二階堂 シン
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
はじめてアレが起きた日。
確か風の強い日で、校庭の桜がほとんど散ってしまっていた。
机の上に手をつきながら、痛みに耐えながら窓の外をみていたのでよく覚えている。
二階堂シンは友達のいない子供だった。
友達だったかもしれない、と思いを馳せられる人間も一人しかいない。
その友達だったかもしれない男―関口翔に初めて…、粛正、を受けた日。
それが、中学3年生の、春の終わりの日だった。
関口と二階堂は、中学1年生の時に知り合った。クラスが同じだったのである。
しかし関口は二階堂とは違って友達も多く、クラスの中心人物ともいえる活発なタイプだったので周囲から見て二人が親密である、と感じられる事はなかった。
キッカケは、関口の一言である。
「それ、すげえな」
二階堂は友達の居ない寂しさを埋める為に、いつもショッピングモールに一人で出かけてはスケッチをしていたのだが。
それを見て、関口が思わず漏らした言葉だった。
「あ…、ありがとう」
二階堂は突然の事に酷く驚きながらも、初めて親以外に褒められた感動に体中が痺れていた。
スケッチブックの中には、実際の様子と一緒に、二階堂の理想とするショッピングモールが大量に描かれている。
そうして想像に耽り、現実から離れて様々な事を思考する…それが二階堂の日常だった。
それから、二階堂と関口は放課後、少しだけ会話をするようになった。
自分の事をうまく話せない二階堂も、色々と聞いてくれる関口にだけは自分の大好きな場所を教えた。
最初は教室だけで話していたが、そのうち、二階堂のいきつけであるショッピングモールに、一緒に出かけるようにもなっていった。
ところで二階堂の父親は、彼と同じく無口であり、母が他界してからは家庭での会話も皆無に近い。
父親は決して愛情のないタイプではなかったが、うまく会話が出来るタイプではなく、不器用で、職人気質だった。
二階堂この不器用な父の事を尊敬していたし、とても好きだった。
仕事があるにも関わず自分の為に、黙って家事をこなし、夕食や朝食も必ず作ってくれる。
だから、友達が居ない、という多少の寂しさはあっても、自分を不幸だと思った事は全くない。
うまく出来ない自分をもどかしく思い、嫌悪する事もあったが、毎日好きな想像に耽り、家に帰れば不器用で優しい父が迎えてくれる。
寧ろ幸せな人生だと想うのだった。
そうした二階堂の異質さは、ある一定の時期から「イジメ」の対象になった。
突然、理由もなく、靴が隠され、体操着が隠され、机まで隠されるようになってしまった。
そんな二階堂を数人の男子や女子がニヤニヤと囲み、揶揄する。
鈍いところのある二階堂は、最初こそ自分が失くしたんだろうかと疑っていたが、流石に机がなくなった時には「自分は嫌われていて、それで意地悪をされている」と気が付いた。
二階堂は泣く事も喚く事も出来ず、ただそれを傍観するのみだったが、ある日、呼び出されて頬や腹を強く殴られた。
殴った人物は―関口だった。
彼もイジメグループの一人である事はうすうす解ってはいたが、まさか殴られる程うとまれていたとは。
折角仲良くなれたと思った関口はもう、自分の事など会話相手としても見てくれないんだろう。
二階堂は少しだけガッカリしながらも、自分はやっぱり何かが足りなくて人を苛々させるんだろう、と諦めるような気持ちで目を閉じた。
けれど二階堂の予想に反し関口は放課後、いつものように話しかけてきた。
二階堂は殴られた恐怖等を不思議と感じず、それ以上に、これからもまたこうしてあれこれ話したり、一緒の時間を過ごしたり出来るのか、という事が嬉しくて、これまで以上に色々な事を話した。
