本編
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あの時の俺は、輝いていた。
それは、対外的なイメージとして華やかな仕事についていたことではなく。
はじめて心から楽しいと思え、やり甲斐を見出し、良い環境にも恵まれていた――
そう思い込んでいた。
【政親】
「なぜ、あのような記事を止めなかったのですか?貴方なら潰せたはず――」
【???】
「……何故って、わからないのか?『EMOTION』より『VIRTUE』の方を優先した、それだけだ」
大切に育てたアイドルを潰され、はじめて、命をかけてもいい、とまで思った“仕事”を同時に失った。
その後の俺は、今考えても腑抜けていたと思う。
でもそれだけ俺にとって“プロデューサー業”というのは大切な、愛してやまない仕事だった。
………………………
…………
ピンポーン
【政親】
「……?」
【???】
「ヤッホー。来ちゃった♪」
【政親】
「……」
【???】
「ってやだちょっと無視しないでよっ」
【政親】
「――何の用です、公志郎さん」
中に入れるまでずっと対峙するのは御免だ。一つため息を吐き出し部屋の中へと案内した。
【榎本 公志郎】
「単刀直入にいうと、新しく事務所作ったの。
…あれ以来あたしも仕事しづらくなっちゃったからね」
残念そうに眉を下げる表情は、相変わらず女性のようだと感じる。
正真正銘の男性だが中性的な顔立ちと服装、それでいて恋愛対象は同性。
そういった行為では『雄(オス)』の役割にまわるタイプである…と耳にした事がある。
……今は、そんなことを振り返ることすら忌々しいと思う―
が、それを表情に出すことなく話を続けた。
【政親】
「事務所設立ですか。―それはおめでとうございます。
お祝いは公志郎さんが欲しがっていたあのワインでよろしいですか」
【榎本 公志郎】
「あらいいわねっ、じゃなくって!
あたしが来た意味わかってんでしょ?あんたとまた一緒にやりたいのよ」
【政親】
「そう言われましても。もう戻る気はありません―」
【榎本 公志郎】
「日本一のアイドルを作って見返してやるのよ!……で、この子たちがその候補生なの。まずは見てみて。
……この子達見たら、アンタの考え変わるわよ?」
そう自信満々の表情で居心地悪そうに座っている3人をチラリと見た。
先ほどから痛いほど感じる視線。まっすぐな瞳は希望に満ち溢れている。
【日月 梓乃】
「ちは、っす。タチモリ シノっていいます。俺、テッペン取るつもりでかなり本気です…!」
「あ、あの、ハルをプロデュースしたの黒田さんって聞きました。
っ、俺!ハルみたいに踊れるようになりたくて。よろしくお願いします!」
【???】
「わあぁぁっ!!!あ、握手していいんですか!く、黒田さんにお会いできて…光栄です……!!」
「僕、オオスガ ウイです!あれ、今NYでYOSUKIさんをプロデュースしてるって噂聞いたんですけどっ……
僕、黒田さんに憧れてて……!どうしよう、泣きそう……!」
【???】
「いつもの侑生じゃないみたいですね……」
【日月 梓乃】
「まあ無理ねぇよ。なンたって、アノ、『EMOTION』をプロデュースした人だぜ?」
【???】
「え、そんなにすごい方なのかっ?!――きゅ、急に緊張してきた……。あ、あの、サソウ キヨアキです」
「特技はこれといってないです……。今法学部の大学生なので兼業になります」
【大須賀 侑生】
「僕もうこの手洗わないっ」
【笹雨 清明】
「汚いですよ、侑生」
【大須賀 侑生】
「だって!あの黒田政親さんだよ?!
