アルバート・セシル
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―今から数年前…
アルバート=セシルの実家。
彼の弟・クロードが、初めて彼女を連れてきた。
「はじめまして。アリアです」
育ちの良さそうな、それいて快活な。
誰からも好かれるであろう雰囲気を醸している少女だった。
「いらっしゃい。…アリア」
アルバートは三日月のように目を細めて彼女を出迎えた。
「あ……お兄さん、ですよね。お話、お伺いしています」
「へえ?クロードは私の話なんか、君にするんだね」
「だって、お兄さんは有名人ですから」
「ふふ。怖いな。どういう意味で有名なんだろう」
それから小一時間程。
父母と、飼い犬のリュシアンと、家族団らんの様相を呈しながら、とりとめもない雑談。
アリアはまるで昔からセシル家の娘だったかのように馴染んだ。
そうして、彼女の作った平穏な空気は、彼女が帰った後もまるで残り香のように父母を和ませた。
「凄く良い子だったわ、アリアちゃん。あんな子が娘になったら、ママ幸せ」
「ははは。気の早い話だな。でも確かにうちは男だらけだから、可愛い女の子が家族になるのは大賛成だ」
クロードは嬉しそうにはにかむ。
それを、父は優しい瞳で見つめていた。息子の成長を、見守る眼差しは彼自身の幸福をもあらわしていた。
アルバートの父は、セシルグループのトップであり、そして人格者であり、よき教育者であった。
―だから。
どうして自分だけは、こうなってしまったんだろう、とアルバートは時折思っていた。
自分は、おかしい。自分だけが、おかしい。
コレージュに入学した、まだ11歳の時分からハッキリと自覚があった。
父にも母にもクロードにももたらされなかった強い、破壊願望。
そしてそれを叶える悪魔的な才能。
アルバートはおよそ、どんな事も完璧にこなせるだけの器量が生まれながらに備わっていた。
学問、運動、コミュニケーション、経営者としての視点。
何もかも手にしている彼は、どんな人間もひれ伏させ、そして思うままに壊す事も不可能ではないだろう。
いや、きっと、望むままに物ごとは進んでしまうのだ。
だから、その衝動を抑える事は、彼にとってあまりにも辛い日常だった。
学生にも関わらず経営者である父や、周囲の人間に期待をよせられている、優秀で、穏やかな、まるで絵本のプリンスのような人間、アルバート=セシル。
という、演技を続ける日常。
壊してしまいたい。
愛する父も母もクロードも、……そう、愛しいこの世界すべて。
時々手を出す、悪戯めいた女遊びなどではもう、この衝動を押さえこむ事は出来なくなっていた。
父は子供に完璧を求めるようなタイプではなかったが、アルバートの才能には目を見張っていた。
恐らくそれは、父が子に対する感情、ではなく、経営者として優秀な人材に出会った時の感動である。
父親としては、クロードの事も平等に愛していたが、経営者としてどうしても、アルバートに強い期待感を持ってしまう。
仕方ないのない事であり、責められるような事でもない。
それでも、クロードはずっと兄に、切ない程のコンプレックスを覚えていた。
無論、誰にも気取られたくないようだったが。
アルバートにはとうの昔に露見している。
アルバートは家族が、弟が特別に愛しかった。
どんな人間もひとしく愛しているが、家族への愛はまた特別な欲望をはらむのだ。
だから―彼女、アリアの存在はアルバートの中に棲む悪魔を起こしてしまった。
これまでにも、クロードの恋人は存在していたが、今回は「本気」なのだろう。
付き合って早々に家へ招くぐらいだ。
そうでなければ―彼女に、あの時声をかけられても…必要以上の興味を持つ事はなかったかもしれない。
アルバート自身が卒業した、リズに程近いカフェで。
あの日も彼は、いつものようにコーヒーを片手に、スケッチをしていた。
美術は、昔からの彼の趣味の1つであった。
「お兄さん………いえ、アルバート、さん」
忘れもしない、アリアの声が聞こえ、顔をあげる。
「……ああ。この間は、遊びに来てくれてありがとう」
にっこりとほほ笑んでみせる。
