[本編] 春川 樹生 編
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翌日からは、樹生も俺も仕事という通常通りの平日が始まった。
運送業の朝は早い。
樹生は朝食をとったらすぐに出かけていった。
行ってきますと言う時の笑顔だけを見れば、
昨夜のことは気にしていないように思える。
夕食時のしどろもどろな俺の回答で、本当に納得がいったんだろうか。
【クロノ】
(いや、ぱっと聞いた感じなら冷静だったと思うし)
【クロノ】
(変に不安にさせるような言い方はしてないと思うけど)
そんな自分の言い訳に、いっそう気分が落ち込む。
これのどこが誠実だ。
もう言い逃れができないくらい嘘つきの心情だ。
それにまだ、昨夜の行為についてはまったく弁解していない。
【クロノ】
「……」
何をどうすればいいのかわからなくなり始めている。
俺は樹生を傷つけたくない。
傷つけたくないから誠実でありたい。
でも嘘をつかないと樹生を傷つけてしまう。
【クロノ】
(昨夜の行為さえ、踏み留まれてれば)
そうすれば少なくとも1つ嘘をついただけで済んだ。
だけど嘘をついたのは事実だし、根本的な解決にはならない。
八方塞がりになってプツンと思考が途切れた。
テーブルに広げてある仕事用の資料の山をぼんやり眺める。
俺の死神としての仕事は変わらず、死者の魂を狩って死神界に送ること。
人間界にいる俺に気を遣ってか、依頼は前より不定期になったけど。
樹生にだけ生活費を背負わせるわけにはいかないから、
人間界の勉強も兼ねて派遣や短期アルバイトもやっている。
仕事のない日は基本的には樹生の部屋にいて、
死神界のネットを引っ張ってきて様々な資料を集めたり。
本を読んだり、じいが持ってきた仕事をこなすという日々だった。
【クロノ】
「仕事、しよう」
やらかしたことはどうにもならない。
だからこれから頑張るしかない。
情けない結論だけど、今掲げられる目標はこれくらいだ。
ここのところ、自分で作った規則を『これくらいならいいよね』と甘く考えていた部分もある。
いい機会だからもう一度自分を戒めよう。律しよう。
さあ働くぞ。
日本人は親が死んだって仕事に行くんだ。
樹生だって、頑張ってるんだから俺もきちんと働かねば。
悩み事くらいで手を休めてたら『真面目』じゃない。
――――――……
集中できないなりに日雇いのバイトを探していると、
瞬間移動してきたじいが床から生えてきた。
【アンク】
「お邪魔致します。進捗はいかがですかな」
【クロノ】
「必死こいてやってるよ。……そろそろお腹空いてきた」
じいは目元のシワを深くして、穏やかに微笑んだ。
【アンク】
「変わられましたな」
【アンク】
「春川さんと暮らし始めてからのクロノ様は、まるで人間のようです」
【アンク】
「隙あらば面倒だのなんだのと、グチしか言わない昔のクロノ様が嘘のようで」
【クロノ】
「……」
【クロノ】
「……それは、樹生のおかげだよ」
【アンク】
「ほっほっほ、そうですな」
【アンク】
「それに『お腹が空いた』とは……羨ましく思いますよ」
【アンク】
「私も趣味で食べ物を摘むこともありますが、空腹という感覚がもっと強ければと何度思ったことか」
【クロノ】
「で、何の用。新しい仕事の依頼?」
【アンク】
「おっとそうでした」
【アンク】
「クロノ様が担当している地区の、死亡予定者のリストの更新があったので持って参りました」
【クロノ】
「わざわざ持って来ないで、普通にネットで更新してよ」
【アンク】
「ふふふ、愛の巣に無関係の者を入れたくないという心情ですな? お察ししますぞ」
樹生の同僚程度の立ち位置の人物だったら本当に入ってほしくないけど、じいは別だ。
ネット上で済ませた方が格段に楽だから。
