[本編] 藍建 仁 編
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【ハク】
(……時間、もう過ぎてるよな)
ある日、俺に短い手紙が届いた。
差出人の名前はなく、ただ待ち合わせの場所と時間、それに高校時代の友人とだけ記してあった。
そんな怪しい手紙だと言うのに、俺はなぜか無性に高校時代の仲間に会いたくなった。
会社をクビになった直後で、誰かに縋りたかったのかもしれない。
そして、当日の今日、指定のバーにやって来たというわけだ。
時計を見ても、もう待ち合わせの時間は回っている。
しかし何度か店内を見回してみても、それらしき人すら見つからない。
【ハク】
(ただのイタズラだったか……)
結局、一時間以上待っても俺の知り合いは誰も来なかった。
ひょっとすると、イタズラではなく何か急用で来られなかったのかもしれない。
だが今は、ただ誰も来なかったという事実があるだけだ。
仕方なく俺は自分を慰めるために酒を追加した。
【ハク】
「きっと、誰かに頼ろうってのが間違いなんだよな……」
誰に言うでもなく一人で呟いて、ぐっとグラスを呷った。
【ハク】
(…………)
グラスを置いたそのとき、カウンターで俺と同じく一人で飲んでいる男性と目が合った。
なんとなくその目を逸らせないでいると、その男が飲んでいたグラスを持ってこっちへやって来た。
【ハク】
(…………?)
【???】
「……隣、いいかな」
【ハク】
「え?ええ、どうぞ……」
少々くたびれたスーツを着たその男性は、空席だった俺の隣へと腰を下ろす。
【???】
「オレも自棄酒なんだよ。ちょっと一緒に飲ませてくれ」
【ハク】
「いや、俺は……」
別に、と言いかけて見透かしたような笑みに阻まれた。
【???】
「わかるんだよね~、そんな顔して一人で飲んでるの見ちゃうとさ」
【???】
「ここで会うのも何かの縁だし、二人で傷を舐め合うのもいいんじゃない?」
その人に言われると、なんだかそれが正しい選択のような気がした。
【ハク】
「……実は俺、会社をクビになって」
かけられた言葉に思わず頷いてしまう程度には、俺も酔いが回ってきたのかもしれない。
【???】
「まったくの濡れ衣で?それはひどいなぁ」
【ハク】
「やっぱりそう思いますよね!?」
【???】
「そうだそうだ!そんなやつ、オレが捕まえてやるよ!」
酒のせいか、元来の性格なのかはわからないが、藍建と名乗った男性はとても陽気で話がはずんだ。
初対面なのに……
だから、かもしれないが、不思議とすらすらと口から言葉が出てくる。
その後も二人して酒をロックで立て続けに飲みながらお互いのことを話した。
俺が上司のせいで会社をクビになって、友人との今日の約束もすっぽかされたこと。
藍建さんがある事件で降格人事になってしまい、その上恋人ともうまくいっていないこと。
お互い、話したところでどうにもならないが、まるで関係のない他人に話してしまうことで気持ちが楽になる。
だが、俺が覚えているのはそこまでだった……。
【ハク】
「ん……っ」
……朝、だろうか。俺はベッドで目を覚ました。
目を覚ましたと言っても、まだ目蓋は閉じたままだ。
【ハク】
(なんだか、すごく体がだるい)
【ハク】
(それに気持ち悪いというか、頭がぐらぐらするというか……)
そこまで考えて、昨日飲みすぎたせいだと気づいた。
【ハク】
(昨日はバーで待ちぼうけを食らって、そこで知り合った藍建さんと飲んで……)
【ハク】
(あれ、俺どうやって家まで帰ったんだっけ?)
昨夜の記憶はバーで途切れている。
電車に乗っただとか、タクシーに乗っただとか、そういう記憶がさっぱりないのだ。
俺は今度こそ目を開く。
【ハク】
「……ここ、どこだ?」
開いた目に映るのは、見慣れた一人暮らしのアパートの部屋ではなかった。
見回す限りでは、ビジネスホテルか何かのようだ。
俺の寝ていたベッドの隣にももう一つベッドがあり、ベッドサイドの時計は9時半を指していた。
そして、起きたら知らない場所にいるということの他に、もう一つの問題にも気付いた。
【ハク】
(俺、なんで裸なんだ?)
着るものを探して体を起こすと、きれいに……とは言えないが、それなりに畳まれた服を見つける。
昨夜俺が着ていたものだ。
……ということは、寝ている間に脱いだわけでもないのだろう。
使用後のコップや歯ブラシなど、この部屋に俺以外の誰かがいたような痕跡はみつかるが、それが誰かはわからないでもやもやする。
【ハク】
(どういうことなんだよ、一体……)
頭痛のする頭を抱えて考えこんでいると、不意に携帯の着信音が聞こえた。服の隣にある俺の鞄の中からだ。
俺は慌てて鞄から携帯を取り出す。
【ハク】
「は、はい!」
相手も確認せずに慌てて電話に出ると、ざわざわとうるさい雑音の中に男の声が聞こえた。
【藍建】
「あー、もしもし、ハクくん?」
【ハク】
「はい、ハクです。えっと……」
電話の相手に心当たりはないが、親しげに名前を呼ばれて思わず言いよどむ。
だが向こうも空気を察したようで、苦笑いで名乗ってくれた。
【藍建】
「藍建だ。昨日バーで一緒だった……覚えてるかい?」
【ハク】
「ああ、はい……」
どうやら昨晩一緒に飲んだ相手とは、電話番号も交換したらしい。
それならば昨夜の俺の状況も多少は知っているかもしれないと、尋ねようとしたときだった。
【藍建】
「突然で悪いんだけどね、君のアパートの部屋が火事に遭ったんだ」
【ハク】
「え……?」
【藍建】
「説明はあとだ。きっとまだホテルだろう?すぐに来てくれ」
それだけ伝えて、藍建さんからの電話は切れた。
【ハク】
(アパートが火事……?)
【ハク】
(第一、なんで藍建さんが俺の家を知ってるんだ?)
【ハク】
(一体、何が起こったというのだろうか……)
二日酔いの頭には難しすぎる。
とりあえず、俺は言われたとおりに自宅のアパートへと向うことにした。
ホテルをチェックアウトしようとすると、既に代金は支払済みだった。
幸いホテルは駅に近く、俺はわけもわからないまま、火事だと言う藍建さんの電話を受けて自宅へと向かう。
見慣れた角を曲がってアパートの前の通りに到着すると、そこにはなにやら人だかりができていた。
【ハク】
(火事って言ってたけど、大したことないんだよな……?)
俺の胸に一瞬不安が過るが、まずは自分の目で見ないことには始まらない。
【ハク】
「すいません、通してください!」
俺はなんとか人込みをかき分けてアパートの前へと辿り着く。
だが、玄関口を囲む立ち入り禁止のロープに阻まれた。
そして、その向こうにはなぜか藍建さんの姿があった。
【ハク】
(なんで、藍建さんが……?)
【藍建】
「ハクくん、早かったな」
藍建さんはすぐに俺に気付いて駆け寄ってきてくれた。
昨日は見なかった白い手袋を嵌めている。
【ハク】
「あの……」
藍建さんは俺の困惑を見透かしたように肩を叩いて、警察手帳を取り出すと顔の横に掲げた。
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