってくれないの」
トーリがひどーいと言って腕を揺すっても世界は面倒くさいからと興味なく言う。
校舎裏のベンチ。
暗黙のルールで二人は昼になれば大抵ここで落ち合う。
決まり事という訳でもないので、どちらかが来ない事もままあったが、今日は二人の気が合ったらしい。
トーリはピーナッツバターパンを頬張る。そよそよと秋の終わりを告げる風があたった。
「でもさ、そういう俺とずっと仲良しな世界だっておかしいんじゃない?」
「仲良し?誰が?」
「俺と世界ちゃん」
「キモ」
肩をすくめる鈴木。
「ねえ、今日さー、世界の家行ってもいい?」
「なんで?」
「ゆっくり寝たいから」
「…この間みたいな事あったら、二度といれないよ」
「しないしない。ごめんね?」
この間の事―とは、世界の部屋に女をいれて事に及んだ話―である。
「コンビニ行ってくるっつって、なんでああなるかな」
「だってついてきちゃったんだもん。どうしても俺と居たいっていうからさ」
「…非常識な女」
遠慮がちに眉をしかめる世界。
「でもイイ感じの子だったでしょ。世界のことも恰好いいーって言って色々してくれたじゃん」
「トーリってさぁなんでそんなに女とヤリたいの?俺には寧ろホラーだね」
「ホラー?女の子が?セックスが?」
「…どっちも」
「えええー何それ~?かっわいー!」
「は?」
ほんと可愛い。可愛すぎ。こんなに可愛い子が居たなんて。
―それとも、あの人…嘘のパパが世界をここまで弱い生き物にしてるのかな…
トーリは目を輝かせて世界を見て、膝の上に座った。
「…ナンデスカ。暑苦しい」
「あーもう休み時間終わっちゃうね…どうしよう」
「何が?」
きょとんとした顔でこちらを見る世界。
トーリは迷わずキスをした。
無防備に開かれていた口元には簡単に舌をねじ込める。歯の裏、歯茎まで丹念に舐め上げる。
「っ………ッ…………ちょ、……何、してんの?」
「ん~…美味しい。俺世界のこと、好きなのかも」
「タチの悪い冗談言ってると、家にあげないから」「え~?」
昼休みを告げる鐘が鳴る。
何事もなかったかのように、二人は教室へと戻っていった。
その日の放課後、約束通りトーリは世界にくっついて彼の家に向かった。
「あーやっぱり世界の家って落ち着くね」
「…何回も来てるからだろ」
「あはは。そっか」
世界の両親は忙しいのか、あまり家に居ない。両親はわざわざ再婚までした仲なのに全然家に居ないし、二人一緒のところも見た事がなかった。
しかも、世界と血の繋がっている母親の方が特に外出が増えていた。そういえば、幼稚園やら小学校の行事で母親を見かけた事があるがいつも退屈そうで、けれど若い男の教師が話しかければ愛想笑いをふりまくような、とてもいい母親とは思えないタイプだった。世界を可愛がってる様子なんて見られない。
今では義理の父親の方が世界の面倒を…イロイロと見ている。逆にこの男の、世界への偏愛ぶりはそれはそれで異常だった。心も体も自分のものにしようとアレコレ画策しているのだ。
(ここの家も結構特殊なのかもねー)
幼稚園に入園して以来の仲である上、自分の家庭も同じく異質であった為、トーリは世界の家庭環境の異様さを意識した事がなかった。ここ最近、様々な人間の話を聞くようになって初めて知った。
例えば普通の家は毎日みんなで食事をするらしい。休みの日は一緒に遠出したりして。たまには外食なんかもするんだって。お父さんとお母さんの結婚記念日には、お父さんが花贈ったり?