でもこれは『不真面目』なので口にできなかった。
【クロノ】
「そんなんじゃないってば。今更無関係って言えるほど付き合い短くないよ、俺達」
【アンク】
「おや、嬉しいことを……。ファイルが開かれたままだというサインが出ておりましたので」
【アンク】
「まだクロノ様が作業中なのではないかと思いまして、持参したのですよ」
【クロノ】
「……なら、いい。ありがと」
【アンク】
「いいえ」
お邪魔になってはいけませんからなと、じいはすぐに死神界に戻った。
渡された死亡予定者のリストを捲りながら、自分で淹れたコーヒーを飲んでいると。
とある青年の顔写真に目が留まる。
『海棠 蓮(かいどう はちす)』。
それは昨日の昼間に話した、あの青年だった。
かぶりついてリストを見る。
死因の欄にはナギと同じ病名が記されていた。
飛んで病院へ向かいながら、ナギと出会った時の事を思い出した。
ナギの時は、まさか死神の姿が見えるとは思わずに病室まで入っていって見つかった。
俺と知り合ってなければナギは自殺しなかった。
あの時と同じことは繰り返してはいけない。
魔力が強い人間にも気配を感じ取られないように、
体の周りに障壁を張ってから病室に向かう。
――――俺は何のために海棠蓮に会いにいくんだろう。
そう思いながらも、俺は病院に向かって飛び続けた。
会話をするわけでもない、姿を見せるわけでもない、俺が一方的に海棠蓮の顔を見るだけだ。
そんな行為になんの意味があるのだろう。
寿命を延ばしてやることも、命を救ってやることもできない。
俺の仕事は、来るべき日に魂を狩ることだけなのに。
答えを出せないうちに、リストに書いてある病室の前まで来てしまった。
感情のままに動こうとする体を止められなかった。
そんな心の弱さに嫌気が差す。
樹生への罪悪感で押し潰されそうだ。
【クロノ】
(樹生に黙って……こんなこと……)
恋愛感情じゃなくたって、その人のために起こす行動が多ければ多いほど。
身の潔白を証明する時に、信憑性が欠ける。
『どうして会いに行ったの?』と問われたら俺はなんて答えればいい。
【クロノ】
(……仕事だから)
そうだ、仕事だ。
何で忘れていたんだろう。
海棠蓮の魂を狩るのが俺の仕事じゃないか。
仕事の下見でと言えばいい。
ドアの前に立ったまま、俺は疲れ果てたように笑っていた。
それは卑しい顔だったと思う。
どうやって言い逃れするかと言い訳ばかり考えて、
自分の行動にもっともらしい理由をつけて。
どうやったら自分の印象を悪くしないで済むか、そればかり考えている。
そしてまた凝りもせず、言い訳を用意してドアをすり抜ける。
『勝手に体が動いて』と。
【クロノ】
「――――」
踏み込んだ俺を出迎えたのは、金木犀の香りだった。
窓の外を向いていた彼が俺を振り返って雪解けのように笑う。
時には俺を苛み、時には癒やした過去と、寸分違わずに重なる現在。
深層心理が60年間待ち焦がれていた景色は、目が潰れるくらい鮮やかだった。
――――ナギ。
【???】
「お前の好きなモン買ってきたぞ」
【海棠 蓮】
「本当? すごく嬉しいよ、じーちゃん」
老人が目の前を通り過ぎていく。
俺はじっと自分の手を見る。
【クロノ】
(そうだよな)
【クロノ】
(俺は今、姿消してるんだった)
………
……………………
病院から帰ってきた俺は、リストを見返しながら、昼間に得た情報をまとめる。
病室に現れた老人は蓮の祖父で、ナギの双子の弟だった。
蓮と祖父との会話にナギ――柳下 和(やなぎした なぎ)、の名前が出てきたことで判明した。
双子の弟は、柳下 守。
2人の話によると、蓮の両親は4年前に交通事故で他界したらしい。
現在は祖父の家に世話になっているとのことだった。
幼い頃から先天性の遺伝性の病気でよく通院していたが、
