朝比奈 蓮介
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あの日の事は未だに忘れられない。
―いや。忘れられないのか、忘れたくないのか―。
数年前。
見知らぬ男からの、現実感のない愛撫。―浮遊感を伴う、確かな熱。
「…っあう…っ」
「あんた―…誰だ?」
「…っ」
朝比奈は迫りくる抗えない波に、ぎゅうっと目を瞑り耐えていた…

事の発端は―三宮グループの関連子会社である中堅ゼネコンと暴力団組織「坪山組」との癒着であった。
それをネタに三宮玲二を脅してきたのである。
より強い癒着を求めてきた…さもなくば繋がりを公開すると。
その交渉で―三宮玲二は警察を引き連れず暴力団関係者の事務所に向かった。
三宮は、この事の一部を警察関係者に話した。
けれど、公式の依頼ではない。
警察のあずかり知らぬ場所で交渉を進めるつもりだったからだ。
公式の依頼では、何かあってしまえば警察の責任が問われるため、そのような行動を許してもらえない。
交渉に向かってから1時間以上戻らなければ様子を見に来てほしい、という言葉を残し三宮玲二は交渉に向かった。
―それから、約束の時間にあと10分というところで。
朝比奈は我慢の限界を迎えていた。
たとえ非公式であってもマルタイの身の安全がここまで脅かされた事なかった。
彼らを守る事は朝比奈の矜持であったし、何より三宮玲二に特別な感情を持っていたのである。
その感情が一体どういった種類のものであるか、朝比奈自身も説明はつけられなかったのだが…
とにかく、三宮の身が気にかかり、焦っていた。
そうして、朝比奈は変装を施し事務所に向かった―せいぜい他の組の鉄砲玉ぐらいに思われるよう。
後輩にも、10分後には来るように告げ、足早に事務所へと近づく。
斜め後ろに張っている後輩を確認しながら歩むと…
「あんた…誰だ?」
「…っ」
事務所にほど近いマンション。
その大きな出入り口から降りてきた男に朝比奈は腕をひかれた、マンションの敷地内へと引きずられてしまう。
不意打ちとはいえ、腕力に自信のある自分がこうも簡単に力負けするとは。
朝比奈は冷や汗をかいていた。
まずい人間を相手にしてしまっている、と。

「うちの事務所に何か用か。おにーさん」
朝比奈と同い年かそれより少し年下の男。明らかにその筋の男、である。
おにーさん、と呼ばれるような年齢ではないのだが、その男は年とは関係のない、人を圧倒させる何かオーラのようなものを備えており。
その呼称は適切なように感じられた。
精悍な顔立ち。引き締まった体躯。高級そうな眼鏡がよく似合っていた。
だが、明らかに実力者であるその男の顔に、朝比奈は全くといっていい程見覚えがなかった。
組の上層部の顔ぐらいは把握しているつもりだったが…
「事務所?何だそりゃ」
「またまた、とぼけちゃって。すごい目ぇしてアッチ見てたよ。」
「……」
「あんた、とりあえず俺に捕まってくんないかな」
言うより早く、背後に別の気配。
(しまった…っ)
焦りが朝比奈の判断を鈍らせて、逃げ遅れた。
羽交い絞めにされたまま、激痛が走る。
―スタンガンだ。
そう心中で呟いた時、目の前はもう真っ暗だった。