僕、政親さんにプロデュースしてもらえるなら死んでもいいかも……!」
【日月 梓乃】
「俺も政親さんになら一生ついていきます!俺にテッペン見せてください!」
【笹雨 清明】
「……仕方ないですね。2人だけでは危なっかしいので、俺が面倒が見てあげますよ」
早いところ門前払いをしようと思ったが―
この三人を見て、少し考えが変わった。
稀にしか見ることの出来ない、原石たち―
三人のころころと変わる表情はとても魅力的だった。
幼馴染だという三人の顔はテレビ映えがしそうな表情で、個性も各々豊かでお互いを補っているように見えた。
メディアに出ても黄色い歓声が聞こえるようだ――
【榎本 公志郎】
「うふふふ、……あんたもわかってんでしょ?この子たちのポテンシャル。
もうあんた、あの時と同じ目してるわよ」
自分の頭の中で、もうどうプロデュースすればいいのか道が見え始めていた―
【政親】
「――わかりました。今の隠居生活も飽き飽きしていましたし……。この3人なら。
……そのかわり、条件があります」
【榎本 公志郎】
「なによ、給料は保証できないわよ」
【政親】
「私のやり方に従っていただきます。貴方の言うとおり、今は資金力も営業も厳しいでしょう。
弱小事務所が上に行くにはそれなりのやり方があります」
【榎本 公志郎】
「わかってるわよ。やり方はアンタに任せる。相当な逆風ってのは承知の上だからね……」
【政親】
「わかっていただけたようで」
そして、俺はまた、“プロデューサー業”に戻った。
今度は大手でプロデューサーだけでも数十人抱える「冴島エンターテインメント」ではなく、「ポラリス・プロダクション」の、たった一人のプロデューサーとして。
あれから2週間。復帰に向けての準備期間を経て、はじめて事務所に足を踏み入れた。
【政親】
「さて。さっそく本日から“アイドル活動”としてお仕事をしていってもらいたいと思います。
梓乃、侑生、清明。まずは意思を確認させてください。本当に一流のアイドルになりたいですか」
【日月・大須賀・笹雨】
「「はい!」」
【政親】
「条件は、私の言うことは全てイエス、それだけです。ノーは要りません」
【日月・大須賀・笹雨】
「「はいっ!」」
3人の瞳は希望で輝いていた。
この時点までは――
【政親】
「よろしい。では早速覚悟を見せてもらいましょうか。新人アイドルに必要なもの、解りますか?」
【日月 梓乃】
「歌とダンス!」
【政親】
「貴方、バカですか?」
【日月 梓乃】
「……!」
【笹雨 清明】
「その、ええと……挨拶でしょう、か……」
【政親】
「近い、ですね。それも大切なうちの1つですが、
仕事で関わる人全ての方に“覚えてもらうこと”です」
【笹雨 清明】
「弁護士もクライアントがいてこそ仕事が成り立ちますからね」
【大須賀 侑生】
「キヨくん、今そういう話じゃない」
【笹雨 清明】
「うっ……」
【政親】
「貴方たちを覚えてもらうのに一番てっとり早く、かつ事務所としてもWin-Winなこと、それは……
『エンジェル営業』です」
【日月・大須賀・笹雨】
「「エンジェル営業?!」」
【政親】
「そう。貴方たちがクライアントに奉仕して、喜んでいただくことで…次への仕事につながるのです」
【日月 梓乃】
「……っ、なんだよそれ!何言ってンだよ!」
【笹雨 清明】
「さ、最低だ……!アンタ!」
【大須賀 侑生】
「わかりました、営業すればいいんですね!」
【日月 梓乃】
「そんなコト必要あるのかよ!――俺にはもっと大事なことが……
……いや、別になんでもねぇよ」
【政親】
「さっそく約束を放棄ですか?言いましたよね、ノーは要りません、と。二度目はないですよ」
【日月 梓乃】
「ぐ……」
【政親】
「早速ですが、ライブ出演のチャンスを取り付けてきました。
他にも出たいという事務所はいくらでもいるなか、うちで確定させるには…わかりますね」