今回症状が重くなって集中治療のために入院したのだという。
……死亡者リストに書いてある死亡予定日は、3週間後。
運送業の朝は早い。
樹生は朝食をとったらすぐに出かけていった。
行ってきますと言う時の笑顔だけを見れば、
昨夜のことは気にしていないように思える。
夕食時のしどろもどろな俺の回答で、本当に納得がいったんだろうか。
【クロノ】
(いや、ぱっと聞いた感じなら冷静だったと思うし)
【クロノ】
(変に不安にさせるような言い方はしてないと思うけど)
そんな自分の言い訳に、いっそう気分が落ち込む。
これのどこが誠実だ。
もう言い逃れができないくらい嘘つきの心情だ。
それにまだ、昨夜の行為についてはまったく弁解していない。
【クロノ】
「……」
何をどうすればいいのかわからなくなり始めている。
俺は樹生を傷つけたくない。
傷つけたくないから誠実でありたい。
でも嘘をつかないと樹生を傷つけてしまう。
【クロノ】
(昨夜の行為さえ、踏み留まれてれば)
そうすれば少なくとも1つ嘘をついただけで済んだ。
だけど嘘をついたのは事実だし、根本的な解決にはならない。
八方塞がりになってプツンと思考が途切れた。
テーブルに広げてある仕事用の資料の山をぼんやり眺める。
俺の死神としての仕事は変わらず、死者の魂を狩って死神界に送ること。
人間界にいる俺に気を遣ってか、依頼は前より不定期になったけど。
樹生にだけ生活費を背負わせるわけにはいかないから、
人間界の勉強も兼ねて派遣や短期アルバイトもやっている。
仕事のない日は基本的には樹生の部屋にいて、
死神界のネットを引っ張ってきて様々な資料を集めたり。
本を読んだり、じいが持ってきた仕事をこなすという日々だった。
【クロノ】
「仕事、しよう」
やらかしたことはどうにもならない。
だからこれから頑張るしかない。
情けない結論だけど、今掲げられる目標はこれくらいだ。
ここのところ、自分で作った規則を『これくらいならいいよね』と甘く考えていた部分もある。
いい機会だからもう一度自分を戒めよう。律しよう。
さあ働くぞ。
日本人は親が死んだって仕事に行くんだ。
樹生だって、頑張ってるんだから俺もきちんと働かねば。
悩み事くらいで手を休めてたら『真面目』じゃない。
――――――……
集中できないなりに日雇いのバイトを探していると、
瞬間移動してきたじいが床から生えてきた。
【アンク】
「お邪魔致します。進捗はいかがですかな」
【クロノ】
「必死こいてやってるよ。……そろそろお腹空いてきた」
じいは目元のシワを深くして、穏やかに微笑んだ。
【アンク】
「変わられましたな」
【アンク】
「春川さんと暮らし始めてからのクロノ様は、まるで人間のようです」
【アンク】
「隙あらば面倒だのなんだのと、グチしか言わない昔のクロノ様が嘘のようで」
【クロノ】
「……」
【クロノ】
「……それは、樹生のおかげだよ」
【アンク】
「ほっほっほ、そうですな」
【アンク】
「それに『お腹が空いた』とは……羨ましく思いますよ」
【アンク】
「私も趣味で食べ物を摘むこともありますが、空腹という感覚がもっと強ければと何度思ったことか」
【クロノ】
「で、何の用。新しい仕事の依頼?」
【アンク】
「おっとそうでした」
【アンク】
「クロノ様が担当している地区の、死亡予定者のリストの更新があったので持って参りました」
【クロノ】
「わざわざ持って来ないで、普通にネットで更新してよ」
【アンク】
「ふふふ、愛の巣に無関係の者を入れたくないという心情ですな? お察ししますぞ」
樹生の同僚程度の立ち位置の人物だったら本当に入ってほしくないけど、じいは別だ。
ネット上で済ませた方が格段に楽だから。
でもこれは『不真面目』なので口にできなかった。
【クロノ】
「そんなんじゃないってば。今更無関係って言えるほど付き合い短くないよ、俺達」