「……っな、んだこれ…は」
ガシャン、ガシャン。
「ふ。可愛い」
「……っお前…」
左右の腕の自由が利かない。
見れば、鎖のようなもので繋がれている。一体こんなもの、どこから用意したのだ。
周りを見渡すと、どこかの事務所のようである。
しかし坪山組の事務所ではないようだ。
自分達以外には誰もいない。
先ほど自分を羽交い絞めにしたはずのもう一人すら…
(坪山組の人間ではないのか?分家筋?)
ショックで働かない頭を必死で動かしていた。
「頭が帰ってきたらあんたぐっちゃぐちゃに痛めつけられるんだろうなあ…」
朝比奈は肩をびくっと震わせる。
暴力団に刃向えばどんな制裁が下るかは知っているし、捕まった場合の覚悟も決めていたつもりだ。
しかし実際その場面に立たされれば恐怖感がじわじわと全身を支配していく。
―情けない、と自身を叱咤するがこの男の前に対し体の底から湧きあがる恐怖を打ち消す事は困難であった。
「怖いの?…そりゃ、怖いよね」
「…」
「俺は優しいから、その前に楽しい事いっぱいしてあげる」
そう言って、朝比奈のシャツをジャケットごとひきはがし、胸部にチロリと舌を這わせていた。
同時に下半身をまさぐる。
「……やめ、…っ」
規則的な動きで高められているようだった。
「どうして、こんな…こと」
「楽しいから」
てっきり暴行されるものだと思ったが、事務所にはこの男しかおらず、また暴力をふるう様子はない。
…どうやら、ソッチの趣味を持っている男らしい。
「頭」とやらが帰ってくるまで「愉しむ」ようだった。
「ひっ…ィ…、いやだ」
ガチャン、抵抗しようとしても鎖が音を響かせるだけだった。
朝比奈はその先の死の恐怖と、目の前の抗えない快感で頭を混乱させ始めていた。
「あー、きれいだね。汚れを知らないって感じ」
男に発せられる言葉とは到底思えないセリフとともに遠慮がちであった愛撫はだんだん、大胆なものになっていく。
ベロベロと頂点を弄ばれ、また同時にズボンのベルトをガチャガチャとはずされ、下着も下されてしまった。
下半身をあらわにされた羞恥心と、これまで他人に触られた事のない秘部に指が這う嫌悪感で、全身がカっと熱くなる。
「なっ…んで…」
「気持ちよさそうな顔になってきたじゃん。俺のことも楽しませてもらわないとね」
「………!」
知識としては知っている。男同士で行為に及ぶ場合―ドコを代用するのか。
その記憶が頭をよぎり、自分の下半身をまさぐる男の手に言い知れない恐怖を覚え…本能的に全身が逃げ出そうともがく。

「ふ、ふざけるな……!」
「おいおい、暴れんなって。往生際悪すぎ」
「…ぐあ…っっ!」
バチン!という打撃音が響く。
ただの平手であるがその痛みはするどく、朝比奈の鼻から血が垂れてきていた。
「次は拳かな。鼻が曲がっちゃうかもね」
「………っ」
朝比奈より小柄なその男は、しかし確実に朝比奈と同等かそれ以上の格闘技術を身に着けている。
腕力、スピード、素人ではありえない。
(…あわてるな。きっと助けがくる。)
幸い、この男はすぐに自分を殺すつもりなどないらしい。
少々おかしな趣味に付き合って時間を稼いでやれば―きっと、助け出されるはずだ。
「ああ、利口だね。大人しくしていれば、ほんの少しだけ天国みせてあげるよ」
「…………」
男は動きを再開させる。
朝比奈は従順なフリをし、体をちぢこませていたが、次第に体を這うその感触に、嫌悪感以外のものを見出していた。
びくびくと陸に打ち上げられた魚のように、腰が跳ねて止まらなかった。
「あー、たまんねえな。あんた。男と経験ないの?」
「ある、わけが……っ」
「そう。じゃあ素質があるんだね」
「ぐぁあっ…」
壮絶な痛み。圧倒的な異物感。体の中を貫かれる衝撃が走った。
―が、その次の瞬間だった。不意に異物感が消えていく。
「……?」
「残念、タイムリミットだ。またな…」
男はそれだけ言い残してマンションを後にしていった。
それから―数分後、果たして上長に朝比奈は助け出されたのである。
助け出された後、三宮玲二は無事交渉を成立させたらしいことを朝比奈は知った。
上長には、単にリンチを受けていたらしいと解釈され、酷く心配された。
公式にこの事実は庁内では報告されなかった。
非公式の職務であった上、自身の管理能力不足の露見することを恐れた。また朝比奈自身の希望でもある。
朝比奈は玲二に自分の失態を知られたくなかったので、都合がよかったのだった。