それから、グループによる「イジメ」は無くなった。
物を隠される事が減ったし、囲まれてからかわれる事もなくなった。
そしてあれ以来呼びだされて殴られるということものなかったのである。
関口は、二階堂は自分専用の「オモチャ」だとイジメグループに公言し、手を出さないように伝えていた。
関口に恨まれても得が無いと大半の人間は判断し、誰しもが二階堂への興味を薄れさせていったからだ。
ただ時折、何か―、靴だったり、着替えだったりが、二階堂のまわりから無くなる事がある。
けれど二階堂にとってそう気がかりな事ではない。
なぜなら犯人は関口であると解っていたからだ。
無くなったタイミングで、二階堂は関口に返すように頼む。
関口は素知らぬ顔をする。
それからしばらくして…なくなったものは特に破損もせず戻ってくるのだ。
二階堂はそのうち、これは関口の遊びや悪戯の類だと理解するようになった。
また、関口は時折、二階堂を殴った。
関口は基本的に生徒からも教師からも好かれていたが、それゆえの抑圧的なストレスを多分に抱えている子供だった為、その苛々を身近な二階堂にぶつける事があったのだ。
二階堂は、自分が気遣いが下手であると自覚していた為か、それを虐め、とも理不尽な暴力、とも思わなかったし、何故殴るのか聞いた事もなかった。
それに殴っている関口が酷く辛そうな顔をするので、殴られるよりそちらの方が嫌だった。
そんな関係が続いて、二人は中学三年生になっていた。
始業式を終えて誰もいない教室で。
二階堂は想像を膨らませながらスケッチをし、関口はそれをただぼんやり眺めていた。
ふと、関口がぽつりぽつりと話し始めた。
今年は受験だからと親がうるさい、いい高校に入っていい大学に行かなければ取り残される、今年が最初の勝負だ…と洗脳してくる。
そういった内容だった。
二階堂は、これまで父親に何かを強制された事等無かったな、と気が付く。
勉強しろ、だとか、塾にいけ、だとか、一度も言われた事がない。
それどころか、自分が好きにやっている事を必ず褒めてくれるし、応援してくれる。
言葉は少ないけれど、それが本心だという事が解り、いつも幸せな気分になった。
「大変………だ、ね……関口くん、は…………」
これまでを思い起こし、自分には関口の気持ちは中々理解出来いだろうな、と悲しく想い、発した言葉だった。
けれど、情緒が不安定になっている関口からすれば、二階堂の言葉は突き放しているようにしか聞こえず…たまりかねて―
「…っ……いっ…………!」
関口は二階堂を、机の上に叩きつけた。
ガタガタと机が揺れる音が響く。
「せきぐち、く……ごめ……俺、また……なに、か……っ」
「お前……俺を馬鹿にしてんのかよ」
「し、てな………っ……っ、……ごめん、……っ…」
また、関口を傷つけて怒らせてしまった。
二階堂は不甲斐なさから涙をにじませる。
「クソ…………!」
関口はその顔を見て、頭をぐしゃぐしゃと掻いた。
「何……簡単に謝ってんだよ、お前は…いつもいつも。俺の事、どうだっていいのか?!」
「ちが……っ…………」
関口は言いながら、二階堂のズボンに手をかけ―
「えっ………?!」
「お前のその舐めた態度、叩き直してやる………粛正、だ」
「や……、何……っ…やだ……っ!」
子供が「お尻ペンペン」と親にされるような形で、二階堂の臀部はあらわになった。
パン!と乾いた音が響く。
「イッ………!!」
それから連続して、パン!パン!パン!と、関口の手のひらがソコに振り落とされる。
「イタい……っ痛い、よぉ………ごめ、…ごめん、関口く…」
その後も何度も降りかかる張り手。
痛み以上に、恥ずかしさとこの異常事態への恐ろしさからそのうち、二階堂は泣きだしてしまった。
「うっ……ごめ……せき、ぐち…く……ごめん、なさい……っ」
「―――……っ」
