浅葱 カイリ
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1日の疲れがドロドロと体中を流れている。
ほとんど余力がないような状態で自宅マンションの鍵を開けると、これ以上ないぐらいの静けさが浅葱を迎え撃つ。
「……ただいま」
誰に言うでもなく、ただの習慣として言葉を発し、なんとかシャワーを浴びてベッドにもぐりこむ。
すぐに何も考えられない程の―暴力的な眠気が襲ってくる
浅葱はこの時間が嫌いじゃなかった。
けれど三宮の屋敷へ出入りするようになってからの夢見があまりにも悪い。
それに抵抗するよう、眠りに入る瞬間、頭の奥で逡巡する声があがる。
勿論、強い身体的な欲求にその迷いが勝てるはずもなく、すぐに意識を失ってしまうのだが。

――浅葱カイリ
19歳の年の春――
浅葱は専門学校への入学手続きと、引っ越しの準備に追われていた。
「ばーちゃーん、俺の黒いコートってどこだっけー?」
「ああ、あれはクリーニングに出しとった。取っしゃ行ってくるよ。」
来月から―東京の美容専門学校に一人で通う。
(家離れるのは正直怖いけど、…瑠加も一緒だしな)
親友である連城も一緒に上京することもあり、不安よりわくわくした気持ちと期待が強い。
浅葱は荷造りを一通り終えて、クリーニング屋に行ったばーちゃんを待つ間―
この広い―住み慣れた家に別れを告げることにした。
あまりにも古い廊下は、歩けばギシギシと軋みわずかに縦揺れの振動を体に伝えてくる。
長い年月によって歪められた扉は、ありったけの力をかけなければあかない。
そのすべてが愛しい。
この家での記憶は涙が出るほど優しく穏やかなものばかりだ。
浅葱は思う。
お母さんが事故に遭った時は……本当に世の中を恨んだけど。
今ではお母さんのことを考えても―あの時程は辛くない。
ばーちゃんもじーちゃんも、俺がどんなに自暴自棄になっても、壁を作っても、いつだって変わりなく俺を愛してくれていたから
だからお母さんの思い出は辛かった時のことより、幸せだったことをたくさん思い出せるようになっていた。
それに…この地で瑠加っていう一生付き合えそうな友達までできたのだ。東京で暮らしていたら出会えていなかったわけで―。
つまり、自分は幸せ者なのだ。
最近になって、はっきりと確信していた。
住む場所が変わっても、きっとこの穏やかな時間は変わらない。
いや―変わらないように、努力しよう。
これからは―俺が大人になっていろいろなものを守らなきゃいけない。みんながそうしてくれたように。
満ち足りた気持ちで1つ1つ部屋をまわり、ぐるりと見渡す。
その時ふと―物置きに使われている部屋の中―いつも閉じられている引出しが開いていることに気が付いた。
「?―ノート……?」
厳重に風呂敷のようなもので包まれていた中から―本のような、分厚いノートが出てきた。
淡い落ち着いたピンク色。
そして次の瞬間、これはお母さんの日記である、ということが直観的にわかった。
「お母さん………!」
読んではいけない、と本能的な部分から警笛が鳴るけれど、溢れだす衝動に抗えず焦れたようにページをめくった。

(―お母さんは、会社の事務をしながら―夜は……)
いわゆる水商売―ホステスをしていたのだ。
当時は無論わからなかったが、今となっては、母が自分のために昼夜問わず働いていたことも、ホステスとはどういう仕事かも知っている。
知っていて、浅葱は考えないようにしていた。
だから、この日記はひらいてはいけないのだ。
でも―
だけど…
震えながらも、指先はページをめくり、目は必死になって文字を追っていた。
最初は自身の成長記録がメインだった日記も―だんだんと仕事の話が増えていく。
○月○日―
今日も三宮様がお店にお越しくださいました。
夜の仕事に慣れない私の悩みについて親身になってくださって、甘えすぎてしまいます。
いけない。私が三宮様をおもてなししなければならないのに…。
○月○日―
カイリの存在が三宮様に露見してしまいました。
私のように魅力の少ない女がさらに子持ちであると知り、きっと呆れてしまわれたに違いないでしょう。
店からも知られないようにと釘を刺されていたのに。
けれどカイリは私の宝物です。
あの子の事を恥じ、隠してまで続けべき事などこの世にありません。
○月○日―
どうしたことでしょう。
三宮様はカイリの事を自らいろいろと聞いてくださいました。
それどころか私たち親子を支援したいとまで―。
ああ…一炊の夢であっても…私は。
日記を読み進めれば自分への愛情について綴られている事にも気が付くがそれ以上に…「三宮」という客について読み飛ばす事が出来なくなっていた。
ごく美しい字で淡々と書かれていて、どこか控え目な印象だった。
(お母さんそのもののように。)
○月○日―
今日は三宮様は別の女性を指名されていました。
心の奥底でその女性を妬む私がいます。
なんて卑しい。
私のすべきことに専念しなければなりません。
○月○日―
三宮様が私を…いいえ、そんなことありえません。
けれど夢のような時間でした。
どんなに高級なお料理だったのか私にはわかりませんが、それよりも三宮様のお顔をあんなにも近く、長く、見ていられた事。
カイリ以外とこんな幸せを分かち合える日が来るなんて…
三宮―
ごく珍しい苗字であると共に、日本で一番有名な会社の名前でもある。
まさか…?
そう思って読み進めるといつからか、三宮という客のことを「玲二さん」と呼ぶようになっていた。
「三宮………玲二」
浅葱は持っていた携帯ですぐにその名前を調べる。
果たして誰しも知っている大会社…グループ会社の頂点に立つ人物であった。
心臓が口から飛び出す程の驚きと、限りない嫌な予感を振り切ってさらに日記を読む。

