本編
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《兆し》
【日月 梓乃】
「おい、おっさん」
【二條 榛貴】
「………」
事務所のソファに座り込んだまま、二條がぼーっとしている。
珍しい事もあったものだと、梓乃は二條の前に座り、声を掛けた。
この前一緒に夕飯に行った後くらいから、度々調子がおかしい二條に梓乃は少しだけ心配していた。
同席した夕飯時に、女子供のような反応でその場を飛び出してしまった自分が恥ずかしく、
てっきりからかわれてしまうのだと思っていたが……
そんな事も気にせず、むしろどこか上の空のような二條の最近の様子。
【日月 梓乃】
「おっさんてば!!」
【二條 榛貴】
「うっわ、梓乃…っちゃん…おーいつの間に?」
【日月 梓乃】
「?今の間だよ。何ボケッとしてんだ」
【二條 榛貴】
「おっさんだって考える事ぁ色々あるんだよ、梓乃ちゃん」
…日月梓乃。
二條の最近の悩みはこの同僚でもある梓乃の事だった。
以前事務所に梓乃の携帯が置いてあった際、偶然見てしまった彼の待ち受け写真。
幸せそうな普通の家族の写真…だったが、二條には大事件だった。
笑顔で映っている妙齢の女性。
―萌美(めぐみ)。
昔二條が愛した女性だ。
その写真を持っている梓乃が、彼女の息子かもしれない。
山口に頼んで履歴書を確認してもいいのだが、どうしても気が引けた。
日月姓ではなかったので、今はきっと結婚して幸せなのだろうとあの写真で判断は出来るが。
【二條 榛貴】
「…梓乃ちゃん、アイドルになった理由ってなんだっけか?」
【日月 梓乃】
「あァ?……なんだよいきなり。…俺の父親探してんだよ」
【二條 榛貴】
「……あれ、親父さんいないんだっけ?」
声がワントーン下がってしまう。
【日月 梓乃】
「ん?今の親父さんは母さんの再婚相手だよ。いい人なんだけどさ」
―やっぱり「俺の」親父が知りたいじゃん?
そう言ってはにかむ梓乃の笑顔は、昔愛した女性にとても良く似ている事に、
今更ながら二條は気付いてしまうのだった。
《本番》
【日月 梓乃】
「母さん、どうしても教えてくれなくて。こうなったら自分で探すっきゃねーだろ?」
手の届かない人だったと言うヒントを頼りに、父親は芸能界にいるかもしれないと言う頼りない根拠と、
テレビに出たら父親が見つけてくれるかもしれないと言う淡い期待で梓乃はアイドルへの道を選んだらしい。
【政親】
「榛貴」
【二條 榛貴】
「……政親、お前、梓乃ちゃんがアイドルになった動機知ってるよな?」
【政親】
「私が面接しましたから」
勿論です、と眼鏡を押し上げて書類に目を通す政親。
事務所には今、政親と二條の二人だけだった。
もう数十分もすれば二條も営業に出るのだが…
【政親】
「榛貴。最近ちょっと気が抜けているのでは」
【二條 榛貴】
「そうか?……そうかもしれねえな」
誰にも気づかせないようにしていたが、やっぱりどこか気が抜けているのかも知れない。
梓乃に声をかけられても気づかないくらい思案していたのだが、相当だろう。
【政親】
「梓乃の心配をしている暇などないのでは?」
【二條 榛貴】
「違いねえや」
ぽつりと呟き、二條は自身のスーツを肩にひっかけて、そのまま事務所を後にする。
二條を見送った政親は一息置いて、手元にあった書類に目を通した。
―日月梓乃、氏名欄の隣にある、保護者・日月萌美 続柄「母」の文字。
二條が言わない限りは提示をするつもりはないが。
【政親】
「……仕事に支障が出るのは問題がありますね」
そう言うと政親はその書類をまとめているファイルに戻し、施錠の出来るロッカーへと納めた。
《絶頂》
【二世タレント】
「わ、二條さん…!」
【二條 榛貴】
「……今日の営業相手って君か?」
指定されたホテルの一室を訪れると、そこに居たのは梓乃やとあまり歳が変わらないような相手だった。
流石に今までは自分の歳よりもプラスマイナス5歳範囲が多かったので、思いっきり驚いてしまった。
【二世タレント】
「父に頼み込んだんです」
【二條 榛貴】
「…俺はてっきり今日のお相手は君のお父さんだと思ってたよ」
【二世タレント】
「すみません!でもどうしても二條さんに会ってみたくて」
照れながら二條に笑みを振りまく営業相手に、
君の将来を思うと不安だわー…と言う言葉は呑み込んだ。
受けてしまったからには何かしら結果を残さないとマズいだろう。
気が乗らないとはいえ、後で何もなかった事がバレたら…
二條の脳裏には政親の張りついた笑みが浮かんだ。
【二條 榛貴】
「君くらいの若い子が俺を選ぶって趣味渋いって言われないか?」
そう言いながら二條は出来るだけベッドから離れたソファへと営業相手をエスコートした。
夜景の見えるそのホテルの一室はきっとかなりランクが高いものだと推測する。
親の七光ってのは怖い。二條は苦笑する。
【二世タレント】
「そんな事ないですよ、俺達くらいの歳でハルを知らない人なんていません」
【二條 榛貴】
「……そりゃあ有難いなーでも昔取った杵柄ってヤツで…」
俺達くらいの歳…二條は思わず声が震えそうになるのを耐える。
まるで目の前に居るのは梓乃に見えてくるようだ。そんな訳がない。
二條は笑顔をキープするのに必死だった。
【二世タレント】
「そんな事ないですよ、俺ポラリスで復活してくれて凄く嬉しかったです!憧れたハルが復活した!って。で、今はポラリスを箱推ししてます」
【二條 榛貴】
「…あはは、すげー嬉しい。ありがとな」
【二世タレント】
「やっぱりハルに憧れてたってだけあって、梓乃くんは凄くいいですよね!」
ギチリ、と身体のどこかが震えた気がした。
途端二條は動揺を隠すように相手をゆっくり押し倒してみせる。
【二條 榛貴】
「…俺と居る時に他のヤツの名前を出すのは、ズルいな」
【二世タレント】
「…あ、二條さん…!」
ぎゅうと抱きついてくる相手に二條は一瞬だけ、表情を失いかける。
しかしすぐに我に返ると、満面の笑顔を向ける営業相手に小さく笑いかけ、
ゆっくりと身体を沈めていった。