[おめかし]連城瑠加
今日は屋敷に寄った後、久しぶりに昔の仲間と朝まで飲み明かす予定だった。連城は意気揚々と屋敷に向かうがーその先で待ち受けていた出来事は…
---
大きくなるから
-The past talk-
「浅葱はどんなガキだった」
頭の痛くなるような数字の羅列…が並んだ書類。 目を落としながら、三宮が連城に尋ねた。
「……今と変わらねぇ気がする」
独り言のようにも聞こえたので答えるか一瞬迷った連城だったが。 すぐに三宮の方へ体を向き直し、回答する。
「ふん?どうしてそう思う」
「雰囲気、みたいなモンっつーか……ああ、でも昔の方が静かだったかもなァ」
連城は視線を天井に預けるようにしてから、記憶をたどった。
「暗いって訳じゃねえけど、自分から喋ったり騒いだり、ってのはあんまり…」
言い出せば、懐かしい風景が瞼の奥へと差し込んで来る。
氷の張った通学路、ストーブ臭い教室。
縁側で食べた林檎、
当たり前に眺めていた星空―
カイリの、壮健な視線。
何か、言いたげに微笑む口元……
今は……
口数は増えたけれど、横顔や笑顔は……昔よりもずっと、何も語らなくなった気がする。
―十数年前―
「おはよ、瑠加」
「あ、浅葱くんもいるー」
2人の女生徒は遠慮がちに短く揃えられたスカートをなびかせ、明るい声をあげた。
「おー」
「おはよ」
「まんず寒いなぁ」
「んだ」
「今日は午後から晴れるべな」
赤く染まった鼻をすすらせ、瑠加とカイリが応える。
校舎の入口、しばらく東京で暮らしていたカイリの言葉はどことなく優美に響く。 4人は連れだって歩き、教室に入った。
ホームルームが始まるまでの時間、瑠加はカイリに耳打ちした。
「笹山、いつもと顔、違くなかったべか?」
先ほど、自分達に話かけた女生徒の一人が話題にあがる。
「睫毛と眉毛。あと、前髪変わってた」
「ふぅん。よく解るべな」
「笹山って」
「うん?」
「瑠加の事、好きだで」
悪戯めいて、小さく小さく囁いた。 ニ、と細められるカイリの目。
「は…?!何でそうなるっ」
驚いて声をあげても、それ以上カイリは何も言わなかった。
果たして、それから1週間後、瑠加は笹山鳴海に愛の告白…に代わる贈り物を貰った。 ピンク色の包装紙に包まれた、手作りのトリュフチョコレート。
甘さが程良く、ほろ苦さも利いて、バランスのいい、まるで笹山自身の性格みたいな味。
「あとなんぼかで卒業だから、云う」
「私と、付き合ってけれ」
手紙に書き綴られた、健気な言葉。
瑠加に、初めての彼女が出来た。
「何でカイリ、笹山のこと解ったんだが?」
放課後の理科室。
掃除当番で残っていた二人は、他のクラスメイトが帰った後も何となしに残っていた。
「解り易かったべな」
「わかりやすい……」
「うん」
「んだども、覚えがね。あわくった」
「瑠加、モテるのに」
「……それも、覚えがねーがら」
うーん、と腕を組んで深刻に呟けば、あははは、と、カイリは快活に笑った。
そういえば、カイリは、自分と二人の時以外はあまり笑わないな、と、不意に気がつく。 もっと言えば、東京から戻ってくる前よりも、笑っている顔を見なくなった気がする。
うーん、と腕を組んで深刻に呟けば、あははは だからか、笑ってくれるととても安心するし、気持ちが良い。
「カイリの笑った顔、ホっとするべな」
感じた事をそのまま伝えると、また嬉しそうに目を細めてくれた。
カイリは、東京で母親を亡くした…と聞いている。 けれど、そんな素振りはおくびにも出さず、幼馴染だった瑠加と再び「友達」になった。
綺麗で、優しかったカイリのお母さん。 亡くなる直前の数年間は、里帰りもほとんどしていなかった。
一体何があってそのような事になってしまったのかは、瑠加の預かり知らぬところであり、そのことをもどかしく感じる事もある。 だから、カイリの口から詳細を教えて貰いたいという気持ちが無いわけでもないが、知りたくないような気もしていた。
