御園 しいな
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
白無垢に身を包み、その穢れない自分のすべてを愛する人にささげたい。
しいなの心に、その母の言葉は強く刻みつけられていた―
***
紺野しいなの母親、亜紀子が死んだのは、今から12年前の事だった。
大手電機メーカー企業グループを取り仕切る御園兜とその妾の子であったしいなは…
そのタイミングで御園家の息子として正式に受け入れられ、御園しいな―として生きることを義務付けられたのである。
当時しいなはまだ小学生だったが、あまりにも大人びた様子で周囲の人間を驚かせていた。
驚きは一様であったが、その反応は多岐である。
称賛する者―
同情する者―
蔑む者―
妬む者―
媚びる者―
しいなはいずれの人間にも興味を持てなかった。
それどころか、多様な強い感情をぶっきらぼうにぶつけられ、煩わしさ以外を感じられない。
贅沢な暮しじゃなくてごめんね、と母が零した事もあるが、自身が望んだ事などない。
お父さんが時折顔を見せて、それで母が笑えば幸せだった。
お母さんの笑顔さえあれば生きていけると思っていたのに。
一番大事なものを失い、代わりに多くの不要なモノを得た。
―人生はなんて皮肉だ。
しいなはベッドの上、何も映さない瞳を空中に泳がせた。

母の死の代わりに得られたもの―
例えば御園家の長男という地位。財産。周囲からの羨望の眼差し。それ以上の嫉妬心。憎悪。
馬鹿じゃないのか。
一体、何の価値があるというのだろう?
コンコン
「しいな」
部屋がノックされた。御園兜の声だった。
何でしょう、と答えると心配そうな面持ちの兜が入ってくる。
「大丈夫か?」
「有難うございます」
「…これから、私のことはお父さんと呼びなさい」
「はい」
「御園家の役に立つ人間になるんだ、しいな」
―「御園家」の「役に立つ人間」。
自分はそんなものになりたいだろうか?
けれど他の選択肢など知らない。
しいなは血のつながりがあるだけの男を見つめ返しながら、母の言葉を思い返していた。
「兜さんのお役に立ちたいの」
(…………お母さん)
しいなはぎゅっと目をつむる
この日から、母の願いは自らの願いになり代わっていくのであった。

しいなの態度と処遇は当然本妻の子供達の反感を買った。
御園家には元々長男の義孝と、次男の慶介という二人の息子が居たのだが、年齢からしいなが新しく「長男」となってしまった。特に義孝はしいなが気に食わなかったようである。
けれど子供の嫌がらせ等どうと思うこともない。
大人の前で愛想をよくしていれば守られる。そちら側に立てば、虐めている人間が悪とされる事を知っていた。
しいなが恐ろしかった感情はそんなものではない。
時折父が見せる異常な教育心―調教といってもいい行為―その源にある執着心だった。
義孝や慶介にはそう厳しく指導しない癖に自分に対しては異常なまでに完璧を求める。
幼いしいなも、義孝も慶介も本能的に気が付いていた。
「しいな、どうしてそんな食べ方をする。育ちの悪さを伺わせては隙が出来るだろう」
「…すみません」
「猫背になるな。もっと背筋を伸ばせ。自信に溢れた人間だと言う事をアピールしろ」
兜を突き動かしていたもの―
それは打てば響くしいなを見ての経営者としての判断、そして亡き亜紀子への未練だった。
兜は徹底的にしいなを管理し、自らの基準に達しなければ容赦なく罰したのである。
しいなは、食事を抜かれた事もあったし、部屋に軟禁された事もあった。
それでもしいなは、母の遺言のようなその想いを捨てる事は出来なかった。