―後日。
「朝比奈、悪かったな。手間かけて」
朝比奈は三宮玲二に呼び出されホテルで共に朝食をとっていた。
味噌汁に焼き魚、玄米。素朴なメニューであるが食材はいずれも一級品である。
「いえ。ご無事で何よりです」
「当たり前だろうが。俺を誰だと思ってやがる」
豪快に笑う玲二。何事もなかったかのようだ。
ゼネコン会社と坪山組の癒着も、そのような事実はなかった―と話す。
誤解を解いてやったんだ―と。
朝比奈は本当に癒着がなかったのかちらりと疑う頭があったが、
長年の付き合いとなる玲二が無事であったことへの喜びの方が大きかった。
「……玲二さん」
「ん?」
「あんま危ない事しないでくださいよ。あんたにもしもの事があったら」
「……は。そんな顔するなって。お前の方がアイツより余程女房らしい」
「…っからかわないでください。」
「いやいや。本当に。あの女は男を自分への貢物ぐらいにしか思っちゃないからな」
「でも、…奥様と仲はいいですよね」
「まぁな。あいつのそういうところ嫌いじゃない」
「…………」
ふ、と穏やかに笑う玲二を見て、胸がどうしてか締め付けられた。
玲二は多くの愛人を囲うが、美しい妻の話、それから子供の話をするときが一番幸せそうだった。
あの―自分を拉致した男。
朝比奈は何者なのか探ってみたが、何一つわからなかった。
坪山組の人間でもなければ、分家筋の組の者でもなさそうである。
下っ端であれば顔が割れていない可能性があるが、どうしてもあの男が下層の人間には思えないのである。
一体彼が何を目的に自分をとらえたのか?
すべては朝比奈の預かり知らぬところで完結しているように思えた。
確かな事は―あの男のもたらした鮮烈な「感覚」を体が覚えてしまった事だ。
玲二の顔―声、言葉。それらを受け取れば朝比奈の体は熱を思い出すようになっていた。
けれど決して、そんな自身に朝比奈が気が付くことはない。
強い理性がぎりぎりの境界でコントロールしていたのだ。
そうして訪れた玲二との別れにより、一層記憶は彼方へと追いやられていったのである。
―そう、玲二の息子があんな事を言い出すまでは―
fin
―いや。忘れられないのか、忘れたくないのか―。
数年前。
見知らぬ男からの、現実感のない愛撫。―浮遊感を伴う、確かな熱。
「…っあう…っ」
「あんた―…誰だ?」
「…っ」
朝比奈は迫りくる抗えない波に、ぎゅうっと目を瞑り耐えていた…

事の発端は―三宮グループの関連子会社である中堅ゼネコンと暴力団組織「坪山組」との癒着であった。
それをネタに三宮玲二を脅してきたのである。
より強い癒着を求めてきた…さもなくば繋がりを公開すると。
その交渉で―三宮玲二は警察を引き連れず暴力団関係者の事務所に向かった。
三宮は、この事の一部を警察関係者に話した。
けれど、公式の依頼ではない。
警察のあずかり知らぬ場所で交渉を進めるつもりだったからだ。
公式の依頼では、何かあってしまえば警察の責任が問われるため、そのような行動を許してもらえない。
交渉に向かってから1時間以上戻らなければ様子を見に来てほしい、という言葉を残し三宮玲二は交渉に向かった。
―それから、約束の時間にあと10分というところで。
朝比奈は我慢の限界を迎えていた。
たとえ非公式であってもマルタイの身の安全がここまで脅かされた事なかった。
彼らを守る事は朝比奈の矜持であったし、何より三宮玲二に特別な感情を持っていたのである。
その感情が一体どういった種類のものであるか、朝比奈自身も説明はつけられなかったのだが…
とにかく、三宮の身が気にかかり、焦っていた。
そうして、朝比奈は変装を施し事務所に向かった―せいぜい他の組の鉄砲玉ぐらいに思われるよう。
後輩にも、10分後には来るように告げ、足早に事務所へと近づく。
斜め後ろに張っている後輩を確認しながら歩むと…
「あんた…誰だ?」
「…っ」
事務所にほど近いマンション。
その大きな出入り口から降りてきた男に朝比奈は腕をひかれた、マンションの敷地内へと引きずられてしまう。
不意打ちとはいえ、腕力に自信のある自分がこうも簡単に力負けするとは。
朝比奈は冷や汗をかいていた。
まずい人間を相手にしてしまっている、と。