ボロボロと零れる涙を確認して、関口は何も言わずに二階堂から離れた。
「あ……関口、くん……」
「………………」
「もう………そ、の……、大丈、ぶ…?怒って、…ない………?」
「………………」
「お、俺……、変、な事…すぐ、言っちゃって……いつも、…ごめん、ね……でも、反省、してる、から………」
「うるせえな……いいからズボン履けば」
「あ、いいの………?」
「いいよ。早くしろ」
「あ、ありがとう…………」
「………………」
二階堂は許された事が嬉しく、少しだけ微笑んだ。
その様子を見て関口は苦虫を潰したような表情になる。
二人は一緒に下校し、いつものショッピングモールに行ってたこ焼きを食べた。
それから、1年が経ち―関口と二階堂は同じ高校に進学していた。
レベルの高い進学校であったが、二階堂は関口と同じ高校に行きたいが為に、必死で勉強し、なんとか滑り込んだのだった。
関口は高校に行ってからも、やはり学校中の人気者で、二階堂は「凄いなぁ」とぼんやり想い、誇らしく思った。
その頃初めて気が付いたが、関口はかなり整った顔をしているらしかった。
女子が恰好いい、とはやしたてるので、よくよく関口の顔を見てみれば…
切れ長の瞳の下からすうっと鼻筋が通っていて…唇の形まで美しいのだ。
「……何、人の顔ジロジロ見てんだよ」
ふと、関口が二階堂に不機嫌な声を漏らす。
関口は、二階堂以外と居る時、こんなに低く無愛想に話す事はない。そんな事にも、二階堂は最近やっと気が付いた。
「あ、…ごめ……ん、……その……関口くん、って……綺麗な…顔、してるん、だね」
「はあ?!」
「……っ……あの、……褒めて……る……から……怒んない、で…」
「………男が綺麗って言われてもな。嬉しくねーよ」
「じゃ…じゃあ………えっと…………恰好、いい」
「……………………」
関口は、しばらく困ったような顔をして、うつむいてしまった。
怒っているようには見えなかったので、二階堂はとりあえず安心した。
そんな関口であったが、やはり放課後の時間を二階堂と一緒に過ごす事が多かった。
関口に彼女が出来ても、定期的に二人は共に時間を過ごし、そして中学時代と同じように……時折……、アノ行為が行われた。
関口の機嫌が単に悪いのか、二階堂が怒らせるような事を言ったのか…理由が解らない日も少なくなかった。
二人だけの秘密の時間は次第に甘く、二階堂を包み込むようになっていく。
暴力的で異常な行為に興じるような関口の姿を知っている人物は、自分しかいない。
そんな風に考えると、酷く心地よく、幸せな気持ちにすらなった。
ある日の放課後…
二階堂はいつものように、臀部をあらわにさせられ…教室の机に突っ伏し、そのいたみを受け入れていたのだが―
「……お前、……何コレ」
「………え………?」
「何で、こうなってんだよ」
「ひゃああっ…!」
関口は―立ちあがりきった二階堂の中心を握った。
「もしかして、……殴られんのが好きなのかよ」
「ち…が………っ……な、に…これ……しら、な……」
「あー…だから大人しく殴られてたのか」
「ひァ……っ…!!せきぐ、ち、く……ソレ……はな、し……っ………」
「気持ちわりーなお前」
「ご、ごめ……っ……怒ら、ない……でっ…………」
二階堂が泣いて謝罪している間も関口はソコから手を離さずに…上下に動かし始めた。
「あ、や……やめ……おね、が……っ………」
「やめろ?気持ちよさそーじゃん」
「あむ……っ」
突然、二階堂の口内に熱が侵入してきた。
「せきぐ、ち…くっ……くるしい、よぉ……」
「っ……二階堂……」
「な…っ……ん……や……ぁ……」
「―お前ってほんと……」
可愛い。関口は息の声だけで確かにそう言った。
二階堂は関口の真意等解らなかったけれど、とろけるようなその心地良さに、恍惚として目を閉じた。