そうして数カ月が経ち―いよいよ兜の教育が度を越し始めていた
―ある日。
かねてより付き合いのあった三宮家主催のパーティへ兜に連れられて参加した。
兜と共に会場を歩いていると…
「こんにちは、御園さん」
10代半ば程度であろう、美しい青年が、兜に声をかけてきた。
「万里くん。こんにちは。…益々お父さんに似てきたよ」
「そうですか?」
「ああ…背格好もだが、声の調子といい話し方といい、そっくりだ」
「…父は放任主義なので、そう顔を合わせませんから。自分では解らないんですよ」
「ほう。三宮社長らしいね」
青年は三宮家の長男のようだった。しいなも頭を下げる。
「初めまして。御園しいな(みそのしいな)です。」
「…はじめまして。三宮万里です」
「君としいなは歳もそう離れていないからね。良かったら仲良くしてやって欲しい」
「へえ。…こちらこそ」
「…よろしくお願いします」
「しいな。万里くんから色々教えて貰いなさい」
兜は兼ねてよりしいなに対し、三宮家の長男の話をしていた。
上に立つ人間はああいう男を言う、と。
「じゃあしいな。私はちょっと常務に挨拶に行ってくるから」
兜は二人を置いて、別の人間と話しこみに行った。
「御園―しいな。お前か、噂のご長男てのは」
「……は?」
万里と名乗る青年は、兜の姿が見えなくなると、先ほどまでの品のいい微笑をあっと言う間にかき消し―悪戯好きの猫のように口角を上げていた。
「兜さんのお気に入りだろ。義孝を差し置いてお前を連れ回してる」
「義孝―弟、を知ってるんですか」
「ああ…、色々世話、してやってるな」
「…………有難うございます。」
「なあ。」
「…はい」
「お前さ、本当に御園グループなんかに興味あるのか?」
「え」
「不感症の女みたいな目して…綺麗なツラが台無しだぜ」
万里はしいなのアゴを指先でなぞり、揺らめく瞳を見下ろした。
「まぁ、あの未練たらしいオッサンについてもな。退屈だろうさ」
しいなは目をそらす事も出来ず、ただただ彼の言葉を聞いた。
「―けど、誰かの為、ってのは下らない人間の言い訳だ
…お前がお前の意志であの場所を守りたいってんなら、もっと死ぬ気でやればいい」
青年はそれだけ言うと―今度はまた別の人間に声をかけられ、そちらの方で行ってしまった。
しいなは言われた意味が解るような解らないような。何か晴れない靄の中に落とされたような気分になっていた。
―いや、違う。
自分は既にこの霧の中に居たのだ。単にその事実を、あの遥か遠くにいる青年の放つ強い光によって気付かされてしまったに過ぎなかった―

それからも―年に数回は互いに顔を合わせる関係になっていた。
年々、万里を囲む人間は増えていったのである。
関連企業の社長やら政治家やらがこぞって彼に媚びていく。
光に吸い寄せられる、虫のように。
いつしか、しいなは彼と会う日を心待ちにするようになっていた。
その頃からだろうか。彼の邪魔をする者―彼を一人占めしようとする者を駆逐する習慣がついたのは。
何故そうするのか、と理由を考える事など無意味のように、ごく当たり前に心が、体が。動くのである。
例えば―、万里を所有物のように扱ったある女性政治家には表舞台から去って頂いた。
あの時の光景はよく覚えている。
万里の行きつけのバーでの出来事だ。
カウンターに座っていた二人の光景を目に焼き付けている。
「万里さんは…お付き合いされてる女性、居るんですか?」
「いえ、そういう方はいませんよ」
「…なんだか凄い女性と付き合ってそうですけどね」
そんな会話のやりとりの後、あの女はあろうことか万里にキスをしていたのだ。
万里の、整った舌が女のテカテカした唇を割り入っていく悪夢―
頭が変になりそうだった。
後日―その女と不倫相手との密会をカメラにおさめ。リークしてやったのである。
めでたく彼女は、万里の前に現れる事等出来なくなった。
それから更に数年後―万里は大学を卒業し、三宮グループのシステム開発会社に就職した。
勿論時期社長候補として。グループを治める人間として。
一層、彼という光に群がる虫は増えていったのである。
しいなはその間も万里に群がる害虫をせっせと駆除した。
そんな折―順風満帆と思われた万里の人生に陰を落とす事件が起きてしまう。
三宮グループは会長が失踪した―それもかなり無責任な失踪の仕方である。
一通の置き手紙を幹部に残して忽然と姿を消してしまったのだ。
経営はどうなるのか?
長子である万里が責任を問われるのではないか?
まだ若い彼に責任をとれるだけの準備が整っているのか?
しいなはまるで自分事のようにヤキモキしていた。
万里の持つ光が損なわれてしまうのではないか―
そう思ったら居てもたってもいられない、もどかしい気分になった。傍に行きたい、彼を支えたい…。
けれど、今の自分が彼の傍へ行ったところで、一体何の役に立てるというのだろうか。
彼の言うような「死ぬ気でやった」事など一度もないのだから。―頭を抱える
新聞で三宮グループのビジネス展開について見かけることがあったが、万里個人について知る手立てが無かった。

