[本編] 藍建 仁 編
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俺が藍建さんの家に世話になるようになってから、一週間と少しが過ぎた。
その間に俺はスーツ一式を揃えて就職活動も始めたが、なかなか上手く行かない。
藍建さんはいつまで居ても良いから、とりあえずではなくちゃんとしたところに勤めた方が良いと言ってくれるが……。
【ハク】
(なかなか、そんなに良い求人もないんだよなぁ……)
これまでの期間で『急募』と名の付いた求人にいくつか応募してみたが、どれも手応えを感じられなかった。
【ハク】
(かと言って、このまま藍建さんに家賃も払わず居候を続けるのも……)
【ハク】
(……あれ?)
なんとなく手帳をめくっていた俺は、その紙の間から何かが滑り落ちたことに気付いた。
拾い上げると長方形の白い紙……名刺だ。
【ハク】
(これは、あのときの……)
銀夏生、と書かれたシンプルなそれは藍建さんの家にやって来た翌日、
デパートで偶然に再会したナツに貰ったものだった。
先日は十数年ぶりの再会だったわけだが、名刺を手渡してくれたナツは「何か力になれるかも」と言っていた。
【ハク】
(それって、ナツに相談しても良いってことだよな……)
名刺を見ると、会社の代表番号の他に、ナツ個人のものと思われる携帯電話の番号が書かれている。
【ハク】
(会社の携帯か……?)
時計を見ると時間は昼過ぎで、現在無職の俺はともかく普通の社会人なら働いている時間だ。
個人的な用事を緊急用らしき携帯にかけるのもどうかと思う。
でも、会社に電話して繋がらなかったら意味がない。
【ハク】
(いきなりこんな連絡は非常識かもしれない、けど)
【ハク】
(今の俺はもう、四の五の言ってる場合じゃない……!)
とにかく、藁にもすがる思いで俺は名刺に書かれた番号に電話をかけた。
少しのコール音のあと、回線が繋がる音がする。
【銀】
『はい、銀だが』
【ハク】
「ナツ、俺……ハクだけど……!」
【銀】
『あぁ、ハクか。どうした?』
【ハク】
「急に電話してごめん。あの……」
俺はナツに就職活動が上手く行っていないことを打ち明けた。
そうして、厚かましい話だが可能なら紹介してもらえる仕事はないか、とも。
【銀】
『……そうか、わかった』
どんな仕事でも良い。
紹介か、仲介でもして貰えれば有難いと思った。
だが、次の言葉は俺の予想を遥かに凌ぐ言葉だった。
【銀】
『オレの会社に来い。雇ってやる』
【ハク】
「えっ……?」
そんなの、こんな電話一本で決めて良いものなんだろうか。
それに『オレの会社』って……?
【銀】
『なんだ、名刺を見て電話したんじゃないのか』
その言葉に慌てて名刺に目を遣ると、ナツの名前である銀夏生という印字の横に、
代表取締役社長と言う肩書の文字が見える。
【ハク】
「えっ、これ……社長……!?」
【銀】
『ああ。だから文字通り、オレの会社だ』
【銀】
『とにかく明日から来い。朝8時半に、住所は名刺の通りだ』
【銀】
『いいな?』
【ハク】
「うん……あ、いや、ハイ」
【銀】
『いい返事だ。それじゃあ明日の朝待っているぞ、宜しくな』
高校の部活を思い出すような会話のあと、そこで電話は切れた。
……こうして思いがけずあっさりと俺の就職活動は終焉を迎えたようだ。
それは嬉しい。
……だが、デパートでナツを見つめる藍建さんのあの表情を思い出すと、
彼にナツの会社で働くことを告げることはできなかった……。
【ハク】
「藍建さん、その……仕事のことなんですけど」
その夜、仕事から帰ってきた藍建さんにさっそく話を切り出す。
思いがけず明日からナツの会社へ出社することになった俺だが、ともかく藍建さんに何も言わないのはいけないと思った。
【藍建】
「おっ、なんだ。良い報せか?」
【ハク】
「はい。えっと、とりあえずアルバイトからなんですけど、一応……」
【藍建】
「仕事が決まったのか!良かったなぁ、おめでとう!」
俺の背中を叩きながらの声も笑顔も、当事者の俺以上に嬉しそうだ。
正社員の契約ではないと言っても藍建さんは目を輝かせて祝福してくれる。
【藍建】
「あ、そうだ。こんなときのために……」
【ハク】
「……?」
スーツを脱ぐ間も惜しんで、藍建さんがキッチンの方へと駆けてゆく。
すぐに戻ってきた藍建さんの両手には冷えた缶ビールがあった。
【藍建】