【日月 梓乃】
「営業…しろって言うのかよ」
【政親】
「その通りです。ああ、梓乃。志願してくださるそうなので、貴方が行って下さい」
【日月 梓乃】
「んなっ!言ってね…いや、はい……」
(俺がいかなきゃ、この二人が……?俺から誘ったんだ、そんな目に遭わせられるかよ―)
「わ、分かった……俺も男だ!いっちょ腹くくって行ってやるよ」
今回イベント自体は小さいものの、月1の割合で開催している老舗イベントだ。
そしてイベントプロデューサーはいくつものイベントを手がけている。
ステップアップのチャンスもつかめる可能性が高い。
【政親】
「ご指名の子を連れてきましたよ」
【イベントプロデューサー】
「ほう、どれどれ。んー、カワイイね…私は不良っぽい男の子を泣かすのが好きなんだよ」
【政親】
「ご期待に添えればいいのですが。何分新人なので粗相があったらおっしゃってください」
「そして、新人らしい初々しさを楽しんでいただけますと幸いです」
【政親】
「初めてにしては頑張りましたね」
【日月 梓乃】
「俺…こんなんで……いいのかよ……」
【政親】
「大事なことですよ。実際貴方のおかげでライブ出演も確定しました」
【日月 梓乃】
「――わかった。ライブで…決まったイベントで、実力を見せ付ける。
…それで、本当に俺たちでよかったって言ってもらえるようにやってやる!」
【政親】
「いい心がけですね」
コレでもう終わりというように喜んでいるが……
これは、始まりにすぎなかった―
【榎本 公志郎】
「おはよ。昨日はうまくやってくれたようね早速。
インディーズイベントとはいえ、はじめてのライブになるからあの子たち喜んでいたわよ。」
「さて、今日はあなたに紹介する子がいるのよ…山口っ」
【???】
「くろださぁぁぁぁぁんっ」
自分と同じくらいの体格の男に唐突に突撃され、抱きしめられた。引き剥がし社長に訊ねる。
【政親】
「これは一体なんですか」
【???】
「お、俺っ山口 遼太ですっその……黒田さん!俺をっ……!犬にしてくださいッッッ!!!」
【政親】
「……」
【山口 遼太】
「じゃなかった……そのですね、俺、黒田さんに憧れてて!俺、黒田さんのためならなんでもやります!死ねっていわれたら死にます!!!」
うるさい犬はそのまま放っておき、社長へと向きなおす。
【政親】
「で。コレはなんですか?」
【榎本 公志郎】
「助手よ助手。落ちてたから拾ったの」
【政親】
「……」
【榎本 公志郎】
「アイドルオタクだからいろいろ役に立つと思うわ。
久しぶりのプロデューサー業復活で鈍ってるでしょうから、山口を使ってあげて」
【政親】
「……。了解」
【榎本 公志郎】
「さ、紹介が終わったところで。今日はレッスンよね。
今までのことは山口に聞いてね。あたしはでかけてくるから。じゃぁよろしく~♪」
そういって、榎本は営業回りに出かけた。
【山口 遼太】
「あ、あの、僕がまず説明しますねっ。今は、とりあえずレッスンとかやってもらっているんです」
【政親】
「ああ、そのようだな」
【山口 遼太】
「昨日、ライブ決めてきたそうですね……!さすが、伝説のユニット『EMOTION』を……」
【政親】
「雑談はいりません。で?」
【山口 遼太】
「あ、はいっすみません!!えと、まずはアイドルにレッスンを施して、強化します!
早速ですがレッスン場に向かいましょう」
【笹雨 清明】
「とにかくレッスンしないことには始まりませんね……」
【大須賀 侑生】
「楽しみだけど……なんだか緊張しちゃうなぁ」
【日月 梓乃】
「うぃっす、よろしくおねがいします!」
【山口 遼太】
「詳しくは俺が解説いれますね……!じゃあ、はじめてください」
………………………
…………
【山口 遼太】
「と、こんな感じです。本当はもっとレッスンしないといけないんですけど……特別です!