暴力なのか、愛撫なのか解らないソノ行為は…卒業する直前まで続いた。
次第にソレは関口の部屋で行われるようになる。
一頻り痛みを与えられた後に熱を高められ、最後は関口のベッドで眠る事が常になっていた。
電気が消えた、暗いぬくもりの中、関口が不意に口を開く。
「二階堂…………」
「な、に……、せきぐち、く……ん」
「俺……………、…………何で……生きてんだろ」
「え……………?」
「卒業したらさ、大学いって、イイ会社入ってさ、女と結婚して…子供産んで、そしたら親が良かったって喜んで……」
「う、ん……」
「……そんなの………つまんねぇ」
「そ、う…………?俺……は、そういう、の……出来そう、に…ない、から…凄い…な、って…」
「…………お前の方がすげー。お前…マジで建築家になれるよ。この間の…建築デザインコンクールっての?大賞とか、すげぇじゃん」
「あ……あれ、は……高校生、しか出てなかった、から………」
「何だよそれ。お前、同じガキじゃハナっから相手になんねーって言ってんの?」
「……う、うん…………」
「ははは。お前…やっぱすげー……なんか、大物になるよ。マジで…器でけーもん」
「せきぐちくん………?」
「……………俺なんて…なぁ…………」
関口がやけに素直に褒めたり、落ち込んだような声を漏らすので、二階堂は辛くなって関口の頭を撫でた。
すると関口は驚いたような目で二階堂を見つめ、唇にキスを散らした。
それから一週間後。
関口が、事故で命を落とした、と担任教師に寄って二階堂は告げられた。
受験を控え、酷く疲れていた。
模試の判定も、親の期待する結果ではなく―焦燥感もあったのかもしれない。
フラフラと横断歩道を渡ったところで―トラックが右折してきたのだ。
信号は青だったのだが、ゆっくりと自分の方に向かってくるトラックにすら関口は注意をはらえなかったのである。
当時付き合っていたらしい彼女は泣きながらそう訴え、私がちゃんと見てなかったから、力になってあげられなかったから、と自分を責めた。
二階堂は、それは違うと思った。
彼女の所為ではない。
一番近くに居た人間は、自分だという確信があったからだ。
涙が、頬と伝って、床にぼろぼろと零れた。
殴られるだけでなく、傍にいるだけでなく、他にもっと何か…出来たに違いなかった。
彼が…あんな風にボロボロになる前に。
でも、自分にはその何かが全然、解らなかった。
ただ、彼のすることについていっただけだ。
涙はいつまでも止まらず、瞳が溶けてしまうのではないかという程だった。
こんなに、心の奥底から奪われるような悲しみは経験したことがない。
二階堂はふと、これが、テレビや学校の人達が言う恋、だったのかもしれない、と解った。
二階堂は三宮の屋敷に「執事」として訪れてから―関口にそうされたよう、万里からの「粛正」に似たものを受けている。
けれどそれは関口のソレとははっきり異なる……新しい痛みだった。
「あっ…ィぁん………っ………ごしゅじ…さま……っ」
慣れ親しんだ行為を想い返しながらも、鮮烈過ぎる「今」に心を奪われる。
過去の愛しさと悲しみと悦びが混じり合って、爆ぜてしまいそうだった。
「ダラダラ零してんじゃねーよ」
「ひんっ…………!!!」
「……ああ?おっ前…………、今……」
万里が床に飛んだ二階堂の残滓を見やり、喉の奥で笑った。
「あ、……あ………っ………」
「どうなってんだよこの体。一人でする時もこうやって痛めつけてんのかよ」
「……っ…あ、……は……イ……っ……俺………、っ……」
「ふーん。いつからだ?」
「…こ……この………お屋敷……に……っ…でい、り……する…よ、に……なっ、……て、から…………」
二階堂の言葉に、万里は、満足気に笑う。
万里によって塗りつぶされた過去。