「よーし、祝杯だ!発泡酒じゃなくてビールだぞ~!」
【ハク】
「ありがとうございます」
藍建さんは冷蔵庫に寝かせていた缶ビールを持って来てくれたらしい。
急かすように缶をこちらに差し出して来る。
【藍建】
「ほらほら、せーの、乾杯!」
【ハク】
「……乾杯」
藍建さんに勧められるままプルタブを開けて、缶のまま乾杯する。
藍建さんも明日は仕事で、俺は初出勤だからその一杯だけに止まったが、
それは楽しいひとときだった。
【藍建】
「その会社、場所はどのあたりなんだ?」
【ハク】
「割と近くですよ」
【ハク】
「駅前ですし」
【藍建】
「どんな仕事?」
【ハク】
「まだ、はっきりとはわからないですけど……」
【藍建】
「そっか、いやでもよかったな~」
【藍建】
「いや~めでたい!」
ウキウキとした表情でビールを飲み干す姿は、カッコイイ大人に見えた。
まるで自分のことのように喜ぶ藍建さんに、ひとつずつ返事をかえす。
だが俺は、ただ一つ。
明日出社するそこがナツの会社だと言うことだけを…
どうしても藍建さんに伝えることができなかった……。
藍建さんと簡単ではあるが就職の祝杯を挙げたその翌日、俺は早速銀の会社へと出社した。
久し振りのスーツに身を包み、ナツに貰った名刺にあったビルへと入る。
【ハク】
「おはようございます。銀社長とお約束をしていたハクと申します」
【受付嬢】
「お待ちしておりました。銀がお待ちです」
受付の人に名前を告げると、そのまま社長室へと案内される。
誰にも会わずに社長室に入ると、案内してくれた女性もすぐに部屋から出て行った。
【銀】
「よく来たな、ハク」
社長室では先ほど案内してくれた人の言うとおり、ナツが安楽椅子に腰かけて待っていた。
昨日のたった一度の電話で雇ってやると告げられ、正直なところ、まだどんな仕事をするのかも聞いていない。
だが、困っている時に手を差し延べてくれるのは素直に嬉しいし、
藍建さんだって昨夜あんなに喜んでくれたのだから、せめて精一杯頑張ろうと思った。
その間に俺はスーツ一式を揃えて就職活動も始めたが、なかなか上手く行かない。
藍建さんはいつまで居ても良いから、とりあえずではなくちゃんとしたところに勤めた方が良いと言ってくれるが……。
【ハク】
(なかなか、そんなに良い求人もないんだよなぁ……)
これまでの期間で『急募』と名の付いた求人にいくつか応募してみたが、どれも手応えを感じられなかった。
【ハク】
(かと言って、このまま藍建さんに家賃も払わず居候を続けるのも……)
【ハク】
(……あれ?)
なんとなく手帳をめくっていた俺は、その紙の間から何かが滑り落ちたことに気付いた。
拾い上げると長方形の白い紙……名刺だ。
【ハク】
(これは、あのときの……)
銀夏生、と書かれたシンプルなそれは藍建さんの家にやって来た翌日、
デパートで偶然に再会したナツに貰ったものだった。
先日は十数年ぶりの再会だったわけだが、名刺を手渡してくれたナツは「何か力になれるかも」と言っていた。
【ハク】
(それって、ナツに相談しても良いってことだよな……)
名刺を見ると、会社の代表番号の他に、ナツ個人のものと思われる携帯電話の番号が書かれている。
【ハク】
(会社の携帯か……?)
時計を見ると時間は昼過ぎで、現在無職の俺はともかく普通の社会人なら働いている時間だ。
個人的な用事を緊急用らしき携帯にかけるのもどうかと思う。
でも、会社に電話して繋がらなかったら意味がない。
【ハク】
(いきなりこんな連絡は非常識かもしれない、けど)
【ハク】
(今の俺はもう、四の五の言ってる場合じゃない……!)
とにかく、藁にもすがる思いで俺は名刺に書かれた番号に電話をかけた。
少しのコール音のあと、回線が繋がる音がする。
【銀】
『はい、銀だが』
【ハク】
「ナツ、俺……ハクだけど……!」
【銀】
『あぁ、ハクか。どうした?』
【ハク】
「急に電話してごめん。あの……」
俺はナツに就職活動が上手く行っていないことを打ち明けた。
そうして、厚かましい話だが可能なら紹介してもらえる仕事はないか、とも。
【銀】
『……そうか、わかった』
どんな仕事でも良い。
紹介か、仲介でもして貰えれば有難いと思った。
だが、次の言葉は俺の予想を遥かに凌ぐ言葉だった。
【銀】
『オレの会社に来い。雇ってやる』
【ハク】
「えっ……?」
そんなの、こんな電話一本で決めて良いものなんだろうか。
それに『オレの会社』って……?