わざわざ家族で一緒にいなきゃいけないルール作るなんて、変なの。どんな酷い事しても、一緒にいなくても、それでも離れないのが家族じゃないのかな。
「ねえ、喉乾いた」
「冷蔵庫から、自分でとって」
「はーーい」
台所に足を運ぶ。
すると―居間と台所の中間ぐらいに脱ぎすててある毛皮のコートに目が入った。
「わぁ!コレさ、すっごく高いモノじゃない?」
「あー……そうなんだ」
「ま、趣味は悪いけどね~。」
「…あの女のだからね」
「あはは。世界のママ趣味わる~。男捕まえるのは巧いのにね」
稀にしか見かけない世界の母親はまるで「母親」の顔をしていない。「女」の顔をしているし、街で彼女を見つけた時も見知らぬ男と足をからませていた。
トーリの母親のように複数と付き合っているようだったが、その根本に流れるものは正反対のようにトーリは思っている。
世界の母親―彼女は地位や金やプライドの為に男を作っている。ぎらぎらと男に好かれたくてたまらないという顔つきで、子供になんてまるで興味がない。寧ろ「生まなければよかった」ぐらいに考えていそうだ。
一方トーリの母親は地位にも金にもましてやチンケな見栄等に全く興味が無い。好かれたいと媚びるところが全くないのである。そして子供を愛している。彼女のやり方は理解されない事も多いけれど―。世界の母親のように―子供をオトコを落とす為の生贄になどしない…。
「これ、お前にやる」
「え?」
「もう飽きたんだってさ。だからこんなとこに放置されてんの」
「へぇ…………」
「着てみたら」
「―いいけどさ」
ふわりとその毛皮を肩からかぶる。
さすが、値段がはるだけあって肌触りが心地いい。
世界は、変な顔でつったって、こちらを見ていた。
「あ、見て?あはは。俺結構似合ってるかも」
「……………」
「どうしたの、世界、そんな顔して。よしよし、ママですよー」
腰をしなしなさせてふざけたように世界の頭をなでる。
泣きだしそうな表情にも見える世界。トーリは一つ思い当たる事があり笑顔を作った。
「ああ、世界ってマザコンだから、これを俺にくれたの?俺にママになって欲しいってわけ?」
「は?」
「ほんとのママは世界のことなんて見捨ててるもんね。可哀そうに」
「ちょ……っ」
トーリは有無を言わさず世界を抱き寄せた。
その身体は細く、少し力をこめれば壊れそうで、酷く興奮する。
「……っ………」
世界はぎゅうっと目をつむり、涙をこらえているように見えた。
あれ?
世界、高校生にもなって泣いちゃうの?
意地悪く耳元で囁いても、返答もなく震え、体を離そうと腕に力をこめている。
無論、トーリの腕の中から逃げる事は出来ない。
いつもの憎まれ口をたたくと思ったのに。
そんな事されたら―困った事になっちゃうじゃん………。
相変わらず無意味な抵抗を続けている世界を無視してトーリがそのまま口づけると、今度は慣れたように気だるく、義務的に舌を絡ませ返してきた。
そうすることが、苦しみからの唯一の出口だから仕方ない、とでも言うように。
fin
どこまでも幸福そうな笑みを、体中水浸しにしながら浮かべる三日月。
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落ちておいで
-The past talk-
三日月トーリの母・ヴェーラはロシア出身である。来日してもう30年も経つ為日本語は達者だ。若い頃はAV女優として人気を博し、今は六本木にナイトクラブをかまえている。
トーリはそんな母が好きだったが、姉は多分軽蔑していたと思う。姉はあの破天荒な母から生まれたとは思えない程勤勉で、しっかり者で良識的だった。
真面目なメーカー社員である父親の血だけを受け継いでいるかのように見える。容貌も、色は透けるように白いが顔つきは父親似だった。
母に良識なんてものは存在していない。その時自分がどう感じるか、そしてその気持ちのままに行動する事が彼女にとっての大事な価値であった。
トーリは顔も性格も母親に似ていると自覚があった。日本人の父親とのハーフにも関わらず金髪で、顔も表情も母そのもの。
トーリが10歳の時に家を出て行った父親にもよくため息を吐かれた。
「お前は……ヴェーラに生き映しだな」
父親はヴェーラに人生を狂わされたうちの一人であった。
ヴェーラは父と結婚してからも彼氏や関係のある男が何人もいた。父親はヴェーラがそういう人間であることを知って結婚したにも関わらず―、そういった行為が繰り返された結果、一時はヴェーラを縊り殺そうとまでしてしまったのである。