しかし懊悩の日々は、あっさりと終わりを告げる。
彼を見かけたのだ。…とあるテレビ番組で。
―最初に勤務した会社の取締役に就任したらしい。
異例の若さでの就任とその手腕、そして社員からの圧倒的な支持について放映されていた。
会長の失踪についての苦労話も一層、世の中の人間を引きつけるに違いない―
しいなは報われたような―晴れた日のぬくもりが自分を包み込むような幸せを感じていた。
正しい彼は、正しく神として世の中を導いているのだ。
なんて素晴らしい世界。
彼の役に立たちたい。
彼に認められたい。
彼にとっての全てになりたい。
誰に言い訳する必要もない、強い強い欲望。
あるいは、生きる糧とも呼べる感情だった。
万里を支えられる実力をつけるまでは、彼と深く関わることが恥ずかしく思われた。
そこでしいなは、必要以上に声をかけることはしなかった。
最高のタイミングでの信頼関係構築をはかったのである。
―彼にとって意味のある力を手にしてから、執事として三宮家に現れる事を選んだ―

今、御園しいなはこれまでの人生にはない充実感を三宮家の屋敷で見出していた。
「…御園」
「はい、ご主人様」
万里と目が合う瞬間
万里が自分の名を呼ぶ瞬間
万里に触れられる瞬間
爆ぜそうな程の幸せに襲われる。
けれど幸せを知る程、甘い蜜を味わう程、もっともっとと欲が出る。
その目が誰かを見て微笑む瞬間
その唇で誰かの名前を紡ぐ瞬間
その手で誰かに優しく触れる瞬間
自分が跡形もなく消え絶えてしまうような恐怖感に支配される。
いや、自分だけではなくこの世界だって壊れてしまうのだろう。
役に立つ人間であろうと思うけれど、それは益々万里の地位を高める事とリンクし一層遠い存在になっていく。
彼をただ応援していたいという気持ちとそのすべてを自分の意のままにしたいという考えがいつもぶつかり結論が出ないのだ。
ああ、出来る事ならば。
母が父に願ったように、白無垢に身を包み、その穢れない自分のすべてを捧げたい。
そうして俺が何も、余計な事をしなくてもいいように、そのまま溶かしてくれたらいいのに。
深い深い、綺麗な白へ。
叶わないというのならば、自分でその世界を作るしかないのだけど―…
出来れば貴方の手で、と。願っているのです。
fin
しいなの心に、その母の言葉は強く刻みつけられていた―
***
紺野しいなの母親、亜紀子が死んだのは、今から12年前の事だった。
大手電機メーカー企業グループを取り仕切る御園兜とその妾の子であったしいなは…
そのタイミングで御園家の息子として正式に受け入れられ、御園しいな―として生きることを義務付けられたのである。
当時しいなはまだ小学生だったが、あまりにも大人びた様子で周囲の人間を驚かせていた。
驚きは一様であったが、その反応は多岐である。
称賛する者―
同情する者―
蔑む者―
妬む者―
媚びる者―
しいなはいずれの人間にも興味を持てなかった。
それどころか、多様な強い感情をぶっきらぼうにぶつけられ、煩わしさ以外を感じられない。
贅沢な暮しじゃなくてごめんね、と母が零した事もあるが、自身が望んだ事などない。
お父さんが時折顔を見せて、それで母が笑えば幸せだった。
お母さんの笑顔さえあれば生きていけると思っていたのに。
一番大事なものを失い、代わりに多くの不要なモノを得た。
―人生はなんて皮肉だ。
しいなはベッドの上、何も映さない瞳を空中に泳がせた。

母の死の代わりに得られたもの―
例えば御園家の長男という地位。財産。周囲からの羨望の眼差し。それ以上の嫉妬心。憎悪。
馬鹿じゃないのか。
一体、何の価値があるというのだろう?
コンコン
「しいな」
部屋がノックされた。御園兜の声だった。
何でしょう、と答えると心配そうな面持ちの兜が入ってくる。
「大丈夫か?」
「有難うございます」
「…これから、私のことはお父さんと呼びなさい」
「はい」
「御園家の役に立つ人間になるんだ、しいな」
―「御園家」の「役に立つ人間」。
自分はそんなものになりたいだろうか?
けれど他の選択肢など知らない。
しいなは血のつながりがあるだけの男を見つめ返しながら、母の言葉を思い返していた。
「兜さんのお役に立ちたいの」
(…………お母さん)
しいなはぎゅっと目をつむる
この日から、母の願いは自らの願いになり代わっていくのであった。