「うちの事務所に何か用か。おにーさん」
朝比奈と同い年かそれより少し年下の男。明らかにその筋の男、である。
おにーさん、と呼ばれるような年齢ではないのだが、その男は年とは関係のない、人を圧倒させる何かオーラのようなものを備えており。
その呼称は適切なように感じられた。
精悍な顔立ち。引き締まった体躯。高級そうな眼鏡がよく似合っていた。
だが、明らかに実力者であるその男の顔に、朝比奈は全くといっていい程見覚えがなかった。
組の上層部の顔ぐらいは把握しているつもりだったが…
「事務所?何だそりゃ」
「またまた、とぼけちゃって。すごい目ぇしてアッチ見てたよ。」
「……」
「あんた、とりあえず俺に捕まってくんないかな」
言うより早く、背後に別の気配。
(しまった…っ)
焦りが朝比奈の判断を鈍らせて、逃げ遅れた。
羽交い絞めにされたまま、激痛が走る。
―スタンガンだ。
そう心中で呟いた時、目の前はもう真っ暗だった。

「……っな、んだこれ…は」
ガシャン、ガシャン。
「ふ。可愛い」
「……っお前…」
左右の腕の自由が利かない。
見れば、鎖のようなもので繋がれている。一体こんなもの、どこから用意したのだ。
周りを見渡すと、どこかの事務所のようである。
しかし坪山組の事務所ではないようだ。
自分達以外には誰もいない。
先ほど自分を羽交い絞めにしたはずのもう一人すら…
(坪山組の人間ではないのか?分家筋?)
ショックで働かない頭を必死で動かしていた。
「頭が帰ってきたらあんたぐっちゃぐちゃに痛めつけられるんだろうなあ…」
朝比奈は肩をびくっと震わせる。
暴力団に刃向えばどんな制裁が下るかは知っているし、捕まった場合の覚悟も決めていたつもりだ。
しかし実際その場面に立たされれば恐怖感がじわじわと全身を支配していく。
―情けない、と自身を叱咤するがこの男の前に対し体の底から湧きあがる恐怖を打ち消す事は困難であった。
「怖いの?…そりゃ、怖いよね」
「…」
「俺は優しいから、その前に楽しい事いっぱいしてあげる」
そう言って、朝比奈のシャツをジャケットごとひきはがし、胸部にチロリと舌を這わせていた。
同時に下半身をまさぐる。
「……やめ、…っ」
規則的な動きで高められているようだった。
「どうして、こんな…こと」
「楽しいから」
てっきり暴行されるものだと思ったが、事務所にはこの男しかおらず、また暴力をふるう様子はない。
…どうやら、ソッチの趣味を持っている男らしい。
「頭」とやらが帰ってくるまで「愉しむ」ようだった。
「ひっ…ィ…、いやだ」
ガチャン、抵抗しようとしても鎖が音を響かせるだけだった。
朝比奈はその先の死の恐怖と、目の前の抗えない快感で頭を混乱させ始めていた。
「あー、きれいだね。汚れを知らないって感じ」
男に発せられる言葉とは到底思えないセリフとともに遠慮がちであった愛撫はだんだん、大胆なものになっていく。
ベロベロと頂点を弄ばれ、また同時にズボンのベルトをガチャガチャとはずされ、下着も下されてしまった。
下半身をあらわにされた羞恥心と、これまで他人に触られた事のない秘部に指が這う嫌悪感で、全身がカっと熱くなる。
「なっ…んで…」
「気持ちよさそうな顔になってきたじゃん。俺のことも楽しませてもらわないとね」
「………!」
知識としては知っている。男同士で行為に及ぶ場合―ドコを代用するのか。
その記憶が頭をよぎり、自分の下半身をまさぐる男の手に言い知れない恐怖を覚え…本能的に全身が逃げ出そうともがく。