「……………!」
嫌な予感は当たり、母と三宮は深い仲になっていく。
母はますます…三宮のことばかり書くようになっていき…
最初は嬉しい、幸せだ、といった内容の言葉が日記を占めていたが次第に様相が変わる。
○月○日―
玲二さんは私の体に印を残す事がお好きです。
赤黒く残り、それが消えようとする時また更に印を上書きされます。
一生消えない程それは色濃いものになってしまうのです。
○月○日―
私の体はどうなってしまうのでしょう?
玲二さんによってどんどん作り変えられて、目を背けたくなるほどはしたなく変容していきます。
玲二さんはそれをとても愉快そうに可愛がって下さり、後ろ暗い私の欲望を見透かすように笑うのです。
益々浅ましい程に玲二さんを求めてしまう…自分が怖い。
○月○日―
玲二さんは私を物のように貸し借りをなさることが最近お好きのようです。
今日も私はお会いしたこともない方と―
「お母さん………」
以降の日記は更に酷い内容だった。
常識ではありえないような要望を呪いのように少しずつ施す三宮。
三宮が人格破綻者であることは日記を見るだけで明らかで―母もそれに途中で気が付いている…けれど振り払えない。
そんな異常な関係を綴った日記―にわかには信じられないような…現実感のないものだった。
しかし母にはまぎれもない現実で―
きっとその異常な状況に耐え切れなくなったのだろう―
最後の日記は死の直前に書かれたものであることが読み取れた。
別れの言葉と謝罪の言葉。
―お母さんは、事故死じゃない。
自殺…
浅葱は全てを理解してノートを閉じる。
心臓が恐ろしい程強く鳴っていて頭の中までそれが響いていた。
何も聞こえない。
その時―
「カイリ!」
誰かが自分を呼んでいる。
「カイリ―…どうした?」
怒ったみたいな顔の祖母だった。
「カイリ?カイリ?こっちゃあるノートは何でもねだ…!返してけれ!」
「……………………」
見れば祖母の顔色は最悪だった。
母の死因も経緯も知っていた事が明白である
日記を浅葱の手から奪い、慌ただしく話しかける。
あのノートはお母さんの親友のものでお母さんが預かっていた、と作り話を自身に吹き込もうとするが何の意味もなさなかった。
浅葱は自分でも気が付かないうちに家を飛び出し―近所の土手の…連城とよくたむろした場所へと駆けていた。