関口への慕情も悲しみも全てが溶けあって…、一つになっていく…。
fin
確か風の強い日で、校庭の桜がほとんど散ってしまっていた。
机の上に手をつきながら、痛みに耐えながら窓の外をみていたのでよく覚えている。
二階堂シンは友達のいない子供だった。
友達だったかもしれない、と思いを馳せられる人間も一人しかいない。
その友達だったかもしれない男―関口翔に初めて…、粛正、を受けた日。
それが、中学3年生の、春の終わりの日だった。
関口と二階堂は、中学1年生の時に知り合った。クラスが同じだったのである。
しかし関口は二階堂とは違って友達も多く、クラスの中心人物ともいえる活発なタイプだったので周囲から見て二人が親密である、と感じられる事はなかった。
キッカケは、関口の一言である。
「それ、すげえな」
二階堂は友達の居ない寂しさを埋める為に、いつもショッピングモールに一人で出かけてはスケッチをしていたのだが。
それを見て、関口が思わず漏らした言葉だった。
「あ…、ありがとう」
二階堂は突然の事に酷く驚きながらも、初めて親以外に褒められた感動に体中が痺れていた。
スケッチブックの中には、実際の様子と一緒に、二階堂の理想とするショッピングモールが大量に描かれている。
そうして想像に耽り、現実から離れて様々な事を思考する…それが二階堂の日常だった。
それから、二階堂と関口は放課後、少しだけ会話をするようになった。
自分の事をうまく話せない二階堂も、色々と聞いてくれる関口にだけは自分の大好きな場所を教えた。
最初は教室だけで話していたが、そのうち、二階堂のいきつけであるショッピングモールに、一緒に出かけるようにもなっていった。
ところで二階堂の父親は、彼と同じく無口であり、母が他界してからは家庭での会話も皆無に近い。
父親は決して愛情のないタイプではなかったが、うまく会話が出来るタイプではなく、不器用で、職人気質だった。
二階堂この不器用な父の事を尊敬していたし、とても好きだった。
仕事があるにも関わず自分の為に、黙って家事をこなし、夕食や朝食も必ず作ってくれる。
だから、友達が居ない、という多少の寂しさはあっても、自分を不幸だと思った事は全くない。
うまく出来ない自分をもどかしく思い、嫌悪する事もあったが、毎日好きな想像に耽り、家に帰れば不器用で優しい父が迎えてくれる。
寧ろ幸せな人生だと想うのだった。
そうした二階堂の異質さは、ある一定の時期から「イジメ」の対象になった。
突然、理由もなく、靴が隠され、体操着が隠され、机まで隠されるようになってしまった。
そんな二階堂を数人の男子や女子がニヤニヤと囲み、揶揄する。
鈍いところのある二階堂は、最初こそ自分が失くしたんだろうかと疑っていたが、流石に机がなくなった時には「自分は嫌われていて、それで意地悪をされている」と気が付いた。
二階堂は泣く事も喚く事も出来ず、ただそれを傍観するのみだったが、ある日、呼び出されて頬や腹を強く殴られた。
殴った人物は―関口だった。
彼もイジメグループの一人である事はうすうす解ってはいたが、まさか殴られる程うとまれていたとは。
折角仲良くなれたと思った関口はもう、自分の事など会話相手としても見てくれないんだろう。
二階堂は少しだけガッカリしながらも、自分はやっぱり何かが足りなくて人を苛々させるんだろう、と諦めるような気持ちで目を閉じた。
けれど二階堂の予想に反し関口は放課後、いつものように話しかけてきた。
二階堂は殴られた恐怖等を不思議と感じず、それ以上に、これからもまたこうしてあれこれ話したり、一緒の時間を過ごしたり出来るのか、という事が嬉しくて、これまで以上に色々な事を話した。
それから、グループによる「イジメ」は無くなった。
物を隠される事が減ったし、囲まれてからかわれる事もなくなった。