きっと余計自分の無力さを実感する、という事を本能的に解っていたのかもしれない。
「瑠加と付き合ったら幸せだべなぁ」
うつ向いたカイリの横顔が、まるで歌うように呟く。
独り言のようだったので、瑠加は応えるか迷い、ただ彼をみつめるだけにとどまった。
それから卒業式が終わって、春休みになった。 カイリは県内の進学校へ、瑠加は工業高校に入学が決まっていた。
カイリの祖父母は定食屋を営んでいる為、日中は家に居ない。瑠加はしょっちゅう遊びに行っていた。
店へ食事をしに行くこともあるが、半分はカイリが自分で食事を作るのだ。 瑠加もそれを手伝ったりしながら、二人で時間を過ごしている。
「これも剥く?」
「ん」
「…いい匂いだべ」
「半熟、うまくいってけれ」
祖父母が食事を作り置きする事や、瑠加の実家にてご相伴にあずかる事もあったが、カイリは自炊を好んでいた。 また、その食事を人に食べて貰う事にも楽しみを感じているように見えた。
カイリが笑顔を浮かべている事の、多い時間。 …けれど、この日は少しだけ様子が違っていた。
「食べっぺ」
「うん」
「……カイリ。腹でも痛いが」
「んー?なんも」
デミグラスソースのかかったオムライスの湯気の先、笑顔に似た、悲しそうな表情を終始浮かべるカイリ。 目の前で一緒に食事を摂りながら、とりとめもない会話を交わすけれど、一言一言重なるごとに彼が遠くへ行ってしまう気がした。
「瑠加の高校とはあんまり近くねが、バイトする予定のコンビニが…」
春から、別々の高校に進む二人。 入学後の話をアレコレ話すカイリだったけれど、全然違う事を考えているようだった。
「……………」
しかし、話したがらないという事は、瑠加には解らない事なのだろう。
瑠加だって、例えば何か悩みを抱えていたってカイリに全て話すかは怪しい。 だから、瑠加はオムライスを口に運びながら、丁寧に相槌を打った。
でも、相槌を打つほどオムライスの味がしなくなって、遂には口をついて出た。
「カイリ、何が嫌な事あったべか」
「―……」
「嘘笑いは辛いだで」
こんな事を言っても何にもならないかもしれないが、言ってみて後悔はしなかった。 自分が逆の立場でも、信頼している人間に気遣われて、嫌な気分になるはずがないと思いいたったから。
「お母さん」
「うん?」
「……ホステス、だったど。俺、知らねがった」
「………」
「お父さん死んでから俺、育てる為に。多分…凄く、大変だったど」
「何で、解ったが」
「………知らね子が、話してた」
「……女?」
「うん」
瑠加は誰か何となく思い当たった。 カイリの事を取り巻いているような、ファンの女の子集団が以前にそういった話をしていて、聞いてしまった事がある。
「昼も働いて、夜も…働いてたべ、それで…お母さん、……」
その先をカイリは言わなかった。 それで、死んでしまったんじゃないか、と続けたいのだろうか。
「カイリのお母さん、いいお母さんだべな」
瑠加は想像を無視して、喋った。
「………。」
「いっつもいい匂いさせてな、綺麗で、優しくって、カイリの事すごく大事にしてたど」
「……うん」
「俺も、大好きだったが。会えねままだから、残念だったべ」
「うん……」
どんな事を言えば、カイリの悲しみが去るのか、正解なのか。全然解らなかった。 だから、やっぱり思った事を言うしかなくて
そのうち、カイリの目尻に涙がたまっていった。 吹き取ってあげられるものは無いか探したが、何もなかったので自分の指先を添える。
それに驚いてカイリが顔をあげた。 すると、正面から見つめ合うような体勢になってしまい、瑠加は瞬間的に「間違えたか?」と思ったが、 次の瞬間、ぶは!とカイリが吹き出して
「っ、変なの、俺達」
と、楽しそうに笑っていたので、きっとそれで良かったのだろう。 余程おかしかったのか、彼の白い肌は赤く染まり、耳まで薔薇色だった事をよく覚えている。