ちくちくとささる草の上へどさりと座って、とりとめもなく川を眺めた。
「………………」
頭の中はさっきとは違って、無音だった。
何も聞こえてこない。
自分が今悲しいのか怒っているのかすら解らなかった。
お母さんは三宮という男によって命を落とした。
今の自分は、その事実を飲み込む事だけで精いっぱいなのである。
その時。ポン、と肩をたたかれ、隣に誰か座った。
「カイリ…」
「……瑠伽」
連城瑠伽。
小学校からの幼馴染の姿だった。走ってきたのか肩を上下させ息を荒くしてる。
「カイリ―…あのな、ばーちゃん言ってたぞ。カイリがすげぇ勘違いしてるって」
そう、荷造りが終わったらそれを運ぶ、と約束していたのだ。
(そこでばーちゃんから俺のこと頼まれて…ってわけか…)
「何があったかよく知らねえけど…」
「…………」
「なんか、食い違っちまっただけだろ?早く戻ってばーちゃんと誤解とけよ」
「……ああ」
誤解なんかじゃない。
あのばーちゃんの慌てようが、それを残酷なぐらいはっきり証明している。
浅葱は石のような気分でそれを噛みしめた。
「カイリ、なぁ、東京行ってさ、頑張って、金稼いで、そんでばーちゃん達も東京に呼びたいんだろ」
「……うん」
「だったらちゃんと仲直りしてから東京行かねえと。な?」
「うん………」
連城が肩をポンポンとたたく。
それは自身を叱るようなものではなくあやすような優しいもので―
祖母もそうしてくれていたけれど、今は母の手を思い出していた。
「カイリ?」
「………っ」
「おい、お前……何泣いてんだよ?おい~」
連城が驚いて抱き寄せる。あたたかい、ひと肌。
それが益々母を思い起こさせた。
やっと暖かい、穏やかな優しい思い出に成り代わったのに。
今はもう母を思い出してこみ上げるものは暗く、重く、悲しく―それは憎しみと呼ぶべきものだった。
震える程の怒りが全身にまわって、―そうか、これが殺意という感情―
連城の手は変わらず暖かい。
きっと祖母も祖父もずっと自分に暖かいものをくれる。
けれど二度と、あの優しい日々はかえって来ない。
だって自分が生きる理由は―三宮への復讐に決まってしまったのだから……
「瑠伽……東京でも、頑張ろう、な……」
「お?…おお。お前は頑張りすぎんなよ」
あたたかい声。
けれど、これまでと同じにはそれが沁みわたってこない。
憎しみに支配されると―人間は優しさを受け取れなくなってしまうのだと。浅葱は生まれて初めて知った。

ハっと目が覚めると―見慣れた天井が広がっている。
それが眼前に落ちてくるのではないかというほどの絶望感。
頬が濡れている。
ああ、またあの夢を見ていたのか…時計を見れば明け方だった。
ふう、とため息を薄く吐く。
近頃―一人寝の夜はどうしても子供じみた夢を見てしまう。
(どんなに反吐が出る相手でも一人よりはいい―か)
酷く不安定な自分を自嘲するように僅かに口元をあげる。
そうしてから、携帯を取り出し、呼び出せばすぐに会えそうな人物を探していた。
fin
ほとんど余力がないような状態で自宅マンションの鍵を開けると、これ以上ないぐらいの静けさが浅葱を迎え撃つ。
「……ただいま」
誰に言うでもなく、ただの習慣として言葉を発し、なんとかシャワーを浴びてベッドにもぐりこむ。
すぐに何も考えられない程の―暴力的な眠気が襲ってくる
浅葱はこの時間が嫌いじゃなかった。
けれど三宮の屋敷へ出入りするようになってからの夢見があまりにも悪い。
それに抵抗するよう、眠りに入る瞬間、頭の奥で逡巡する声があがる。
勿論、強い身体的な欲求にその迷いが勝てるはずもなく、すぐに意識を失ってしまうのだが。

――浅葱カイリ
19歳の年の春――
浅葱は専門学校への入学手続きと、引っ越しの準備に追われていた。
「ばーちゃーん、俺の黒いコートってどこだっけー?」
「ああ、あれはクリーニングに出しとった。取っしゃ行ってくるよ。」
来月から―東京の美容専門学校に一人で通う。
(家離れるのは正直怖いけど、…瑠加も一緒だしな)
親友である連城も一緒に上京することもあり、不安よりわくわくした気持ちと期待が強い。
浅葱は荷造りを一通り終えて、クリーニング屋に行ったばーちゃんを待つ間―
この広い―住み慣れた家に別れを告げることにした。
あまりにも古い廊下は、歩けばギシギシと軋みわずかに縦揺れの振動を体に伝えてくる。
長い年月によって歪められた扉は、ありったけの力をかけなければあかない。
そのすべてが愛しい。
この家での記憶は涙が出るほど優しく穏やかなものばかりだ。
浅葱は思う。
お母さんが事故に遭った時は……本当に世の中を恨んだけど。
今ではお母さんのことを考えても―あの時程は辛くない。
ばーちゃんもじーちゃんも、俺がどんなに自暴自棄になっても、壁を作っても、いつだって変わりなく俺を愛してくれていたから
だからお母さんの思い出は辛かった時のことより、幸せだったことをたくさん思い出せるようになっていた。
それに…この地で瑠加っていう一生付き合えそうな友達までできたのだ。東京で暮らしていたら出会えていなかったわけで―。
つまり、自分は幸せ者なのだ。
最近になって、はっきりと確信していた。
住む場所が変わっても、きっとこの穏やかな時間は変わらない。
いや―変わらないように、努力しよう。
これからは―俺が大人になっていろいろなものを守らなきゃいけない。みんながそうしてくれたように。
満ち足りた気持ちで1つ1つ部屋をまわり、ぐるりと見渡す。
その時ふと―物置きに使われている部屋の中―いつも閉じられている引出しが開いていることに気が付いた。
「?―ノート……?」
厳重に風呂敷のようなもので包まれていた中から―本のような、分厚いノートが出てきた。
淡い落ち着いたピンク色。
そして次の瞬間、これはお母さんの日記である、ということが直観的にわかった。
「お母さん………!」
読んではいけない、と本能的な部分から警笛が鳴るけれど、溢れだす衝動に抗えず焦れたようにページをめくった。