そしてあれ以来呼びだされて殴られるということものなかったのである。
関口は、二階堂は自分専用の「オモチャ」だとイジメグループに公言し、手を出さないように伝えていた。
関口に恨まれても得が無いと大半の人間は判断し、誰しもが二階堂への興味を薄れさせていったからだ。
ただ時折、何か―、靴だったり、着替えだったりが、二階堂のまわりから無くなる事がある。
けれど二階堂にとってそう気がかりな事ではない。
なぜなら犯人は関口であると解っていたからだ。
無くなったタイミングで、二階堂は関口に返すように頼む。
関口は素知らぬ顔をする。
それからしばらくして…なくなったものは特に破損もせず戻ってくるのだ。
二階堂はそのうち、これは関口の遊びや悪戯の類だと理解するようになった。
また、関口は時折、二階堂を殴った。
関口は基本的に生徒からも教師からも好かれていたが、それゆえの抑圧的なストレスを多分に抱えている子供だった為、その苛々を身近な二階堂にぶつける事があったのだ。
二階堂は、自分が気遣いが下手であると自覚していた為か、それを虐め、とも理不尽な暴力、とも思わなかったし、何故殴るのか聞いた事もなかった。
それに殴っている関口が酷く辛そうな顔をするので、殴られるよりそちらの方が嫌だった。
そんな関係が続いて、二人は中学三年生になっていた。
始業式を終えて誰もいない教室で。
二階堂は想像を膨らませながらスケッチをし、関口はそれをただぼんやり眺めていた。
ふと、関口がぽつりぽつりと話し始めた。
今年は受験だからと親がうるさい、いい高校に入っていい大学に行かなければ取り残される、今年が最初の勝負だ…と洗脳してくる。
そういった内容だった。
二階堂は、これまで父親に何かを強制された事等無かったな、と気が付く。
勉強しろ、だとか、塾にいけ、だとか、一度も言われた事がない。
それどころか、自分が好きにやっている事を必ず褒めてくれるし、応援してくれる。
言葉は少ないけれど、それが本心だという事が解り、いつも幸せな気分になった。
「大変………だ、ね……関口くん、は…………」
これまでを思い起こし、自分には関口の気持ちは中々理解出来いだろうな、と悲しく想い、発した言葉だった。
けれど、情緒が不安定になっている関口からすれば、二階堂の言葉は突き放しているようにしか聞こえず…たまりかねて―
「…っ……いっ…………!」
関口は二階堂を、机の上に叩きつけた。
ガタガタと机が揺れる音が響く。
「せきぐち、く……ごめ……俺、また……なに、か……っ」
「お前……俺を馬鹿にしてんのかよ」
「し、てな………っ……っ、……ごめん、……っ…」
また、関口を傷つけて怒らせてしまった。
二階堂は不甲斐なさから涙をにじませる。
「クソ…………!」
関口はその顔を見て、頭をぐしゃぐしゃと掻いた。
「何……簡単に謝ってんだよ、お前は…いつもいつも。俺の事、どうだっていいのか?!」
「ちが……っ…………」
関口は言いながら、二階堂のズボンに手をかけ―
「えっ………?!」
「お前のその舐めた態度、叩き直してやる………粛正、だ」
「や……、何……っ…やだ……っ!」
子供が「お尻ペンペン」と親にされるような形で、二階堂の臀部はあらわになった。
パン!と乾いた音が響く。
「イッ………!!」
それから連続して、パン!パン!パン!と、関口の手のひらがソコに振り落とされる。
「イタい……っ痛い、よぉ………ごめ、…ごめん、関口く…」
その後も何度も降りかかる張り手。
痛み以上に、恥ずかしさとこの異常事態への恐ろしさからそのうち、二階堂は泣きだしてしまった。
「うっ……ごめ……せき、ぐち…く……ごめん、なさい……っ」
「―――……っ」
ボロボロと零れる涙を確認して、関口は何も言わずに二階堂から離れた。
