[本編] 日留川 凌央 編
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凌央と人間界で暮らすようになってから、2年経った。
起ち上げたベンチャー企業の仕事はようやく軌道に乗り始めて。
そこそこ良い営業利益を出し続けることができるようになり、スタッフの数は2桁に達した。
凌央は今日も仕事を黙々とこなしている。
あまり社長室には行かずに、基本的に社員と一緒に仕事をしたいというのは凌央の希望。
元々が寂しん坊だからな。
で、俺はといえば。
どちらかといえば機械に疎い方だし、凌央やスタッフの仕事を手伝うことはできないので。
主に営業や顧客対応をして凌央をサポートしている。
いや、凌央っていうか、その他全員の。
というのも。
プルルルル……プルルルル……
【クロノ】
「…………」
誰かの机の上の電話が鳴り響いている。
だが、その机の一番近くにいる小太りの男は、一心不乱にキーを叩いている。
白鳥さん。会社を設立して間もない頃からいるメンバーの一人。
一応俺の方が上司なんだけど、何故か彼には『黒乃たん』と呼ばれている。
【クロノ】
「……白鳥さん、電話鳴ってるけど」
【白鳥】
「い、今、ちょっと手が放せないところでござる」
【クロノ】
「手を伸ばせば届くと思うけど」
【白鳥】
「い……、嫌でござる、絶対に無理でござる……!」
【クロノ】
「だからさ、いつまでもそんなこと言ってるから電話の一つも――」
【白鳥】
「黒乃たん、黒乃たんお願い……ッ!」
【白鳥】
「拙者は、拙者は……お腹が急に痛み出したから無理でござる!!」
イスから転がるようにしてオフィスの外へ走り去った背中を見送って。
次に近い位置にいる人物に目を向ける。
紙を吐き出し続けるコピー機を、食い入るように見つめているのは。
古参メンバーの2人目、菅原くん。
独特なしゃべり方をする、痩せっぽっちのメガネくんだ。
【クロノ】
「電話、取って」
【菅原】
「どうせもう少しで切れちゃうと思いますけど」
【クロノ】
「是非、切れる前に菅原くんに取ってもらいたいんだけど」
【菅原】
「コピーがまだ終わってないので、ここから離れるのはちょっと…と思いますけど」
【クロノ】
「見守ってなくてもコピーは勝手に終わると思うんだけど」
【菅原】
「あ、紙が切れたのでちょっともらって来ますけど。すいませんけど」
菅原くんは、そそくさとオフィスを出て行く。
もう駄目だ。いい加減出ないと、本当に電話が切れてしまう。
仕方なくイスから立ち上がって走り、一番遠い席にいるはずの俺が受話器を取る。
【クロノ】
「……はい、はい。わかりました。ではそこで少々お待ちください」
【クロノ】
「東海林さん。今、手空いてますか」
【東海林】
「空いていません」
古参メンバー3人目は、東海林さん。
顔は整ってる方だと思うけどいつも目が死んでいて、
笑ったところを一度も見たことがない。
【クロノ】
「今、いきなり手動かし始めましたよね」
【東海林】
「自分なりに考えをまとめていただけです。手が空いているわけではありません」
【クロノ】
「ちょっと、下に行って面接の子を――」
【東海林】
「なんで今日に限って僕に振るんですか」
【東海林】
「今までずっと黒乃さんが対応してくれてたじゃないですか」
【クロノ】
「ふ、普通そういうこと言う……?」
【東海林】
「それぞれ役割があるということです。俺はプログラマーです。そういう仕事は管轄外です」
【東海林】
「なんか今変なエラー出たっぽいんですけど、社長、ちょっと見てもらえませんか」
――――こんな感じで。
うちの会社のスタッフは俺以外は全員、ちょっと前の凌央みたいな奴ばかりだ。
リア充を怖がっている凌央が、そういう連中ばかりを選んで採用したからな。
こういうことになるんじゃないかとは薄々予想してはいたけど。
【クロノ】
「……はあ」
東海林さんと生き生きと小難しい会話をしている凌央を横目で見やりながら。
ぼんやりとオフィス全体を眺める。
内向的な連中ばかりだから、俺は彼らのサポート係と化してるけど……。
何だかんだで、少し頼りない連中ばかりが集うこの会社を気に入っている。
以前は、凌央以外の引きこもり連中の相手をするなんて、