あとでプレゼントボックスを覗いてみてくださいね」
「次に、ライブで着る衣装にてリハーサルに近いレッスンをします」
【政親】
「ステージ衣装はある程度重量もあります」
【山口 遼太】
「さすがですっ黒田さん!1年のブランクがあるとはいえ、さす…」
【政親】
「衣装を着ると今までのように軽装でダンスしていた時とは違い、思ったようには動けないと思います。
そのことを留意しながら、踊るように」
【日月 梓乃】
「よっしゃー!頑張るぜっ」
【笹雨 清明】
「け、結構派手ですね……衣装……」
【大須賀 侑生】
「わー、かわいい!早く着てみたい!」
【山口 遼太】
「さあ、張り切っていきましょうッッ!」
………………………
…………
【山口 遼太】
「どうですか、こんな感じでがんばってレッスンするとご褒美があるんですよ!」
【政親】
「観客に見せられるだけの様になりましたね。さて、来週はいよいよライブです。
早く帰ってゆっくり休んで、またレッスンに備えるように」
【日月・大須賀・笹雨】
「はーい!」
――一週間後――
いよいよライブ当日。リハも終え、徐々に埋まっていく客席を2階の関係者席から眺める。
この業界から遠ざかって1年が経つ。一番好きな、本番前の空気感を全身で感じる。
あの時なくしたと思っていた想い。今また胸がジワジワと熱を湛えている――
【山口 遼太】
「き、緊張しますね……!きっと、うまくいくと思いますっ!」
【政親】
「そうだな。やれることは全てやった。あとは結果が証明してくれる」
【山口 遼太】
「あ、始まりますよ……!」
割れんばかりの拍手が鳴り響く。
身体を包み込む歓声に、細やかながら達成感と共に満ちたりた気持ちを実感する。
技術はまだまだ拙いが、それを上回る笑顔とパフォーマンスだった。
喜ばせたいという気持ちが観客を感動させる。応援したくなる気持ちを十分に煽っただろう。
【政親】
「まだまだ、化けるぞ」
【山口 遼太】
「黒田さん……!」
こうして、復帰第一弾の仕事が無事終わった。
それは、対外的なイメージとして華やかな仕事についていたことではなく。
はじめて心から楽しいと思え、やり甲斐を見出し、良い環境にも恵まれていた――
そう思い込んでいた。
【政親】
「なぜ、あのような記事を止めなかったのですか?貴方なら潰せたはず――」
【???】
「……何故って、わからないのか?『EMOTION』より『VIRTUE』の方を優先した、それだけだ」
大切に育てたアイドルを潰され、はじめて、命をかけてもいい、とまで思った“仕事”を同時に失った。
その後の俺は、今考えても腑抜けていたと思う。
でもそれだけ俺にとって“プロデューサー業”というのは大切な、愛してやまない仕事だった。
………………………
…………
ピンポーン
【政親】
「……?」
【???】
「ヤッホー。来ちゃった♪」
【政親】
「……」
【???】
「ってやだちょっと無視しないでよっ」
【政親】
「――何の用です、公志郎さん」
中に入れるまでずっと対峙するのは御免だ。一つため息を吐き出し部屋の中へと案内した。
【榎本 公志郎】
「単刀直入にいうと、新しく事務所作ったの。
…あれ以来あたしも仕事しづらくなっちゃったからね」
残念そうに眉を下げる表情は、相変わらず女性のようだと感じる。
正真正銘の男性だが中性的な顔立ちと服装、それでいて恋愛対象は同性。
そういった行為では『雄(オス)』の役割にまわるタイプである…と耳にした事がある。
……今は、そんなことを振り返ることすら忌々しいと思う―
が、それを表情に出すことなく話を続けた。
【政親】
「事務所設立ですか。―それはおめでとうございます。
お祝いは公志郎さんが欲しがっていたあのワインでよろしいですか」
【榎本 公志郎】
「あらいいわねっ、じゃなくって!