「ふ、ふざけるな……!」
「おいおい、暴れんなって。往生際悪すぎ」
「…ぐあ…っっ!」
バチン!という打撃音が響く。
ただの平手であるがその痛みはするどく、朝比奈の鼻から血が垂れてきていた。
「次は拳かな。鼻が曲がっちゃうかもね」
「………っ」
朝比奈より小柄なその男は、しかし確実に朝比奈と同等かそれ以上の格闘技術を身に着けている。
腕力、スピード、素人ではありえない。
(…あわてるな。きっと助けがくる。)
幸い、この男はすぐに自分を殺すつもりなどないらしい。
少々おかしな趣味に付き合って時間を稼いでやれば―きっと、助け出されるはずだ。
「ああ、利口だね。大人しくしていれば、ほんの少しだけ天国みせてあげるよ」
「…………」
男は動きを再開させる。
朝比奈は従順なフリをし、体をちぢこませていたが、次第に体を這うその感触に、嫌悪感以外のものを見出していた。
びくびくと陸に打ち上げられた魚のように、腰が跳ねて止まらなかった。
「あー、たまんねえな。あんた。男と経験ないの?」
「ある、わけが……っ」
「そう。じゃあ素質があるんだね」
「ぐぁあっ…」
壮絶な痛み。圧倒的な異物感。体の中を貫かれる衝撃が走った。
―が、その次の瞬間だった。不意に異物感が消えていく。
「……?」
「残念、タイムリミットだ。またな…」
男はそれだけ言い残してマンションを後にしていった。
それから―数分後、果たして上長に朝比奈は助け出されたのである。
助け出された後、三宮玲二は無事交渉を成立させたらしいことを朝比奈は知った。
上長には、単にリンチを受けていたらしいと解釈され、酷く心配された。
公式にこの事実は庁内では報告されなかった。
非公式の職務であった上、自身の管理能力不足の露見することを恐れた。また朝比奈自身の希望でもある。
朝比奈は玲二に自分の失態を知られたくなかったので、都合がよかったのだった。

―後日。
「朝比奈、悪かったな。手間かけて」
朝比奈は三宮玲二に呼び出されホテルで共に朝食をとっていた。
味噌汁に焼き魚、玄米。素朴なメニューであるが食材はいずれも一級品である。
「いえ。ご無事で何よりです」
「当たり前だろうが。俺を誰だと思ってやがる」
豪快に笑う玲二。何事もなかったかのようだ。
ゼネコン会社と坪山組の癒着も、そのような事実はなかった―と話す。
誤解を解いてやったんだ―と。
朝比奈は本当に癒着がなかったのかちらりと疑う頭があったが、
長年の付き合いとなる玲二が無事であったことへの喜びの方が大きかった。
「……玲二さん」
「ん?」
「あんま危ない事しないでくださいよ。あんたにもしもの事があったら」
「……は。そんな顔するなって。お前の方がアイツより余程女房らしい」
「…っからかわないでください。」
「いやいや。本当に。あの女は男を自分への貢物ぐらいにしか思っちゃないからな」
「でも、…奥様と仲はいいですよね」
「まぁな。あいつのそういうところ嫌いじゃない」
「…………」
ふ、と穏やかに笑う玲二を見て、胸がどうしてか締め付けられた。
玲二は多くの愛人を囲うが、美しい妻の話、それから子供の話をするときが一番幸せそうだった。
あの―自分を拉致した男。
朝比奈は何者なのか探ってみたが、何一つわからなかった。
坪山組の人間でもなければ、分家筋の組の者でもなさそうである。
下っ端であれば顔が割れていない可能性があるが、どうしてもあの男が下層の人間には思えないのである。
一体彼が何を目的に自分をとらえたのか?
すべては朝比奈の預かり知らぬところで完結しているように思えた。
確かな事は―あの男のもたらした鮮烈な「感覚」を体が覚えてしまった事だ。
玲二の顔―声、言葉。それらを受け取れば朝比奈の体は熱を思い出すようになっていた。
けれど決して、そんな自身に朝比奈が気が付くことはない。
強い理性がぎりぎりの境界でコントロールしていたのだ。
そうして訪れた玲二との別れにより、一層記憶は彼方へと追いやられていったのである。
―そう、玲二の息子があんな事を言い出すまでは―
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