本編
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《兆し》
【壱川 咲十郎】
「……わ、私……!」
【政親】
「落ち着きなさい、咲」
呼び出され、山口の持ってきた紙切れを壱川に見せた政親。
その紙切れは雑誌編集関係者からリークされてきた、ゴシップ記事のゲラだった。
内容は壱川の前事務所の話や梨園に居た際の話である。
毎夜遊び歩き、男を口説いては夜の街に消えていくと言う、よくあると言えばよくあるゴシップ。
しかし勢いに乗るポラリスが今のタイミングで、このような醜聞を騒ぎ立てられるのは非常によろしくない。
みるみる青ざめ、取り乱していく壱川に、政親は出来る限り冷静に声をかけた。
壱川の後ろにはどういう顔をしたらいいかわからないと言った表情の果凛、清明、墨代がいる。
最後までレッスン場に残っていたメンバーだ。
【壱川 咲十郎】
「ど、どないしよう……わ、私の所為でポラリスが……」
震える手を顔に当てて頭を下げる壱川に、清明は恐る恐る声をかける。
【笹雨 清明】
「……あの、どういう事であれ、プライベートかつ家庭の事情を暴くような記者の方が明らかに最低ですから!
……気にされない方がいいです、壱川さん」
【本村 果凛】
「そうだよ!咲ちゃん!こんな適当な記事!」
【壱川 咲十郎】
「……笹雨さ、ん、果凛さん……適当……そうですね……」
声に出すのも精いっぱいと言うような痛々しい壱川に皆の顔色が曇る。
今回は果凛の時より早く情報が早く掴めたのは幸運だった。
それは「ポラリスの壱川」より「梨園の壱川」としての圧力が強かったからである。
また記事を読めば分かった事だが、かなり曖昧な表現をしている記事だった為、このまま揉み消せるだろうという結論に落ち着いた。
【墨代 睡蓮】
「……ん、俺達どうしたらいい?」
【政親】
「今日は皆さんでご帰宅下さい。咲のご実家関係で揉み消す事は可能でしょうが、どうにかしようと記者が動く可能性があります。出来れば咲一人で単独行動をしないように」
【壱川 咲十郎】
「……」
シンと静まり返るミーティングルームで壱川は少し考えた後、弱弱しく首を縦に振るのだった。

《本番》
【壱川 咲十郎】
「……」
部屋に閉じこもり、壱川は布団の上で枕を抱えたまま蹲る。
吐き気を催しそうな、もやもやした感覚がひっきりなしに襲いかかっていた。
急に以前までの自分の素行が思い出され、羞恥で身動きが取れなくなる。
誰彼かまわず誘い出し、付いてくる男達に翻弄し、翻弄され、
抜け出せない所まで来ていた壱川に手を差し伸べたのは、政親だ。
政親の行った最終忠告に近かったであろう厳重注意は、いまだに壱川の理性に強く結びついている。
壱川も理解していた。この手を離したら、本当に最後だと。
【壱川 咲十郎】
「もう嫌や…あんなとこ絶対に居たくない…」
薄汚い場所で行為を貪り、堕落して、信頼してくれた人との関係を壊していくのはもう。
ポラリスに居ては足を引っ張るかも知れない。
でもやっと分かってくれる人と楽しくやっていける優しい仲間に出会えた。
【壱川 咲十郎】
「私が我慢すればええ話…」
そう、顔を合わせなければいい。
その日以来壱川は仕事が終わったらまっすぐに家に帰り、仕事の事を考えて1日を終えるようにした。
持っていた携帯電話には急に連絡が途切れた男達からの連絡がひっきりなしに届きはじめる。
それも全て消去して、全て本当に終わりにした。
キツければ持っているDVDを見て気を紛らわし、風呂に入って水を浴びる。
理性を総動員し、休日は家から一歩も出る事はなかった。
とにかくポラリスに居たい。壱川の理性はその思いに強く突き動かされていた。

《絶頂》
【政親】
「さて、咲はこの後私と一緒に移動です」
【壱川 咲十郎】
「……?あれ、でも黒田さん。私今日はこれで終わりでは…」
今日の撮影も無事終えた所で、壱川は早々に帰ろうと思っていたのだ。
なんだか上手く笑えない気がする。最近頓にそう思うようになっていた。
……ぎこちなく笑うアイドルなど、アイドル失格なんじゃないか。
色々ありすぎて頭の整理が追い付かず、心は常に内側に閉じこもるようになっていた。
マズい、非常にマズいと分かっているのに止められない。
―そんなタイミングだった。政親が誘ってくれたのは。
ついた先は演劇を目指す者ならば誰もが憧れる帝国舞台。
【壱川 咲十郎】
「……ここは」
【政親】
「仕事の関係で、関係者席を頂いてしまったのですよ。……今は咲と来るのが一番かと思いまして」
行きましょうと手を伸ばされ、壱川は一瞬躊躇ったがゆっくりとその手を取る。
冷たい指先。そう思った時には既に手を引かれ劇場へと足を踏み入れていた。
広々とした関係者席に座り、数分。ふっと電気が落ち、辺りに拍手が満ちる。
音の波が会場を支配する。なんだか懐かしい気がした。
【政親】
「私は、あなたがあそこに立つ日もそう遠くないと思っています」
【政親】
「咲、本当にこのままでいいんですか?」
緞帳が開き、輝かしい世界がそこに満ちていた。キラキラと溢れる光が見える。
何か忘れかけていた輝きがそこにあった。
舞台の上には幸せそうに演じる俳優がいた。
(このままで、いい訳がないやないの)
梨園にいるだけでは到底辿りつけない場所に行きたくて、飛びだした筈。
自分の後ろめたい性癖や暮らしから抜け出したいと必死に願った筈。
上手く笑えなくて悔しくて今も泣きそうなのは、ファンとポラリスを思うが為じゃないか。
(……この人が、私も立てると信じてくれているなら……)
横を向けば端正な顔立ちの政親の横顔が目に飛び込んだ。
(ここで踏ん張らなきゃ、また最初からや……諦めてどないするの……咲十郎!!)
ぎゅうと力強く握り締める拳を握りしめる壱川。
壱川の目には強い輝きが戻りつつあった。