あたしが来た意味わかってんでしょ?あんたとまた一緒にやりたいのよ」
【政親】
「そう言われましても。もう戻る気はありません―」
【榎本 公志郎】
「日本一のアイドルを作って見返してやるのよ!……で、この子たちがその候補生なの。まずは見てみて。
……この子達見たら、アンタの考え変わるわよ?」
そう自信満々の表情で居心地悪そうに座っている3人をチラリと見た。
先ほどから痛いほど感じる視線。まっすぐな瞳は希望に満ち溢れている。
【日月 梓乃】
「ちは、っす。タチモリ シノっていいます。俺、テッペン取るつもりでかなり本気です…!」
「あ、あの、ハルをプロデュースしたの黒田さんって聞きました。
っ、俺!ハルみたいに踊れるようになりたくて。よろしくお願いします!」
日月 梓乃(タチモリ シノ)
とあるアイドルに憧れてアイドルに。侑生と清明とは幼馴染。見た目はやんちゃだが、熱い心を持っている。
【???】
「わあぁぁっ!!!あ、握手していいんですか!く、黒田さんにお会いできて…光栄です……!!」
「僕、オオスガ ウイです!あれ、今NYでYOSUKIさんをプロデュースしてるって噂聞いたんですけどっ……
僕、黒田さんに憧れてて……!どうしよう、泣きそう……!」
大須賀 侑生(オオスガ ウイ)
ただアイドルに憧れていたが梓乃のプッシュでアイドルに。梓乃と清明とは幼馴染。元気な子犬系男子。
【???】
「いつもの侑生じゃないみたいですね……」
【日月 梓乃】
「まあ無理ねぇよ。なンたって、アノ、『EMOTION』をプロデュースした人だぜ?」
【???】
「え、そんなにすごい方なのかっ?!――きゅ、急に緊張してきた……。あ、あの、サソウ キヨアキです」
「特技はこれといってないです……。今法学部の大学生なので兼業になります」
笹雨 清明(サソウ キヨアキ)
弁護士を目指し大学に通いながら、梓乃に強引に誘われてアイドルに。
梓乃と侑生とは幼馴染。真面目な優等生だが、たまに暴走する。
【大須賀 侑生】
「僕もうこの手洗わないっ」
【笹雨 清明】
「汚いですよ、侑生」
【大須賀 侑生】
「だって!あの黒田政親さんだよ?!
僕、政親さんにプロデュースしてもらえるなら死んでもいいかも……!」
【日月 梓乃】
「俺も政親さんになら一生ついていきます!俺にテッペン見せてください!」
【笹雨 清明】
「……仕方ないですね。2人だけでは危なっかしいので、俺が面倒が見てあげますよ」
早いところ門前払いをしようと思ったが―
この三人を見て、少し考えが変わった。
稀にしか見ることの出来ない、原石たち―
三人のころころと変わる表情はとても魅力的だった。
幼馴染だという三人の顔はテレビ映えがしそうな表情で、個性も各々豊かでお互いを補っているように見えた。
メディアに出ても黄色い歓声が聞こえるようだ――
【榎本 公志郎】
「うふふふ、……あんたもわかってんでしょ?この子たちのポテンシャル。
もうあんた、あの時と同じ目してるわよ」
自分の頭の中で、もうどうプロデュースすればいいのか道が見え始めていた―
【政親】
「――わかりました。今の隠居生活も飽き飽きしていましたし……。この3人なら。
……そのかわり、条件があります」
【榎本 公志郎】
「なによ、給料は保証できないわよ」
【政親】
「私のやり方に従っていただきます。貴方の言うとおり、今は資金力も営業も厳しいでしょう。
弱小事務所が上に行くにはそれなりのやり方があります」
【榎本 公志郎】
「わかってるわよ。やり方はアンタに任せる。相当な逆風ってのは承知の上だからね……」
【政親】
「わかっていただけたようで」
そして、俺はまた、“プロデューサー業”に戻った。
今度は大手でプロデューサーだけでも数十人抱える「冴島エンターテインメント」ではなく、「ポラリス・プロダクション」の、たった一人のプロデューサーとして。
あれから2週間。復帰に向けての準備期間を経て、はじめて事務所に足を踏み入れた。
【政親】
