本編
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《兆し》
【大須賀 侑生】
「お疲れ様です!」
【日月 梓乃】
「お疲れ様でした!」
梓乃は丁寧にスタジオの各方面に向かって深くお辞儀をした。
駆け出しアイドルとしてデビューし、数ヶ月が経つ。
雑誌、テレビ…少しずつだが様々の媒体で露出が増えているが
知名度に胡坐をかくことはなく礼節を弁える。
それは事務所の教えではなく、梓乃の性格からの立ち振る舞いであった。
【スタッフ】
「梓乃、お疲れ!今日ダンス、キレッキレだったねー」
【日月 梓乃】
「あざす!色んなアイドル見てるタカさんにそう言ってもらえるとマジ嬉しいっす!」
顔見知りとなってきたスタッフと雑談をし、人脈を広げることは忘れない。
―これは、事務所…そして政親から教わったことだった。
それに、人脈を広げていけば父親を知っている人物に出会うことができるかもしれない…。
そんな思いから積極的にスタッフや関係者と仲良くしている。
…が、歳の近いこのスタッフは友人のように接していた。
【タカ】
「この間美味しい焼肉屋行ったから今度連れてってやるよ」
【日月 梓乃】
「やった!タカさん、俺その約束ずっと覚えてますからね!」
長男として育った自分には兄が出来たような気分で損得抜きに付き合いたいと
そう思える人物が現場に居ることは梓乃にとって心の救いであった。
【タカ】
「あ……。あれ、黒田さんじゃねーか?扉んとこの」
【日月 梓乃】
「タカさんも知ってるんですね」
【タカ】
「てめ、馬鹿にすんなよ。政親ぐらいの有名な人、知ってるっつーの」
【タカ】
「ほら、さっさと戻れ!」
【日月 梓乃】
「うっす。じゃあ、また次の収録、宜しくお願いします!」
【タカ】
「………ああ、そうだな。また近いうちに」
この後は時間が相手から営業が入っていた。
政親直々に迎えが入ったということは、時間が早まったのだろう。
もしかしたら、間に一人分営業が増えたのかもしれない。
もう既に何度か行った営業という行為は、自分の中でまだ仕事の一部だと完全に割り切ることは出来ていない。
行為ばかり慣れて、段々と諦めに似たような燻りばかりが募っていく。
【日月 梓乃】
(ダメだ、気持ちを切り替えねぇと―…)
【日月 梓乃】
「それじゃ、失礼します!」
短くお辞儀をして扉へと振り向いた梓乃には、
スタッフが浮かべた複雑な表情を見ることはなかった―
《本番》
山口が運転するバンには、重たい空気が広がっている―
後ろに座る政親と梓乃をフロントミラーで恐る恐る伺っていたら
運転に集中しろと言われてしまったので聞き耳を立てるしかない。
【日月 梓乃】
「収録が早く終わったからって、もう1本入れるかよ…」
【政親】
「仕事は一本でも多い方がいいとは思わないのですか?」
【日月 梓乃】
「ぐ……っそりゃ、そうだけど」
【政親】
「現場でも上手くやっているみたいですね。
早速、手玉に取りましたか」
【日月 梓乃】
「あの人はそんなんじゃねーよ!」
梓乃の声が荒いで、シートを殴る音がした。
そして、衣擦れの音が続く。
政親が梓乃の頬を撫でそのまま首筋、胸元へと手が滑り衣服を割入っていく……
そんな妄想が山口の頭を駆け巡る。
【日月 梓乃】
「やっ……めろ、ンッ……」
【政親】
「二人目の営業まで時間が空いていませんし、次の営業は時間が限られている」
【日月 梓乃】
「ぁッ…っく、……ふ」
【政親】
「短い時間でも、きちんとお客様を喜ばせられるように」
【政親】
「しっかりと、こなすように」
次第に耳に届く湿り気の音と乱れていく梓乃の声。
もう限界だ―と思った矢先、山口の目に目的地の建物が映り勢い良くブレーキを踏んだ。
【山口 遼太】
「政親さぁあん、着きましたぁっ!」
【政親】
「………分かりました。梓乃」
【日月 梓乃】
「はっ、わぁってるよ……」
通行人が居ないことを確認してからバンを降りる梓乃の背に政親が声をかける。
【政親】
「梓乃は最後まで仕事を投げ出すような子ではないと知っていますから」
《絶頂》
【日月 梓乃】
「………あんた、知ってたのかよ」
二人目の営業も終わった帰り道―
梓乃は一人目の人物を思い浮かべながら隣に座る政親を睨んだ。
急遽差しこみで入った一人目の営業相手は……
ホテルへ移動するその前までスタジオ会っていたスタッフがだった。
――そう、信じがたい事に…梓乃が「エンジェル営業」を強いられた相手は…タカだったのである。
【タカ】
『はは、ホントに来たよ……』
興奮したまま払うものは払っているからとでも言いたげな乱雑な扱いをされ
酷く、裏切られた気がした―
だが……自分が勝手に信じただけだったのだ、上っ面な友情を。
【日月 梓乃】
「馬鹿じゃん、俺……」
【政親】
「あのスタッフは…とある芸能人の息子です。
近いうちに局の中でも上の立場に立つ人間となるでしょう…大した手柄ですよ」
ずるずるとシートに埋まる梓乃の頭を政親が前を向いたまま一度だけ撫でる。
そういえばこの手は、一度も乱雑になったことは無かった…とぼんやりと梓乃の頭をよぎった。
政親の与えてくれるレッスンはもっと―…
そこまで考えてしまった自分に驚き、思考を振り払うようにかぶりを振る。
【日月 梓乃】
(いやいや。何考えてんだ、俺!
クソ野郎とゴミ野郎比べても仕方ねえだろ!)
シートにきちんと座り直して、両手で己を頬を叩いた。
こんなところで腐っている暇は無い。
梓乃は毅然とした顔でまっすぐ前を向いていた。