「とっても楽しかったです。お母様もお父様も、本当に素晴らしい方ですね。…なんて、国中が知ってる事だったかしら」
「はは。国中は大袈裟だよ」
「いいえ。この国で一番有名な御夫婦だと思います」
ふふ、と健康そうにアリアは笑った。
非の打ちどころのないこの少女に、アルバートは嫉妬している訳でも、嫌悪している訳でもなかった。
ただ、歪んだ興味があった。
きっと、この出来のイイ少女に、先に惹かれたのはクロードだろう。
彼女を紹介していた時の、クロードの表情が思い出される。恋に浸りきっているその顔は、アルバートが知らなかった表情だ。
クロードはこの子へ、どんなふうに愛を囁くのか。どんなふうにキスをして、どんな抱き方をするのか。
彼女の不評を買った時、彼女になじられた時、彼女に捨てられた時。どんな慟哭を聞かせてくれるのだろうか。
想像し、思わず幸福の笑みをこぼしてしまう。
が。彼女…アリアはそれを別の意味にとらえたらしく―頬を染めて、無言でアルバートを見つめていた。
(ああ―………)
(どうして、私の夢は…意図も簡単に私の手の中へ転がり落ちてくるんだろう)
実は、こういう事はこれまでにも何度かあったのだ。
クロードの彼女が、アルバートに好意を持ってしまう。
そして、アルバートは抵抗感もなく好意に応じる。
けれどクロードがアルバートを責めるような事はなかった。
ただ涙をこらえるような瞳でアルバートから目をそらすのだ。
彼女達の方から、兄に惹かれたのであって、兄に非はない。
そう、痛い程に解っていたから。
―けれどアリアは……
アリアという存在は……きっと、それ以上のクロードの動揺をアルバートに見せてくれるに違いなかった。
その時アリアが、アルバートの傍に置いてあるスケッチブックに気がついた。
「もしかして…アルバートさんが描いたんですか?」
アルバートは微笑みながら、スケッチブックを手渡す。
アリアは嬉しそうに、称賛の声をあげながらそれらを眺め始めた。
アルバートは、折角の好機を見逃さなかった。
僕は、本当は絵を描く事や、本を読んで穏やかに過ごしたい人間でね
―経営者には向いていないのかもしれないね
恐らく、誰も聞いた事がないアルバート=セシルの内側の告白……
見え透いた、恋の始まりを演出だった。
多くの人間に愛される彼が、私だけに特別心を許している―そんな優越感をくすぐる、演出。
「でも君のような、素敵な彼女が居たら支え合っていけそうかな」
それでも、その演出はアリアの心を衝く上では充分過ぎる程だったのである。
関係は呆れてしまう程、簡単に進展していった。
カフェでの会話から数週間後には、アリアがイイ声をあげるカラダのポイントもアルバートは把握していたのである。
「クロードに……私、何て言えばいいのかしら」
ベッドの中で遂にアリアが、切り出した。
「クロードがどうしたの?」
「だ…だから、…その、……私、クロードと付き合っているのに、あなたと」
「うん。クロードとはずっと仲良くしていて欲しいな、アリア」
「………え?」
「クロードと、別れないで欲しい、と言っているんだよ」
「……ど、………どうし、て………」
「僕はクロードも父も母も、君の事も愛しているから。だから、こんなに素敵な関係を一つも壊して欲しくないんだ」
「―…でも……っ」
「クロードと別れたら駄目だよ?僕は君を手放さなくちゃいけなくなってしまうから」
アリアは青ざめた様子でアルバートを見つめ返しながらも、言葉を返す事はなかった。
それから1年程アリアとの関係は続いた。
アルバートの人生の中で、最も幸福な1年だったかもしれない。
アルバートは、アリアに色々な「お願い」をした。
最初はちょっとした悪戯のようなものだったが、それはどんどん惨酷な命令になっていった。
「クロードにわざと冷たくしてみせて。きっと仲直りの時間は最高に楽しいから」
「僕と居る時間はクロードの電話に出てはいけないよ。…ああ、そうすると、君がいきたがっていた旅行にはいけないか」
「偶には、アリアの方からクロードを襲ってみて欲しいな。彼はどんな反応をするんだろう」
アリアは、アルバートの為だけにある従順な…人形のような存在に成り下がり、
クロードは、目に見えて憔悴していった。