それから数カ月後。 二人は無事高校に入学した。
瑠加は、念願だった特攻服を購入した。
方言を使う事に少しだけ抵抗を感じ、慣れない標準語を覚え始めていた。
彼女とは、高校が分かれた事で少しずつすれ違ってしまっていた。
そろそろきちんと話し合わないと…と思っている。
カイリは、進学校の中でもやっぱり学年トップクラスの成績だった。
瑠加の高校から一番近いコンビニでアルバイトを始めた。
店長が良い人らしい。
二人の間柄は以前と変わらず、朗らかで、適切で、健全だった。
穏やかに、時間は流れていく。
――いつもの放課後。
――いつもの、溜まり場。
――いつもの二人が続いていた。
「連城さん…その文字……どうしたんですか」
放課後の、海の堤防近くで、瑠加の舎弟の一人が、 腕のあたりに入った刺繍をさして言う。
「ああ…でかい器の男になるって意味。俺の好きな言葉だ。」
「………………」
大器晩成―
まり将来大物になるかもしれないという意味で悪い意味では決してないのだが…
今現在は大した器ではないという事を自ら吹聴するような事になってしまうのでは…ないだろうか……
舎弟の数人は同様にそれを感じていた。 けれど誰もそれを口には出来なかった。
その沈黙に終止符を打った人物は―
「瑠加」
浅葱カイリだった。
バイトの出勤前、こうして瑠加とその仲間達が居る溜まり場へ顔を出す事が日課になっていた。
「おつかれーっす」
舎弟数人がカイリに頭を下げる。 カイリはいつもどうしていいか解らないというような目をしながらも、応えていた。
「瑠加、その文字…」
「おう。俺の好きな言葉だで」
「恰好いいべな」
意外な彼のその反応に舎弟達は安心する。
「俺、でかい器ンなっで、ずっと全員で笑ってられるようにすっからな」
瑠加は大きく口を開けて笑えば、その場にいた人間全員嬉しそうに彼を見た。
(カイリも、笑ってる)
笑う回数も、昔より増えたような気がしている。
何だか、馬鹿みたいに幸せだった。
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大きくなるから
-The past talk-
「浅葱はどんなガキだった」
頭の痛くなるような数字の羅列…が並んだ書類。 目を落としながら、三宮が連城に尋ねた。
「……今と変わらねぇ気がする」
独り言のようにも聞こえたので答えるか一瞬迷った連城だったが。 すぐに三宮の方へ体を向き直し、回答する。
「ふん?どうしてそう思う」
「雰囲気、みたいなモンっつーか……ああ、でも昔の方が静かだったかもなァ」
連城は視線を天井に預けるようにしてから、記憶をたどった。
「暗いって訳じゃねえけど、自分から喋ったり騒いだり、ってのはあんまり…」
言い出せば、懐かしい風景が瞼の奥へと差し込んで来る。
氷の張った通学路、ストーブ臭い教室。
縁側で食べた林檎、
当たり前に眺めていた星空―
カイリの、壮健な視線。
何か、言いたげに微笑む口元……
今は……
口数は増えたけれど、横顔や笑顔は……昔よりもずっと、何も語らなくなった気がする。
―十数年前―
「おはよ、瑠加」
「あ、浅葱くんもいるー」
2人の女生徒は遠慮がちに短く揃えられたスカートをなびかせ、明るい声をあげた。
「おー」
「おはよ」
「まんず寒いなぁ」
「んだ」
「今日は午後から晴れるべな」
赤く染まった鼻をすすらせ、瑠加とカイリが応える。
校舎の入口、しばらく東京で暮らしていたカイリの言葉はどことなく優美に響く。 4人は連れだって歩き、教室に入った。
ホームルームが始まるまでの時間、瑠加はカイリに耳打ちした。
「笹山、いつもと顔、違くなかったべか?」
先ほど、自分達に話かけた女生徒の一人が話題にあがる。
「睫毛と眉毛。あと、前髪変わってた」
「ふぅん。よく解るべな」
「笹山って」
「うん?」
「瑠加の事、好きだで」
悪戯めいて、小さく小さく囁いた。 ニ、と細められるカイリの目。