面倒だなぁとしか思ってなかったのに。
どうやらこの2年で、俺も多少は変わったらしい。
そして、凌央も。
面接に来た子を小会議室に案内して、履歴書に沿って自己紹介などをさせた後。
俺の隣で、カチコチに緊張している凌央にさりげなく視線を向けた。
【クロノ】
「それでは、志望動機を教えてください」
【男】
「はっ、はい」
【男】
「ぼぼぼ僕は、貴社の独創的なアイディア……じゃなくて、あのっ」
【男】
「いっ、以前に通販サイトで使用されていたプログラムの……の、ののの」
【クロノ】
「落ち着いて、ゆっくりで大丈夫ですから」
【男】
「は……、はい、すみません…ちょっと、失礼します」
脂汗をハンカチで拭う男を見て、凌央は覚悟を決めたように顎を引く。
少しだけ引きつってはいたけど、それは自然な表情だった。
【日留川 凌央】
「この職種を選んだ理由を聞かせてください」
【日留川 凌央】
「あまり堅苦しくならずに……、リラックスして。大丈夫ですから」
凌央の落ち着いた声に、男はゆっくりと顔を上げて深呼吸する。
【男】
「……僕も、自分のアイディアを世に出してみたかったんです」
【男】
「新しいことを考えるのは好きなんですけど、今まで『もっと現実を見ろ』とかそういうことばかり言われて」
【男】
「発想の幅が限られている職場ばかりだったので」
【男】
「ですがここは……、そういう観念にとらわれずに、常に斬新な企画を打ち出している」
【男】
「調べているうちに、そんな風に……思えたんです」
【日留川 凌央】
「……次は、その職種の中で何故うちを選んだのかを質問しようと思っていたのですが」
【日留川 凌央】
「今、答えてくれましたね」
あっ、と蒼白になる男を宥めるように、凌央は眉を下げて笑った。
【日留川 凌央】
「……」
【クロノ】
「はい、お疲れ様」
【クロノ】
「今日の凌央…恰好良かったよ」
【日留川 凌央】
「……あ、ありがと……」
電話のあった子からの面接を終えて、社長室に戻ったあと。
凌央はがっくりと項垂れて、社長机に伏せた。
そんな社長に、労いのコーヒーを淹れてやる。
【クロノ】
「どうぞ」
【日留川 凌央】
「ありがと……」
起ち上げたベンチャー企業の仕事はようやく軌道に乗り始めて。
そこそこ良い営業利益を出し続けることができるようになり、スタッフの数は2桁に達した。
凌央は今日も仕事を黙々とこなしている。
あまり社長室には行かずに、基本的に社員と一緒に仕事をしたいというのは凌央の希望。
元々が寂しん坊だからな。
で、俺はといえば。
どちらかといえば機械に疎い方だし、凌央やスタッフの仕事を手伝うことはできないので。
主に営業や顧客対応をして凌央をサポートしている。
いや、凌央っていうか、その他全員の。
というのも。
プルルルル……プルルルル……
【クロノ】
「…………」
誰かの机の上の電話が鳴り響いている。
だが、その机の一番近くにいる小太りの男は、一心不乱にキーを叩いている。
白鳥さん。会社を設立して間もない頃からいるメンバーの一人。
一応俺の方が上司なんだけど、何故か彼には『黒乃たん』と呼ばれている。
【クロノ】
「……白鳥さん、電話鳴ってるけど」
【白鳥】
「い、今、ちょっと手が放せないところでござる」
【クロノ】
「手を伸ばせば届くと思うけど」
【白鳥】
「い……、嫌でござる、絶対に無理でござる……!」
【クロノ】
「だからさ、いつまでもそんなこと言ってるから電話の一つも――」
【白鳥】
「黒乃たん、黒乃たんお願い……ッ!」
【白鳥】
「拙者は、拙者は……お腹が急に痛み出したから無理でござる!!」
イスから転がるようにしてオフィスの外へ走り去った背中を見送って。
次に近い位置にいる人物に目を向ける。
紙を吐き出し続けるコピー機を、食い入るように見つめているのは。
古参メンバーの2人目、菅原くん。
独特なしゃべり方をする、痩せっぽっちのメガネくんだ。
【クロノ】
「電話、取って」
【菅原】
「どうせもう少しで切れちゃうと思いますけど」
【クロノ】
「是非、切れる前に菅原くんに取ってもらいたいんだけど」
【菅原】
「コピーがまだ終わってないので、ここから離れるのはちょっと…と思いますけど」