そうして―遂にソレは露見した。
もしかしたらアルバートが、そう願ったのかもしれない。
「ふざけんなよ……」
ゆらりと、アルバートの胸倉をつかむクロード。
アルバートは自室のベッドに押し倒されながら彼の表情をじっくりと観賞していた。
「アリアは……、アリアは…、俺の……」
「そう、クロードのものだろう」
「………畜生!!」
「何をそんなに泣く事がある?」
「なあ…俺は…あんたを殺したっていいよ、な、許されるよなあ……」
その目は、涙を滝のように流しながら、一切の光が通っていなかった。
殺人願望の宿った瞳。
「ハ…我が弟ながら、恥ずかしい限りだ。…クロード」
「なっ………」
「セシルグループトップの子息が簡単に女を盗られるなんて」
「…………簡単に………?」
「誤解するな。アリアの方が俺に抱いてくれって煩い。解るだろう?」
「解りたく、ねえよ………っ…、これまでの…女と、アリアは…違う……っ」
「はははは!捨てられた男の常套句…か」
「違う!アリアは…あんたから何かしなければ、…俺から離れる事なんて、なかった!あんたがこうなるように仕向けたんじゃないか!」
アルバートは少し驚いた。
そんな違いに彼が気が付くとは。感動に近い。
「……クロード……」
「……っ……」
そっと頬に触れる。
「なんて惨めで…可哀そうなクロード」
そうして、これ以上無い程の笑顔で口づけた。
「な………」
クロードは口づけの最中にアルバートを殴りつけて、家を飛びだしてしまった。
そうして、その足で彼はバイト先の店がはいったビル屋上から飛び降り自殺をはかった―
「奇跡だわ……ああ、神様……有難うございます」
「後遺症も残らないなんて、……お前は……本当についているな」
体中の痛みにさいなまれるクロードが横たわる病室で。
父母は涙ながらに、クロードの奇跡の生還を喜びを噛みしめていた。
「本当に、良かったね。クロード」
ちゅ、とあの日とは違う、軽いキスを、クロードのこめかみに落とすアルバート。
「しかし、仕事中のミスであんな場所から落ちるなんて…どうしてそんなことに」
「お店はなんて言っているの?責任は―」
「……………、…………やめろって。俺が…馬鹿っつーか、ちょっとぼーっとしてたんだよ」
クロードは自殺未遂の原因を誰にも言うつもりがないらしく、これまでと変わらぬ家族関係が続いているかのように見えていた。
そうでない事は、アルバートとクロードしか知らない。
それから、アルバートは毎日クロードの病院に足を運んだ。
不快だという視線を送るも、足先一つ動かすこともままならないクロードはアルバートの来訪を拒む事が出来なかった。
全身を強く打ちつけたクロードは、うまく歩けるようになるまで多少のリハビリを要した。
アルバートはそれにも根気良く付き合う。
クロードは、アルバートの献身的な優しさが恐ろしくてたまらなかった。
罪悪感からなのか、また何かを企んでいるのか。クロードには全く解らない。
けれど。同時に、どこかでこの、完璧な兄から受ける特別な優しさに喜びを感じている自分がいた。
激しく嫌悪するものの、打ち消す事は困難であった。
そんな風に、日々が過ぎて。
クロードの退院が決まった。
退院の日、アルバートは病院に現れなかった。
クロードは迎えにきた両親にアルバートについて尋ねると、至極意外は答えが返ってきた。
―アルバートは、日本の大学に留学した。
――セシルグループ以外の仕事をするつもりだ、と告げて…
「な……っ………」
クロードはその場に崩れ落ちた。
こんな状態のあなたにショックを与えたくなくて、黙ってくれって頼まれたのよ…
目尻に涙をにじませる母の声が遠い。
クロードは、飛び降りた時と同じぐらい、地面が押し迫ってくる恐怖と悲しみを感じるのだった。
愛する対象への破壊衝動―
きっと、誰しも、多かれ少なかれ感じた事はあるのかもしれない。
殊更に望みさえすれば…魔術のように叶ってしまう事がいけないのだ。
だから、強く強く、誰か一人を望まないように。
玩具を壊してしまわないように。
距離の近い人間を作らないように、用心して生きていかなければならない。
日本行の飛行機の中で、離陸アナウンスを聞きながらアルバートは安らかな寝顔を浮かべるのだった。