(―お母さんは、会社の事務をしながら―夜は……)
いわゆる水商売―ホステスをしていたのだ。
当時は無論わからなかったが、今となっては、母が自分のために昼夜問わず働いていたことも、ホステスとはどういう仕事かも知っている。
知っていて、浅葱は考えないようにしていた。
だから、この日記はひらいてはいけないのだ。
でも―
だけど…
震えながらも、指先はページをめくり、目は必死になって文字を追っていた。
最初は自身の成長記録がメインだった日記も―だんだんと仕事の話が増えていく。
○月○日―
今日も三宮様がお店にお越しくださいました。
夜の仕事に慣れない私の悩みについて親身になってくださって、甘えすぎてしまいます。
いけない。私が三宮様をおもてなししなければならないのに…。
○月○日―
カイリの存在が三宮様に露見してしまいました。
私のように魅力の少ない女がさらに子持ちであると知り、きっと呆れてしまわれたに違いないでしょう。
店からも知られないようにと釘を刺されていたのに。
けれどカイリは私の宝物です。
あの子の事を恥じ、隠してまで続けべき事などこの世にありません。
○月○日―
どうしたことでしょう。
三宮様はカイリの事を自らいろいろと聞いてくださいました。
それどころか私たち親子を支援したいとまで―。
ああ…一炊の夢であっても…私は。
日記を読み進めれば自分への愛情について綴られている事にも気が付くがそれ以上に…「三宮」という客について読み飛ばす事が出来なくなっていた。
ごく美しい字で淡々と書かれていて、どこか控え目な印象だった。
(お母さんそのもののように。)
○月○日―
今日は三宮様は別の女性を指名されていました。
心の奥底でその女性を妬む私がいます。
なんて卑しい。
私のすべきことに専念しなければなりません。
○月○日―
三宮様が私を…いいえ、そんなことありえません。
けれど夢のような時間でした。
どんなに高級なお料理だったのか私にはわかりませんが、それよりも三宮様のお顔をあんなにも近く、長く、見ていられた事。
カイリ以外とこんな幸せを分かち合える日が来るなんて…
三宮―
ごく珍しい苗字であると共に、日本で一番有名な会社の名前でもある。
まさか…?
そう思って読み進めるといつからか、三宮という客のことを「玲二さん」と呼ぶようになっていた。
「三宮………玲二」
浅葱は持っていた携帯ですぐにその名前を調べる。
果たして誰しも知っている大会社…グループ会社の頂点に立つ人物であった。
心臓が口から飛び出す程の驚きと、限りない嫌な予感を振り切ってさらに日記を読む。