「は…?!何でそうなるっ」
驚いて声をあげても、それ以上カイリは何も言わなかった。
果たして、それから1週間後、瑠加は笹山鳴海に愛の告白…に代わる贈り物を貰った。 ピンク色の包装紙に包まれた、手作りのトリュフチョコレート。
甘さが程良く、ほろ苦さも利いて、バランスのいい、まるで笹山自身の性格みたいな味。
「あとなんぼかで卒業だから、云う」
「私と、付き合ってけれ」
手紙に書き綴られた、健気な言葉。
瑠加に、初めての彼女が出来た。
「何でカイリ、笹山のこと解ったんだが?」
放課後の理科室。
掃除当番で残っていた二人は、他のクラスメイトが帰った後も何となしに残っていた。
「解り易かったべな」
「わかりやすい……」
「うん」
「んだども、覚えがね。あわくった」
「瑠加、モテるのに」
「……それも、覚えがねーがら」
うーん、と腕を組んで深刻に呟けば、あははは、と、カイリは快活に笑った。
そういえば、カイリは、自分と二人の時以外はあまり笑わないな、と、不意に気がつく。 もっと言えば、東京から戻ってくる前よりも、笑っている顔を見なくなった気がする。
うーん、と腕を組んで深刻に呟けば、あははは だからか、笑ってくれるととても安心するし、気持ちが良い。
「カイリの笑った顔、ホっとするべな」
感じた事をそのまま伝えると、また嬉しそうに目を細めてくれた。
カイリは、東京で母親を亡くした…と聞いている。 けれど、そんな素振りはおくびにも出さず、幼馴染だった瑠加と再び「友達」になった。
綺麗で、優しかったカイリのお母さん。 亡くなる直前の数年間は、里帰りもほとんどしていなかった。
一体何があってそのような事になってしまったのかは、瑠加の預かり知らぬところであり、そのことをもどかしく感じる事もある。 だから、カイリの口から詳細を教えて貰いたいという気持ちが無いわけでもないが、知りたくないような気もしていた。
きっと余計自分の無力さを実感する、という事を本能的に解っていたのかもしれない。
「瑠加と付き合ったら幸せだべなぁ」
うつ向いたカイリの横顔が、まるで歌うように呟く。
独り言のようだったので、瑠加は応えるか迷い、ただ彼をみつめるだけにとどまった。
それから卒業式が終わって、春休みになった。 カイリは県内の進学校へ、瑠加は工業高校に入学が決まっていた。
カイリの祖父母は定食屋を営んでいる為、日中は家に居ない。瑠加はしょっちゅう遊びに行っていた。
店へ食事をしに行くこともあるが、半分はカイリが自分で食事を作るのだ。 瑠加もそれを手伝ったりしながら、二人で時間を過ごしている。
「これも剥く?」
「ん」
「…いい匂いだべ」
「半熟、うまくいってけれ」
祖父母が食事を作り置きする事や、瑠加の実家にてご相伴にあずかる事もあったが、カイリは自炊を好んでいた。 また、その食事を人に食べて貰う事にも楽しみを感じているように見えた。
カイリが笑顔を浮かべている事の、多い時間。 …けれど、この日は少しだけ様子が違っていた。
「食べっぺ」
「うん」
「……カイリ。腹でも痛いが」
「んー?なんも」
デミグラスソースのかかったオムライスの湯気の先、笑顔に似た、悲しそうな表情を終始浮かべるカイリ。 目の前で一緒に食事を摂りながら、とりとめもない会話を交わすけれど、一言一言重なるごとに彼が遠くへ行ってしまう気がした。
「瑠加の高校とはあんまり近くねが、バイトする予定のコンビニが…」
春から、別々の高校に進む二人。 入学後の話をアレコレ話すカイリだったけれど、全然違う事を考えているようだった。
「……………」
しかし、話したがらないという事は、瑠加には解らない事なのだろう。
瑠加だって、例えば何か悩みを抱えていたってカイリに全て話すかは怪しい。 だから、瑠加はオムライスを口に運びながら、丁寧に相槌を打った。
でも、相槌を打つほどオムライスの味がしなくなって、遂には口をついて出た。