しいなの態度と処遇は当然本妻の子供達の反感を買った。
御園家には元々長男の義孝と、次男の慶介という二人の息子が居たのだが、年齢からしいなが新しく「長男」となってしまった。特に義孝はしいなが気に食わなかったようである。
けれど子供の嫌がらせ等どうと思うこともない。
大人の前で愛想をよくしていれば守られる。そちら側に立てば、虐めている人間が悪とされる事を知っていた。
しいなが恐ろしかった感情はそんなものではない。
時折父が見せる異常な教育心―調教といってもいい行為―その源にある執着心だった。
義孝や慶介にはそう厳しく指導しない癖に自分に対しては異常なまでに完璧を求める。
幼いしいなも、義孝も慶介も本能的に気が付いていた。
「しいな、どうしてそんな食べ方をする。育ちの悪さを伺わせては隙が出来るだろう」
「…すみません」
「猫背になるな。もっと背筋を伸ばせ。自信に溢れた人間だと言う事をアピールしろ」
兜を突き動かしていたもの―
それは打てば響くしいなを見ての経営者としての判断、そして亡き亜紀子への未練だった。
兜は徹底的にしいなを管理し、自らの基準に達しなければ容赦なく罰したのである。
しいなは、食事を抜かれた事もあったし、部屋に軟禁された事もあった。
それでもしいなは、母の遺言のようなその想いを捨てる事は出来なかった。

そうして数カ月が経ち―いよいよ兜の教育が度を越し始めていた
―ある日。
かねてより付き合いのあった三宮家主催のパーティへ兜に連れられて参加した。
兜と共に会場を歩いていると…
「こんにちは、御園さん」
10代半ば程度であろう、美しい青年が、兜に声をかけてきた。
「万里くん。こんにちは。…益々お父さんに似てきたよ」
「そうですか?」
「ああ…背格好もだが、声の調子といい話し方といい、そっくりだ」
「…父は放任主義なので、そう顔を合わせませんから。自分では解らないんですよ」
「ほう。三宮社長らしいね」
青年は三宮家の長男のようだった。しいなも頭を下げる。
「初めまして。御園しいな(みそのしいな)です。」
「…はじめまして。三宮万里です」
「君としいなは歳もそう離れていないからね。良かったら仲良くしてやって欲しい」
「へえ。…こちらこそ」
「…よろしくお願いします」
「しいな。万里くんから色々教えて貰いなさい」
兜は兼ねてよりしいなに対し、三宮家の長男の話をしていた。
上に立つ人間はああいう男を言う、と。
「じゃあしいな。私はちょっと常務に挨拶に行ってくるから」
兜は二人を置いて、別の人間と話しこみに行った。
「御園―しいな。お前か、噂のご長男てのは」
「……は?」
万里と名乗る青年は、兜の姿が見えなくなると、先ほどまでの品のいい微笑をあっと言う間にかき消し―悪戯好きの猫のように口角を上げていた。
「兜さんのお気に入りだろ。義孝を差し置いてお前を連れ回してる」
「義孝―弟、を知ってるんですか」
「ああ…、色々世話、してやってるな」
「…………有難うございます。」
「なあ。」
「…はい」
「お前さ、本当に御園グループなんかに興味あるのか?」
「え」
「不感症の女みたいな目して…綺麗なツラが台無しだぜ」
万里はしいなのアゴを指先でなぞり、揺らめく瞳を見下ろした。
「まぁ、あの未練たらしいオッサンについてもな。退屈だろうさ」
しいなは目をそらす事も出来ず、ただただ彼の言葉を聞いた。
「―けど、誰かの為、ってのは下らない人間の言い訳だ
…お前がお前の意志であの場所を守りたいってんなら、もっと死ぬ気でやればいい」
青年はそれだけ言うと―今度はまた別の人間に声をかけられ、そちらの方で行ってしまった。
しいなは言われた意味が解るような解らないような。何か晴れない靄の中に落とされたような気分になっていた。
―いや、違う。
自分は既にこの霧の中に居たのだ。単にその事実を、あの遥か遠くにいる青年の放つ強い光によって気付かされてしまったに過ぎなかった―