fin
アルバート=セシルの実家。
彼の弟・クロードが、初めて彼女を連れてきた。
「はじめまして。アリアです」
育ちの良さそうな、それいて快活な。
誰からも好かれるであろう雰囲気を醸している少女だった。
「いらっしゃい。…アリア」
アルバートは三日月のように目を細めて彼女を出迎えた。
「あ……お兄さん、ですよね。お話、お伺いしています」
「へえ?クロードは私の話なんか、君にするんだね」
「だって、お兄さんは有名人ですから」
「ふふ。怖いな。どういう意味で有名なんだろう」
それから小一時間程。
父母と、飼い犬のリュシアンと、家族団らんの様相を呈しながら、とりとめもない雑談。
アリアはまるで昔からセシル家の娘だったかのように馴染んだ。
そうして、彼女の作った平穏な空気は、彼女が帰った後もまるで残り香のように父母を和ませた。
「凄く良い子だったわ、アリアちゃん。あんな子が娘になったら、ママ幸せ」
「ははは。気の早い話だな。でも確かにうちは男だらけだから、可愛い女の子が家族になるのは大賛成だ」
クロードは嬉しそうにはにかむ。
それを、父は優しい瞳で見つめていた。息子の成長を、見守る眼差しは彼自身の幸福をもあらわしていた。
アルバートの父は、セシルグループのトップであり、そして人格者であり、よき教育者であった。
―だから。
どうして自分だけは、こうなってしまったんだろう、とアルバートは時折思っていた。
自分は、おかしい。自分だけが、おかしい。
コレージュに入学した、まだ11歳の時分からハッキリと自覚があった。
父にも母にもクロードにももたらされなかった強い、破壊願望。
そしてそれを叶える悪魔的な才能。
アルバートはおよそ、どんな事も完璧にこなせるだけの器量が生まれながらに備わっていた。
学問、運動、コミュニケーション、経営者としての視点。
何もかも手にしている彼は、どんな人間もひれ伏させ、そして思うままに壊す事も不可能ではないだろう。
いや、きっと、望むままに物ごとは進んでしまうのだ。
だから、その衝動を抑える事は、彼にとってあまりにも辛い日常だった。
学生にも関わらず経営者である父や、周囲の人間に期待をよせられている、優秀で、穏やかな、まるで絵本のプリンスのような人間、アルバート=セシル。
という、演技を続ける日常。
壊してしまいたい。
愛する父も母もクロードも、……そう、愛しいこの世界すべて。
時々手を出す、悪戯めいた女遊びなどではもう、この衝動を押さえこむ事は出来なくなっていた。
父は子供に完璧を求めるようなタイプではなかったが、アルバートの才能には目を見張っていた。
恐らくそれは、父が子に対する感情、ではなく、経営者として優秀な人材に出会った時の感動である。
父親としては、クロードの事も平等に愛していたが、経営者としてどうしても、アルバートに強い期待感を持ってしまう。
仕方ないのない事であり、責められるような事でもない。
それでも、クロードはずっと兄に、切ない程のコンプレックスを覚えていた。
無論、誰にも気取られたくないようだったが。
アルバートにはとうの昔に露見している。
アルバートは家族が、弟が特別に愛しかった。
どんな人間もひとしく愛しているが、家族への愛はまた特別な欲望をはらむのだ。
だから―彼女、アリアの存在はアルバートの中に棲む悪魔を起こしてしまった。
これまでにも、クロードの恋人は存在していたが、今回は「本気」なのだろう。
付き合って早々に家へ招くぐらいだ。
そうでなければ―彼女に、あの時声をかけられても…必要以上の興味を持つ事はなかったかもしれない。
アルバート自身が卒業した、リズに程近いカフェで。
あの日も彼は、いつものようにコーヒーを片手に、スケッチをしていた。
美術は、昔からの彼の趣味の1つであった。
「お兄さん………いえ、アルバート、さん」
忘れもしない、アリアの声が聞こえ、顔をあげる。
「……ああ。この間は、遊びに来てくれてありがとう」
にっこりとほほ笑んでみせる。
「とっても楽しかったです。お母様もお父様も、本当に素晴らしい方ですね。…なんて、国中が知ってる事だったかしら」
「はは。国中は大袈裟だよ」
