本編
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《兆し》
【スタッフ】
「清明君、お先に撤収ですー!」
【スタッフ】
「笹雨君、お疲れ!」
【笹雨 清明】
「お疲れ様です。お先失礼します」
―どこで何にぶつかるか分からない。
清明はしっかりと頭を下げてスタッフに挨拶をする。
この仕事をすればするほど…人脈がモノを言うのが良く分かった。
例え納得のいかない事でも、裏が取れていれば無理も通るのだ。
先程スタッフから伝え漏れた話では、今回の仕事はポラリスではなく
別の事務所が寸前まで決まっていたとか。
【笹雨 清明】
(…でもそれってきっと、この世界だけの話ではない…んだろう)
【笹雨 清明】
「何が正解か、……俺には分からない」
広いスタジオのスポットライトが当たらない箇所で、
清明はガシガシと頭を掻いた。
でも…。
まだあのスポットライトの下で仕事をしている梓乃と侑生がいた。
さっきまで自分も一緒に立っていた輝かしい場所に視線を投げる。
三人で立つ仕事は、とても充実している。
楽しくて…まだあそこに立っていたいと何度も思うような。
―今は、自分達が売れて行く事が最優先だ。
清明は少し頭を振ってからぐっと拳を握り込み、大きく息を吐いた。
《本番》
【大須賀 侑生】
「じゃあ行ってきますー!」
【日月 梓乃】
「おー気を付けて行って来いよー」
元気良く手を振って外に出る侑生。
最近仕事が楽しそうだ。
あの笑顔を見ると少し肩の力が抜けた。
そんな侑生に返事をし、送りだす梓乃。
清明は力なく手を振り返し、同じく侑生を見送った。
最初の方こそ塞ぎこんでいたような梓乃だが…
今は特に違和感を感じさせない…ように装ってみえた。
梓乃は存外、分かりやすい。
【笹雨 清明】
(何か…あったんだろうな。……梓乃)
そっと梓乃の横顔を見ながら、清明は思いを馳せる。
前回はエンジェル営業後だった。
今回はなんだろうか。
…この友達は、大事な時に一人でなんとかしようとしてしまうから…
【政親】
「清明」
【笹雨 清明】
「…あ、すみません。今行きます」
侑生が出て行ったのと入れ替わりに政親がやってきて清明に声をかける。
この後エンジェル営業が入っていたことを一瞬忘れてしまっていた。
気は重いが…
【日月 梓乃】
「お。セイメイも仕事?」
【笹雨 清明】
「営業。…行って来る」
【日月 梓乃】
「…そっか…」
努めて普通を装いソファから腰を上げ、政親の方に向かう。
…背中に当たる違和感は、何か言いたげだった梓乃の視線だろうか。
後ろを振り向いて確認したいと思ったが、なんとか収めて清明は政親と事務所を出た。
《絶頂》
【笹雨 清明】
「……う…いてて…」
身体を折り曲げて、腰に手をやる。
先程までの汗の所為でベタリと張り付く肌に不快感が湧きあがる。
清明は余韻が残るホテルの一室に舌打ちをした。
【政親】
「清明」
【笹雨 清明】
「……お疲れ様です」
訝しげな表情で侵入してきたのは見知った政親だ。
鍵を持っている彼以外にすんなりホテルの一室に
侵入出来る人もいないので、いきなり現れても驚きも何もない。
【政親】
「そろそろエンジェル営業にも少しは慣れて頂かないと困りますね」
【笹雨 清明】
「何か俺、―失敗しましたか」
出来る限りでなんとかしようと努力はしている。
ただ沸き上がる嫌悪感はどうにもならない。
とはいえ、今の所大っぴらに表情に出したり、
それで営業相手に不快な思いはさせてない…とは思うのだが。
次に何を言われるだろうと構えていると、頬に暖かい手のひらが這う感覚。
【政親】
「いえ、そろそろその初々しさ以外にも武器を持たなければ…と言う提案です」
【笹雨 清明】
「…く……っ…そ、そうですね…っ」
【政親】
「ええ。仲間の為にもなりますし」
ビクリ、と痺れが走り、身体が軋む感覚。
先程の相手よりかは、嫌悪感がないが…やはり慣れない。
それでも、耳元で囁かれた『仲間の為』と言う言葉が、シナプスを刺激する。
【笹雨 清明】
「く……政親さ、ん…ご指導…お願い、いたし…ます……っ」
今出来うる限りの媚びを出し、誘われた頬を擦り寄せてみる。
…あまりの事に顔から火が出そうだ。
【政親】
「真摯な態度は好感が持てますね」
首筋に伸ばされた指先を感じながら、清明は必死になって頭の中をからっぽにする。
奪えるものは奪う、使えるものは使う。
―あの二人の為になるなら、今の自分にやれる事をやる。
自分がアイドルとして、同じ場所に立つ事で……
あの二人に手を差し出す事が許されるのならば。
不意に瞼の裏に二人の笑顔が映し出された。
【笹雨 清明】
(この世界にあの2人だけ―では、どう考えても危ないだろう)
【笹雨 清明】
(―…俺が二人の傍にいてやりたい)
清明の瞳には一点の曇りもなく、ただ政親を力強く映していた。