本編
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《兆し》
その日政親政親が事務所の扉を開ける直前。
少しだけ感じるものがあり、一瞬その扉を開ける事を躊躇った。
今日顔合わせする者は、そもそもスカウトやオーディションで声がかかった訳ではなく、直接ポラリスにアイドルになりたいと押し掛けた人物と聞いている。
異例の対応に政親は少しだけ眉を顰めて、事務所へと入る。
【三塚 創】
「はじめまして。三塚創です。これから、末永くよろしくお願いします。黒田さん」
【政親】
「………よろしくお願いします、創」
政親が差し出した手を、三塚はそっと、恐る恐る差し出し感慨深そうにゆっくりと握りこんだ。
三塚創(ミツカ ソウ)
現在無職で引きこもり中。政親の熱心なファンで、今回政親の芸能界復帰を聞き付け、直接ポラリスへやってきた。
【榎本 公志郎】
「ねぇ政親、この子アンタのファンらしいのよー」
【政親】
「そうですか」
この対応を見ればわかる…と言わんばかりの表情で、政親はやってきた三塚を見る。
三塚は三塚で政親を舐めまわすように見つめていた。
【榎本 公志郎】
「本当によく知ってるわよ、びっくりしちゃった。あまりに熱心だから根負けしちゃったわぁ」
社長は笑ってそういうが、政親は正直な所どうしたものかと考えあぐねていた。
この手のタイプは目的が他のアイドルと全く違う為、早く潰れてしまうモノが多い。
山口のように裏方に回るのであればもう少し対処のしようがあるのだが…
【榎本 公志郎】
「……でも、悪くないと思うのよ、この子」
小声で政親に耳打ちする榎本。
それを見て、にこりと笑って見せる三塚だが、表情にはどこか不自然さが見えた。
……が、榎本の言う通り、素材としては悪くない。
アイドルとして来たのならば…政親は彼に現実を見せる必要があった。
《本番》
【政親】
「全てが平均ギリギリですね」
踊りも歌もまぁ普通より少し良いくらいだろうか。
リズム感もどうにか及第点を付けられる範囲ではある。
…問題ははスタミナが圧倒的に少ない部分。
ひきこもり中の三塚は政親の復帰を聞いてから筋トレを始めたと思われ、体力値は未だ普通の人以下。
しかし三塚は特にそれをハードルだとは認識していないようだった。
【三塚 創】
「…すみません。でも僕、やる気は誰よりもあると思ってます」
【政親】
「創。…本当に、アイドルになるのですか」
なりたいのですか、とは聞かない。
他のアイドル達がアイドルになるのを「目的」としているのに対して、三塚にとってアイドルは「手段」である。
…目の前に立つ政親政親の傍にいる手段。
【政親】
「ここにいるアイドル達は多かれ少なかれ、アイドルに対しての目標があります」
【三塚 創】
「勿論です、アイドルになりたくて…いえ、黒田さんの手でトップアイドルになりたくて、黒田さんのいるポラリス来ました」
くすんで見えた瞳に活路が見えた。
揺れ動く潤んだ双眸に政親の表情がはっきりと映り込む。
政親の手で、トップアイドルになりたい。
【三塚 創】
「その為だったらなんでもします、黒田さん……」
政親の手でアイドルになりたいと懇願する三塚。
……トップアイドルになりたいと願うポラリスのメンバー達と
根底の気持ちは変わらないのかもしれない。
勿論、感情論や根性論、普通ならば、通例ならば…と言ったような単純な言葉で
片付けるのも聊か乱暴ではある。
―…ならば少し毛色の違うアイドルがいてもいいのではないか。
ポラリスにはいなかったアイドルだ。
政親は眼鏡を押し上げて、こう言い放った。
【政親】
「それでは、最初の仕事に向かって頂きましょうか」
《絶頂》
【政親】
「おや、お帰りなさい」
【三塚 創】
「ただいま戻りました、黒田さん」
無表情極まりない三塚に政親は声をかける。
感情をどこかに置いてきたような顔は特に変わりはないように見えたが、その無表情さが問題だった。
政親はため息をつきながら、三塚の所まで歩み寄る。
何を言ってくれるのだろうと多少の期待を寄せている三塚に、政親は鋭い視線を投げた。
【政親】
「そんな表情で営業をしたのですか?」
【三塚 創】
「え?」
政親がそう呟くと、三塚の顔色が分かりやすく変化した。
【政親】
「営業相手にも、そんな何の顔色も窺えない表情で対応したのか?」
ぐい、と三塚の頬を片手で掴み、こちらを向かせると。
…その顔色は徐々に血の気を増し、目を潤ませていく。
【政親】
「私にそんな表情は要らないんですよ。営業相手に向けなさい」
【三塚 創】
「っでも、黒田さん…っは…!」
更に力を入れて頬の骨を軋ませても、三塚の顔色はますます紅潮していく。
使えない……そう判断しかけた所で、政親は荒々しく三塚を放し、床に転がせた。
【政親】
「私が貴方に躾を施しても、効果はないようですね」
そういうと政親は事務所から出て行ってしまった。
手には携帯が握られていたので、恐らく営業先へと連絡を入れるのかもしれない。
もう一件営業をするかもしれない…という思考が三塚に駆け巡ったが、それは一瞬だった。
転がされた身体を素早く起こし、三塚は先ほどまで政親が腰をかけていたソファへと身を投げた。
【三塚 創】
「これが……黒田さんのぬくもり…」
まだ温度が残るそこに頬を擦りつけて、三塚は身を捩らせる。
ひきこもりをしていた頃に想像していたよりも何倍も温かな温度に、三塚の息が段々と荒くなっていった。
ソファの背にかかっていた政親のスーツが振動で落ち、三塚の腰元にかかる。
【三塚 創】
「…黒田さん…の、」
ぐっとそれを引き寄せて思いっきり深呼吸すると、三塚は先ほどまでの営業もなんら苦ではないと、そう思えるのだった。