「カイリ、何が嫌な事あったべか」
「―……」
「嘘笑いは辛いだで」
こんな事を言っても何にもならないかもしれないが、言ってみて後悔はしなかった。 自分が逆の立場でも、信頼している人間に気遣われて、嫌な気分になるはずがないと思いいたったから。
「お母さん」
「うん?」
「……ホステス、だったど。俺、知らねがった」
「………」
「お父さん死んでから俺、育てる為に。多分…凄く、大変だったど」
「何で、解ったが」
「………知らね子が、話してた」
「……女?」
「うん」
瑠加は誰か何となく思い当たった。 カイリの事を取り巻いているような、ファンの女の子集団が以前にそういった話をしていて、聞いてしまった事がある。
「昼も働いて、夜も…働いてたべ、それで…お母さん、……」
その先をカイリは言わなかった。 それで、死んでしまったんじゃないか、と続けたいのだろうか。
「カイリのお母さん、いいお母さんだべな」
瑠加は想像を無視して、喋った。
「………。」
「いっつもいい匂いさせてな、綺麗で、優しくって、カイリの事すごく大事にしてたど」
「……うん」
「俺も、大好きだったが。会えねままだから、残念だったべ」
「うん……」
どんな事を言えば、カイリの悲しみが去るのか、正解なのか。全然解らなかった。 だから、やっぱり思った事を言うしかなくて
そのうち、カイリの目尻に涙がたまっていった。 吹き取ってあげられるものは無いか探したが、何もなかったので自分の指先を添える。
それに驚いてカイリが顔をあげた。 すると、正面から見つめ合うような体勢になってしまい、瑠加は瞬間的に「間違えたか?」と思ったが、 次の瞬間、ぶは!とカイリが吹き出して
「っ、変なの、俺達」
と、楽しそうに笑っていたので、きっとそれで良かったのだろう。 余程おかしかったのか、彼の白い肌は赤く染まり、耳まで薔薇色だった事をよく覚えている。
それから数カ月後。 二人は無事高校に入学した。
瑠加は、念願だった特攻服を購入した。
方言を使う事に少しだけ抵抗を感じ、慣れない標準語を覚え始めていた。
彼女とは、高校が分かれた事で少しずつすれ違ってしまっていた。
そろそろきちんと話し合わないと…と思っている。
カイリは、進学校の中でもやっぱり学年トップクラスの成績だった。
瑠加の高校から一番近いコンビニでアルバイトを始めた。
店長が良い人らしい。
二人の間柄は以前と変わらず、朗らかで、適切で、健全だった。
穏やかに、時間は流れていく。
――いつもの放課後。
――いつもの、溜まり場。
――いつもの二人が続いていた。
「連城さん…その文字……どうしたんですか」
放課後の、海の堤防近くで、瑠加の舎弟の一人が、 腕のあたりに入った刺繍をさして言う。
「ああ…でかい器の男になるって意味。俺の好きな言葉だ。」
「………………」
大器晩成―
まり将来大物になるかもしれないという意味で悪い意味では決してないのだが…
今現在は大した器ではないという事を自ら吹聴するような事になってしまうのでは…ないだろうか……
舎弟の数人は同様にそれを感じていた。 けれど誰もそれを口には出来なかった。
その沈黙に終止符を打った人物は―
「瑠加」
浅葱カイリだった。
バイトの出勤前、こうして瑠加とその仲間達が居る溜まり場へ顔を出す事が日課になっていた。
「おつかれーっす」
舎弟数人がカイリに頭を下げる。 カイリはいつもどうしていいか解らないというような目をしながらも、応えていた。
「瑠加、その文字…」
「おう。俺の好きな言葉だで」
「恰好いいべな」
意外な彼のその反応に舎弟達は安心する。
「俺、でかい器ンなっで、ずっと全員で笑ってられるようにすっからな」
瑠加は大きく口を開けて笑えば、その場にいた人間全員嬉しそうに彼を見た。
(カイリも、笑ってる)
笑う回数も、昔より増えたような気がしている。
何だか、馬鹿みたいに幸せだった。
fin