コントロール出来ない嫉妬と独占欲。
それから数日後、父親は家を後にした。
無論ヴェーラが責めた訳でも追い出した訳でもなく、自主的に、自らの狂気を恐れ出て行ったのだ。
ヴェーラは、自分の首を、殺意を持って締めあげた瞬間の父がたまらなく愛しく魅力的であった―と後々トーリに教えてくれた。
ああ二人はちゃんと愛し合ってたんだな、とトーリは、嬉しく思うのだった。
それが理由かは解らないが、今現在も二人は、戸籍上は離婚していない。
年に数回しか会わない二人なのだが仲は悪くないようだ。
自分の家や自分の考え方は少し他人とは違うようだ。高校に通うようになってから確信していた。
「今更気が付いたの?お前はずっと生まれつきおかしいよ」
幼少期より親しい鈴木世界から事も無げに言われる。
「えー?そうなの?俺は知らなかった。何で言ってくれないの」
トーリがひどーいと言って腕を揺すっても世界は面倒くさいからと興味なく言う。
校舎裏のベンチ。
暗黙のルールで二人は昼になれば大抵ここで落ち合う。
決まり事という訳でもないので、どちらかが来ない事もままあったが、今日は二人の気が合ったらしい。
トーリはピーナッツバターパンを頬張る。そよそよと秋の終わりを告げる風があたった。
「でもさ、そういう俺とずっと仲良しな世界だっておかしいんじゃない?」
「仲良し?誰が?」
「俺と世界ちゃん」
「キモ」
肩をすくめる鈴木。
「ねえ、今日さー、世界の家行ってもいい?」
「なんで?」
「ゆっくり寝たいから」
「…この間みたいな事あったら、二度といれないよ」
「しないしない。ごめんね?」
この間の事―とは、世界の部屋に女をいれて事に及んだ話―である。
「コンビニ行ってくるっつって、なんでああなるかな」
「だってついてきちゃったんだもん。どうしても俺と居たいっていうからさ」
「…非常識な女」
遠慮がちに眉をしかめる世界。
「でもイイ感じの子だったでしょ。世界のことも恰好いいーって言って色々してくれたじゃん」
「トーリってさぁなんでそんなに女とヤリたいの?俺には寧ろホラーだね」
「ホラー?女の子が?セックスが?」
「…どっちも」
「えええー何それ~?かっわいー!」
「は?」
ほんと可愛い。可愛すぎ。こんなに可愛い子が居たなんて。
―それとも、あの人…嘘のパパが世界をここまで弱い生き物にしてるのかな…
トーリは目を輝かせて世界を見て、膝の上に座った。
「…ナンデスカ。暑苦しい」
「あーもう休み時間終わっちゃうね…どうしよう」
「何が?」
きょとんとした顔でこちらを見る世界。
トーリは迷わずキスをした。
無防備に開かれていた口元には簡単に舌をねじ込める。歯の裏、歯茎まで丹念に舐め上げる。
「っ………ッ…………ちょ、……何、してんの?」
「ん~…美味しい。俺世界のこと、好きなのかも」
「タチの悪い冗談言ってると、家にあげないから」「え~?」
昼休みを告げる鐘が鳴る。
何事もなかったかのように、二人は教室へと戻っていった。
その日の放課後、約束通りトーリは世界にくっついて彼の家に向かった。
「あーやっぱり世界の家って落ち着くね」
「…何回も来てるからだろ」
「あはは。そっか」
世界の両親は忙しいのか、あまり家に居ない。両親はわざわざ再婚までした仲なのに全然家に居ないし、二人一緒のところも見た事がなかった。
しかも、世界と血の繋がっている母親の方が特に外出が増えていた。そういえば、幼稚園やら小学校の行事で母親を見かけた事があるがいつも退屈そうで、けれど若い男の教師が話しかければ愛想笑いをふりまくような、とてもいい母親とは思えないタイプだった。世界を可愛がってる様子なんて見られない。
今では義理の父親の方が世界の面倒を…イロイロと見ている。逆にこの男の、世界への偏愛ぶりはそれはそれで異常だった。心も体も自分のものにしようとアレコレ画策しているのだ。
(ここの家も結構特殊なのかもねー)
幼稚園に入園して以来の仲である上、自分の家庭も同じく異質であった為、トーリは世界の家庭環境の異様さを意識した事がなかった。ここ最近、様々な人間の話を聞くようになって初めて知った。
例えば普通の家は毎日みんなで食事をするらしい。休みの日は一緒に遠出したりして。たまには外食なんかもするんだって。お父さんとお母さんの結婚記念日には、お父さんが花贈ったり?
