本編
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《兆し》
【葛城 雄眞】
「お疲れ様でした」
トーク番組の収録を終え、スタッフに軽く挨拶をしスタジオを出る間際。
葛城は番組ディレクターに声をかけられる。
昔から馴染みのある知り合いのディレクターが
今もこうやってわざわざ挨拶に来てくれるのは有難い話だ。
【ディレクター】
「お疲れちゃん、雄眞」
【葛城 雄眞】
「お疲れ様です。久しぶりに収録お邪魔しましたけど、
相変わらず面白いコーナーやってますね。それに話しやすかったですし」
【ディレクター】
「おっ、嬉しいこと言ってくれちゃってえ。
俺もまた雄眞とやれて嬉しいよ。また頼むと思うし、よろしくな?」
【葛城 雄眞】
「はい、うちの事務所いいやつ揃ってるんで、声かけてください」
何でもないスタッフとタレントのやり取り。
葛城はこの時はまだ、これから起こりうる出来事について
想像することも出来なかったのだった。
《本番》
【葛城 雄眞】
「え……バーター、ですか?」
【ディレクター】
「そうなんだよもう~クレーム入っちまってさあ」
トーク番組の収録から数か月後。
何度かポラリス・プロダクションからゲストを呼ばれることがあり
ディレクターに感謝をしていたのもつかの間、
今後出演させることは当分出来ないと連絡が事務所に入った。
その話を聞き不思議に思ったところに当事者のディレクターとばったり会い、
人目を避けるように使っていない休憩室へと連れ出されたのだった。
【葛城 雄眞】
「バーターなんて……」
【ディレクター】
「今更だろぉ?
でもよ~~冴島エンターさんに言われちゃうと、な……」
ディレクターが苦笑気味に煙を吐き出した言葉を聞いて、葛城の中で合点した。
あのライバル事務所の社長がいかにもやりそうな手だ。
【ディレクター】
「元はと言えば雄眞に出てもらったのも前事務所からの付き合いだったろ?
こっちも無下にできなくてな……ほんとわりい」
【葛城 雄眞】
「いやいや、謝らないでください」
差し出された煙草を付き合いで受け取り、口に咥えて火を付けた。
同じように紫煙を燻らせながら、近いうちに更に仕掛けてくるだろうと推測する。
ここに来て事務所の移籍の話を持ち込んでくるとは。
葛城は灰皿を引き寄せて、まだ長いそれを押し付けて火を消した。
ディレクターに挨拶をし先に休憩室を出ることにする。
どちらにせよ、遅かれ早かれ話さなければいけない時が来るだろうと思っていた。
今が、その時なのだろう。
《絶頂》
【冴島 享正】
「順調そうみたいだな」
【葛城 雄眞】
「ありがとうごうざいます。
そちらには全然及びませんが、おかげさまで」
【葛城 雄眞】
(相変わらずだな……)
解り易く邪魔をしてくるのに、順調だと嫌味を寄越す。
葛城が以前冴島エンターテインメントに所属していた時と変わらない話し方。
態度こそこうであれ、この男の経営は確かなものであり
冴島エンターテインメントは未だ業界トップを誇っている。
【冴島 享正】
「このバー、前にも連れてきたことがあったよな」
【葛城 雄眞】
「もう何年前になるでしょうね」
【冴島 享正】
「恩を仇で返されるとは思わなかったよ」
【葛城 雄眞】
「まさか。今でもご恩は忘れていませんよ。
冴島エンターテインメントの俺がなければ、今ここに立てていませんので。
まさか、この話をする為に呼び出したんですか?」
【冴島 享正】
「別に、ただの暇つぶしと嫌がらせだ。
このぐらい、政親もお前も何も感じないだろうが……
ただ、何もしないというのもこちらの面目を失う」
いかにも冴島らしい理由だと葛城は思った。
無言の相槌として聞きながしたが、冴島は尚も言葉を続ける。
【冴島 享正】
「………一応聞いておこうか。どうして移籍した」
【葛城 雄眞】
(あんたのそのやり方が心底気に入らないからだよ)
こころではそう思っても直接言ってやる義理はない。
面倒になるのはごめんだと葛城は口を開く。
【葛城 雄眞】
「自分を、試したかったからですかね」
それは、半分本音も混じっていた。
一からスタートして、どこまでいけるのか。
【冴島 享正】
「……残念だ。
賢い男だと思っていたが、馬鹿はうちの事務所にいらない」
【葛城 雄眞】
「うちの事務所は結構やりますよ」
返事もせずに、伝票を持ち冴島は立ち上がった。
氷が溶けすっかり薄まった酒を見て、
葛城はもう一度同じ酒を頼んだのだった。