「あ……関口、くん……」
「………………」
「もう………そ、の……、大丈、ぶ…?怒って、…ない………?」
「………………」
「お、俺……、変、な事…すぐ、言っちゃって……いつも、…ごめん、ね……でも、反省、してる、から………」
「うるせえな……いいからズボン履けば」
「あ、いいの………?」
「いいよ。早くしろ」
「あ、ありがとう…………」
「………………」
二階堂は許された事が嬉しく、少しだけ微笑んだ。
その様子を見て関口は苦虫を潰したような表情になる。
二人は一緒に下校し、いつものショッピングモールに行ってたこ焼きを食べた。
それから、1年が経ち―関口と二階堂は同じ高校に進学していた。
レベルの高い進学校であったが、二階堂は関口と同じ高校に行きたいが為に、必死で勉強し、なんとか滑り込んだのだった。
関口は高校に行ってからも、やはり学校中の人気者で、二階堂は「凄いなぁ」とぼんやり想い、誇らしく思った。
その頃初めて気が付いたが、関口はかなり整った顔をしているらしかった。
女子が恰好いい、とはやしたてるので、よくよく関口の顔を見てみれば…
切れ長の瞳の下からすうっと鼻筋が通っていて…唇の形まで美しいのだ。
「……何、人の顔ジロジロ見てんだよ」
ふと、関口が二階堂に不機嫌な声を漏らす。
関口は、二階堂以外と居る時、こんなに低く無愛想に話す事はない。そんな事にも、二階堂は最近やっと気が付いた。
「あ、…ごめ……ん、……その……関口くん、って……綺麗な…顔、してるん、だね」
「はあ?!」
「……っ……あの、……褒めて……る……から……怒んない、で…」
「………男が綺麗って言われてもな。嬉しくねーよ」
「じゃ…じゃあ………えっと…………恰好、いい」
「……………………」
関口は、しばらく困ったような顔をして、うつむいてしまった。
怒っているようには見えなかったので、二階堂はとりあえず安心した。
そんな関口であったが、やはり放課後の時間を二階堂と一緒に過ごす事が多かった。
関口に彼女が出来ても、定期的に二人は共に時間を過ごし、そして中学時代と同じように……時折……、アノ行為が行われた。
関口の機嫌が単に悪いのか、二階堂が怒らせるような事を言ったのか…理由が解らない日も少なくなかった。
二人だけの秘密の時間は次第に甘く、二階堂を包み込むようになっていく。
暴力的で異常な行為に興じるような関口の姿を知っている人物は、自分しかいない。
そんな風に考えると、酷く心地よく、幸せな気持ちにすらなった。
ある日の放課後…
二階堂はいつものように、臀部をあらわにさせられ…教室の机に突っ伏し、そのいたみを受け入れていたのだが―
「……お前、……何コレ」
「………え………?」
「何で、こうなってんだよ」
「ひゃああっ…!」
関口は―立ちあがりきった二階堂の中心を握った。
「もしかして、……殴られんのが好きなのかよ」
「ち…が………っ……な、に…これ……しら、な……」
「あー…だから大人しく殴られてたのか」
「ひァ……っ…!!せきぐ、ち、く……ソレ……はな、し……っ………」
「気持ちわりーなお前」
「ご、ごめ……っ……怒ら、ない……でっ…………」
二階堂が泣いて謝罪している間も関口はソコから手を離さずに…上下に動かし始めた。
「あ、や……やめ……おね、が……っ………」
「やめろ?気持ちよさそーじゃん」
「あむ……っ」
突然、二階堂の口内に熱が侵入してきた。
「せきぐ、ち…くっ……くるしい、よぉ……」
「っ……二階堂……」
「な…っ……ん……や……ぁ……」
「―お前ってほんと……」
可愛い。関口は息の声だけで確かにそう言った。
二階堂は関口の真意等解らなかったけれど、とろけるようなその心地良さに、恍惚として目を閉じた。
暴力なのか、愛撫なのか解らないソノ行為は…卒業する直前まで続いた。