【銀】
『なんだ、名刺を見て電話したんじゃないのか』
その言葉に慌てて名刺に目を遣ると、ナツの名前である銀夏生という印字の横に、
代表取締役社長と言う肩書の文字が見える。
【ハク】
「えっ、これ……社長……!?」
【銀】
『ああ。だから文字通り、オレの会社だ』
【銀】
『とにかく明日から来い。朝8時半に、住所は名刺の通りだ』
【銀】
『いいな?』
【ハク】
「うん……あ、いや、ハイ」
【銀】
『いい返事だ。それじゃあ明日の朝待っているぞ、宜しくな』
高校の部活を思い出すような会話のあと、そこで電話は切れた。
……こうして思いがけずあっさりと俺の就職活動は終焉を迎えたようだ。
それは嬉しい。
……だが、デパートでナツを見つめる藍建さんのあの表情を思い出すと、
彼にナツの会社で働くことを告げることはできなかった……。
【ハク】
「藍建さん、その……仕事のことなんですけど」
その夜、仕事から帰ってきた藍建さんにさっそく話を切り出す。
思いがけず明日からナツの会社へ出社することになった俺だが、ともかく藍建さんに何も言わないのはいけないと思った。
【藍建】
「おっ、なんだ。良い報せか?」
【ハク】
「はい。えっと、とりあえずアルバイトからなんですけど、一応……」
【藍建】
「仕事が決まったのか!良かったなぁ、おめでとう!」
俺の背中を叩きながらの声も笑顔も、当事者の俺以上に嬉しそうだ。
正社員の契約ではないと言っても藍建さんは目を輝かせて祝福してくれる。
【藍建】
「あ、そうだ。こんなときのために……」
【ハク】
「……?」
スーツを脱ぐ間も惜しんで、藍建さんがキッチンの方へと駆けてゆく。
すぐに戻ってきた藍建さんの両手には冷えた缶ビールがあった。
【藍建】
「よーし、祝杯だ!発泡酒じゃなくてビールだぞ~!」
【ハク】
「ありがとうございます」
藍建さんは冷蔵庫に寝かせていた缶ビールを持って来てくれたらしい。
急かすように缶をこちらに差し出して来る。
【藍建】
「ほらほら、せーの、乾杯!」
【ハク】
「……乾杯」
藍建さんに勧められるままプルタブを開けて、缶のまま乾杯する。
藍建さんも明日は仕事で、俺は初出勤だからその一杯だけに止まったが、
それは楽しいひとときだった。
【藍建】
「その会社、場所はどのあたりなんだ?」
【ハク】
「割と近くですよ」
【ハク】
「駅前ですし」
【藍建】
「どんな仕事?」
【ハク】
「まだ、はっきりとはわからないですけど……」
【藍建】
「そっか、いやでもよかったな~」
【藍建】
「いや~めでたい!」
ウキウキとした表情でビールを飲み干す姿は、カッコイイ大人に見えた。
まるで自分のことのように喜ぶ藍建さんに、ひとつずつ返事をかえす。
だが俺は、ただ一つ。
明日出社するそこがナツの会社だと言うことだけを…
どうしても藍建さんに伝えることができなかった……。
藍建さんと簡単ではあるが就職の祝杯を挙げたその翌日、俺は早速銀の会社へと出社した。
久し振りのスーツに身を包み、ナツに貰った名刺にあったビルへと入る。
【ハク】
「おはようございます。銀社長とお約束をしていたハクと申します」
【受付嬢】
「お待ちしておりました。銀がお待ちです」
受付の人に名前を告げると、そのまま社長室へと案内される。
誰にも会わずに社長室に入ると、案内してくれた女性もすぐに部屋から出て行った。
【銀】
「よく来たな、ハク」
社長室では先ほど案内してくれた人の言うとおり、ナツが安楽椅子に腰かけて待っていた。
昨日のたった一度の電話で雇ってやると告げられ、正直なところ、まだどんな仕事をするのかも聞いていない。
だが、困っている時に手を差し延べてくれるのは素直に嬉しいし、
藍建さんだって昨夜あんなに喜んでくれたのだから、せめて精一杯頑張ろうと思った。