[本編] 桃島 光彦 編
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【ハク】
「えっと……ここ、だよな……?」
呼び出されて訪れたバーは、今まで来たこともないような通りにあった。
しかも……俺を呼び出した人物は、いつになっても一向に現れない。
【ハク】
「どうなってるんだ……」
【和久井】
「お客様、どうかされましたか?」
【ハク】
「あ、えっと……」
【和久井】
「とりあえずおかけになってはいかがです?」
【ハク】
「はい……」
バーテンダーに促されるまま、カウンターに腰かける。
名札には“和久井”とあった。
店内はなじみの客ばかりで、なんとなく自分は浮いているような気がしてしまう。
【ハク】
(まだ来ないのか……?)
どれだけ待っても、俺を呼び出した相手は現れなかった―――。
【ハク】
「……どうなってるんだ!」
【和久井】
「お客様?」
【ハク】
「あっ、すみません……独り言です……」
独り言を聞かれ、ばつが悪くなってしまう。
謝ると、和久井さんはショットグラスを差し出してくれた。
【和久井】
「……飲みたくなってしまう夜もあるでしょう。一杯目は奢りですよ」
【ハク】
「え……?」
【和久井】
「飲んでください。遠慮なく」
【ハク】
「……ありがとうございます」
不安と苛立ちから渇きを感じ始めた喉に、酒を流し込む。
甘い口当たりとは裏腹に痺れるほどの辛口風味がこみあげる。
【ハク】
「……美味しいですね、これ」
【和久井】
「ほどほどに楽しむには良いお酒かと」
【ハク】
「もう一杯……いただけますか?」
和久井は黙って頷き、俺は2杯目のグラスを煽った。
【ハク】
(こうなったらもう、自棄酒してやる)
会社でのこと…。呼び出しておきながら姿を見せない人物……。
先のことを考えると悩みは尽きない。
だからこそ、すべてを忘れさせてくれる刹那的な酒が美味く感じられる。
【緑川】
「あぁ……、すごいねぇ、これ。自棄酒中かな?」
【ハク】
「え……?」
舌もまともに回らなくなった俺の目の前に、ものすごく美形の男が現れた。
もう目もまわる手前だったが、その酔いも醒めるほどかっこいい男だ。
【ハク】
「だれ……れすか?」
【緑川】
「もう呂律回らなくなっちゃってるね。飲み過ぎだよ」
【緑川】
「和久井さん、止めなくていいの?」
【ハク】
「いいんです……自棄酒、だから」
【和久井】
「だそうですので」
【緑川】
「……ふうん。まあ生きていれば嫌なこと、あるよね」
【ハク】
「そうですよ……生きてれば会社をクビになることもあるんれす……」
【緑川】
「クビ? うわあ、災難だね」
【ハク】
「そうれすよ……」
【緑川】
「なら自棄酒も仕方ないか……。でも、クビになったってことは、キミ、無職になったってこと?」
【ハク】
「そうとも言いますね……ハハ……無職かあ……」
改めてその響きに悲しくなる。
悲しさを感じないためにも再びグラスを口元に運んだ。
「でもキミ、けっこう可愛い顔してるよね」
【ハク】
「可愛いって……そんなこと初めて言われましたよぉ?」
【緑川】
「天然系かな? まあ今赤らんでいるのは酒のせいとしても、悪くない。むしろ逸材だ」
【ハク】
「何言ってるんですか? お兄さんの方がよっぽどかっこいいですよ」
【緑川】
「俺とはタイプが違う。ちょうど探してたんだよ、童顔のカワイイ系」
【緑川】
「しかも天然ならなおさら、うちの店にはないタイプでいい」
【ハク】
「店? お兄さんお店やってるんですか? すごいですねえ……」
【緑川】
「いや、俺はホスト。それで、キミをスカウトしてる」
【ハク】
「……はっ? ホスト!?」
今まで生きてきた中で全く縁遠かった単語を持ち出され、我に返る。
【ハク】
「ホストって……あのドンペリとか入れるホストですか?」
【緑川】
「あはは、そういうイメージか。そうそう、そのホストだよ」
【緑川】
「会社、解雇されたんだろう? ちょうどうちの店もキミみたいな子を探してたんだ」
【緑川】
「良ければ考えてほしい。まあ、待遇も悪くないし、面白い仕事だから、体験入店だけでも」
【ハク】
「ホスト……ですか……」
【ハク】
(俺の顔でホストにスカウトされるなんて……信じられない……)
酔っているせいで幻覚でも見ているのかと思った。
……が、相手の男が名刺を差し出してきて、幻ではないと実感する。
【ハク】
「緑川……彰一さん?」
【緑川】
「そう。俺、一応ここのナンバー1なんだよ」
【ハク】
「ナンバー1!」
どうりでかっこいいはずだ。
それにかっこいいだけじゃなく、愛想も良くて話しかけやすい。
【ハク】
「すごい……」
【緑川】
「逆に考えてみて、俺でもナンバー1になれる店ってことだよ?」
【ハク】
「そんな……謙遜に聞こえないですよ」
【緑川】
「興味あったら来てみて。……すっごく、楽しいから」
【ハク】
「はあ……」
緑川さんの笑顔は、女の子なら一発で惚れてしまうようなキラースマイルだ。
【ハク】
(これで何人もの女性を虜に……)
【緑川】
「気が向いたらでいいけどね。……連絡、待ってるよ」
そう言って緑川さんはトン、と俺の肩を優しく叩くと、バーを出て行った。
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