「さて。さっそく本日から“アイドル活動”としてお仕事をしていってもらいたいと思います。
梓乃、侑生、清明。まずは意思を確認させてください。本当に一流のアイドルになりたいですか」
【日月・大須賀・笹雨】
「「はい!」」
【政親】
「条件は、私の言うことは全てイエス、それだけです。ノーは要りません」
【日月・大須賀・笹雨】
「「はいっ!」」
3人の瞳は希望で輝いていた。
この時点までは――
【政親】
「よろしい。では早速覚悟を見せてもらいましょうか。新人アイドルに必要なもの、解りますか?」
【日月 梓乃】
「歌とダンス!」
【政親】
「貴方、バカですか?」
【日月 梓乃】
「……!」
【笹雨 清明】
「その、ええと……挨拶でしょう、か……」
【政親】
「近い、ですね。それも大切なうちの1つですが、
仕事で関わる人全ての方に“覚えてもらうこと”です」
【笹雨 清明】
「弁護士もクライアントがいてこそ仕事が成り立ちますからね」
【大須賀 侑生】
「キヨくん、今そういう話じゃない」
【笹雨 清明】
「うっ……」
【政親】
「貴方たちを覚えてもらうのに一番てっとり早く、かつ事務所としてもWin-Winなこと、それは……
『エンジェル営業』です」
【日月・大須賀・笹雨】
「「エンジェル営業?!」」
【政親】
「そう。貴方たちがクライアントに奉仕して、喜んでいただくことで…次への仕事につながるのです」
【日月 梓乃】
「……っ、なんだよそれ!何言ってンだよ!」
【笹雨 清明】
「さ、最低だ……!アンタ!」
【大須賀 侑生】
「わかりました、営業すればいいんですね!」
【日月 梓乃】
「そんなコト必要あるのかよ!――俺にはもっと大事なことが……
……いや、別になんでもねぇよ」
【政親】
「さっそく約束を放棄ですか?言いましたよね、ノーは要りません、と。二度目はないですよ」
【日月 梓乃】
「ぐ……」
【政親】
「早速ですが、ライブ出演のチャンスを取り付けてきました。
他にも出たいという事務所はいくらでもいるなか、うちで確定させるには…わかりますね」
【日月 梓乃】
「営業…しろって言うのかよ」
【政親】
「その通りです。ああ、梓乃。志願してくださるそうなので、貴方が行って下さい」
【日月 梓乃】
「んなっ!言ってね…いや、はい……」
(俺がいかなきゃ、この二人が……?俺から誘ったんだ、そんな目に遭わせられるかよ―)
「わ、分かった……俺も男だ!いっちょ腹くくって行ってやるよ」
今回イベント自体は小さいものの、月1の割合で開催している老舗イベントだ。
そしてイベントプロデューサーはいくつものイベントを手がけている。
ステップアップのチャンスもつかめる可能性が高い。
【政親】
「ご指名の子を連れてきましたよ」
【イベントプロデューサー】
「ほう、どれどれ。んー、カワイイね…私は不良っぽい男の子を泣かすのが好きなんだよ」
【政親】
「ご期待に添えればいいのですが。何分新人なので粗相があったらおっしゃってください」
「そして、新人らしい初々しさを楽しんでいただけますと幸いです」
【政親】
「初めてにしては頑張りましたね」
【日月 梓乃】
「俺…こんなんで……いいのかよ……」
【政親】
「大事なことですよ。実際貴方のおかげでライブ出演も確定しました」
【日月 梓乃】
「――わかった。ライブで…決まったイベントで、実力を見せ付ける。
…それで、本当に俺たちでよかったって言ってもらえるようにやってやる!」
【政親】
「いい心がけですね」
コレでもう終わりというように喜んでいるが……
これは、始まりにすぎなかった―
【榎本 公志郎】
「おはよ。昨日はうまくやってくれたようね早速。
インディーズイベントとはいえ、はじめてのライブになるからあの子たち喜んでいたわよ。」
「さて、今日はあなたに紹介する子がいるのよ…山口っ」
【???】
「くろださぁぁぁぁぁんっ」
自分と同じくらいの体格の男に唐突に突撃され、抱きしめられた。引き剥がし社長に訊ねる。
【政親】
「これは一体なんですか」
【???】