それからも―年に数回は互いに顔を合わせる関係になっていた。
年々、万里を囲む人間は増えていったのである。
関連企業の社長やら政治家やらがこぞって彼に媚びていく。
光に吸い寄せられる、虫のように。
いつしか、しいなは彼と会う日を心待ちにするようになっていた。
その頃からだろうか。彼の邪魔をする者―彼を一人占めしようとする者を駆逐する習慣がついたのは。
何故そうするのか、と理由を考える事など無意味のように、ごく当たり前に心が、体が。動くのである。
例えば―、万里を所有物のように扱ったある女性政治家には表舞台から去って頂いた。
あの時の光景はよく覚えている。
万里の行きつけのバーでの出来事だ。
カウンターに座っていた二人の光景を目に焼き付けている。
「万里さんは…お付き合いされてる女性、居るんですか?」
「いえ、そういう方はいませんよ」
「…なんだか凄い女性と付き合ってそうですけどね」
そんな会話のやりとりの後、あの女はあろうことか万里にキスをしていたのだ。
万里の、整った舌が女のテカテカした唇を割り入っていく悪夢―
頭が変になりそうだった。
後日―その女と不倫相手との密会をカメラにおさめ。リークしてやったのである。
めでたく彼女は、万里の前に現れる事等出来なくなった。
それから更に数年後―万里は大学を卒業し、三宮グループのシステム開発会社に就職した。
勿論時期社長候補として。グループを治める人間として。
一層、彼という光に群がる虫は増えていったのである。
しいなはその間も万里に群がる害虫をせっせと駆除した。
そんな折―順風満帆と思われた万里の人生に陰を落とす事件が起きてしまう。
三宮グループは会長が失踪した―それもかなり無責任な失踪の仕方である。
一通の置き手紙を幹部に残して忽然と姿を消してしまったのだ。
経営はどうなるのか?
長子である万里が責任を問われるのではないか?
まだ若い彼に責任をとれるだけの準備が整っているのか?
しいなはまるで自分事のようにヤキモキしていた。
万里の持つ光が損なわれてしまうのではないか―
そう思ったら居てもたってもいられない、もどかしい気分になった。傍に行きたい、彼を支えたい…。
けれど、今の自分が彼の傍へ行ったところで、一体何の役に立てるというのだろうか。
彼の言うような「死ぬ気でやった」事など一度もないのだから。―頭を抱える
新聞で三宮グループのビジネス展開について見かけることがあったが、万里個人について知る手立てが無かった。

しかし懊悩の日々は、あっさりと終わりを告げる。
彼を見かけたのだ。…とあるテレビ番組で。
―最初に勤務した会社の取締役に就任したらしい。
異例の若さでの就任とその手腕、そして社員からの圧倒的な支持について放映されていた。
会長の失踪についての苦労話も一層、世の中の人間を引きつけるに違いない―
しいなは報われたような―晴れた日のぬくもりが自分を包み込むような幸せを感じていた。
正しい彼は、正しく神として世の中を導いているのだ。
なんて素晴らしい世界。
彼の役に立たちたい。
彼に認められたい。
彼にとっての全てになりたい。
誰に言い訳する必要もない、強い強い欲望。
あるいは、生きる糧とも呼べる感情だった。
万里を支えられる実力をつけるまでは、彼と深く関わることが恥ずかしく思われた。
そこでしいなは、必要以上に声をかけることはしなかった。
最高のタイミングでの信頼関係構築をはかったのである。
―彼にとって意味のある力を手にしてから、執事として三宮家に現れる事を選んだ―

今、御園しいなはこれまでの人生にはない充実感を三宮家の屋敷で見出していた。
「…御園」
「はい、ご主人様」
万里と目が合う瞬間
万里が自分の名を呼ぶ瞬間
万里に触れられる瞬間
爆ぜそうな程の幸せに襲われる。
けれど幸せを知る程、甘い蜜を味わう程、もっともっとと欲が出る。
その目が誰かを見て微笑む瞬間
その唇で誰かの名前を紡ぐ瞬間
その手で誰かに優しく触れる瞬間
自分が跡形もなく消え絶えてしまうような恐怖感に支配される。
いや、自分だけではなくこの世界だって壊れてしまうのだろう。
役に立つ人間であろうと思うけれど、それは益々万里の地位を高める事とリンクし一層遠い存在になっていく。
彼をただ応援していたいという気持ちとそのすべてを自分の意のままにしたいという考えがいつもぶつかり結論が出ないのだ。
ああ、出来る事ならば。
母が父に願ったように、白無垢に身を包み、その穢れない自分のすべてを捧げたい。
そうして俺が何も、余計な事をしなくてもいいように、そのまま溶かしてくれたらいいのに。
深い深い、綺麗な白へ。
叶わないというのならば、自分でその世界を作るしかないのだけど―…
出来れば貴方の手で、と。願っているのです。
fin
1/2ページ