「いいえ。この国で一番有名な御夫婦だと思います」
ふふ、と健康そうにアリアは笑った。
非の打ちどころのないこの少女に、アルバートは嫉妬している訳でも、嫌悪している訳でもなかった。
ただ、歪んだ興味があった。
きっと、この出来のイイ少女に、先に惹かれたのはクロードだろう。
彼女を紹介していた時の、クロードの表情が思い出される。恋に浸りきっているその顔は、アルバートが知らなかった表情だ。
クロードはこの子へ、どんなふうに愛を囁くのか。どんなふうにキスをして、どんな抱き方をするのか。
彼女の不評を買った時、彼女になじられた時、彼女に捨てられた時。どんな慟哭を聞かせてくれるのだろうか。
想像し、思わず幸福の笑みをこぼしてしまう。
が。彼女…アリアはそれを別の意味にとらえたらしく―頬を染めて、無言でアルバートを見つめていた。
(ああ―………)
(どうして、私の夢は…意図も簡単に私の手の中へ転がり落ちてくるんだろう)
実は、こういう事はこれまでにも何度かあったのだ。
クロードの彼女が、アルバートに好意を持ってしまう。
そして、アルバートは抵抗感もなく好意に応じる。
けれどクロードがアルバートを責めるような事はなかった。
ただ涙をこらえるような瞳でアルバートから目をそらすのだ。
彼女達の方から、兄に惹かれたのであって、兄に非はない。
そう、痛い程に解っていたから。
―けれどアリアは……
アリアという存在は……きっと、それ以上のクロードの動揺をアルバートに見せてくれるに違いなかった。
その時アリアが、アルバートの傍に置いてあるスケッチブックに気がついた。
「もしかして…アルバートさんが描いたんですか?」
アルバートは微笑みながら、スケッチブックを手渡す。
アリアは嬉しそうに、称賛の声をあげながらそれらを眺め始めた。
アルバートは、折角の好機を見逃さなかった。
僕は、本当は絵を描く事や、本を読んで穏やかに過ごしたい人間でね
―経営者には向いていないのかもしれないね
恐らく、誰も聞いた事がないアルバート=セシルの内側の告白……
見え透いた、恋の始まりを演出だった。
多くの人間に愛される彼が、私だけに特別心を許している―そんな優越感をくすぐる、演出。
「でも君のような、素敵な彼女が居たら支え合っていけそうかな」
それでも、その演出はアリアの心を衝く上では充分過ぎる程だったのである。
関係は呆れてしまう程、簡単に進展していった。
カフェでの会話から数週間後には、アリアがイイ声をあげるカラダのポイントもアルバートは把握していたのである。
「クロードに……私、何て言えばいいのかしら」
ベッドの中で遂にアリアが、切り出した。
「クロードがどうしたの?」
「だ…だから、…その、……私、クロードと付き合っているのに、あなたと」
「うん。クロードとはずっと仲良くしていて欲しいな、アリア」
「………え?」
「クロードと、別れないで欲しい、と言っているんだよ」
「……ど、………どうし、て………」
「僕はクロードも父も母も、君の事も愛しているから。だから、こんなに素敵な関係を一つも壊して欲しくないんだ」
「―…でも……っ」
「クロードと別れたら駄目だよ?僕は君を手放さなくちゃいけなくなってしまうから」
アリアは青ざめた様子でアルバートを見つめ返しながらも、言葉を返す事はなかった。
それから1年程アリアとの関係は続いた。
アルバートの人生の中で、最も幸福な1年だったかもしれない。
アルバートは、アリアに色々な「お願い」をした。
最初はちょっとした悪戯のようなものだったが、それはどんどん惨酷な命令になっていった。
「クロードにわざと冷たくしてみせて。きっと仲直りの時間は最高に楽しいから」
「僕と居る時間はクロードの電話に出てはいけないよ。…ああ、そうすると、君がいきたがっていた旅行にはいけないか」
「偶には、アリアの方からクロードを襲ってみて欲しいな。彼はどんな反応をするんだろう」
アリアは、アルバートの為だけにある従順な…人形のような存在に成り下がり、
クロードは、目に見えて憔悴していった。
そうして―遂にソレは露見した。
もしかしたらアルバートが、そう願ったのかもしれない。
「ふざけんなよ……」
ゆらりと、アルバートの胸倉をつかむクロード。