【アンク】
「おや、嬉しいことを……。ファイルが開かれたままだというサインが出ておりましたので」
【アンク】
「まだクロノ様が作業中なのではないかと思いまして、持参したのですよ」
【クロノ】
「……なら、いい。ありがと」
【アンク】
「いいえ」
お邪魔になってはいけませんからなと、じいはすぐに死神界に戻った。
渡された死亡予定者のリストを捲りながら、自分で淹れたコーヒーを飲んでいると。
とある青年の顔写真に目が留まる。
『海棠 蓮(かいどう はちす)』。
それは昨日の昼間に話した、あの青年だった。
かぶりついてリストを見る。
死因の欄にはナギと同じ病名が記されていた。
飛んで病院へ向かいながら、ナギと出会った時の事を思い出した。
ナギの時は、まさか死神の姿が見えるとは思わずに病室まで入っていって見つかった。
俺と知り合ってなければナギは自殺しなかった。
あの時と同じことは繰り返してはいけない。
魔力が強い人間にも気配を感じ取られないように、
体の周りに障壁を張ってから病室に向かう。
――――俺は何のために海棠蓮に会いにいくんだろう。
そう思いながらも、俺は病院に向かって飛び続けた。
会話をするわけでもない、姿を見せるわけでもない、俺が一方的に海棠蓮の顔を見るだけだ。
そんな行為になんの意味があるのだろう。
寿命を延ばしてやることも、命を救ってやることもできない。
俺の仕事は、来るべき日に魂を狩ることだけなのに。
答えを出せないうちに、リストに書いてある病室の前まで来てしまった。
感情のままに動こうとする体を止められなかった。
そんな心の弱さに嫌気が差す。
樹生への罪悪感で押し潰されそうだ。
【クロノ】
(樹生に黙って……こんなこと……)
恋愛感情じゃなくたって、その人のために起こす行動が多ければ多いほど。
身の潔白を証明する時に、信憑性が欠ける。
『どうして会いに行ったの?』と問われたら俺はなんて答えればいい。
【クロノ】
(……仕事だから)
そうだ、仕事だ。
何で忘れていたんだろう。
海棠蓮の魂を狩るのが俺の仕事じゃないか。
仕事の下見でと言えばいい。
ドアの前に立ったまま、俺は疲れ果てたように笑っていた。
それは卑しい顔だったと思う。
どうやって言い逃れするかと言い訳ばかり考えて、
自分の行動にもっともらしい理由をつけて。
どうやったら自分の印象を悪くしないで済むか、そればかり考えている。
そしてまた凝りもせず、言い訳を用意してドアをすり抜ける。
『勝手に体が動いて』と。
【クロノ】
「――――」
踏み込んだ俺を出迎えたのは、金木犀の香りだった。
窓の外を向いていた彼が俺を振り返って雪解けのように笑う。
時には俺を苛み、時には癒やした過去と、寸分違わずに重なる現在。
深層心理が60年間待ち焦がれていた景色は、目が潰れるくらい鮮やかだった。
――――ナギ。
【???】
「お前の好きなモン買ってきたぞ」
【海棠 蓮】
「本当? すごく嬉しいよ、じーちゃん」
老人が目の前を通り過ぎていく。
俺はじっと自分の手を見る。
【クロノ】
(そうだよな)
【クロノ】
(俺は今、姿消してるんだった)
………
……………………
病院から帰ってきた俺は、リストを見返しながら、昼間に得た情報をまとめる。
病室に現れた老人は蓮の祖父で、ナギの双子の弟だった。
蓮と祖父との会話にナギ――柳下 和(やなぎした なぎ)、の名前が出てきたことで判明した。
双子の弟は、柳下 守。
2人の話によると、蓮の両親は4年前に交通事故で他界したらしい。
現在は祖父の家に世話になっているとのことだった。
幼い頃から先天性の遺伝性の病気でよく通院していたが、
今回症状が重くなって集中治療のために入院したのだという。
……死亡者リストに書いてある死亡予定日は、3週間後。