わざわざ家族で一緒にいなきゃいけないルール作るなんて、変なの。どんな酷い事しても、一緒にいなくても、それでも離れないのが家族じゃないのかな。
「ねえ、喉乾いた」
「冷蔵庫から、自分でとって」
「はーーい」
台所に足を運ぶ。
すると―居間と台所の中間ぐらいに脱ぎすててある毛皮のコートに目が入った。
「わぁ!コレさ、すっごく高いモノじゃない?」
「あー……そうなんだ」
「ま、趣味は悪いけどね~。」
「…あの女のだからね」
「あはは。世界のママ趣味わる~。男捕まえるのは巧いのにね」
稀にしか見かけない世界の母親はまるで「母親」の顔をしていない。「女」の顔をしているし、街で彼女を見つけた時も見知らぬ男と足をからませていた。
トーリの母親のように複数と付き合っているようだったが、その根本に流れるものは正反対のようにトーリは思っている。
世界の母親―彼女は地位や金やプライドの為に男を作っている。ぎらぎらと男に好かれたくてたまらないという顔つきで、子供になんてまるで興味がない。寧ろ「生まなければよかった」ぐらいに考えていそうだ。
一方トーリの母親は地位にも金にもましてやチンケな見栄等に全く興味が無い。好かれたいと媚びるところが全くないのである。そして子供を愛している。彼女のやり方は理解されない事も多いけれど―。世界の母親のように―子供をオトコを落とす為の生贄になどしない…。
「これ、お前にやる」
「え?」
「もう飽きたんだってさ。だからこんなとこに放置されてんの」
「へぇ…………」
「着てみたら」
「―いいけどさ」
ふわりとその毛皮を肩からかぶる。
さすが、値段がはるだけあって肌触りが心地いい。
世界は、変な顔でつったって、こちらを見ていた。
「あ、見て?あはは。俺結構似合ってるかも」
「……………」
「どうしたの、世界、そんな顔して。よしよし、ママですよー」
腰をしなしなさせてふざけたように世界の頭をなでる。
泣きだしそうな表情にも見える世界。トーリは一つ思い当たる事があり笑顔を作った。
「ああ、世界ってマザコンだから、これを俺にくれたの?俺にママになって欲しいってわけ?」
「は?」
「ほんとのママは世界のことなんて見捨ててるもんね。可哀そうに」
「ちょ……っ」
トーリは有無を言わさず世界を抱き寄せた。
その身体は細く、少し力をこめれば壊れそうで、酷く興奮する。
「……っ………」
世界はぎゅうっと目をつむり、涙をこらえているように見えた。
あれ?
世界、高校生にもなって泣いちゃうの?
意地悪く耳元で囁いても、返答もなく震え、体を離そうと腕に力をこめている。
無論、トーリの腕の中から逃げる事は出来ない。
いつもの憎まれ口をたたくと思ったのに。
そんな事されたら―困った事になっちゃうじゃん………。
相変わらず無意味な抵抗を続けている世界を無視してトーリがそのまま口づけると、今度は慣れたように気だるく、義務的に舌を絡ませ返してきた。
そうすることが、苦しみからの唯一の出口だから仕方ない、とでも言うように。
fin