アルバートは自室のベッドに押し倒されながら彼の表情をじっくりと観賞していた。
「アリアは……、アリアは…、俺の……」
「そう、クロードのものだろう」
「………畜生!!」
「何をそんなに泣く事がある?」
「なあ…俺は…あんたを殺したっていいよ、な、許されるよなあ……」
その目は、涙を滝のように流しながら、一切の光が通っていなかった。
殺人願望の宿った瞳。
「ハ…我が弟ながら、恥ずかしい限りだ。…クロード」
「なっ………」
「セシルグループトップの子息が簡単に女を盗られるなんて」
「…………簡単に………?」
「誤解するな。アリアの方が俺に抱いてくれって煩い。解るだろう?」
「解りたく、ねえよ………っ…、これまでの…女と、アリアは…違う……っ」
「はははは!捨てられた男の常套句…か」
「違う!アリアは…あんたから何かしなければ、…俺から離れる事なんて、なかった!あんたがこうなるように仕向けたんじゃないか!」
アルバートは少し驚いた。
そんな違いに彼が気が付くとは。感動に近い。
「……クロード……」
「……っ……」
そっと頬に触れる。
「なんて惨めで…可哀そうなクロード」
そうして、これ以上無い程の笑顔で口づけた。
「な………」
クロードは口づけの最中にアルバートを殴りつけて、家を飛びだしてしまった。
そうして、その足で彼はバイト先の店がはいったビル屋上から飛び降り自殺をはかった―
「奇跡だわ……ああ、神様……有難うございます」
「後遺症も残らないなんて、……お前は……本当についているな」
体中の痛みにさいなまれるクロードが横たわる病室で。
父母は涙ながらに、クロードの奇跡の生還を喜びを噛みしめていた。
「本当に、良かったね。クロード」
ちゅ、とあの日とは違う、軽いキスを、クロードのこめかみに落とすアルバート。
「しかし、仕事中のミスであんな場所から落ちるなんて…どうしてそんなことに」
「お店はなんて言っているの?責任は―」
「……………、…………やめろって。俺が…馬鹿っつーか、ちょっとぼーっとしてたんだよ」
クロードは自殺未遂の原因を誰にも言うつもりがないらしく、これまでと変わらぬ家族関係が続いているかのように見えていた。
そうでない事は、アルバートとクロードしか知らない。
それから、アルバートは毎日クロードの病院に足を運んだ。
不快だという視線を送るも、足先一つ動かすこともままならないクロードはアルバートの来訪を拒む事が出来なかった。
全身を強く打ちつけたクロードは、うまく歩けるようになるまで多少のリハビリを要した。
アルバートはそれにも根気良く付き合う。
クロードは、アルバートの献身的な優しさが恐ろしくてたまらなかった。
罪悪感からなのか、また何かを企んでいるのか。クロードには全く解らない。
けれど。同時に、どこかでこの、完璧な兄から受ける特別な優しさに喜びを感じている自分がいた。
激しく嫌悪するものの、打ち消す事は困難であった。
そんな風に、日々が過ぎて。
クロードの退院が決まった。
退院の日、アルバートは病院に現れなかった。
クロードは迎えにきた両親にアルバートについて尋ねると、至極意外は答えが返ってきた。
―アルバートは、日本の大学に留学した。
――セシルグループ以外の仕事をするつもりだ、と告げて…
「な……っ………」
クロードはその場に崩れ落ちた。
こんな状態のあなたにショックを与えたくなくて、黙ってくれって頼まれたのよ…
目尻に涙をにじませる母の声が遠い。
クロードは、飛び降りた時と同じぐらい、地面が押し迫ってくる恐怖と悲しみを感じるのだった。
愛する対象への破壊衝動―
きっと、誰しも、多かれ少なかれ感じた事はあるのかもしれない。
殊更に望みさえすれば…魔術のように叶ってしまう事がいけないのだ。
だから、強く強く、誰か一人を望まないように。
玩具を壊してしまわないように。
距離の近い人間を作らないように、用心して生きていかなければならない。
日本行の飛行機の中で、離陸アナウンスを聞きながらアルバートは安らかな寝顔を浮かべるのだった。
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