【クロノ】
「見守ってなくてもコピーは勝手に終わると思うんだけど」
【菅原】
「あ、紙が切れたのでちょっともらって来ますけど。すいませんけど」
菅原くんは、そそくさとオフィスを出て行く。
もう駄目だ。いい加減出ないと、本当に電話が切れてしまう。
仕方なくイスから立ち上がって走り、一番遠い席にいるはずの俺が受話器を取る。
【クロノ】
「……はい、はい。わかりました。ではそこで少々お待ちください」
【クロノ】
「東海林さん。今、手空いてますか」
【東海林】
「空いていません」
古参メンバー3人目は、東海林さん。
顔は整ってる方だと思うけどいつも目が死んでいて、
笑ったところを一度も見たことがない。
【クロノ】
「今、いきなり手動かし始めましたよね」
【東海林】
「自分なりに考えをまとめていただけです。手が空いているわけではありません」
【クロノ】
「ちょっと、下に行って面接の子を――」
【東海林】
「なんで今日に限って僕に振るんですか」
【東海林】
「今までずっと黒乃さんが対応してくれてたじゃないですか」
【クロノ】
「ふ、普通そういうこと言う……?」
【東海林】
「それぞれ役割があるということです。俺はプログラマーです。そういう仕事は管轄外です」
【東海林】
「なんか今変なエラー出たっぽいんですけど、社長、ちょっと見てもらえませんか」
――――こんな感じで。
うちの会社のスタッフは俺以外は全員、ちょっと前の凌央みたいな奴ばかりだ。
リア充を怖がっている凌央が、そういう連中ばかりを選んで採用したからな。
こういうことになるんじゃないかとは薄々予想してはいたけど。
【クロノ】
「……はあ」
東海林さんと生き生きと小難しい会話をしている凌央を横目で見やりながら。
ぼんやりとオフィス全体を眺める。
内向的な連中ばかりだから、俺は彼らのサポート係と化してるけど……。
何だかんだで、少し頼りない連中ばかりが集うこの会社を気に入っている。
以前は、凌央以外の引きこもり連中の相手をするなんて、
面倒だなぁとしか思ってなかったのに。
どうやらこの2年で、俺も多少は変わったらしい。
そして、凌央も。
面接に来た子を小会議室に案内して、履歴書に沿って自己紹介などをさせた後。
俺の隣で、カチコチに緊張している凌央にさりげなく視線を向けた。
【クロノ】
「それでは、志望動機を教えてください」
【男】
「はっ、はい」
【男】
「ぼぼぼ僕は、貴社の独創的なアイディア……じゃなくて、あのっ」
【男】
「いっ、以前に通販サイトで使用されていたプログラムの……の、ののの」
【クロノ】
「落ち着いて、ゆっくりで大丈夫ですから」
【男】
「は……、はい、すみません…ちょっと、失礼します」
脂汗をハンカチで拭う男を見て、凌央は覚悟を決めたように顎を引く。
少しだけ引きつってはいたけど、それは自然な表情だった。
【日留川 凌央】
「この職種を選んだ理由を聞かせてください」
【日留川 凌央】
「あまり堅苦しくならずに……、リラックスして。大丈夫ですから」
凌央の落ち着いた声に、男はゆっくりと顔を上げて深呼吸する。
【男】
「……僕も、自分のアイディアを世に出してみたかったんです」
【男】
「新しいことを考えるのは好きなんですけど、今まで『もっと現実を見ろ』とかそういうことばかり言われて」
【男】
「発想の幅が限られている職場ばかりだったので」
【男】
「ですがここは……、そういう観念にとらわれずに、常に斬新な企画を打ち出している」
【男】
「調べているうちに、そんな風に……思えたんです」
【日留川 凌央】
「……次は、その職種の中で何故うちを選んだのかを質問しようと思っていたのですが」
【日留川 凌央】
「今、答えてくれましたね」
あっ、と蒼白になる男を宥めるように、凌央は眉を下げて笑った。
【日留川 凌央】
「……」
【クロノ】
「はい、お疲れ様」
【クロノ】
「今日の凌央…恰好良かったよ」
【日留川 凌央】
「……あ、ありがと……」
電話のあった子からの面接を終えて、社長室に戻ったあと。
凌央はがっくりと項垂れて、社長机に伏せた。
そんな社長に、労いのコーヒーを淹れてやる。
【クロノ】
「どうぞ」
【日留川 凌央】
「ありがと……」