「お、俺っ山口 遼太ですっその……黒田さん!俺をっ……!犬にしてくださいッッッ!!!」
【政親】
「……」
【山口 遼太】
「じゃなかった……そのですね、俺、黒田さんに憧れてて!俺、黒田さんのためならなんでもやります!死ねっていわれたら死にます!!!」
うるさい犬はそのまま放っておき、社長へと向きなおす。
【政親】
「で。コレはなんですか?」
【榎本 公志郎】
「助手よ助手。落ちてたから拾ったの」
【政親】
「……」
【榎本 公志郎】
「アイドルオタクだからいろいろ役に立つと思うわ。
久しぶりのプロデューサー業復活で鈍ってるでしょうから、山口を使ってあげて」
【政親】
「……。了解」
【榎本 公志郎】
「さ、紹介が終わったところで。今日はレッスンよね。
今までのことは山口に聞いてね。あたしはでかけてくるから。じゃぁよろしく~♪」
そういって、榎本は営業回りに出かけた。
【山口 遼太】
「あ、あの、僕がまず説明しますねっ。今は、とりあえずレッスンとかやってもらっているんです」
【政親】
「ああ、そのようだな」
【山口 遼太】
「昨日、ライブ決めてきたそうですね……!さすが、伝説のユニット『EMOTION』を……」
【政親】
「雑談はいりません。で?」
【山口 遼太】
「あ、はいっすみません!!えと、まずはアイドルにレッスンを施して、強化します!
早速ですがレッスン場に向かいましょう」
【笹雨 清明】
「とにかくレッスンしないことには始まりませんね……」
【大須賀 侑生】
「楽しみだけど……なんだか緊張しちゃうなぁ」
【日月 梓乃】
「うぃっす、よろしくおねがいします!」
【山口 遼太】
「詳しくは俺が解説いれますね……!じゃあ、はじめてください」
………………………
…………
【山口 遼太】
「と、こんな感じです。本当はもっとレッスンしないといけないんですけど……特別です!
あとでプレゼントボックスを覗いてみてくださいね」
「次に、ライブで着る衣装にてリハーサルに近いレッスンをします」
【政親】
「ステージ衣装はある程度重量もあります」
【山口 遼太】
「さすがですっ黒田さん!1年のブランクがあるとはいえ、さす…」
【政親】
「衣装を着ると今までのように軽装でダンスしていた時とは違い、思ったようには動けないと思います。
そのことを留意しながら、踊るように」
【日月 梓乃】
「よっしゃー!頑張るぜっ」
【笹雨 清明】
「け、結構派手ですね……衣装……」
【大須賀 侑生】
「わー、かわいい!早く着てみたい!」
【山口 遼太】
「さあ、張り切っていきましょうッッ!」
………………………
…………
【山口 遼太】
「どうですか、こんな感じでがんばってレッスンするとご褒美があるんですよ!」
【政親】
「観客に見せられるだけの様になりましたね。さて、来週はいよいよライブです。
早く帰ってゆっくり休んで、またレッスンに備えるように」
【日月・大須賀・笹雨】
「はーい!」
――一週間後――
いよいよライブ当日。リハも終え、徐々に埋まっていく客席を2階の関係者席から眺める。
この業界から遠ざかって1年が経つ。一番好きな、本番前の空気感を全身で感じる。
あの時なくしたと思っていた想い。今また胸がジワジワと熱を湛えている――
【山口 遼太】
「き、緊張しますね……!きっと、うまくいくと思いますっ!」
【政親】
「そうだな。やれることは全てやった。あとは結果が証明してくれる」
【山口 遼太】
「あ、始まりますよ……!」
割れんばかりの拍手が鳴り響く。
身体を包み込む歓声に、細やかながら達成感と共に満ちたりた気持ちを実感する。
技術はまだまだ拙いが、それを上回る笑顔とパフォーマンスだった。
喜ばせたいという気持ちが観客を感動させる。応援したくなる気持ちを十分に煽っただろう。
【政親】
「まだまだ、化けるぞ」
【山口 遼太】
「黒田さん……!」
こうして、復帰第一弾の仕事が無事終わった。
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