本編
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《兆し》
TV局のイベントはいよいよ来週へと迫った。
その準備に追われ、事務所は慌しい雰囲気へと包まれている。
政親は自席で進行や関係席の調整、その後のエンジェル営業の手配…
様々な業務を片っ端から処理していた。
そんな忙しい様子の政親を心配して、山口はわざわざその横で物販の作業をしていた。
【山口 遼太】
「冴島さん、あれから何も言ってきませんね」
山口が、衣装にアイロンをかけていた手を休めながら政親に問う。
政親は一瞬煩わしそうに眉を潜めるが、山口は気づかない。
作業の手を止めずに答えた。
【政親】
「――そうですね。冴島は最大手芸能事務所ですからこちらばかり構っていられないでしょう」
【山口 遼太】
「ずいぶん……冷静なんですね」
【政親】
「慌てる要素が見付かりませんので」
冷たく山口を睨めつける。
その姿に若干怯みながらも、山口は小さな声でしゃべり始めた。
【山口 遼太】
「俺、黒田さん好きに…
いや、知る切っ掛けになったのが、黒田さんの育てた『EMOTION』なんです」
いつになく真剣な表情の山口に政親も作業する手を止め耳を傾ける。
【山口 遼太】
「俺、いろいろあって…ほんと、死のうって考えてたんです、当時。
ふと見たテレビで、デビューたばかりの『EMOTION』が歌っていて。すごく素敵で…キラキラ輝いてて――」
山口は、自分がアイロンをかけた衣装を無意識に握り締める。
【山口 遼太】
「キミも輝ける、僕が支えるよっていう歌詞がすんなり入ってきて。
もうちょっとだけ、がんばろうかなって思ったんです。
だから、あの1年半前のスキャンダル本当に信じられなかった。
ネットではいろんな噂が飛び交っていて……
黒田さんもいつのまにかいなくなっていました。
他のユニットのライブとかも見に行ったのに――」
うっすらと涙を浮かべ、拳を握りしめながら山口は語った。
政親は、何も言わずに聞いていた。
【山口 遼太】
「俺、黒田さんがココ来る前に社長といろいろ話したんです。
それでナイショよって、いろいろ教えてくれて。
ほんと、思い出すだけではらわたが煮えくり返るほど悔しいんです……!
本当に、『EMOTION』好きだったから――」
山口が拳で涙を拭う姿を見守り、拭き終わった眼鏡を掛け直したところで
政親は山口の肩を慰めるように叩いた。
【山口 遼太】
「政親さぁぁぁん!!!」
【山口 遼太】
「ってあれ……?引き剥がされない」
大きな身体で政親を抱きしめることが出来た山口は驚き政親の顔を見つめようとしたところで
いつもの通り引き剥がされた。
【政親】
「大きな犬を引き剥がすのにはコツがありますので。油断したところを狙ったまでです。
犬の躾は最初が肝心ですから」
忌々しげに答える政親の表情を見て、山口は肩を落とした。
山口の様子も気にせずに政親は言葉を続ける。
【政親】
「悔恨がない―といえば嘘になりますね。
けれど謀(はかりごと)の時期、は…今ではない。それだけの事です」
口元は笑みで歪んでいるはずなのに、その目は笑っていない―
その表情に末恐ろしさを感じながらも、山口は惹かれずにいられなかった。
この人についていきたいと、許されるならば支えたい……そう思うのだ。
【山口 遼太】
「黒田さん……」
【政親】
「いつまで手を止めているんです。仕事に戻りなさい。
それと、勝手に名前を呼ぶことのないように」
山口は慌てて後ずさり深くお辞儀をして謝る。
【山口 遼太】
「す、すみません……!
――あの。俺、もっと頑張ろうと思います!!」
【政親】
「口だけではなんとでも言えます。行動でしめしてくださいね、遼太」
【山口 遼太】
「え、く、黒田さん!!!」
《本番》
TV局主催のイベント当日――
【榎本 公志郎】
「いよいよね。
ここまで大きくて、ここまでアウェイの空間でパフォーマンスするのは初めてか……」
【政親】
「ええ、彼らも相当緊張しているようでした」
【榎本 公志郎】
「過去形ってことは。なんかしたの、アンタ?」
【政親】
「大したことはしていませんよ」
口元に笑みを携える政親の表情を見て、榎本は呆れたように口を開く。
【榎本 公志郎】
「アンタ態度は冷たいけどテンションを操作する
――というか、躾けるの……ほんとうまいわよね」
【政親】
「それほどでは。さあ、始まりますよ」
【榎本 公志郎】
「ヤダァちょっとまって!ビデオ回すからっ」
《絶頂》
ライブは大きく成功した。
新たに多くのファンを獲得した手ごたえもあり、メンバーのテンションは最高潮に達している。
ライブも成功し、彼らを知らなかった通りすがりのお客さんからも拍手をもらい、テンションもマックスに盛り上がるポラリスメンバーたち。
その様子を見つめる面々もみな、微笑みを湛えていた。
【山口 遼太】
「みんな楽しそうですね、本当に。良かったです!!」
【政親】
「ここは学校ではありませんし、あまり浮かれたままでも困ります」
【榎本 公志郎】
「アラやだ、今ぐらい喜ばせてあげなさいよ。鬼畜なんだからっ!」
【山口 遼太】
「なんだかほんと、部活みたいですね……」
【榎本 公志郎】
「あら、アンタ引きこもりのクセに部活とかやってたの?」
【山口 遼太】
「しゃ、社長、失礼ですよっこれでも俺、引きこもる前は柔道部だったんですから」
【榎本 公志郎】
「初耳~。だからこんなにでかいのね。あっちもでかいんでしょ?」
【山口 遼太】
「せ、せ、セクハラですよぉ~~っ。く、黒田さん別に俺普通ですからね?あ、ああ安心してくださいね?」
真っ赤になり政親を気にするようにちらりと振り向くと、既に政親の姿はなかった。
笑いながら榎本が山口の肩を叩きながら告げる。
【榎本 公志郎】
「あんたの部活の話ぐらいから聞かずにどっか行ったわよ?」
【山口 遼太】
「政親さぁあああん!!!」
こうして長い一日は終わった。