「……………!」
嫌な予感は当たり、母と三宮は深い仲になっていく。
母はますます…三宮のことばかり書くようになっていき…
最初は嬉しい、幸せだ、といった内容の言葉が日記を占めていたが次第に様相が変わる。
○月○日―
玲二さんは私の体に印を残す事がお好きです。
赤黒く残り、それが消えようとする時また更に印を上書きされます。
一生消えない程それは色濃いものになってしまうのです。
○月○日―
私の体はどうなってしまうのでしょう?
玲二さんによってどんどん作り変えられて、目を背けたくなるほどはしたなく変容していきます。
玲二さんはそれをとても愉快そうに可愛がって下さり、後ろ暗い私の欲望を見透かすように笑うのです。
益々浅ましい程に玲二さんを求めてしまう…自分が怖い。
○月○日―
玲二さんは私を物のように貸し借りをなさることが最近お好きのようです。
今日も私はお会いしたこともない方と―
「お母さん………」
以降の日記は更に酷い内容だった。
常識ではありえないような要望を呪いのように少しずつ施す三宮。
三宮が人格破綻者であることは日記を見るだけで明らかで―母もそれに途中で気が付いている…けれど振り払えない。
そんな異常な関係を綴った日記―にわかには信じられないような…現実感のないものだった。
しかし母にはまぎれもない現実で―
きっとその異常な状況に耐え切れなくなったのだろう―
最後の日記は死の直前に書かれたものであることが読み取れた。
別れの言葉と謝罪の言葉。
―お母さんは、事故死じゃない。
自殺…
浅葱は全てを理解してノートを閉じる。
心臓が恐ろしい程強く鳴っていて頭の中までそれが響いていた。
何も聞こえない。
その時―
「カイリ!」
誰かが自分を呼んでいる。
「カイリ―…どうした?」
怒ったみたいな顔の祖母だった。
「カイリ?カイリ?こっちゃあるノートは何でもねだ…!返してけれ!」
「……………………」
見れば祖母の顔色は最悪だった。
母の死因も経緯も知っていた事が明白である
日記を浅葱の手から奪い、慌ただしく話しかける。
あのノートはお母さんの親友のものでお母さんが預かっていた、と作り話を自身に吹き込もうとするが何の意味もなさなかった。
浅葱は自分でも気が付かないうちに家を飛び出し―近所の土手の…連城とよくたむろした場所へと駆けていた。

ちくちくとささる草の上へどさりと座って、とりとめもなく川を眺めた。
「………………」
頭の中はさっきとは違って、無音だった。
何も聞こえてこない。
自分が今悲しいのか怒っているのかすら解らなかった。
お母さんは三宮という男によって命を落とした。
今の自分は、その事実を飲み込む事だけで精いっぱいなのである。
その時。ポン、と肩をたたかれ、隣に誰か座った。
「カイリ…」
「……瑠伽」
連城瑠伽。
小学校からの幼馴染の姿だった。走ってきたのか肩を上下させ息を荒くしてる。
「カイリ―…あのな、ばーちゃん言ってたぞ。カイリがすげぇ勘違いしてるって」
そう、荷造りが終わったらそれを運ぶ、と約束していたのだ。
(そこでばーちゃんから俺のこと頼まれて…ってわけか…)
「何があったかよく知らねえけど…」
「…………」
「なんか、食い違っちまっただけだろ?早く戻ってばーちゃんと誤解とけよ」
「……ああ」
誤解なんかじゃない。
あのばーちゃんの慌てようが、それを残酷なぐらいはっきり証明している。
浅葱は石のような気分でそれを噛みしめた。
「カイリ、なぁ、東京行ってさ、頑張って、金稼いで、そんでばーちゃん達も東京に呼びたいんだろ」
「……うん」
「だったらちゃんと仲直りしてから東京行かねえと。な?」
「うん………」
連城が肩をポンポンとたたく。
それは自身を叱るようなものではなくあやすような優しいもので―
祖母もそうしてくれていたけれど、今は母の手を思い出していた。
「カイリ?」
「………っ」
「おい、お前……何泣いてんだよ?おい~」
連城が驚いて抱き寄せる。あたたかい、ひと肌。
それが益々母を思い起こさせた。
やっと暖かい、穏やかな優しい思い出に成り代わったのに。
今はもう母を思い出してこみ上げるものは暗く、重く、悲しく―それは憎しみと呼ぶべきものだった。
震える程の怒りが全身にまわって、―そうか、これが殺意という感情―
連城の手は変わらず暖かい。
きっと祖母も祖父もずっと自分に暖かいものをくれる。
けれど二度と、あの優しい日々はかえって来ない。
だって自分が生きる理由は―三宮への復讐に決まってしまったのだから……
「瑠伽……東京でも、頑張ろう、な……」
「お?…おお。お前は頑張りすぎんなよ」
あたたかい声。
けれど、これまでと同じにはそれが沁みわたってこない。
憎しみに支配されると―人間は優しさを受け取れなくなってしまうのだと。浅葱は生まれて初めて知った。

ハっと目が覚めると―見慣れた天井が広がっている。
それが眼前に落ちてくるのではないかというほどの絶望感。
頬が濡れている。
ああ、またあの夢を見ていたのか…時計を見れば明け方だった。
ふう、とため息を薄く吐く。
近頃―一人寝の夜はどうしても子供じみた夢を見てしまう。
(どんなに反吐が出る相手でも一人よりはいい―か)
酷く不安定な自分を自嘲するように僅かに口元をあげる。
そうしてから、携帯を取り出し、呼び出せばすぐに会えそうな人物を探していた。
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