次第にソレは関口の部屋で行われるようになる。
一頻り痛みを与えられた後に熱を高められ、最後は関口のベッドで眠る事が常になっていた。
電気が消えた、暗いぬくもりの中、関口が不意に口を開く。
「二階堂…………」
「な、に……、せきぐち、く……ん」
「俺……………、…………何で……生きてんだろ」
「え……………?」
「卒業したらさ、大学いって、イイ会社入ってさ、女と結婚して…子供産んで、そしたら親が良かったって喜んで……」
「う、ん……」
「……そんなの………つまんねぇ」
「そ、う…………?俺……は、そういう、の……出来そう、に…ない、から…凄い…な、って…」
「…………お前の方がすげー。お前…マジで建築家になれるよ。この間の…建築デザインコンクールっての?大賞とか、すげぇじゃん」
「あ……あれ、は……高校生、しか出てなかった、から………」
「何だよそれ。お前、同じガキじゃハナっから相手になんねーって言ってんの?」
「……う、うん…………」
「ははは。お前…やっぱすげー……なんか、大物になるよ。マジで…器でけーもん」
「せきぐちくん………?」
「……………俺なんて…なぁ…………」
関口がやけに素直に褒めたり、落ち込んだような声を漏らすので、二階堂は辛くなって関口の頭を撫でた。
すると関口は驚いたような目で二階堂を見つめ、唇にキスを散らした。
それから一週間後。
関口が、事故で命を落とした、と担任教師に寄って二階堂は告げられた。
受験を控え、酷く疲れていた。
模試の判定も、親の期待する結果ではなく―焦燥感もあったのかもしれない。
フラフラと横断歩道を渡ったところで―トラックが右折してきたのだ。
信号は青だったのだが、ゆっくりと自分の方に向かってくるトラックにすら関口は注意をはらえなかったのである。
当時付き合っていたらしい彼女は泣きながらそう訴え、私がちゃんと見てなかったから、力になってあげられなかったから、と自分を責めた。
二階堂は、それは違うと思った。
彼女の所為ではない。
一番近くに居た人間は、自分だという確信があったからだ。
涙が、頬と伝って、床にぼろぼろと零れた。
殴られるだけでなく、傍にいるだけでなく、他にもっと何か…出来たに違いなかった。
彼が…あんな風にボロボロになる前に。
でも、自分にはその何かが全然、解らなかった。
ただ、彼のすることについていっただけだ。
涙はいつまでも止まらず、瞳が溶けてしまうのではないかという程だった。
こんなに、心の奥底から奪われるような悲しみは経験したことがない。
二階堂はふと、これが、テレビや学校の人達が言う恋、だったのかもしれない、と解った。
二階堂は三宮の屋敷に「執事」として訪れてから―関口にそうされたよう、万里からの「粛正」に似たものを受けている。
けれどそれは関口のソレとははっきり異なる……新しい痛みだった。
「あっ…ィぁん………っ………ごしゅじ…さま……っ」
慣れ親しんだ行為を想い返しながらも、鮮烈過ぎる「今」に心を奪われる。
過去の愛しさと悲しみと悦びが混じり合って、爆ぜてしまいそうだった。
「ダラダラ零してんじゃねーよ」
「ひんっ…………!!!」
「……ああ?おっ前…………、今……」
万里が床に飛んだ二階堂の残滓を見やり、喉の奥で笑った。
「あ、……あ………っ………」
「どうなってんだよこの体。一人でする時もこうやって痛めつけてんのかよ」
「……っ…あ、……は……イ……っ……俺………、っ……」
「ふーん。いつからだ?」
「…こ……この………お屋敷……に……っ…でい、り……する…よ、に……なっ、……て、から…………」
二階堂の言葉に、万里は、満足気に笑う。
万里によって塗りつぶされた過去。
関口への慕情も悲しみも全てが溶けあって…、一つになっていく…。
fin
1/2ページ