[本編] 緑川 彰一 編
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【ハク】
「えっと……ここ……? ここでいいんだよな……?」
呼び出されて訪れたバーは、今まで来たこともないような通りにあった。
しかも……俺を呼び出した人物は、いつになっても一向に現れない。
【ハク】
(まだ来ないのか……?)
だんだんイライラしてくる。
……けれど……最悪の予想の結果は変わることなく……。
どれだけ待っても、俺を呼び出した相手は現れなかった―――。
【ハク】
(最悪だ……!)
これからどうしよう。
そう思うも、もうどうすればいいのか全く見当がつかない。
【ハク】
「……どうすればいいんだよ、本当に!」
思わず大きな声を出してしまう。
……その俺の異変に、バーのマスターも気づいたようだった。
【和久井】
「お客様?」
【ハク】
「あっ、すみません……独り言です……」
妙な独り言を吐いたことを謝ると、バーのマスター、和久井さんはショットグラスを差し出してくれた。
【和久井】
「どうぞ」
【ハク】
「え……?」
【和久井】
「一杯目は奢ります。……お酒で忘れたい夜もあるでしょう?」
マスターの笑顔が優しかった。
人の優しさが心にしみる夜だ。
【和久井】
「おすすめのアルコールです。きっと……今のあなたにぴったりだと思います」
【ハク】
「……マスター……!」
不安と苛立ちでいっぱいだった胃に酒を流し込む。
気付かないうちに腹も減っていたらしい。
アルコールが突き刺さるように染みていく。
心地よい酔いが回るのも、あっという間だった。
【ハク】
「……もっとください」
癖になるその感触に、空になったグラスを差し出すと和久井さんは困ったように微笑んだ。
【和久井】
「お酒はほどほどがいちばんですからね」
【ハク】
「わかってます……でも、ほどほどが何杯目かは自分で決めますから」
【和久井】
「……そうですか」
和久井さんは困ったような顔をしていたが、結局グラスを同じ酒で満たしてくれる。
2杯目のグラスを煽ると、和久井さんがじっと俺の顔を見ていた。
【ハク】
「……もう一杯」
【ハク】
(こうなったらもう、自棄酒しかない)
【和久井】
「お客様……」
和久井さんの咎めるような視線には、気づいていても無視をした。
会社でのこと、呼び出されたものの結果的に騙されたこと……。
これからのことを考えると悩みは尽きない。
だからこそ、すべてを忘れさせてくれる刹那的な酒が美味く感じられる。
【ハク】
(飲まないでやってられるかっ……)
そう言って自分でも信じられないほどのピッチでグラスを空け続ける。
和久井さんは困惑しつつも、俺に強く迫られては断れなかったようだ。
ついにはボトルごとカウンターに出すように迫った俺に根負けして、俺は水代わりに酒を飲み干していった。
【???】
「そんなに荒れるのは良くないよ」
【ハク】
「ん……?」
視界がぐらぐら揺れるほど酔っ払った俺の視界に現れたのは……。
【ハク】
「……!」
まるで王子様のようにかっこいい、一人の男性。
もう目もまわる手前だったが、その酔いも醒めるほどかっこいい男だ。
【緑川】
「このグラスは没収」
【ハク】
「あっ……!」
『王子様』が俺のグラスを取り上げる。
【緑川】
「自分の限界、知らないわけじゃないんでしょ?」
【ハク】
「ほっといてください」
【和久井】
「あぁ、ちょうど良かった」
まさか自分がここまで飲むと思っていなかったのか、和久井さんはほっとしたような表情を見せている。
【和久井】
「止めなくちゃと思っていたところだったんです」
【和久井】
「ありがとうございます、緑川さん」
【緑川】
「こういうのは得意だから、任せてくださいよ」
【和久井】
「飲みたくなる気持ちはわかるので……どうしていいか、わからなくて」
【ハク】
(緑川……?)
どうやらこの『王子様』の名前らしい。
マスターと知り合い……この店の常連か何かなのだろうか。
【ハク】
「だれ……この人……」
【ハク】
(すごくかっこいい……タレント……? こんな有名人いたっけ……?)
呂律の回らない舌で和久井さんに尋ねる。
【和久井】
「緑川彰一さん。ここの近くのお店でホストをされてます」
【和久井】
ちなみに、ナンバー1。かっこいいでしょう?」
【ハク】
「ナンバー1……?」
そう言われてみれば確かに。
ナンバー1ホストといわれて素直に頷けるレベルのイケメンであることは間違いない。
一瞬、芸能人かモデルか何かと見間違えたほどだ。
【緑川】
「この人は?」
【和久井】
「ハクさん。……会社でいろいろ、あったみたいで。解雇されて、裏切られて……」
【緑川】
「……ふうん……」
そう言って緑川さんとやらは俺のことを上から下までじっと見つめる。
【ハク】
(そんな人に……俺の気持ちはわからない)
やさぐれた気分になって、緑川さんから目を逸らした。
グラスを取り上げられて、自棄酒を咎められて。
でも俺の最悪の状況を、この人は知る由もない。
それどころか……一生俺みたいな思いなんかせずに生きていくんだろう。
彼みたいな恵まれた人がこんな不幸な目に遭うわけがない。
【ハク】
「……わかんないですよ」
【緑川】
「え?」
【ハク】
「あなたみたいな人に、俺の気持ちなんかわからない」
俺ははっきりと言い切った。
【ハク】
「あなたみたいに恵まれた人生を送ってきた人に、俺のことなんか……」
【ハク】
「これからだって……俺みたいなこと、あなたの人生にはないでしょう?」
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